こうして、天を舞っていたからくりは無惨に地に落ちた。
(うん、全部うまくいったね)
いい感じだ、と冷めた頭の中で、これ以上なく満足していた。
地面に叩きつけられた瞬間、メカ丸の内部でもう一度爆発が起こり土煙が上がったが、まあ誤差みたいなものだろう。元々上空で爆散して右腕が吹き飛んでいたのだから。
てくてくと満足げな足取りで、グラウンドの中央に陥没したクレーターへと近寄っていく。
最後、虎葬が空中で蹴り飛ばした一撃で、ちょうどあのあたりに落ちたはずだ。
(大丈夫だよね。あれ、からくりだし)
中に人間が乗っているわけじゃないだろうし、遠隔操作の類だろう。本人はどこにいるのだろうか。あの遅延のない精密な動きやタイムラグの無さを考えると、高専の敷地内のどこかに潜んでいるのだろうか。
(……ダメージがフィードバックしてたり、痛覚が本体と繋がってたりは……さすがにしないと思うけど)
そんなことを考えながら、爆心地の底を覗き込む。
「んーと、大丈夫? おーい」
声をかけながら近づくと、地面にめり込んだからくり人形は、口や関節の隙間から何らかの気体を「プシューッ」と吐き出しながら、ピコピコと赤いエラーランプを明滅させていた。
「……これは、買い替え時かな?」
右腕を失い、装甲もひしゃげてしまったそれを見て、朔は淡々と呟いた。形あるものはいつか壊れるものだから、仕方ない。
そんなことを思っていると、端で観戦していた三人が慌てた様子で駆け寄ってきた。
「メカ丸!! 大丈夫ですか!?」
悲痛な叫びと共に、三輪霞が朔を追い抜いてからくりのもとへと飛び込む。そして、ひしゃげた装甲に触れた瞬間。
「アッつぅぅ!?」
涙目で手を引っ込める叫び声が聞こえた。
それは熱いだろう。さっきまで内部で灼熱をチャージし、それが暴発して炎上した直後なのだから。
「コラァァッ!! 何やってんの!?」
直後、歌姫先生の怒号がグラウンドに響き渡った。当然、僕に対してだ。
「先生、僕勝ちましたよ」
「どう考えてもやりすぎでしょ!! 『相手を死に至らしめる攻撃はするな』って言ったわよねぇッ!?」
めちゃくちゃ怒られた。せっかく完全勝利したのに、そんなに怒らなくてもいいじゃないか。
「いや、爆発に関しては、彼が無理やり僕の反転術式の中和を無視して出力を上げたせいで……」
「最後の上空からの蹴り落としは完全に蛇足でしょうが!!」
僕の正当性を理路整然と説いたつもりだったが、怒髪天を突く勢いで怒鳴られた。やっぱり、やりすぎたか。
「先生、そんなことよりもこっちを」
真依が、冷静な声で歌姫先生を呼び戻す。確かに今は説教をしている場合ではない。
少し熱も収まってきたのか、壊れかけのからくりを三輪が心配そうに抱きかかえている。朔と歌姫先生もそちらへ歩み寄った。
「ガ、ガガガ……」
メカ丸は、変な機械音声を立てながら、口からプシュウッと白い煙を吐いた。排熱機能か。
「大丈夫ッ!? メカ丸! 煙がすごい出てるし、熱いし……!」
「ダ、ダダ、だい、ダイジョブダ、ミワ」
全く大丈夫じゃなさそうな、バグった機械音声の返答が返ってきた。だが、からくりが壊れただけで、やはり遠隔操作している本体の精神や肉体は無事らしい。よかったよかった。
「ごめんね、ちょっとやりすぎたみたい。君のその体、壊れちゃったみたいだけど、結構マズかったりする?」
あれがないと彼自身が色々と困るんじゃないかと思って聞いてみた。出力も高く、かなり高性能な機体だったし。
「い、いや、も、問題ハ、な、い……。スペアなら、あル」
向こうで通信のチューニングをし直したのか、徐々に声が鮮明に聞こえるようになってきた。その言葉を聞いて、三輪も歌姫もホッとしたように胸を撫で下ろす。
「もう少し、加減を覚えなさいよ」
真依からジロリと冷たい視線で注意された。
「全くよ。アンタのことだから何かやらかすとは思ったけど……」
歌姫先生からも呆れたように追撃される。
「まぁまぁ、お二人とも。メカ丸も無事(?)だったわけですし」
