とある3期生のオルタナティブ~ウサギとエルフと騎士と船長~ 作:ジョウジ
黒い森を包み込んだ絶望の静寂を破ったのは、マリンの悲痛な叫びだった。
「なんでだよ、るしあ……! 船長たちだよ!? 一緒に海賊船に乗るって約束したじゃんか! なんでこんなことするの!」
涙声で叫ぶマリンに、るしあは表情一つ変えずに杖を向けた。
「……五月蠅い」
るしあの呟きと共に、足元の地面から凄まじい冷気が爆発的に広がり、巨大な氷の槍となって3期生たちへと襲い掛かった。
「フレア!」
「わかってる! 燃やせぇぇぇっ!」
ノエルの叫びに呼応し、フレアが長弓から極大の炎の魔法を放つ。しかし、紅蓮の炎はるしあの放つ絶対零度の氷槍に触れた瞬間、ジュゥゥゥッという音と共に呆気なく凍りつき、砕け散ってしまった。
「嘘でしょ……私の炎が、凍らされた……?」
フレアが愕然と呟く。 エルフの魔法すら凌駕する、底知れぬ魔力。さらに、無数のスケルトンたちが一斉に武器を構え、四人を包囲する距離をじりじりと詰めてくる。
「るしあちゃん……お願い、目を覚ましてよ! 一緒に帰ろう!?」
ノエルがメイスを捨て、両手を広げて一歩前へ出ようとした。しかし、その足元にドスゥゥゥンッ! と、巨大なオレンジ色の尾が叩きつけられ、地面がクレーターのように陥没する。
「近づくんじゃねえ」
見上げるような巨躯のドラゴン――桐生ココが、低い唸り声と共に威圧する。その背に乗るかなたの瞳も、悲痛なほどに冷たい。
「ココ会長……かなたちゃん……どうしてぺこか! なんでこんなことするぺこか!」
ぺこらが震える声で叫ぶ。
「ロボ子先輩から聞いたぺこ! この世界には寿命があるって! フブキ先輩たちは、何かを隠してるって! ……全部話してほしいぺこ! 私たちは仲間じゃ――」
「仲間だからだよ」
ぺこらの言葉を遮ったのは、鳥居の奥から歩み出てきたフブキの、絞り出すような声だった。ミオとあやめも、これ以上は見ていられないとばかりに顔を伏せている。
「フブキ……先輩?」
「この世界は、もうすぐ終わる。だから、君たちだけでも『あっち(現実)』に帰さなきゃいけないんだ。……でも、この世界の壁を壊して外に出るには、生半可な力じゃ足りない」 フブキは痛む胸を押さえるように、自らの巫女装束を強く握りしめた。
「魂からの本気の感情――怒り、悲しみ、生への執着。それが極限まで高まった時に発生するエネルギーを物理的に衝突させないと、空の壁(次元の結界)は壊せないんだよ。……ただの『プロレス』じゃ、システムは騙せない」
「……え?」
フレアの目が大きく見開かれる。
「だから……私たちが、本気で憎まれなきゃいけなかった。本気の殺意を引き出すための『壁』にならなきゃいけなかったんだよ」
ミオが、ポロポロと涙をこぼしながら告げた。その残酷な真実に、四人の思考が真っ白に染まる。自分たちを本気で絶望させようとしていた理由。それは、自分たちを『本気で戦わせ、そのエネルギーで現実へ帰すため』だったというのか。
「待って……待ってよ!」
マリンが頭を抱えて叫ぶ。
「だったら、先輩たちも一緒に帰ればいいじゃない! なんで自分たちだけ悪役になって残ろうとするの!? みんなで一緒に――」
「帰れないんだよ」
重く、静かな声が響いた。声の主は、白髪のネクロマンサー――るしあだった。その瞳に、初めて「冷酷なガラス玉」ではない、痛みを堪えるような悲しい光が灯る。
「私と……ココ会長は。もう、あなたたちのいる『あっち』には、帰れない。私たちは、この世界に残されたただのデータ(幻影)だから」
「るし、あ……?」
るしあの言葉は、現実世界における『卒業(あるいは契約解除)』という、絶対に覆らないメタ的な事実を意味していた。公式のファンタジー世界であるこの仮想空間(ホロアース)だからこそ、彼女たちは形を保って存在できている。だが、次元の壁を越えた先の現実には、もう彼女たちの居場所(席)は用意されていないのだ。
「そんな……嘘だ、嘘だぺこ! るしあは、ここにいるじゃないか!」
ぺこらが泣き叫ぶ。
「るしあ先輩の言う通りだ」 ドラゴン(ココ)が低く喉を鳴らした。
「私たちはもう帰れねえ。でも、先輩たちは違う。だから、私たちのこの命(データ)を削り切るくらいの『本気の感情』をぶつけてこい。私たちを殺して、そのエネルギーで壁をぶち破れ!」
「私は、ココ会長を一人にはしない。ここで一緒に残る」
ドラゴンの背の上で、かなたが純白の翼を広げ、真っすぐにノエルたちを見下ろした。
「だから、先輩たちも本気で来てください! じゃないと、ここで全員一緒に消えるだけだよ!」
絶望の宣告だった。大好きな仲間たち。一緒に笑い合った先輩や後輩。彼女たちを現実へ帰すために、自らを犠牲にして立ちはだかった「慈愛の悪役」たち。現実に帰るということは、ここで彼女たちを自らの手で殺し、永遠の別れ(忘却)を受け入れるということに他ならなかった。
「……できるわけ、ないじゃん」
フレアの震える手から、エルフの長弓がポロリと滑り落ちた。ノエルは地面に膝をつき、両手で顔を覆って咽び泣いている。マリンも、ぺこらも、誰もが戦意を完全に喪失し、その場に崩れ落ちた。
「私たちに……るしあを、ココ会長を……みんなを殺して、自分たちだけ生き残れって言うの……?」
ノエルの悲痛な嗚咽だけが、黒い森に響き渡る。
「……そうだよ」
るしあが、一筋の涙を頬に伝わせながら、ゆっくりと杖を振り上げた。
「だから……私を。私たちを殺して、行きなさい」
無数のスケルトンが、そしてあやめの双剣が、動けなくなった四人へと無慈悲に迫る。 優しすぎる悪意と、重すぎる真実の前に、ホロライブ3期生は完全に敗北し、絶望の淵へと沈み込んでいった。