とある3期生のオルタナティブ~ウサギとエルフと騎士と船長~ 作:ジョウジ
不恰好な丸石のタワーに設置された、物理法則を無視した水流エレベーター。フレアは水しぶきを上げながら、一直線に頂上へと駆け上がっていた。二百年ぶりに本来の鼓動を取り戻した心臓が、破裂しそうなほど早鐘を打っている。
タワーの頂上。 そこには、粗末な土ブロックで作られた玉座にふんぞり返り、虚空を見つめている兎人族の少女――兎田ぺこらの姿があった。
「……フハハハ。我こそは兎田平原を統べる王、兎田ぺこら! 愚かな魔物どもめ、我が仕掛けたトラップの前にひれ伏すぺこ……」
王としての威厳を保とうとしているのか、無駄に仰々しいセリフを口にしている。しかし、誰もいない荒野に向かって響くその声はひどく震えており、長いウサギの耳は寂しそうに力なく垂れ下がっていた。
「……相変わらず、アホなことやってんなぁ」
フレアの呆れたような、けれど泣き笑いのような声。 ビクッと肩を跳ねさせたぺこらが、ゆっくりと振り返る。 その瞳が、大きく見開かれた。
「ふ、ふれあ……?」
「よぉ、ぺこら。……やっと会えたな」
フレアが両手を広げて微笑んだ瞬間、孤独な王様の威厳は完全に崩れ去った。 ぺこらは玉座から転げ落ちるように駆け寄り、そのままフレアの胸に思い切り飛び込んだ。
「うわあああああああん! おせーぺこおおおおおおお!!!」
荒野中に響き渡るような、大声の号泣。
「どんだけ待たせるんだよ! ぺこら、ずっと一人だったんだぞ! 寂しすぎてこんなクソデカタワー作っちゃったじゃんかよぉ!」
「あはは、ごめんごめん。……そっか、ぺこらずっと一人だったんだな。あたしも二百二十一歳になるまで記憶戻らなくてさ。ずっと『なんかイライラする』って思って森に引きこもってたんだ」
子どものように泣きじゃくるぺこらの背中を撫でながら、フレアの目からもポロポロと涙がこぼれ落ちた。狂いそうなほどの孤独。それは、人間には到底耐えられない途方もない時間だ。
ひとしきり泣いて落ち着いた後、二人はタワーの頂上で焚き火を囲み、温かいお茶をすすっていた。 ファンタジー世界にはあるまじきリラックスした空気を楽しみながら、二人はお互いの状況をすり合わせ始める。
「じゃあ、ぺこらが記憶を取り戻したのは、百十一歳の誕生日だったんだね」
「そうぺこ。急に頭に雷が落ちたみたいになって、全部思い出したぺこよ」
「百十一歳と、二百二十一歳。……やっぱり。この世界は、私たちが『公式設定の年齢』に達しないと、記憶のロックを解除しない法則になってるんだ」
フレアの言葉に、ぺこらが腕を組んで首をひねる。
「でもさ、なんでぺこらだけこんなに早く覚醒させたぺこか? フレアが二百二十一歳になるまで、ぺこらはこの世界で百十年も一人で待たされたぺこよ?」
「……そこなんだけどさ。あたしも考えてて、ゾッとしたんだけど」
フレアは焚き火の炎を見つめながら、静かに口を開いた。
「ぺこら、百十年経ってるのに、見た目も体力も全く変わってないよね。感覚として、どう?」
「ん? そう言われてみれば……あの日から全く歳をとった『感覚』がないぺこ。単に兎人族だから長生きなのかと思ってたぺこけど……」
「私も、エルフだから気にしてなかった。でもたぶん、違う。この世界を作った何者かは、私たちが設定の年齢に達した瞬間、そこから一切歳をとらないように、あたし達の時間を『フリーズ(固定)』させてるんじゃないかな」
「時間を、止める……? 何のためにぺこ」
「設定(プロフィール)を忠実に守るため、とかね」
薄気味悪さに、ぺこらが身震いする。しかし、フレアの推理はさらに残酷な事実に行き着いていた。
「問題は、ノエルと船長だよ。あいつらは十八歳と十七歳だ」
「……あっ!」
ぺこらが目を見開いた。
「気づいた? ぺこらが覚醒した百十年前、ノエルと船長は『まだ生まれてすらいなかった』んだよ」
「は……!? じゃあ、ぺこらが覚醒してから八十年以上も経ってから、この世界はあいつらを生まれ落としたってことぺこか!? なんでそんな面倒なことを……!」
「たぶん、あたし達の『デビュー順』だよ」
フレアの言葉に、ぺこらは絶句した。
「ぺこら、フレア、ノエル、船長……。現実でのたった数週間のデビュー順の辻褄を合わせるために、これを仕組んだ奴は時間軸の計算をバグらせて、あたし達を何百年も過去に放り投げた。……設定に異常に執着してるくせに、とんでもなくポンコツな法則だよ」
パチパチと爆ぜる焚き火の音が、やけに大きく聞こえた。 この世界は、美しい絵画のようでいて、その裏側の法則(ルール)は狂気的なまでに歪んでいる。
「……じゃあ、あいつらが十七歳や十八歳になるまで、私らで過保護に見守ってやるしかないぺこね」
ぺこらは目をこすりながら、少しだけ影を落とした。
「あのさ、フレア。私、百年待ってる間に『あやめ先輩』たちを見かけたんだ。でも……私だとわかってたはずなのに、すげー冷たい目で『近づくな』って、突き放されたぺこ」
フレアは眉をひそめた。あの優しくてよく笑う先輩が、そんな態度をとるだろうか。
「何か、理由があるのかもな……。でも今は、あのアホな騎士と海賊のケツを叩きに行くのが先だ」
「違いないぺこ!」
長い孤独を乗り越え、長寿組の二人がついに合流した。 彼女たちの視線の先には、まだ見ぬ仲間たちが待つ、広大でツギハギだらけの異世界が広がっていた。