三輪から苦しいフォローが入る。右腕が吹き飛び、全身が半壊しているこれを無事と言っていいのかは分からないが。
そんなこんなで言い合っていると、からくりから少し乱れた音が聞こえてきた。
「ゼ、ゼンイ、ン」
「ん? 僕?」
「どう、だっ、タ?」
どういうことだろうかと不思議そうな顔をしていると、僕の疑問を察したのか、メカ丸はさらに言葉を続ける。
「やり合ってみテ、どうだっタ。……俺ハ弱かった、カ」
その問いには、彼自身のプライドと、完膚なきまでに敗北したことへの悔しさが滲み出ているように感じられた。
朔は少しだけ考える素振りを見せ、率直な感想を口にする。
「いや、十分すぎるくらい面倒くさかったよ」
それは嘘偽りのない事実。
「近接戦闘と中遠距離の狙撃、その両方を高いレベルでこなせる人間は手強い。君の場合、出力の最大値もかなり高いし。羨ましいよ」
「メカ丸!! さっきの模擬戦、とってもすごかったですよ! ナイスファイトです!」
三輪が彼を励ますように明るく褒める。
「まぁ、彼相手にあそこまで健闘したなら、上出来なんじゃない?」
真依も、珍しく素直な言葉をメカ丸にかけた。
彼らの言葉を聞き、メカ丸が黙り込む中。朔は顎に手を当て、先ほどの戦闘を冷静に分析して語り始める。
「ペッパーくんはさ、色々できるしすごく強いんだけど、ちょっと勿体ないね」
「……」
「最大火力の大技を真っ先に出したり、目の前の盤面に集中しすぎたり。接近戦もできるけど、君の強みは圧倒的な弾幕と機動力なんだから、まずは遠距離から距離を保ちつつ立ち回れば、もっと厄介になると思う」
朔からの、冷徹だが的確なアドバイス。
それは、彼がメカ丸の実力を『強者』として正確に評価しているからこその言葉だった。
「まあ、それでも。最初のアレ、すごくカッコよかったよ。SFのビームみたいでさ」
「それ、昨日アナタが自室で見てたアニメの話でしょ。……あったわね、確かに」
真依が昨日の光景を思い返しながら、小さくため息をつく。
メカ丸は、そんな彼らの言葉を聞きながら。
こちらから表情は分からないが、静かに目を閉じて満足しているようにも見えた。
「ハ、ハハハ……」
笑い声のようなものが、からくりの口から微かに漏れる。
だが、真依と言葉を交わしていた朔が再びメカ丸に目を向けると、その声はピタリと止まった。
「なんか言った?」
「……イヤ、俺ハペッパーくんじゃナイ。メカ丸ダ。いい加減覚えろ」
「……君の名前、覚えにくくて」
「この名前が覚えにくいとか嘘だろう」と驚愕するメカ丸。
「三輪のことハ、普通ニ呼んでいたガ?」
「……三輪さんは、真依との話でたまに名前が出るからね」
「諦めなさい。彼は、そういう男よ」
『人の名前や興味のない事柄を致命的に覚えない男』。どうやら、真依の中ではそういう認識になっているらしい。
三輪の名前を覚えていたのは、単に真依が時折話題に出すからに過ぎない。彼女の口から、メカ丸の話は出ないし。
「気をつけるよ」
適当に返しておくと、メカ丸は呆れたように小さく息を吐き、機能を停止した。
「ともかく、このままじゃ危険ね。一旦、端に移動させるわよ」
歌姫先生が指示を出し、三輪がうんしょとからくりを引っ張っていく。
実際、授業はまだ終わっていない。僕とメカ丸の戦闘が、想定外に早く終わってしまっただけなのだ。
そんなこんなで、訓練は次のフェーズへと移行する。
*
先ほどは彼女たちが見学していたように、今度は自分がグラウンドの端で座って見学するポジションだ。
『三輪 VS 真依』
どっちが勝つかな。
メカ丸は完全に沈黙してしまったため、朔は一人でぼんやりと二人を見つめる。
「はじめッ!!」
歌姫先生の号令と共に、二人が同時に動き出した。
三輪がすぐさま前傾姿勢で距離を詰め、木刀を振るう。対する真依は、即座にバックステップで距離を保ちながら、リボルバーを構えて牽制の射撃を行う。
(実力はそこまで変わらないような気もするけど……)
