とある3期生のオルタナティブ~ウサギとエルフと騎士と船長~ 作:ジョウジ
公式設定・配信ミーム・独自解釈を多分に含みます。
全16話、執筆完了済みです。
最後までどうぞお付き合いください!
木漏れ日が降り注ぐエルフの森は、まるで絵画のように美しかった。 風が木々の葉を揺らす音、清らかな小川のせせらぎ。苔むした大樹の根元には淡く発光する花が咲き乱れ、時折、光の粒のような精霊たちが空中を舞っている。 この世界は、誰かが思い描いた『理想のファンタジー』をそのまま具現化したような場所だ。
彼女は、自身の華奢な指先を見つめた。 尖った長い耳に、透き通るような白い肌。手には、精霊の加護を受けた見事な長弓が握られている。 エルフ。年齢、二百二十歳。 それが、この世界で彼女が目覚めた時から与えられている「設定」だった。森の守護者として、自然と共に生き、魔物を退ける気高き種族。 しかし、彼女の胸の奥には、物心ついた時からずっと、どうしようもない『違和感』が黒い染みのように広がっていた。
「……グルルル……ッ」
茂みの奥から、醜悪な緑色の小鬼――ゴブリンの群れが姿を現した。その数、およそ二十。 エルフの掟に従うならば、ここは精霊に祈りを捧げ、厳かに弓を引き絞る場面だ。 だが、彼女は心の中で深くため息をつき、無表情のままポツリと呟いた。
「うわ、めっちゃ湧いてる。キモ……草」
その言葉は、エルフの言語でもなければ、この世界の標準語でもない。彼女自身、それがどういう意味を持つ言葉なのか、正確にはわかっていなかった。 ただ、こういう光景を見た時、彼女の中に眠る「別の誰か」の記憶の欠片が、無意識にその言葉を引っ張り出してくるのだ。
「――はぁっ!」
彼女が指先を弾くと、ゴブリンの群れの足元から必要以上に巨大な火柱が吹き上がった。 断末魔を上げる暇もなく、小鬼たちは派手な音と共に消し炭になる。
「おお、気高き同胞よ! 何と見事な精霊の御業か!」
背後の茂みから、立派な杖を持った長老エルフが仰々しい足取りで現れた。
「穢らわしき魔物は浄化された。さあ、我らと共に森の大樹へ祈りを捧げ、三日三晩の厳かなる儀式を――」
「あ、はい。そうですね。大樹の導きがあらんことを」
彼女は優雅に微笑み、完璧なエルフの所作で一礼した。 しかし、その内側ではもう一人の自分が激しく地団駄を踏んでいた。
(……話、長っ。てか三日三晩の儀式とかダルすぎる。誰かとアホな雑談しながら、あったかい牛丼でもかきこみたい……ってか牛丼って何!?)
誰かに、くだらないツッコミを入れたい。お腹が痛くなるくらい笑い合いたい。 厳格なエルフの掟で無理やり押さえ込んでいるその衝動は、途方もない時間を経て、彼女の心を少しずつ、確実にすり減らしていた。 この世界は美しすぎる。美しすぎて、息が詰まる。
「もう、無理かも」
その日の夜。ぽつりとこぼれた本音と共に、彼女は衝動的に森を抜け出した。 背中から同胞たちの呼び止める声が聞こえたが、振り返らなかった。どこへ行くあてもなかったが、ただ、この息苦しい絵画の中から逃げ出したかったのだ。
森を抜け、見知らぬ荒野を歩き続けて数日。 夜が明け、地平線から朝日が昇り始めたその時だった。
――今日で、エルフとして生をうけて二百二十一年目。
無意識にそんなことを思った瞬間、彼女の脳裏に、雷に打たれたような強烈な衝撃が走った。 頭が割れるような痛みと共に、視界が白く染まる。 滝のように脳内に流れ込んでくる、無数の光景と、声と、感情。
『フレアー! また燃やしてるぺこか!』 『団長、牛丼おごって!』 『船長はピチピチの十七歳だからねぇ〜!』
あふれ出す記憶の奔流。自分が何者であったか。 なぜ「草」なんて言葉を使ったのか。なぜ誰かと笑い合いたかったのか。
「……はぁっ、はぁっ……」
荒い息を吐きながら、彼女――不知火フレアは、その場に手をついた。 エルフとしての孤独な二百年は、ただの設定に過ぎない。自分はホロライブ3期生のハーフエルフ。 記憶のロックが、完全に解除されたのだ。
「私、ずっと……こんな世界で……」
呆然と立ち上がり、改めて視線を前に向けたフレアは、そこでさらに息を呑んだ。
最初は、ただの荒野だと思っていた。
しかし、進めば進むほど、なだらかだったはずの地面が「四角く」えぐり取られたような不自然な地形が増え始めていた。極めつけは、その先に広がっていた光景だ。
大地には巨大なクレーターがボコボコと穿たれ、謎の赤い粉(レッドストーン)が幾何学的な回路を描いて地を這っている。そして荒野の中央には、空高くそびえ立つ、丸石だけで作られた無骨で巨大なタワーが建っていた。
ファンタジーの景観もへったくれもない。不格好で、暴力的で、ひどく見覚えのあるマイクラ建築。 先ほど取り戻したばかりの記憶と、目の前の惨状(イタズラ)が、完璧に一つの線で繋がる。 こんな景観破壊を世界規模で仕掛ける、一羽のウサギの顔が。
「……あいつっ!!」
二百年ぶりに本来の鼓動を取り戻したように、フレアの心臓が早鐘を打ち始める。 彼女はエルフの長弓を背負い直し、丸石のタワーに向かって、満面の笑みで全力で駆け出していた。
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