とある3期生のオルタナティブ~ウサギとエルフと騎士と船長~ 作:ジョウジ
黒い森の奥深く。太陽の光すら届かない鬱蒼とした木々の合間を縫って、四人は歩みを進めていた。 目的地である「ネクロマンサー」がいるとされる最深部まで、あとわずか。
しかし、突如として周囲の空気が一変した。
「……何だ、ここ。急に景色が変わったんだワ」
マリンが息を呑む。 ファンタジー世界の暗い森が、見えない境界線を越えた途端、真っ赤な「千本鳥居」が延々と連なる和風の空間に切り替わっていたのだ。鳥居の足元には青白い狐火が浮かび、幻想的だがひどく冷たい空気を放っている。
その千本鳥居の入り口に、三つの影が立ち塞がっていた。 白髪にケモ耳を持つ巫女装束の少女――白上フブキ。黒髪に赤いメッシュの入った獣人の少女――大神ミオ。そして、二本の角を生やし、背に双剣を背負った鬼の少女――百鬼あやめ。
「……やっぱり。あの時の」
ぺこらの顔が強張る。百年以上前、孤独に世界をさまよっていた時に、冷たく突き放してきた先輩たちだ。
「ここから先へは行かせないよ、3期生」
フブキが、温度のない冷たい声で静かに告げた。
「るしあちゃんは、この先にいる。でも……君たちには会わせられない」
「どうしてですか、フブキ先輩!」
フレアが前に出て叫ぶ。
「ロボ子さんから聞きました! この世界には寿命があるって! フブキ先輩たちは、何かを隠してずっとコソコソ動いてた! ……私たちに、るしあを会わせちゃいけない理由があるんですか!?」
フレアの痛切な問いかけに対し、フブキとミオは無言で目を伏せた。その沈黙を破るように、あやめがゆっくりと一歩前に出る。
「理由は言えぬ。……だが、どうしても進むと言うのなら」
チャキッ、と鋭い金属音が鳴る。 あやめが背中の双剣『阿修羅』と『羅刹』を抜き放ち、少しだけ目を伏せた。
「余たちが、相手をする。……恨んでくれてもいい、後輩ども!」
ドンッ!! あやめの足元の地面が爆発したかのように弾け、彼女の姿がフッと消えた。
「速っ……!?」
ノエルが反応する間もなく、あやめは一瞬で四人の懐に潜り込んでいた。赤と黒の鬼火を纏った双剣が、嵐のような連撃となって襲い掛かる。
――ガキンッ! キィィィンッ!!
「くっ、うおおおおっ!」
ノエルが巨大なメイスを盾にして必死に防御するが、一撃一撃が重く、凄まじい衝撃に腕が悲鳴を上げる。
「遅い遅い! 騎士団長というのは、そんなものか!?」
あやめは威勢よく笑いながら、舞うようにメイスの死角へ回り込み、次々と斬撃を叩き込んでいく。それは、誰もが息を呑むような、美しくも圧倒的な剣舞だった。
「団長から離れるぺこ!」
ぺこらがあやめの背後から大量のTNTブロックを射出しようとした、その瞬間。 『ストップ!!』 後方に控えていたミオの、怒気を孕んだ鋭い一喝が響き渡った。
「ビクゥッ!?」
ミオから放たれた強烈な『母性の圧』に当てられ、ぺこらの身体が怒られた子どものように強制的に硬直(スタン)させられる。
「えっ、体が動かないぺこ!? なんでミオ先輩、悲壮な顔してるのに背中に謎の筋肉鳩オバケ(ハトタウロス)が浮いてるぺこか!?」
「よそ見してる場合じゃないよ!」
空中に跳躍したフブキが、白刃を抜いてフレアとマリンへ斬りかかる。
「フレア、お願い!」
「燃やせぇぇぇっ!」
マリンをかばい、フレアが至近距離から極大の炎の魔法を放つ。しかし、フブキは刀を鞘に納め、凛とした声で言葉を紡いだ。
――『No wife, Friends(ノーワイフ、フレンズ)』!
パァァァンッ!!
フブキを中心に、絶対に越えられない『拒絶の結界』が展開される。フレアの放った炎は結界に触れた瞬間に無力化され、弾き飛ばされたフレアとマリンは地面を転がる。
「あーっ! もう、全然歯が立たないんだワ! 強すぎる!」
マリンが涙目で抗議するが、フブキは冷酷なまでに追撃の歩みを止めない。
「どうしたどうした! 3期生はその程度か!?」
あやめの双剣がノエルのメイスを弾き飛ばし、そのままフレアの首元へと刃を振り下ろす。
「しまっ……!」
フレアは目を瞑り、死を覚悟した。しかし。
――ヒュンッ。
振り下ろされた凶刃は、フレアの首の皮一枚を撫でるように、ギリギリの軌道で外れていた。
「……え?」
地面に倒れ込んだフレアは、驚きと共に目を見開いた。
偶然外れたわけではない。あやめの攻撃は、さっきからずっとそうだ。 恐ろしい手と圧倒的なプレッシャーで蹂躙してくるが、『絶対に致命傷になる軌道』だけは、彼女自身の意志で精密に外されている。
(……なんで?)
フレアは這いつくばったまま、双剣を構えて自分を見下ろすあやめの顔を見た。
「ほら、立ってこい! まだまだ終わらんぞ!」
あやめは威勢よく笑っている。しかし、その強者の笑みの奥で……あやめの真っ赤な瞳は、今にも泣き出しそうに悲痛に揺れ動いていたのだ。
(……あの時、私たちを突き放したのは、嫌いだったからじゃない……?)
冷たいパズルのピースが、フレアの頭の中で一つに繋がろうとしていた。和の防衛線が放つ「慈愛に満ちた殺意」の真意にフレアが気づきかけた、その時だった。
『――そこまでになさい』
戦場を凍りつかせるような、絶対零度の冷たい声が響いた。鳥居の奥から、静かに歩み出てくる一つの影。その姿を見た瞬間、3期生の四人は息を呑み、そして弾かれたように名前を叫んでいた。
「「「るしあ(ちゃん)!!」」」
待ち焦がれた、五人目の仲間。しかし、現れたネクロマンサーの纏う空気は、四人がよく知る彼女のものではなかった。見覚えのある、白髪の姿。だが、いつもなら真っ先に抱きついてくるはずのその瞳には、かつての温かな光は微塵も残されていなかった。