第弐拾捌話:居眠り授業と暴発するイカロス
翌朝。
薄暗い部屋の中で、不意に意識が浮上した。
まだ朝早くの冷気が室内に漂っている。目をこすり、「ふぁぁ……」と小さくあくびを漏らしながら、ぼんやりと稼働し始めた脳を回す。
(朝、か……)
もう少し寝ようか、どうしようか。
そんな怠惰な思考のまま、ベッドの上で体をよじろうとしたのだが——どうにも、体が重いことに気づいた。
体の不調がまだ続いているのだろうかとも一瞬疑ったが、どうやらそうじゃない。もっと直接的な、物理的な『重み』。
「ん……?」
首を軽く傾けて、自身の左半身にのしかかる重さの正体を探る。
するとそこには、ベッドに横たわる自分の上半身あたりに凭れかかり、すうすうと静かな寝息を立てている禪院真依の姿があった。
床に膝をつき、ベッドの縁に上半身を預けるような、ひどく窮屈そうな体勢で眠っている。
――えぇ?
どういう状況だこれ、と一瞬で目が覚めた。
昨日の夜のことを思い返す。昨日は、まだ僕の体調が万全じゃなかったため、彼女がご飯を作ってくれて、それを食べた。その後、二人でSFアニメの続きを見て……どうやら、僕が先に寝落ちしてしまったらしい。
そして、現在。
(昨日、自分の部屋に帰らなかったの?)
いや、よく見ると昨日とは服装が変わっている。ということは、僕が寝た後に一度自分の部屋へ戻り、着替えてから、わざわざもう一度ここへ来て、そのまま寝落ちしたということか。
(まあ、どっちでもいいか)
どうせチェーンロックも壊して入ってくるのだから、一度帰ろうが帰るまいが同じこと。
朔は首を元の位置に戻し、楽な姿勢になって天井を見つめながら考える。
どうしよう、これ。
このままでは起き上がれない。いや、別に強引に退かしてもいいのだが。
もう一回首を動かして、彼女の顔を間近で見る。
寝ている。完全に熟睡しているようだ。
朔は自分の左手をうまいこと引き抜き、彼女の頭の上にポンと乗せた。わしゃわしゃ、と少しだけ乱暴に撫でてみる。
起きない。
ポンポンと軽く頬を叩いてみる。
やはり起きない。
「……なら、仕方ない」
これ以上、自発的に行動を起こすのはひどく面倒だ。
彼は深くため息をつき、静かに目を閉じて、そのまま見事な二度寝をかました。
*
あの後、結局彼女に揺り起こされた。いつも通りの朝だ。
どうやら彼女は朝食も作ってくれるらしく、勝手知ったる様子で備え付けのキッチンに立つ。
『そろそろ、起きなさい』
その声に促され、普通に起きて、普通に朝食を食べる。
そうして今現在。
僕はなぜか、呪術高専京都校の校舎へと向かう通学路を歩かされていた。
――なんで?
