とある3期生のオルタナティブ~ウサギとエルフと騎士と船長~ 作:ジョウジ
「――待ちわびたぞ、貴様ら!!」
千本鳥居の入り口に降り立ったのは、二本の角を生やした和装の少女だった。
彼女の左右には、赤と青の二つの式神(鬼火)――『業』と『不知火』がフワフワと浮遊し、周囲の空気をジリジリと焦がしている。
公式年齢・約1500歳。
長寿設定ゆえに、この世界の誰よりも大昔にスポーンし、想像を絶する途方もない時間をたった一人で孤独に待ち続けていた鬼神――百鬼あやめだった。
「あやめちゃん……!?」
フブキとミオが息を呑む。
ついに見つけた三番目の仲間の姿。しかし、再会を喜ぶ二人の前で、あやめは背中に差していた二本の太刀――黒い柄の妖刀『羅刹』と、赤い柄の鬼神刀『阿修羅』をゆっくりと抜き放った。
「すべて聞いていたぞ。……余を差し置いて、お主らだけで地獄へ行くつもりか?」
あやめの赤い瞳が、怒りに燃えていた。
「1500年だ。……余がこの世界で、どれだけ一人で、どれだけ寂しい思いをして仲間を待っていたか……!」
「あやめちゃん、ごめん! でも、あの子たちを帰すためには――」
「知ったことか!!」
あやめの怒声と共に、千本鳥居の足元の石畳が爆発するように弾け飛んだ。
――速い。
フブキが白刃を抜くよりも早く、あやめはミオの懐に潜り込んでいた。
「余だけ生き残って、あの子たちの笑顔を見て……それで余が笑えると思うのか! 余抜きで、悲劇のヒロイン気取りなど許さ――」
激怒と共に羅刹を振り下ろそうとした、まさにその瞬間だった。
あやめの視界に、自分を庇うように抱きしめ合う、フブキとミオの「ボロボロに泣き腫らした顔」が飛び込んできた。
それは、大好きな後輩を救うために心を殺し、やっとの思いで見つけた自分(あやめ)にすら刃を向けられ、完全にキャパシティを超えて怯えている『大好きな友人たち』の顔だった。
「……っ」
あやめの動きが、ピタリと止まる。
そして。
「……ぷっ。あーっ、はっはっはっは!」
シリアスで悲壮な空気に包まれていた千本鳥居に、突如として鈴を転がすような、どこまでも明るく無邪気な笑い声が響き渡った。
「えっ……?」
目を瞑っていたフブキとミオが、ぽかんと口を開ける。
「あ、あははははっ! ひーっ、お腹痛い! だって、お主ら……っ、顔、顔がっ! この世の終わりみたいな顔してるんだもん……っ!」
鬼神としての恐ろしい威圧感はどこへやら。あやめは双剣を持ったまま、ツボに入ってしまったのかお腹を抱えて大爆笑し始めた。
自他共に認めるツボの浅さと、そのあまりにも可愛すぎる笑い声。
(……かわ余)
フブキとミオの頭の中に、リスナーと全く同じ感想が同時に浮かんだ。
「あやめ、ちゃん……怒って、ないの?」
ミオが恐る恐る尋ねると、あやめは笑いすぎた目元を拭いながら、大きく息を吐いた。
「怒ってるぞ! お主らだけで悪役(泥被り)になるなんて、水臭すぎるからな! ……でも」
あやめは双剣をカチンと合わせ、満面の笑みを浮かべた。
しかし、その赤い瞳からは、ポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちていた。
「でも、1500年ぶりに見たお主らの顔が……あんまりにも不格好に泣いてるから。……嬉しくて、つい笑ってしまった余」
どんなに怒ろうとしても、大好きな仲間を前にして溢れ出す「嬉しい」という感情を、あやめは隠しきれなかったのだ。
「あやめちゃん……!」
フブキとミオは武器を放り出し、泣き笑いの顔のまま、あやめに思い切り飛びついた。
「うわっ、こら、危ないぞ! 刃物持ってるんだから!」
「ばかー! あやめちゃんのバカー! 会いたかったよぉぉ!」
「私も、私も1500年寂しかったんだよぉぉ……!」
三人は千本鳥居の入り口でもつれ合いながら、子どものように声を出して大泣きした。
世界の残酷なルールも、これから演じなければならない悲劇のシナリオも、今は関係ない。ただ、長すぎる孤独の果てにようやく「家族」と再会できた喜びだけが、そこにあった。
「……たく、世話の焼ける奴らだ」
ひとしきり泣いて落ち着いた後、あやめは双剣を背中に納めながら鼻をすすった。
「お主ら二人では、どうせ優しすぎて悪役なんて演じきれんだろう。だから、余も一緒に手伝ってやる。……最強の鬼神が立ちはだかれば、後輩どもも本気にならざるを得ないだろうからな」
「うん……うんっ! 頼もしいよ、あやめちゃん……!」
「三人でなら、きっと『最強の悪役』になれるね」
狐と、狼と、鬼。
のちに「いろはにほへっと あやふぶみ」というユニット名でも呼ばれることになる三人が、深い絆で結ばれた『悪役同盟』を結成した瞬間だった。
しかし、悲壮な覚悟を決めたばかりの三人を、さらなる過酷な試練が待ち受けていた。
数日後。
荒野の果てをパトロールしていたあやめたちの視線の先に、見覚えのある長いウサギの耳が、ぴょこぴょこと跳ねているのが見えたのだ。
(ぺこら……!)
三人の胸が、歓喜で大きく跳ねる。
あやめが思わず「おーい!」と手を振って駆け寄りそうになった、その時。フブキが血の滲むような力で、あやめの腕を掴んだ。
「ダメだよ、あやめちゃん……」
「えっ……」
「ここでぺこらちゃんを甘やかしたら……私たちは、あの子たちを現実に帰せなくなる。……今から私たちは、あの子の『絶望』にならなきゃいけないんだよ」
フブキの言葉に、あやめの足がピタリと止まる。
そうだ。自分たちは、後輩たちから本気の殺意(感情)を引き出すための『壁』になると決めたのだ。
遠くで、あやめたちに気づいたぺこらが、パァッと顔を輝かせてこちらへ走ってくるのが見える。
1500年。途方もない時間を待って、ようやく見つけた大好きな後輩。今すぐ抱きしめて、頭を撫でて、よく頑張ったねと褒めてやりたい。
あやめの心は、狂おしいほどの歓喜と愛情で悲鳴を上げていた。
しかし、あやめは喉から血が出るほど奥歯を噛み締め、歓喜の涙を無理やり引っ込めた。
そして、世界で一番冷たい声を作って、大好きな後輩に向かって言い放ったのだ。
「……余たちに、近づくな」