禪院家の影法術使い   作:りー037

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第弐拾伍話:勝利の確信と最強の荒業

 

 

 数百メートル離れた距離で、五条悟は簡易領域を一層強固に維持し続けていた。

 四方八方から途切れることなく殺到する『群牙散兎』の津波を、純粋な体術のみで捌き続けている。

 

(……完全に、正気じゃない)

 

 ただ両足を地面に固定し、移動という『縛り』を課すことによって、簡易領域の出力を極限まで高めている。だが、移動ができないため、当然ながら全てのウサギの爪や牙を躱しきることはできない。

 

 それでも無数の攻撃をその肉体に受けてはいるが、傷が浅すぎる。

 常軌を逸した呪力強化による肉体の硬度。さらには反転術式による即時再生の速度が、ウサギが与えるダメージを完全に上回っているのだ。

 

 

 ――どうする。どうしたらいい。

 

 呼吸を整えながら、高速で思考を回す。

 五条悟は、影の中から這い出てた朔の姿に気づき、薄らと笑みを浮かべながらこちらを見つめてくる。

 

「ぐっ……ハァッ、ハァッ……っ」

 

 無意識に、心臓の辺りを手で強く押さえる。

 あの狂気を孕んだ蒼い瞳に見つめられると、どうしても本能的な恐怖が這い上がってくる。息が上がる。

 そんな弱者の感情を無理やり押し殺し、現状を正しく把握するために前を向く。

 

 五条悟は、瞳で語りかけていた。

 

『次はどうする? これで手札は全て出し切った?』と。

 

「……」

 

 その瞳の問いに答えるように、鵺にさらなる呪力を注ぎ込み、翼への雷撃のチャージを再開させる。

 接近戦用の式神を呼び出せば、あの理不尽な拳で一瞬にして粉砕される。そんな最悪のイメージを植え付けられてしまったがゆえの、遠距離攻撃という負け犬の思考。

 だが、今はそれが最適解であると理解して行動する。

 

 それと同時に、朔の唇が新たな呪詞の詠唱を紡ぎ始めた。

 

「『還魂(かんこん)、道返(ちがえし)、双生の番(そうせいのつがい)』」

 

 

 ポンッ、と。

 

 現在召喚されていた本体の『ウサギ』を一度解除し、瞬時に両手で全く同じ『影絵』を結び直す。

 

「群牙散兎(ぐんがさんと)」

 

 一瞬だけ、領域内を埋め尽くしていたウサギの波が止む。

 だが次の瞬間、新たなウサギの群れが影の沼から再召喚された。

 

 先ほどの呪詞は、単純な増殖を促すものではない。ベースとなった『脱兎』ではなく、そこに継承させた『玉犬』の要素を強制的に強めるための儀式。

 その証拠に、再召喚されたウサギたちは、先ほどの絶望的な数には及ばないものの、その一体一体の呪力が異様に高まり、肉体が一回り以上大きく強化されていた。

 鋭い嗅覚、強靭な爪、そして獲物を噛みちぎるための巨大な牙。それらの身体能力が格段に上昇している。

 

 

 ――『質より量』から、『量より質』への変換。

 

 相手が縛りによってその場から動かない以上、目眩ましや足止めのための『数』は不要。

 必要なのは、肉体を削り取るための純粋な暴力。

 朔から、殺意の乗った極めてシンプルな命令が群れへと伝達された。

 

『喰い殺せ』

 

「……ん?あぁ」

 

 一瞬群れの攻撃が止んだことに怪訝な顔をした五条だったが、そのひと手間加えた再召喚の意図を察し、目を見張ってからやはり楽しそうに笑った。

 

「呪詞の変更で、式神の別側面を強化した? まだそんな裏技が残っていたなんてね!」

 

 二種の式神の複合タイプだからこそ成せる業。状況に合わせて、それぞれどちらかの要素をチューニングし直す。

 一回りスペックと物理的な質量が膨れ上がった群牙散兎が、中央の五条を『餌』であると認識し、獰猛な咆哮を上げながら殺到していく。

 

 

 ――グチャッ! グチュゥゥッ!