授業など受ける気はないし、学校に行く気も毛頭なかった。
だが、今の僕は彼女に腕をガッチリと掴まれ、半ば強引に連れ出されている。
「はなして〜……」
「逃げないのなら、離してあげるわよ」
「……逃げる」
「なんでそこで正直に言うのよ! 馬鹿じゃないの!?」
こんな感じで、手を繋いでいるというよりは、完全に『引きずられている』状態。振り解こうと思えばできるのだが、それをすると彼女が怒るのが目に見えている。
どうやら、このまま教室まで連行されるらしい。
(こんなはずじゃなかったんだけどな。なんで僕が、真っ当な学生みたいなことを……)
そんな愚痴を内心でこぼしながら、朝の通学路をズルズルと引きずられていく。
*
教室に着いた。
そこには、京都校のクラスメイトたちの姿がある。交流会前に一度だけ顔を合わせた連中だ。
「アナタがモタモタしてるせいで、遅くなったじゃない」
「そうね。ごめんね」
真依の小言に気怠げに返しつつ、教室に入る。
「あっ、おはようございます!!」
すると真っ先に、水色髪の少女——三輪霞が、溌剌とした声で挨拶をしてきた。
「えぇ、おはよ。朝から元気ね」
「禪院くんも! おはようございます!」
「あっ、はい。おはよ」
適当に挨拶を交わす。相変わらず、呪術師っぽくない真っ直ぐで明るい雰囲気の少女だ。
今日は僕が普通に登校しているからか、三輪は物珍しそうな目を向けてくる。
「今日からは、普通に授業にでられるんですか?」
朔は即座に、首をブンブンと横に振った。そんなつもりは毛頭ない。
「暇そうにしてたから連れてきたのよ。体調も問題なさそうだったし」
「別に暇じゃないし。それに、体調だって良くないし」
言い訳じみたことをこぼすが、真依は全く聞く耳を持たない。
「あら、昨日の夜に比べて、今朝は随分マシに見えたけれど?」
「そうだね、昨日に比べればね。……君は変わらず元気だね、あんな『膝立ちの体勢』でずっと寝てたのに」
あんな体勢で一晩中いて、膝は痛くならないのだろうか。なんとなくそう思って放った言葉だったのだが。
「——え? あ、あの。あんな体勢で寝てたって……? も、もしかして?」
二人の顔を交互に見ながら話を聞いていた三輪が、突如として目を限界まで見開いた。
「あ、朝帰り!? お二人は、もしかして……!?」
「ばっ、ち、違うわよ!? そういう話じゃなくて!!」
「い、いやでも、今朝はマシに見えたとか、体勢がどうとか……!」
顔を真っ赤にして慌てふためき、必死に訂正に入る真依。三輪もとんでもないスキャンダルを聞いてしまったとばかりにオロオロしている。
そんなんじゃないと捲し立てる彼女を見て、小さく息を吐いた。
(まあ、いいか)
誤解を解くのも面倒だ。朔は二人の間をすり抜け、自分の席と思われる後方の席へと向かう。
その通り道には、自分の席にどっしりと座るロボットのようなクラスメイトの姿があった。
彼のもとへ通りかかり、軽く声をかける。
「やぁ。えーと、ペッパー……」
「ペッパーくんじゃナイ」
食い気味に訂正された。相変わらずツッコミが早い。
「うん、よろしく」
「……今日ハ来たのカ」
「そうだね。来るつもりはなかったけど。僕の席って、そこの後ろで合ってる?」
「あァ」
何気ない会話を交わし、自分の席へと向かう。
すると背後から、ピシィッ! と真依が三輪の背中を強めに叩く音が聞こえた。いつまでやっているんだ、あの二人は。
やがて、教室の前の扉が開き、担任が入ってくる。
「こらこら、朝から騒がないの。何かあった?」
紅白の巫女服を着た歌姫先生だ。騒ぐ二人を窘めながら教壇に立ち、そして朔の方へと視線を向ける。
「あら、やっと登校してきたのね?」
「……うす」
気怠げに返事をすると、歌姫は心なしか嬉しそうに微笑んだ。どうしてだろうか。サボり魔が学校に来ただけで、大人はあんな風に喜ぶものなのか。
こうして、京都校一年と二年の全員が揃った、珍しい授業が始まった。
*
……数十分後。
歌姫先生が、黒板に呪術界の歴史についてチョークを走らせている。
そして、説明をしながらクルリとこちらを振り向いた瞬間、彼女の額に明確な怒りマークが浮かんだ。
「ちょっ、 始まったばかりで寝てんじゃないわよ!!」
開始十数分。朔の意識は、とっくにシャットアウトされていた。
(もう知ってるもん、その内容。子供の頃、散々やったし)
そんな言い訳をしても無駄なのだろうなと思いながら、のそりと顔を上げる。
「あっ、お構いなく。どうぞ続けて」
「お構いするわ! もっと真面目に授業受けなさい!」
そんな不毛なやり取りを、周囲の生徒たちが呆れたように見ている。特に隣に座る真依は、「やっぱりこうなるのね」と言わんばかりの冷ややかな目を向けていた。
(こうなること、分かってたでしょ?)
