とある3期生のオルタナティブ~ウサギとエルフと騎士と船長~ 作:ジョウジ
緑色のノイズが幾何学模様を描いて明滅する、世界の果ての荒野。
その空間の亀裂を縫い合わせるように作業していた影に向かって、フブキとミオは恐る恐る声をかけた。
「あ、あの……ロボ子先輩?」
「えっ?」
びくっと肩を揺らして振り返ったのは、パーカー姿に丸メガネをかけた高性能ロボット――ロボ子さんだった。
二人の顔を見た瞬間、ロボ子さんの瞳にパァッと明るい光が灯る。
「フブキ! ミオ! よかったぁ、知ってる顔がいて!」
「ロボ子先輩も、記憶戻ってたんやね! なにしてるの?」
「ボクは最初から記憶があったんだよ。この世界を維持するための、システム修復サポートとして呼ばれたからね」
ロボ子さんは腕から伸びていた青白い光のケーブルを収め、ホッと息をついた。
「でも、最近エラーがひどくて……。世界のあちこちでテクスチャが剥がれたり、変なバグが起きたりしてるんだ。ボク一人じゃ、もう修復が追いつかなくて……ほら、あそこ」
ロボ子さんが指差した先。
荒野の中央の、一際ノイズが激しく渦巻いている空間に、半透明のホログラムがチカチカと明滅しながら浮かんでいた。
「あれ……Aちゃん!?」
黒縁の丸眼鏡に、青いネクタイ。手には使い込まれたバインダー。
ホロライブのスタッフであり、長年彼女たちを一番近くで支えてくれた友人の姿だった。ミオが弾かれたように駆け寄ろうとするが、フブキがその手をスッと制止する。
「待って、ミオしゃ。あれはAちゃん本人じゃない。システムに残された『観測者の録画データ(残骸)』だ」
「録画データ……?」
近づいてみると、Aちゃんのホログラムは感情のない機械的な声で、赤い警告文と共に、空中に無数のコンソール画面を投影し続けていた。
『……ザザッ……エラー発生……次元結界の……崩壊予測時間を再計算……』
「Aちゃんの姿を借りた、この世界のシステムログってことか……」
フブキは息を呑み、空中に浮かぶ半透明のウィンドウへと歩み寄った。
ゲーマーであり、TRPGのシナリオを読み解くような思慮深さを持つフブキの目が、赤い警告文とマニュアルの英字の羅列を高速で追っていく。
そして、あるデータ群を読み解いた瞬間――フブキの顔から、さぁっと血の気が引いた。
「嘘……でしょ」
「フブキ? どうしたの?」
「……ミオしゃ。この世界、あと数百年で完全に崩壊(デリート)するって」
「えっ……?」
先ほどまでのピクニック気分の明るさが嘘のように、フブキの声は酷く震えていた。
「世界のコアを維持してる『SORA(ときのそら)』のデータ領域が、もう限界を迎えてる。……それに見て。ここに『スポーン(覚醒)予定時刻のプロトコル』がある」
フブキが指差した先には、各メンバーのアイコンと、膨大な数字の羅列が表示されていた。
「これ、現実の『公式設定の年齢』を基準に、時間の流れを逆算してスポーンさせてるんだ。だから妖狐や神使の私たちは、バグで大昔の時代に落とされた」
フブキは唇を噛み締め、痛みを堪えるように目を閉じた。
「計算すると……ノエルちゃんやマリンちゃんみたいな人間組(十代)がスポーンするのは、この世界が崩壊する、ほんの『数年前』ってことになるよ」
その言葉の意味を正しく理解した瞬間、ミオの顔面からもさぁっと血の気が引いた。
「そんな……! せっかくこの世界に生まれてきた瞬間に、世界ごと消滅しちゃうってこと!?」
「うん。だから、急いで次元の壁を壊して、みんなで現実(あっち)に帰る方法を探さなきゃいけないんだけど……」
フブキは、絶望の色を隠しきれない瞳で、さらに深刻な顔をして『緊急脱出マニュアル』の項目を指差した。
『――緊急脱出シーケンスの起動には、次元結界の耐性を超える【論理限界突破(Logic Overflow)】が必要』
『――突破には、予測不能なバグ要因――【魂からの強烈な感情(怒り、絶望、生への渇望等)】を伴う、極限の物理衝突が単一座標に必要です』
「壁を壊すには、システムをオーバーフローさせるほどの莫大なエネルギーが必要なんだ。本気の殺意や、絶望。システムが予測できない『魂からの本気の感情』を引き出して、ぶつけ合わなきゃいけない」
しかし、ミオは首を傾げた。
「だったら、そこら辺の強い魔物でも狩って、必死に戦えばいいんじゃないの? あるいは、みんなで事情を共有して、協力して壁を全力で殴るとか……」
「ダメなんだよ、ミオしゃ。魔物(NPC)への感情じゃ、システム内に完結する演算だからエネルギーが外部に溢れない」
フブキは、マニュアルのさらに小さな【警告文】を指差した。
『――【警告】:合意に基づく協調行動(台本・プロレス等)で発生するエネルギーは、バランサーによりシステム内に吸収・相殺されます』
「……お互いに事情を知った上で『協力して壁を壊そう』ってやっても、システムに『プレイヤー同士の計算内の行動』としてエネルギーを吸収されちゃう。壁を壊すには、プレイヤー(ホロメン)同士が本気で憎しみ合い、殺し合うくらいのバグ(想定外の感情)を起こさなきゃいけないんだよ」
荒野に、冷たい風が吹き抜ける。
それはつまり、大好きな仲間たちを現実に帰すためには、誰かが『本気で憎まれ、本気で殺されるための生贄(悪役)』にならなければならないという、残酷すぎる絶対条件だった。