とある3期生のオルタナティブ~ウサギとエルフと騎士と船長~ 作:ジョウジ
番外1話:ミヤコの静寂と世界の果て
どこまでも続く、朱色の千本鳥居。
美しく敷き詰められた石畳の先には、木造の立派な家屋が立ち並ぶ和風の都市――『キョウノミヤコ』が広がっている。
活気あふれる城下町を見下ろす高台には、立派な社を構える「シラカミ神社」があり、その縁側で二人の少女が並んでお茶をすすっていた。
「……はぁ。やっぱり、今日も他の子たちの気配はないねぇ」
黒髪に狼の耳を生やした神使――大神ミオが、ずずっ、と温かいお茶をすすってから、長く重いため息をついた。
「うん。街の人たちは普通に生活してるし、おしゃべりもできるんだけどね……。プレイヤー(ホロメン)の匂い、ミオしゃの鼻でも全然見つからないんよ」
隣で巫女装束を着た妖狐――白上フブキも、長い尻尾をパタパタと力なく揺らしながら同意した。
彼女たちは「シラカミ神社の巫女と神使」として、この世界で長い間、ごく普通に生活してきた。しかし数日前、二人は同時に脳天を雷で撃ち抜かれたような衝撃を受け、唐突に「現実の記憶」を取り戻したのだ。
自分たちがホロライブのVTuberであること。そしてここが、誰かの理想のファンタジーを具現化したような仮想世界(ホロアース)であること。
記憶が上書きされたわけではない。異世界の住人として何十年も生きてきた穏やかな記憶と、アイドルとしてステージで歌い、仲間たちとアホなことで笑い合った眩しい記憶が、水に絵の具が溶けるように静かに統合されたのだ。
だからこそ、記憶を取り戻して真っ先に喜ぼうとした彼女たちの胸に去来したのは、
「圧倒的な不在」に対する強烈な寂しさだった。
境内を掃き掃除している神職のNPCも、麓の城下町で団子を売っている町娘も、生き生きと会話を返してくれる。しかし、そこには配信でプロレスを仕掛けてくるアホなウサギも、イケメンボイスでからかってくるエルフもいない。
賑やかで美しい街であればあるほど、ホロライブという騒がしい家族がいない静寂が、二人の心を少しずつ冷やしていった。
「フブキ」
ぽつりと、ミオが湯呑みを両手で包み込みながら口を開いた。
「今日こそ、あの『世界の果て』みたいな場所、調べてみる?」
「……ミオしゃ」
ミオの提案に、フブキは少しだけ目を伏せた。
世界の果て。それは、ミヤコを訪れる行商人や冒険者たちの間でまことしやかに囁かれている噂だった。西の荒野の果てに、空と大地がモザイク状に崩れ、足を踏み入れた者が帰ってこない「禁忌の領域」があるという。
ホロライブの記憶を取り戻した今ならわかる。それはファンタジーの呪いなどではなく、明らかにシステムの『バグ(未実装エリア)』だ。
「そうだね」
フブキは顔を上げ、決意を込めた真っ直ぐな瞳でミオを見た。
「街で待ってても進展がないなら、自分たちで手がかりを探しに行くしかないよ。……それに、ミオしゃと一緒ならどこだって怖くないしね」
「ふふっ、フブキったら。じゃあ、お弁当でも持って行こっか。遠足みたいでちょっと楽しくなってきたかも」
ミオが優しく微笑み返し、不安を打ち消すように立ち上がった。
二人は身支度を整え、キョウノミヤコを後にした。
都市の境界を越え、魔物が徘徊する深い森を抜け、荒涼とした岩場へと進んでいく。
道中、森の奥深くで巨大な六つ目の蜘蛛の魔物が二人の行く手を阻むように上空から降ってきた。
ギシャァァァッ! と威嚇音を上げる魔物に対し、ミオは涼しい顔で数枚のタロットカードを虚空に投げ放った。
「いっけー、ハトタウロス!」
カードが眩く光り、鳩の頭に筋骨隆々の肉体を持つ謎の召喚獣(ハトタウロス)が出現。すさまじいラリアットで巨大蜘蛛を森の彼方へと殴り飛ばす。
「ふう。相変わらず頼もしいねぇ、ハトタウロス」
「えへへ、でしょ? でも、これって魔法(ファンタジー)っていうより、リスナーさんが作ってくれたウチの持ちネタ(ミーム)が実体化してるだけなんだよね」
ミオが苦笑しながら、筋肉質な鳩をカードに戻す。
さらに進んだ岩場では、行く手を塞ぐように大岩のゴーレムが立ち上がった。
「あ、ここは私がやるんよ!」
フブキが腰の白刃を鯉口から少しだけ押し上げる。チャキッ、という澄んだ金属音。
「――『白上流・狐影閃』!」
風が凪いだ次の瞬間、フブキの姿はすでにゴーレムの背後にあった。遅れて数本の青白い狐火の軌跡が宙を走り、鋼よりも硬いはずのゴーレムの巨体から、突如として『大量のデジタルな赤いダメージ数値』が噴き出し、ブロック状に崩れ落ちた。
「すごいねフブキ。斬撃の後に、なんでかダメージの数字が飛び出る演出までついてる」
「ふふん。やっぱりこの世界、公式の設定資料だけじゃなくて、ファンのみんなが描いた『二次創作の妄想(アイデア)』とか『ゲームの要素』まで、ツギハギでシステムに組み込まれてるみたいなんよ。だからこういうチグハグなことも起きる」
フブキは刀を鞘に納めながら、どこか誇らしげに言った。
誰かの美しい理想と、数え切れないほどのファンの楽しい妄想が混ざり合った、いびつで愛おしい世界。
危険な旅路ではあったが、気心の知れた二人にとっては、どこかピクニックのような穏やかな時間が流れていた。
しかし、半日ほど歩き続け、太陽が西に傾き始めた頃。
二人の目の前に広がる景色が、唐突に異様なものへと変貌した。
「……なに、ここ」
ミオが息を呑んで立ち止まる。
ファンタジーと妄想が混ざり合った賑やかな景色が、見えない境界線を引かれたように途切れていた。地面のテクスチャは剥がれ落ちて無機質な灰色のポリゴンが露出し、空には「緑色のノイズ」が幾何学模様のように走っている。
空気がビリビリと震え、耳障りな電子音が微かに鳴り響いていた。
「やっぱり……明らかにシステムのエラーが起きてる領域だ」
フブキは刀の柄に手をかけ、油断なく周囲を見渡す。
その時、バグの中心地――ノイズが最も激しく明滅している空間に、一つの影が動いているのをミオの獣の視力が捉えた。
「フブキ! あそこ、誰かいる!」
「え……?」
ミオの指差す先。
ノイズまみれの荒野の中央で、パーカー姿に丸メガネをかけた見覚えのあるシルエットが、腕から青白い光のケーブルを伸ばし、空間の亀裂を修復するように宙を撫でていた。
「あれって……」
大昔の時代に落とされたはずのこの世界で、まさかの一番乗りを果たしていた(かもしれない)先輩の姿に、二人は顔を見合わせたのだった。