内心で真依に毒づきながらも、朔は仕方なく手元の資料を開く。
しかし、授業が再開しても、内容は完全に右から左へ聞き流す状態だった。
(……眠い)
まるで、プール上がりの午後の授業のようだ。そんな真っ当な青春の経験などしたことはないけれど。
朝からこの調子。これが午後の授業だったら、もはや耐えるべくもなく机に突っ伏しているだろう。
「ほら、ちゃんとしなさい」
「……分かったよ」
こうして、ひたすらに退屈な時間が過ぎていった。
この時間が無意味とまでは言わないが。いや、僕にとってはやっぱり無意味だ。
彼は冷めた頭で、そう結論づけた。
*
そして、ようやく座学の時間が終わり、次は実技の『訓練』らしい。
さすがに一日中机にかじりついているわけではないようだ。動きやすい服装に着替え、グラウンドのような広い演習場に生徒たちが揃う。
「はぁー……」
机に向かうよりは、全然こっちの方がいい。冷たい風が心地良い。まあ、この状況も、次に始まる訓練の内容によって変わるのだが。
「それじゃあ! 今日は実践形式での模擬戦闘を行います!」
歌姫先生がグラウンドに声を張り上げる。どうやら実技の訓練も彼女が受け持つらしい。あの人、あんまり戦闘が強いイメージはないのだけれど。
「自分に何が足りていて、何が足りないのか。ちゃんと考えながら立ち回るように!」
実践形式の模擬戦。
退屈な基礎体力作りなどではなくて良かった。
ここにいるのは、僕と真依、三輪、ペッパーくんの四人だ。二対二のチーム戦か、それとも一対一の個人戦か。
そんな風に考えている中、先生が言葉を続ける。
「三輪と真依は、先日『三級』に昇級したことだし! より一層、呪術師としての自覚を持って動くように。これから危険な任務も増えてくると思うから!」
先生の言葉は、生徒に対する慈愛に満ちている。自分の教え子から、決して死者を出したくないという強い意志が感じられた。
(というか、昇級してたんだ、君。四級っていう印象しかなかったけど)
「「はい!!」」
二人の元気のいい返事が青空に響く。これも青春というやつなのだろうか。
「ねぇ、君は何級なの?」
先生が二人に言葉を送っている途中で、朔は隣に立つペッパーくんに小声で質問を飛ばした。
「俺ハ『準一級』ダ」
「ほうほう」
そうか、確かに強そうだ。具体的な強さは分からないが、なんとなく戦ったら一番面倒くさそうな雰囲気がある。
「ちょっとそこ! 私語は慎みない!!」
先生から鋭い注意が飛んでくる。バレた。
「はい、すみません。……それで、模擬戦闘ってどういう組み合わせでやるの?」
全く悪びれることなく質問を飛ばす朔に、歌姫はフンッと得意げに鼻を鳴らした。
「組み合わせは、もちろん考えてきたわ。……まずは、朔! アナタはメカ丸とよ!」
互いに顔を見合わせる。どうやら僕の相手は彼らしい。ということは、相対的に真依と三輪が戦うことになる。
(それにしても、学校の授業で同級生と戦うのか)
禪院家の殺し合いのような訓練とは違う。何とも新鮮な感覚だ。
「……よろしく頼ム」
「……こちらこそ」
ペッパーくんの言葉に返し、朔はグラウンドの所定の位置へと歩き出した。
*
「それでは、両者位置について」
審判のように、歌姫が二人の間の中央に立った。
真依と三輪は、邪魔にならないグラウンドの端に座り、こちらの様子を見学している。
「それじゃあ、ルールだけど。片方が降参するか、戦闘不能になった時点で負け。そして、互いに『相手を死に至らしめるような攻撃』はしないように。絶対よ!」