 

 五条は変わらず、殺到する猛獣たちを的確に迎撃し続ける。

 だが、その場から動けないこと。そして、ウサギ一体あたりの質量と攻撃力が格段に跳ね上がったこと。これらの要素が積み重なり、反転術式で回復する端から、五条の肉体に刻まれる傷がどんどん増えていく。

 

(……それでも、足りない)

 

 あのデタラメな回復速度と呪力出力を上回ることができない。

 五条悟にはいまだ、明確な『余裕』がある。

 

 おそらく、彼の狙いは時間稼ぎだ。

 皮肉なことに、先ほどまで朔がやっていたことと同じ。形勢が完全にひっくり返っている。

 朔は五条の簡易領域を飲み込もうと『黒天楽土』の出力をさらに上げるも、移動を捨てたことによる縛りの恩恵は凄まじく、結界の皮一枚をどうしても剥がすことができない。

 徐々に削れてはいるものの、その速度は先ほどの半分以下に落ち込んだ。彼自身の集中力が限界を迎えつつあるのも大きな要因だろう。

 

(五条悟は、領域の押し合いを経験して……僕に領域を展開・維持する『技量』がそこまで高くないことを正確に理解したんだ)

 

 だからこその、自分が絶対に勝てる『我慢比べ』への持ち込み。

 このまま無為に時間が過ぎていくとまずい。この不完全な結界が五条の簡易領域を押し潰すよりも早く——五条の『術式が回復』する。

 

 

 ――そうなれば、全てが終わる。

 

 それが分かっているからこそ、五条はあえてこの戦法を選んだのだ。

 相手のフィールドに乗れば、確実に負ける。ならば、乗らない。

 

(このままでは、負けるのはこっち)

 

 ここにきて。

 禪院朔は、当初思い描いていたルートを完全に捨てさった。

 本来であれば、相手の領域対策を完全に削り切り消し飛ばした後に、一切の反撃を許さぬ『最後の一手』として打つつもりだった、隠し玉。

 

(……ここで、勝つ)

 

 その気怠げな瞳の奥に、明確な闘志の炎が宿る。

 辛い。しんどい。死にそうだ。

 

 

 ——勝ちたい。

 

「鵺ッ!!」

 

 朔が大声で式神の名を呼んだ。

 その珍しく感情の乗った声に、五条は巨大ウサギの頭を握り潰しながらも、上空へと意識を向けた。

 

「また、何かやるの?次は何を魅せてくれる?」

 

 

 ――ピキャァァァァァァッ!!

 

 鵺が空を割り裂くような咆哮を上げ、黒天の空を舞う。先ほどからチャージを続けていた膨大な雷が、その両翼に臨界点まで溜まっている。

 

「また、雷? それはさっきも見たよ」

 

 先程とは違う。

 拡散する雷撃ではなく、収束する一撃だ。 

 

「放てッ!!」

 

 五条が軽く首を傾げた、その時。

 朔の悲痛なまでの叫びが、領域内に響き渡る。

 

「これが、僕の最後の攻撃だッ!!」

 

 朔の大声が、五条の思考を僅かに遮る。

 鵺の翼から、極太の『紫電』が五条目掛けて放出されようとしている。五条もそれを真正面から迎え撃つべく、呪力を防御へと回した。

 

「……ッ!?」

 

 だが。五条の六眼は、上空からの雷撃と『同時』に——別の座標から、凄まじい呪力の起こりを捉えた。

 

 最後の切り札を切る。

 

「影門(ゲート)ッ!!」

 

 十種影法術には、いくつかの絶対的なルールが存在する。

 式神が完全に破壊されたら二度と召喚できなくなること。破壊された式神の力は、別の式神に継承できること、など。

 そしてそのうちの一つに、『同時に二体までしか式神を顕現・維持できない』というルールがあった。

 

 だが、禪院朔は一つの『縛り』を自らに課すことにより、その制約を強引に突破している。

『自分自身に呪力を纏い、他者に直接攻撃をすること』を、彼は放棄した。一つの武器を捨て去ることで、別の武器を手に入れた状態。

 それにより、彼が同時に召喚できるコストの上限は『三体』にまで底上げされているのだ。

 

 

 朔は現在、この領域において二体しか式神を使用していない。鵺と、群牙散兎の群れ。

 

 この極限の状態で、出し惜しみをする理由などない。

 ならば、残りの一枠の式神はどうしたのか。

 

 その答えは、極めて簡単。

 刃を、研いでいた。……目の前の男の首元に突きつけるための、最鋭の刃を。

 

 『影』が、不自然に揺らめく。

 自身の影と式神の影を、同一のものと定義することによって繋ぐ拡張術式『影門(ゲート)』。

 逃げるためではない。最後の一撃を叩き込むために。

 

 

 ――バリバリバリバリィィィッ!!!