それにしても。
彼女たちの手に握られているのは、『木刀』と『ゴム弾』だ。
――平和だぁ。
多分これが、『普通』の模擬戦なのだろう。
さっきの僕たちのドンパチは、普通におかしかったのだと、目の前の戦闘を見ているとよく分かる。
三輪は真剣ではなく木刀を使い、真依は実弾ではなくゴム弾を撃っている。
(さっきの僕たちの戦闘、なんだったの。真っ最初から全てを消し飛ばす気でぶっ放してきたよね、彼)
『
そんなどうでもいいことを考えている間にも、戦闘は進んでいく。
息もつかせぬ、攻防の入れ替わる怒涛の展開。一秒たりとも同じ位置に留まらず、グラウンドを走り回っている。
(疲れないのかな)
かたや、遠距離攻撃を持たない剣士。かたや、近距離の手札がない銃使い。
距離を詰められたら負ける女と、距離を開けられたら負ける女。そういう戦いだ。
それらをしばらくぼんやりと眺めていたが。
(……なんか、飽きてきたな)
これ、いつまでやるんだろう。
朔の頭の中に、純粋な疑問と、ほんの少しの『魔』が差した。
座っている状態から、こっそりと腰を上げようとした、その瞬間。
ポンッ、と。
「……ッ」
朔の両肩に、背後からガッチリと手が置かれた。
振り返ると、そこにいたのは、微笑む歌姫先生だった。
「朔。ダメよ、逃げちゃ」
「……そんなことしないけど、なんで?」
僕の両肩を掴み、絶対に逃さないとばかりに体重をかけてくる。重い。
「真依から事前に聞いていたのよ。『あの子が雲隠れするとしたら、絶対にこのタイミングです』って」
「……」
飽きたらこの場を離れる。僕の行動パターンが、完全に読まれていたらしい。
――大正解だよ、ちくしょう。
「はぁぁ……わかりましたよ。いますよ、ここに」
「よろしい」
歌姫先生は満足そうに息を吐き、再びグラウンドの試合へと目を戻した。
(……早く終わんないかな)
捕獲されたサボり魔は、大きくため息をつきながら、再びぼんやりと平和な試合を眺め始めた。
*
グラウンドで繰り広げられた、三輪霞と禪院真依による『普通の』模擬戦。
最終的に、勝敗は真依の勝利で決着がついた。
三輪はシン・陰流の使い手だと聞いていたが、彼女の『簡易領域』はどうやら両足を地面につけ、待ちの姿勢で構えなければいけない仕様らしい。動けば即座に解除されてしまう。
だが、真依のメインウェポンは銃だ。自分から三輪の得意な接近戦の間合いに踏み込む必要など微塵もない。迎え撃つ姿勢の居合術は、相手が遠距離攻撃主体の場合、あまりにも相性が悪かった。下手に距離を取って待とうとすれば、一方的に銃で撃ちまくられるため、三輪は自ら突撃するしかない。
三輪は真依の放つゴム弾に当たらないよう、必死に木刀を振るって弾き落としながら接近を試みたが、やはり慣れない動きに苦戦を強いられていた。
そして最後は、完全にタイミングをずらされて放たれたゴム弾を避けることができず、頭部にクリーンヒット。よろけた拍子に、真依の蹴りを鳩尾に食らって完全に沈められた。
だが、真依も完全に無傷というわけではない。
三輪の鋭い剣閃を避ける際に体勢を崩したり、避けきれずに腕で受け止めたりした場面もあったため、制服が少し汚れ、息も上がっている。
「二人とも大丈夫? お疲れ様、少し休憩しなさい」
歌姫先生が、グラウンドに座り込む彼女の元へ歩み寄り、冷たい水の入ったペットボトルを差し出しながら優しく声をかけた。
「ありがとうございます、先生——あっ」
真依が水を受け取ろうと顔を上げた瞬間、自分の鼻からツツーッと赤い線が流れていることに気づいた。三輪の木刀の峰が、かすっていたらしい。
真依は咄嗟に手で鼻元を覆い、勢いよくこちら——見学していた朔の方を見た。
「ちょっ、ちょっと待って! み、見ないで!!」
「……え?」
彼女は朔から顔を隠すように両手で顔を覆い、そっぽを向いてしまった。どことなく、激しく恥ずかしがっている気配を感じる。乱れた髪も必死に直し始めた。
(……そんなに?)