歌姫はそこまで言うと、ジロリとこちらを睨みつけてきた。
「……特に朔! 分かってるわね?」
――なんか、名指しされた。
理由は分からないが、それくらいのルールは言われなくても理解している。猿並みの知性だと思われているのだろうか。
「はいはい」
短く返事をして、正面のからくり人形と向かい合う。
「お前ハ、東堂と同様ニ『一級術師』だったナ」
構えを取りながら、メカ丸が機械音声で告げてくる。
「胸ヲ借りるつもりで行こウ」
「……対呪霊相手の等級に、術師同士の戦いにおける意味なんてないと思うんだけど。……うん、やろうか」
そんな二人の戦闘前のやり取りを見て、なぜか端にいる三輪が「うんうん」と深く頷いている。何を噛み締めているんだ、あの人は。
「頑張ってください、二人ともー!!」
三輪からの明るい応援が飛ぶ。
一方、真依からは何もない。
君からは何もないのか、と横目を向けると、フイッと顔を逸らされた。早くやれ、と言わんばかりの冷たい空気だ。
(……冷たいな)
こうして、二人は互いに十分な距離を保ちつつ、開始の合図に備える。
風が、二人の間を吹き抜けた。
「それじゃ、行くわよ……」
歌姫が右手を高く上げ、そして、鋭く振り下ろす。
「はじめッ!!」
先生の凛とした声が響いた。
さて、まずはどうするか。メカ丸の武装や機動力を探るため、最初は様子見から入るべきか。
朔が頭の中で戦略を反芻しようとした、その瞬間。
先に動いたのは、向こうからだった。
「——こちらから行くゾ」
『
機械音声が、鋭く轟く。
同時に、からくりの内部から、呪力が爆発的に、それこそ燃え上がるように膨れ上がった。内部で凄まじい『灼熱』が生成されているのが、肌を通して伝わってくる。
(……いきなりか)
ガシャッ!! と、メカ丸の口から巨大な砲塔が飛び出した。
さらに、両方の掌もこちらに向けて構えられ、砲口の奥で圧倒的な呪力がチャージされ始めている。
「ちょっ、ちょっと待ちなさ——ッ!?」
審判である歌姫の焦ったような制止の声が聞こえるが、それは直後に放たれた轟音によって完全に掻き消された。
『
凄まじい呪力の熱線が、口と両掌の三重から同時に射出された。
出力が、想定していたよりも遥かに高い。その上、回避を許さないほどの圧倒的な広範囲。グラウンドの地面を抉り、空気を焼き焦がしながら、全てを灰にするような一撃が迫ってくる。
「えぇ……『死に至らしめる攻撃』って、禁止じゃなかったの……?」
目の前に迫る死の光を見つめながら。
禪院朔の『思考』が、極限まで加速し始めた。
(呪力の出力は、完全に僕より上。とてつもない威力と範囲……まさに、全てを焼き払うビーム)
――えぇ、これ普通に死ぬじゃん。
――当たればだけど。
朔は、すでに結んでいた影絵を起点に、呪力を爆発させた。
「『満象』」
さらに、もう一体。
「『虎葬』」
彼の目の前に、巨大な象と、二足歩行の獰猛な虎が同時に顕現する。
満象を巨大な『盾』として前面に配置し、背後の虎葬には自身の体を抱え込ませるようにして、熱波と衝撃から身を守るよう指示を出す。さらに、肩に乗せている一羽の兎の意識に集中を巡らせ、煙の中でも敵の位置を常に把握し続けるレーダー網を構築した。
直後、三重の熱線が迫る。
朔は自身の呪力を満象へ惜しみなく送り込み、その強靭な皮膚をさらに強化する。そして——。
――トゴォォォォォォッ!!!