 

 上空から鵺の電撃が放たれると、ほぼ同時に、背後の影から『それ』が飛び出してきた。

 

 一番初めに、五条悟の『領域』を外側から吹き飛ばした立役者。

 そして主の命令通りに、この戦闘中、今の今まで『最高速度で走り続けていた』式神。

 

「こい……『貫牛』ッ!!」

 

 遠くを走っていた黒牛の影と、自分自身の影が直結し、その絶大な質量が空間を跳躍して現れる。

 その狂気的な奇襲に、上空からの雷撃に身を焼かれながらも、五条悟は目を見開いた。

 

(——来る!)

 

 五条悟を打倒すべく現れた、正真正銘、最後の一手。

 五条の簡易領域を剥がし、自らの領域の『必中効果』を取り戻してから、絶対に回避不能の状態でぶち当てるのが当初の計画だった。

 だが、今は簡易領域に阻まれており、悠長に待っている時間はない。それに、今現在の五条は、簡易領域を維持するために『動くことができない』状態にある。

 

 ならば、必中効果など関係ない。

 

 

 ――やれる。勝てる

 

 ——僕の、勝ちだッ!!

 

 朔の頭の中に、勝利の二文字が閃いた。

 脳汁がドクンッと溢れ出し、極度の緊張から解放されたように、気怠げな表情が歓喜に緩む。

 

 骨折した肋骨。

 その胸の痛みを忘れるほどの高揚感。

 

 災害そのものと言える、超加速の黒牛が五条へと迫る。

 五条悟のその美しい蒼い瞳に映るのは、大半の呪術師が真っ向から受ければ、一瞬で挽肉になるような絶対的破壊の化身。

 

(……まさか、これほどとはね)

 

 五条悟の胸の奥底から、ゾクゾクとするような熱が込み上げてきた。

 

 僕を打倒すべく、これほどまでに執念深く試行錯誤を尽くし、真っ向から挑んできた。

 最強である自分にここまで傷を負わせ、命を削り、ついには逃げ場のない死地へと追い詰めた者は——一体、いつ以来だろうか。

 

 明確な『歓喜』が、五条悟の肉体を包み込む。

 迫り来る死の突進を前にしても、その顔には極上の笑みが浮かんでいた。

 

「ハハハハッ! いいねぇ!!」

 

 奇しくも。

 朔も同じく歓喜と共に、確信の笑みを浮かべていた。

 

(やっぱり、僕は間違っていなかった。最強は、殺せる)

 

 だが。

 そんな禪院朔の絶対の確信を根底から吹き飛ばす『理不尽な異常事態』が、眼下で起こる。

 

 

 五条悟へ、超加速の『貫牛』。

 上空からの雷撃と、四方八方からのウサギの群れ。逃げ場のない、完璧な詰将棋。

 

 そして。

 

 

 ――ドォォォォォォォォォンッ!!

 

 貫牛の巨体が激突した瞬間。

 

 世界の色が反転した。

 そして、全てを喰らい尽くすような『■■■■』が、空間を割るように弾け飛んだ。

 

 …………。

 

 …………。

 

「——は?」

 




 雷角天牛(らいかくてんぎゅう)
 鵺×貫牛

【挿絵表示】

 画像はイメージです。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

感想や評価もありがとうございます。 気がつけば、評価ももうすぐ190! たくさんの方に読んでいただけて、とても嬉しいです。

今回も没案を載せておきます。
コンセプトは、天を翔ける牡牛。

感想や評価は、執筆のモチベーションに繋がっています。 よければ、評価をいただけると嬉しいです!

これからもよろしくお願いします!
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