「刀の錆にしてやる!」と言うと、本当に眼の前の人・物を『刀の錆』に変換する魔法 作:水葉わいん
「呪い……」
俺は見覚えのある黒い痣を見て、呆然と呟いた。
「ん? ……し、しまったッ!?」
おっさんは俺の視線を追うと……おっさんは顔を青ざめさせた。
「あの子の痣って……呪いの証……ですよね」
「ッ……。あ、ああ。まあな」
「呪い持ちの子も扱ってるんですか?」
「……まあな」
おっさんは苦笑いを浮かべる。
「その……あれだ。奴隷を痛みつけることに快感を覚える客も居るんだよ。でも、奴隷を意味なく傷つけるのは法律で禁じられていてな」
「そこで、人間扱いされない呪い持ちの子を奴隷として売っている……ってわけですか!?」
「……ああ。そうなるな」
「っ……」
あまりにも非人道的すぎる考えに俺は絶句した。
幾ら呪いを持っていようが、無闇に痛みつけるなんて……最低すぎる。
「……買います」
「は?」
「俺、あの奴隷買います。幾らですか?」
拍子抜けしたような表情を浮かべるおっさんに、俺は詰め寄った。
「い、いやいや! 呪い持ちだぞ!? 幾ら可哀想だからって……何の役にも立たねえし、聖騎士たちにバレれば一発アウトだぞ!?」
「……そんなの関係ありません」
呪いは、俺の使える魔法で解ける。
「ほ、本当にいいんだな……?」
「はい」
おっさんは顔をしかめて少し逡巡すると――
「……わかった」
諦めたように深い溜め息をついた。
「口止め料で割引して……金貨10枚。どうだ?」
口止め料で安くなっているとはいえ、さっきと比べると圧倒的に安いな……。
呪いを持っているからか……?
「……わかりました。ちなみに、あの子以外には呪いを持った子は居るんですか?」
「流石にもう居ねえよ……。バレたら大変なことになっちまうからな」
「わかりました。それでお願いします」
「じゃあ、契約書を取ってくるから、少し待っててくれ」
おっさんは部屋の奥へと去っていった。
その間……俺は黒い痣がついた少女が入っている檻の前まで近づき、彼女を見つめる。
青い瞳は絶望で濁っており、元々銀色であっただろう髪は汚れで灰色になっていた。
また栄養失調なのか、体は酷く痩せ細っており、随分と幼く見える。
すると、少女は警戒心の混じった声色で話しかけてきた。
「……誰? 私を買うの?」
「うん。そのつもりだよ」
「っ!? 最低……」
少女は射抜くような鋭い視線を向けてきた。
「ま、待って! 勘違いしてるかもしれないけど……俺は君を傷付けるつもりはない」
「……そんなの信じられるわけないです。まともな人は呪いを持った奴隷なんか買わないですし」
「うっ……」
普通に考えれば、そうか……。
しかし……今、魔法のことを明かす訳にはいかないし……。
「……ごめんけど、俺に買われてくれ」
少女はキッと更に強く睨みつけてきた。
「――おーい、戻ってきたぞ」
振り返ると、おっさんが羊皮紙を持って戻ってきていた。
「まずはこの契約書にサインしてくれ」
「はい」
俺は変なことが契約書に書かれていないことを確認し……署名をした。
次に金貨10枚を支払う。
「確かに金貨10枚、きっちり受け取った。じゃあ……主従契約をしよう」
そう言うと、おっさんは小さな針を取り出した。
「この針を使って、奴隷の首輪に一滴だけ血を垂らしてくれ。その後、俺が隷属魔法を使う」
「わかった」
俺は言われた通りに、少女についた首輪に1滴だけ、血を垂らす。
すると……おっさんが、隷属魔法の詠唱を始めた。
「――故に汝、この者と永遠に運命を共にすることを命ずる……〈隷属〉」
詠唱を終えた時、俺の右手の甲と……そして、少女の首輪が僅かに光った。
次の瞬間、俺と少女の間に僅かな繋がりのようなものを感じられるようになった。
「さあ、これで隷属魔法は完了だな。他にも奴隷を買っていくか?」