ついに、絶望的な熱線が満象の巨体と激突した。
(……っ、すごい熱い)
分厚い壁の裏に隠れているため、朔自身に直接的なダメージはない。だが、大気が灼ける凄まじい熱が虎葬の腕越しにも伝わってくる。
やがて、『
そこには、皮膚の表面を黒く焦がしながらも、毅然として立ち塞がる満象の姿があった。
「驚いたナ……。まさか、アルティメットキャノンヲ真っ向から防がれるとハ」
彼の驚きももっともだ。どれだけ満象がタフな式神とはいえ、あの超火力を素の耐久力だけで防ぎきれるはずがない。
「そっちこそ凄いね。象の皮膚が焦げた」
朔は、満象の巨体に御三家秘伝の対領域術『落花の情』を纏わせていた。
触れた呪力を反射的に呪力で弾き返すその秘術を以てしても、完全相殺には至らなかったのだ。恐るべき火力である。
満象が「まだまだこれからだ」と言わんばかりに、鼻を高く上げて咆哮を轟かせた。朔は虎葬を解除し、煙を吐きながら排熱しているペッパーを見据える。
「それで? まだ観察中? 様子見にしては、随分とすごい威力だったけど」
*
一方、メカ丸の内部では凄まじい速度で戦況の計算が行われていた。
(凄まじい耐久力だ。アルティメットキャノンの一撃を、あの程度のダメージに抑えるとは。強化の出力が高いのか?)
いや、そこはどうでもいい。
規格外の耐久力を持つ盾ならば、まともに相手にする必要はない。相手は式神使い。本体を直接狙えばいい。
見る限り、術者本人の耐久力は決して高くない。むしろ、呪術師の中では低い部類だろう。
同時に顕現させられるのは、おそらく三体。常に肩に乗せている兎のような式神の能力は不明だが、巨大な象は小回りが利くタイプではない。
ならば。
メカ丸は、長い思考をほぼ一瞬で終わらせ、すぐさま最適解と弾き出した行動へと打って出た。
『
ガキンッ! と硬質な音を立てて、右腕から鋭利な刃が出現する。
『
両肘の部分からジェット噴射が吹き出し、爆発的な推進力で大地を蹴り、一気に突っ込んできた。
「……くるか」
朔は脳に呪力を回し、思考を極限までクリアにする。どこから来ても問題はない。
接近してくるメカ丸だが、真っ正面から来ることはなく。
十数メートルほどの位置で、急激に軌道を変える。ジェットの出力が規格外なのだ。巨大な象の盾を無視する形で、最高速で迂回しながら朔の側面へと接近を試みる。
推力加算による加速が、標的を定めることによってさらに限界を超えていった。
『
ドリルのように回転する刃が、喉元へ迫る。
「放て」
だが、満象の準備はすでに整っていた。
朔の冷酷な指示と共に、満象の巨大な鼻から、極限まで圧縮された高水圧の球体が放たれる。
——回避不能。
ギリギリまで引きつけられ、超高速で側面から撃ち出された水の塊。空中に身を晒し、直進の慣性がついたメカ丸にそれを避ける術はない。
「グハッ、ガァッ……!」
直撃。
撃ち落とされたメカ丸は、地面をズルズルと激しく滑り、土煙を上げた。
(何が起きた……?)
ペッパーくんは思考を巡らせ、周囲がびしょ濡れになっていることから、ただの放水ではなく『圧縮した水球』を飛ばされたのだと即座に理解する。
すぐさま体勢を立て直し、立ち上がりざまに左掌を朔へと向けた。
『
アルティメットキャノンほどではないにしろ、十分すぎるほど広範囲の熱線が一直線に放たれる。
朔はそれを確認するなり、冷静に満象の術式を解除し、同時に肩のウサギを一気に増殖させた。
「『
その呼びかけに呼応し、膨大な数の兎が術者を包み込みながら、周囲へと爆発的に拡散する。即座に兎を二つのグループに分け、それぞれに異なる指示を送った。
直後、メカ丸の左掌から放たれた熱線が、兎たちの群れの中心を焼き払う。
(……いない? どこへ行った!?)
