「刀の錆にしてやる!」と言うと、本当に眼の前の人・物を『刀の錆』に変換する魔法 作:水葉わいん
「うぐっ……」
魔法を呪いに対して使った瞬間、強烈な違和感が全身を襲ってきた。
まるで全身を掻き混ぜられているような感覚だ。
俺は目をギュッと瞑って、必死に違和感に耐え続けると……遂に違和感は消えた。
「はぁはぁ……一体、何が……」
俺は僅かな期待を胸に窓に目を向けた。
そこには――痣一つ無い端正な顔立ちをした少年が居た。
「……誰?」
俺は試しに右手で頬に触れてみる。
すると、窓に映った少年も全く同じ動作をした。
今度は左手で頬をつねってみる。
窓に映った少年も同じく左手で全く同じ動作をした。
「……も、もしかして、これって俺!?」
何度も何度もベタベタと顔を触る。
痣のような感触は一切無かった。
まさか……本当に呪いを消せたのか……!?
「やった……、やったぞ……!」
歓喜のあまり、思わず拳を突き上げた。
良かった……。
今生は、前世みたいに病気に苦しみ続けるような生活を送らなくて済むんだ……!
自由に好きなことをして、生きていける……!
「いやぁ、さっきはふざけてるとか使い道ないとか思ってたけど……とんだ掘り出し物だったな……!」
――その時、突然、ぐらりと視界が揺らいだ。
「あ……れ……?」
俺は思わず頭を抑える。
さっきとは比べ物にならないほどの違和感と眠気が同時に襲いかかってきたのだ。
この感覚、何度か覚えがあるぞ……。
魔力切れだ。
意識は境界線を失っていき、気が付けば俺は意識を失っていた。
――◇――◇――◇――
「――おーい、着いたぞ」
「んんっ……」
俺は御者から声を掛けられ、ようやく目を覚ました。
焦点の合わない視界で周りを見渡すと……どうやら、既に目的の街に着いていたらしい。
「随分とぐっすりと寝てたじゃねえか」
「なんか、すみません……」
「いやいや、良いってことよ! そんだけ乗り心地が良かったってことだろ?」
「あはは、そうですね……!」
実際は、魔法の使いすぎで魔力切れで気絶してしまったのだろう。
しかし、それは伏せておこう。
「そんでよぉ、着いて早速で悪いがあんたに会いたいって人が居てなぁ」
「……俺に会いたい人ですか?」
全く覚えがない。
俺に会いたがる人間なんて、いるのか……?
嫌な予感しかしないんだけど……。
すると……案の定、鎧に身を包んだ集団が近づいてきた。
「――お前が呪いを持っている少年だな?」
集団の先頭にいた男が、俺を厳しい眼差しで睨みつける。
彼らは腰にロングソードを差しており、俺よりも何倍も大きな身体を持っていた。
……どう考えても俺じゃあ勝てそうにない。
「隠しても無駄だ! さぁ、そのスカーフを外してみろ!」
「……はい」
俺は言われるがままにスカーフを外した。
次の瞬間、騎士たちの目は大きく見開かれた。
「黒い痣が……ない!?」
穴が空くんじゃないかってくらい、騎士は念入りに俺の顔を見つめると……拍子抜けしたように溜め息を漏らした。
「……どういうことだ? この馬車に呪い持ちの子が乗っていると匿名の通報があったはずなんだが……」
「そ、そうなんですか……?」
「……ああ。だが、どうやらイタズラだったようだ。忘れてくれ」
騎士たちは何事も無かったかのように踵を返した。
その背中に……俺は思わず、疑問を投げかけた。
「あ、あの……! もしも俺が呪いを持っていたら……どうするつもりだったんですか?」
「ん? そしたら……浄化だ」
「浄化……?」
あれ……?
もしかして、呪いって普通に治せるの……?
「ああ。――肉体の死を以て魂を浄化させるんだ」
「ッ……!?」
じゃあ俺、あのままだと死んでたって……こと……?
ゾワリと寒気が背中に走り、全身が震えた。
俺は去っていく騎士たちの背中をじっと見つめ続けた。
匿名の通報……か。
恐らく、家の誰かだと思うが……誰だろうか。
両親か……?
いや……なんか違う気がするな。
両親は俺のことなんて、いつでも殺せたはず。
となると――
「……あいつか」
そういえば馬車に乗る前、俺のことを強く睨む男が居た。
顔立ちが俺や父さんに似ていたことから……恐らく、俺の弟だろうな。
つまり、次期当主だ。
「面倒だな……」
狙う理由は一目瞭然だ。
弟にとって俺は、時限爆弾も同然。
我が家から呪いを持つ子が生まれたという事実を早く消したかったのだろう。
「……逃げなきゃ」
今の俺は呪いにかかっていないが……そんなこと、弟は知る由もないのだ。
これじゃあ、いつ殺されてもおかしくもない。
早く力を付けなければ……!