「いえ……今日のところは、大丈夫です」
護衛のために他にも奴隷を買いたいところだが……今日は、この子の呪いの解呪に専念したい。
俺は軽く頭を下げて、断った。
「そうか。また奴隷が欲しくなったら来いよ」
「はい。今日はありがとうございました」
俺はおっさんに感謝を告げ、奴隷商会から出ていこうとした時。
「そういえば……痣を誰かに見られるわけにはいかないよな……」
俺は少女の顔を目を移す。
黒い痣は遠目でも気づくほど大きかった。
これじゃあ、呪いにかかってることがバレバレだ。
「えっと……君、このスカーフを付けてくれないか?」
俺はさっき、痣を隠すために使っていたスカーフを手渡す。
「……わかりました」
少女はスカーフを丁寧に顔に巻いた。
よし、これで痣は完全に隠れたな。
「じゃあ……付いてきてくれ」
今度こそ、奴隷商会から出ると……俺は早足で歩き出した。
そうして向かったのは――
「……路地裏?」
「ああ」
そこは薄暗く、狭い路地裏だった。
鼻を摘みたくなるようなゴミのような匂いが漂っており、誰も近づこうとしない場所である。
「……なんで路地裏? まさか――ッ!」
少女は自分の身体を
「最低……。やっぱり、そういう理由で私を買ったんですね」
「ち、違う違う! 俺は……君の呪いを
「治療……?」
少女は眉をひそめると……呆れたように溜め息をついた。
「呪いはどんなポーションでも回復魔法でも治癒できないですけど」
「そうだな。普通ならそうだ。でも……俺の魔法なら治せる」
「……そ」
少女は訝しむように俺をじっと見つめた。
絶対に信じられてないな、これ。
「……でも、それならどうして路地裏なんですか? もっと他の場所があるはずです」
「いや、それは……この街には騎士たちが居るだろ? もしも、宿に行くまでに鉢合わせてしまえば……スカーフで顔を隠していても、危ない可能性があるから、ここにしたんだ」
「……とても信じられません」
「なら、今から俺が証明してみせる。俺だって元々、呪いにかかっていたけど……魔法を使って治したんだ」
「貴方も……?」
「ああ。だから俺は忌み子として15歳まで軟禁された末に家から追放された」
「……ふぅん」
俺の熱心な説得が少しは心に響いたのか……少女の表情はさっきよりも柔らかくなっていた。
「じゃあ、その魔法……君に使ってもいいか?」
「好きにしてください。そもそも……私は奴隷なんだから一々お願いなんてする必要、無いです」
「いやまぁ……そうかもしれないけどさ」
奴隷への接し方って、よくわかんないな……。
何でもかんでも命令するのも違う気がするし……。
「まあいいや。じゃあ、治療を始めるぞ」
「……はい」
俺は狙いを定めるために少女の黒い痣にそっと触れた。
すると……痣からは思わず全身が震えるほどの禍々しい気配を感じた。
なんだこれ……。
思っていた以上に相当強い呪いだな……。
「……よし、始めるか」
俺は痣に触れたまま、目を瞑って集中すると――
「『刀の錆にしてやる』」
刹那――少女の全身が淡い光に包まれていった。
同時に俺は全身から力を吸い取られるような気持ち悪い感覚に襲われる。
そうして前に呪いを解呪した時よりも何倍も長い時間が過ぎた。
ようやく、光が晴れた時――
「っ……」
目の前には顔に一つも染みもない可愛らしい少女が立っていた。
少女の顔の大半を占めていた黒い痣は嘘のように消えており……真っ黒だった髪は、月光を反射して銀色に輝いている。
つまり――成功だ。
「やったぞ……ッ!」
俺は思わず、歓喜で拳を突き上げた。
「う、嘘……。いつもの激痛が……無い……それに、体がすっごく軽い……」
少女は困惑と驚きが混じったような表情を浮かべると……近くの水溜りを覗き込んだ。
そこに反射した彼女自身の顔を見た瞬間――目から一筋の涙が流れ出した。