「せ、先生! 三輪も気絶しかかってますし、医務室に私が連れて行ってもよろしいでしょうかッ!?」
「え、えぇ。構わないけれど……そこまで慌てなくても……」
困惑する歌姫先生を気に留めることなく、真依はフラフラの三輪を半ば強引に横抱きにすると、顔を逸らしたまま、逃げるように校舎の方へと走り去ってしまった。
「……ど、どうしたのかしら? あの子」
不思議そうな顔で、その背中を見送る先生。
「ああいう感じの時は、気にしないのが一番だと思いますよ」
朔は適当に返事をしながら、配られたペットボトルの水を飲み、深く息をついた。
(……だるい。気持ち悪い。やっぱ、回路が良くないのかな)
五条との戦いの後遺症か、先ほど蛙の出力を強引に引き上げたせいか。鉛のような気怠さが、再び全身を包み込み始めていた。
「朔。とりあえず、アンタも教室に戻りなさい」
「いや、僕のことはお気になさらず。お先どうぞ」
気怠げに返す朔の言葉に、歌姫は怪訝な顔をした。
「いきなり何よ。どうかした?」
「いえ、ここ数日体調不良なだけで。例の模擬戦の後から、少し気分が悪くて」
暗に「五条悟との模擬戦」のことだと伝える。
「丸二日間休んで大丈夫だと思ったんですけど。さっきの戦闘のせいか分からないけど、だるくて。……ちょっと休んでからいくので」
そう言い残し、朔はそのままグラウンドの土の上に、横にゴロンと寝転がった。
「 いや、ここで寝るのやめなさいよ! せめて、部屋に戻ってからにしなさい!」
先生が慌てて注意してくるが、いや、ほんと無理だ。しんどい。部屋へ帰りたいが、立ち上がる気力すら湧かない。
彼女の小言をシャットアウトするように、目を閉じてうずくまる。髪や服にグラウンドの泥がつくが、そんなことはどうでもよかった。
(……道端で倒れている酔っ払いって、多分こんな感じなんだろうな)
そんなことを思いながら、「しばらくしたら帰るので問題ないです」と伝えたのだが。
「——あぁ、もう! 手のかかる子ね!」
歌姫先生は大きなため息をつくと、しゃがみ込み、寝転がる僕の体に手を入れてきた。
「せんせ、い? なに?」
「こんなところで寝ない! 風邪ひくわよ。……教室まで連れてってあげるから、せめてそこで寝なさい」
そう言って、彼女は僕をおぶろうと正面に回り、自分の肩に手を回させようとする。
「先生、僕、泥で汚れてますよ」
「こんなところに寝そべるからでしょう! もう、髪にも土がついてるじゃない」
先生はパシパシと優しく手で払って、僕の服や髪についた汚れを落としてくれる。
「ほら、腕回して」
「……よいしょ」
歌姫先生は、朔の体を背中に乗せ、ゆっくりと立ち上がった。
朔は、同年代の男子と比べてもかなり線が細く、軽い。彼女の呪術師としての筋力をもってすれば、全く苦ではない重さだ。
「アンタ、軽いわね……ちゃんとご飯食べてるの?」
「たべてる」
なんか、また母親みたいなことを言われた。
そう言いたくなるほど、僕が軽かったのだろう。
歌姫先生は僕を背負ったまま、ゆっくりとした足取りで校舎へと歩き出す。
先生の身長は、真依とさほど変わらない。だが、不思議とその背中は広く感じた。
「あの、先生」
「ん? どうかした?」
「…………ちょっと、揺れきついです。もう少しちゃんと歩いてもらっていいですか? 僕にもっと気を遣って」
「振り落とすわよ、アンタ」
それは困る。
振り落とされないように、朔は歌姫先生の首にキュッと強く手を回した。
そんな素直な反応が意外だったのか。
「……ふふっ。冗談よ。落とさないわよ」
――落とすって言ったじゃん。
心の中でツッコミを入れながらも、先生は小さく笑い、再び歩き出す。
心なしか、先ほどよりも揺れが少しだけ優しくなった気がした。
安心したように、その小さな肩へと頭を預ける。
(心地いいな)
気が抜けたのか、強烈な眠気が襲ってきた。
先生の背中はとても暖かく、首筋からは、ひどく安心するような、とてもいい匂いがする。
ずっとこうしていたいと思うような、程よい疲労感と、揺り籠のような心地よさ。
「……歌姫、先生」
「なによ?」
返事をする先生の声が、少しずつ遠ざかっていく。
こうして、彼女の暖かなぬくもりを確かに感じながら。その背中におぶられたまま、静かに、子供のような深い眠りについた。