「どうしよう……」
小屋の中でずっと筋トレはしていたし、錆にする魔法だってある。
しかし……それでも、少し不安だ。
どれだけ筋肉があっても、喧嘩の一つもしたことのない俺に戦闘の技術は全く無いのだ。
兄が俺を殺そうとするなら……きっと、強力な刺客を放ってくるだろうし……。
「――少年、どうした?」
その時、御者さんが心配そうに俺の顔を覗き込んできた。
「い、いや、別になんでもない……です」
「そうかぁ? 随分と深刻そうな顔してたぞ……?」
「そ、そうですかね……」
「あんた多分、この街は初めてだろう? 悩み事があったら言ってくれていいんだぜ?」
そこまで言ってくれるなら、お言葉に甘えて少し相談させてもらおう。
「……すぐに強くなる方法とかってありますか?」
「んー、流石にそんな方法はねえなぁ……」
「ですよね……」
「でも、傭兵を雇うのはどうだ? それか奴隷を買うか」
「奴隷……!?」
俺は手元の金貨袋に目を移す。
手切れ金として、親からは大量の金貨を貰っていた。
そうか、奴隷なら絶対に裏切らないし……。
「……考えてみます。助かりました……!」
「おうよっ! そうだ、初めてこの街に来るなら、地図をやるよ」
「いいんですか……?」
「ああ、勿論……! ついでにオススメの宿と奴隷商会を幾つかマークしておいてやるよ」
「マジですか!? 助かりますっ!」
「いいってことよ。あんたも強く生きてくれよな!」
御者さんは朗らかに笑うと、俺に地図を渡してくれた。
随分と気のいい人だな。
異世界とはいえ、良い人はちゃんと居るらしい。
俺は再び御者さんに感謝を告げると、地図に目を通す。
街には幾つか奴隷商会はあるらしいが……中でも『ノルムン商会』という場所がオススメらしく、印がつけられていた。
俺は地図を頼りに、なんとかノルムン商会に到着すると扉を叩いた。
「ごめんくださーい、誰かいますか?」
「……なんだァ?」
扉の向こうから現れたのは長い顎髭をたくわえた40代くらいのおっさんだった。
彼は不機嫌そうに俺を見つめる。
「はぁ、すまんがウチは子供の来店はお断りしてんだ」
「こ、子供って……俺、一応15歳ですよ?」
この世界の成人は15歳からだ。
子供なんかじゃない。
「はぁ? お前が15……? どんだけ痩せ細ってんだよ」
「そ、そんなにですか……?」
「はぁ、まあいい。金はあるんだろうな?」
「あ……はい。それなりには……」
俺は金貨袋を取り出し、中を見せるように袋の口を開いた。
「ほーん、ガキンチョの癖に随分と持ってるじゃねえか。……わかった。じゃあ案内してやるよ」
おっさんは満足そうに頷くと、俺を室内に案内する。
次に俺は地下へと案内された。
そこには幾つもの檻があり、それぞれに奴隷たちが収容されていた。
「んで、何の奴隷が欲しいんだ?」
「えっと……俺の身を守ってくれる戦闘用の奴隷ですかね」
「戦闘奴隷なら、あのエリアだな」
俺たちは少し移動すると、体つきの良い男たちが収容された檻が並んでいた。
人が商品になっている光景というのは、前世が日本人の俺にとっては、なんとも気持ちが悪く思える。
しかし……今は無理にでも受容するしかないよな。
「お、オススメは って何ですか?」
俺は喉から捻り出すように声を出した。
「ふむ……そうだな。この獣人とかはどうだ?」
おっさんが指差したのは……俺よりも二回り大きい体躯を持った獣人だった。
熊の獣人なのだろう。
爪は鋭く、腕は丸太のように太く、黒茶色の体毛が全身を包んでいた。
「値段は金貨150枚。強さで言えば……Bランク冒険者くらいはあるだろうな」
「Bランク……」
冒険者ランクはSからEまであるんだっけ?
Bとなれば……上位の冒険者に入ってくる。
「獣人に嫌悪感が無いなら、かなりお勧めだな」
「うーん……」
強さは申し分ない。
しかし、値段があまりにも高かった。
「……やめておきます。大幅に予算オーバーしてて……」
俺は申し訳なくなって小さく頭を下げた。
「ふぅん……。ちなみに、予算は幾らだ?」
「金貨……50枚です」
手切れ金として渡されたのが、金貨100枚だ。
ほぼ金貨一枚は一万円くらいの価値なので……100万円くらいになる。
「金貨50枚かぁ……。そんじゃあ、一般人より少し強いくらいの奴隷が精一杯だな」
「で、ですよね……」
とはいえ、俺よりは役に立ってくれるだろうし……。
金貨50枚で買える奴隷を買うしかないか……。
俺は半ば、諦めを抱きながら周りを見渡した。
その時――一人の奴隷が目に留まった。
その子はまだ12歳くらいの少女だった。
目を惹かれたのはそこではなく……彼女の顔だ。
彼女の顔の大半は――見覚えのある