そこに、禪院朔の姿はない。
困惑が広がる。だが、そんなことを考えている暇はない。獰猛な牙を剥き出しにした兎の群れが、四方八方からからくり人形へと迫ってきているのだから。
「くっ……『
メカ丸はジェット噴射で上空へと飛び上がり、群れの包囲を避ける。
(……数が多いな)
掌から呪力で生成した熱の弾丸を連射し、兎を削っていくが、圧倒的に数が多すぎる。通常の呪弾射撃では処理が追いつかない。
(もう一度、
――ガガッ!!
「なんダ……どこから!?」
空中の完全な死角。いつの間にか上空へ跳躍していた虎葬が飛び出し、メカ丸の背部に強烈な蹴りを叩き込んだ。
体勢を崩し、ほんの少し高度が下がったせいで、地上から跳躍した兎たちがからくりの体に群がってくる。
「ぐっ、離、セ……!」
爪や牙が、装甲の隙間にガリガリと食い込む。メカ丸はすぐさま刀源解放を起動し、群がる兎たちを強引に薙ぎ払った。
だが、そこへ再び虎葬が迫る。獰猛な獣の咆哮を上げ、空中戦を仕掛けてくる虎の式神を相手に、メカ丸は距離を取りながら呪弾射撃を撃ち、反撃の隙を探り続けた。
*
そんな激しい空中戦の光景を。
朔は地上の『影』の中に出入りしながら、極めて冷静に観察し、解析を続けていた。
(なるほど、近接戦闘もやれるね。近距離の殴り合いから、中遠距離の狙撃まで。両方こなせる万能タイプだ)
脳内で、兵装と性質が丸裸にされていく。
まず、一番最初に放った両手と口からの最大火力。アルティメットキャノン。
おそらくあれが、彼の持つ最高火力だ。一番タメが長く、威力も範囲も桁違い。なら、放つ素振りを見せた時は、チャージする間を与えず距離を詰めて潰せばいい。
次、左掌からの熱線。ウルトラキャノン。
最大火力ほどじゃないにしろ、ほんの少しタメがいる。射出前に潰すのは厳しいかもしれないが、回避や防御は十分に可能。
次、呪力で生成した弾丸。
ほぼタメがいらず、かなり正確に撃ち抜いてきている。兎の頭部が正確に撃ち抜かれたのを感じた。かなりの精度だ。だが、呪力がこもっている以上は感知もしやすい、軌道も認識できる。
(呪いのこもっていない純粋な鉛玉を、サブリミナル的に混ぜて撃たれたら面倒だけど。まあ、あのからくり全身呪力まみれだし、それはないと思いたい。まぁ撃たれたとしても、脳さえ守ればいいか……)
次、肘の加速。
かなりの速度が出るジェット。急停止や急発進もお手の物。小回りも利く。真正面に方向を定めればその分直線速度は上がる。だが、あれは呪力を動力とした『灼熱の噴射』だ。その向きにさえ注意を向ければ、次に向かう方角はおおよそ予測できる。問題ない。
次、右腕から飛び出した複数の刃。
近接が強い。以上。
(……こんなとこかな。それじゃあ、攻めにいこう)
手札の解析を終えた朔は、影の中から顔をだし呪詞を詠唱し始めた。
「——
*
上空。
『
(虎の式神は、かなり素早く攻撃力もある。それでも、機動力はこちらが上だ)
熱弾をぶち当て、虎葬との距離を稼ぐ。
脳内に作戦を描き、さらに加速。一気に距離を開けるため、ジェットに熱を送る。
「はぁぁあっ!」
急速な方向転換。虎葬は空中でそれに追いつけず、膝をつく。
(隙ができた!今だ……これで決める!)
メカ丸は虎葬へ向け、左手を真っ直ぐに突き出した。
「ウルトラ、キャノ——」
――バシィッ!!!
言い切る直前。突如として、
「ナっ……!?」
彼が戦っているのは、式神使いだ。単体の式神だけを相手にしていればいいわけではない。
そして、メカ丸が本当に驚愕したのは、拘束されたこと自体ではなかった。
(術式が、乱されて……!?)
困惑し、自身の腕に絡みついたものを見る。その視線の先には、角が生えた奇妙な巨大カエルと、その上に悠然と立つ禪院朔の姿があった。
『
円鹿の能力を継承させた蝦蟇。その長大な舌がメカ丸の腕を捕らえ、そこから膨大な『反転術式』を流し込み、熱線の動力源である呪力を強制的に中和した。
ウルトラキャノンのチャージが、キャンセルされる。
「くっ……油断しタ……!」
歯噛みする。まさか、上空のこのタイミングで直接本体が仕掛けてくるとは。
「おわり?」
「なめるなァァ!!」
蛙の舌を強引に剥がそうとするが、呪力を中和されているため力が出ず、その上極めて強固な拘束が解けない。
だが、術式をキャンセルされながらも、彼は狂ったように呪力を流し込み続けた。
(反転術式で中和されるのであれば……それ以上の呪力を流し込めばいい!! )
――ゴリ押す!!
圧倒的な出力に任せた、
バチバチと、腕の中で中和と生成が拮抗し、恐るべきエネルギーが膨張し始める。
それを見た朔は、僅かに目を丸くした。
「えっ。いや、ちょッそんなことしたら……」
朔は容赦なく、癒舌跳蛙の反転術式の出力をさらに引き上げた。
次の瞬間。
――ゴォォォォォォンッ!!!!
圧倒的な呪力の奔流と、それを打ち消す強烈な反転術式。その矛盾したエネルギーの衝突により、メカ丸の内部で中途半端に生成された『灼熱』が完全に制御を失った。
逃げ場を失った熱エネルギーが、カラクリの右腕そのものを吹き飛ばす、凄まじい内部爆発を引き起こしたのだ。
空中で火を吹き、巨大な爆炎が青空を染め上げる。
「メカ丸ッ!!」
グラウンドの端から、三輪か歌姫の悲鳴が響いたが、それすらも鼓膜を劈く爆音にかき消された。
「ふむふむ、あー……なるほど」
吹き飛ぶ右腕を見ながら、分析を口にする。
「呪力を用いて灼熱の熱線を放つ。その動力を中和し続けた状態で無理やり出力を上げれば、中途半端に生まれた灼熱は制御を失って暴発する、と。面白いな」
右腕を失い、バランスを崩したからくり人形が、黒煙を吹きながら地上へと落下していく。
「とりあえず、トドメ刺すか」
朔は冷淡にそう呟くと、爆発に巻き込まれて千切れたものの、すでに反転術式で再生を終えていた癒舌跳蛙の舌を再び射出させた。
「絡め取れ」
落下していくからくり人形に舌が巻き付き、凄まじい力で地上へと引き寄せる。
「フィニッシュだ」
引き寄せられ、無防備に宙を舞うメカ丸の先へ。
地上から跳躍した虎葬が駆け上がり、空中で待ち構えていた。獰猛な虎の式神が、渾身の力を込めた回し蹴りを、メカ丸の胴体に叩き込む。
――ドゴォォォォォォンッ!!!
中を舞っていたからくり人形は、隕石のような速度でグラウンドに叩きつけられ、深々と地面を陥没させた。
舞い上がる土煙。ピクリとも動かなくなった究極メカ丸。
完全決着。
朔は蛙の背から飛び降り、ゆっくりと空を見上げた。
今日は、太陽がひどく眩しくきらめいている。
(なんか、イカロスみたいだな)
腕を吹き飛ばされ、空から無様に墜落していった同級生の姿を観察し。
禪院朔は、ひどく詩的な感想を脳内に思い浮かべた。