とある3期生のオルタナティブ~ウサギとエルフと騎士と船長~ 作:ジョウジ
それは、気の遠くなるような孤独だった。
ホロアースの空を、一頭の巨大なオレンジ色のドラゴンが飛翔している。
彼女の名前は桐生ココ。伝説のドラゴンであり、公式設定年齢は三千五百歳。
この「年齢設定に縛られてスポーンする」というバグだらけの世界において、ココは誰よりも早く、それこそ世界が生まれた直後のような何もない大昔から、たった一人で存在し続けていた。
(……あー、退屈だ。誰かいねえのかよ、このクソデカい箱庭には)
ココは巨大な翼を羽ばたかせながら、下界を見下ろして低く唸った。
最初の数百年は、ただ飛んでいるだけでも楽しかった。しかし、千年も過ぎれば、代わり映えのしないファンタジーの景色にも飽きてくる。
NPC(人間たち)の街に降りて驚かせてみたりもしたが、彼らはプログラムされた反応しか返さない。
ココが求めていたのは、もっと騒がしくて、予測不能で、腹の底から笑い合える「悪ふざけ(エンタメ)」だった。
何千年という時間を、ただ一人で飛び続ける。
もし彼女が普通の人間であったなら、とうの昔に発狂して、自らデータの海に消えることを望んでいたかもしれない。
それでもココが正気を保っていられたのは、彼女の魂の奥底に刻まれた、ある「約束」の記憶があったからだ。
(待ってろよ……。そのうち、必ずあいつが来るはずだからな)
握力50キロの、アホみたいに頑固で、でも誰よりも真っ直ぐな、あの純白の天使が。
そして。
ココがこの世界にスポーンしてから、およそ三千四百八十年の時が流れたある日のこと。
ココのねぐらである荒野の活火山に、一筋の光が降り立った。
光が収まると、そこには頭に天使の輪を戴き、純白の翼を持った少女――天音かなたが立っていた。
「……ん、あれ? 私、なんでこんなところに」
かなたが不思議そうに周囲を見渡す。
その瞬間、かなたの頭上に巨大な影が落ちた。
「ドンッ!」という凄まじい地鳴りと共に、オレンジ色の巨大なドラゴンがかなたの目の前に着地する。
「ひぇっ!? ド、ドラゴン!?」
かなたが慌てて後ずさるが、ドラゴンは敵意を見せるどころか、その巨大な顔をかなたにすり寄せ、喉の奥からゴロゴロという音を鳴らした。
「……遅えよ、バカ天使」
ドラゴンの口から紡がれた、あまりにも聞き慣れた、少しだけ乱暴で優しい声。
その声を聞いた瞬間、かなたの脳裏に雷が落ちたような衝撃が走り、現実の記憶が奔流のように押し寄せてきた。
「会長……ココ、会長……っ!?」
かなたの目から、ブワッと涙があふれ出す。
ココの巨大な鼻面にしがみつき、かなたは子供のように声を上げて泣きじゃくった。
「会いたかった……! 私、ずっと……っ!」
「おう。俺も会いたかったぜ、かなた」
ココは目を細め、愛おしそうにかなたの背中を巨大な翼で包み込んだ。
現実世界では同じ屋根の下に住み、苦楽を共にしてきた相棒(同居人)。
三千年以上という途方もない孤独の時間は、相棒の温もりと涙によって、一瞬にして報われたように思えた。
しかし。
再会の喜びも束の間、ココの口から語られた真実は、かなたを深い絶望の淵に突き落とすものだった。
「……世界が、崩壊する?」
「ああ。この世界(ホロアース)は、もうすぐ寿命を迎えるらしい」
二人は、荒野の果てで合流したフブキやミオたちから『緊急脱出マニュアル』の内容と、世界が間もなく消滅するという残酷な事実を聞かされていた。
「フブキ先輩たちは、みんなを現実(あっち)に帰すために、自分たちが悪役(憎まれ役)になって、次元の壁を壊すエネルギーを引き出すって言ってた」
ココは、人間の姿(元の姿)には戻らず、ドラゴンの姿のまま、荒野の地平線を見つめていた。
「俺も、手伝うつもりだ。最高の悪役になって、あいつらを絶望させて、この世界から叩き出してやる」
「ダメだよ!」
かなたが、ドラゴンの太い前足にすがりついて叫んだ。
「そんなことしたら、会長も一緒に帰れないじゃん! 私たちも一緒に、みんなと現実に戻るんでしょ!?」
必死に訴えかけるかなたを、ココはどこか寂しげな、けれど穏やかな目で見下ろした。
「……かなた。お前、まだ気づいてねえのか?」
「え……?」
「俺はもう、現実(あっち)の世界では……『卒業』してるんだよ」
かなたの息が止まる。
そうだ。現実世界において、桐生ココというVTuberは、すでに惜しまれながら卒業(旅立ち)を迎えている。
「このホロアースは、公式設定(ファンタジー)をベースに作られた仮想空間だから、俺もこうして『ドラゴンのデータ』として存在できてる。……でも、次元の壁を越えた先の現実には、もう『桐生ココ』が戻るための席(アカウント)は存在しねえんだ」
「そんな……」
「だから、俺は帰れない。この世界が崩壊する時、ただのデータとして一緒に消える運命なんだよ」
ココはカラカラと笑った。それは、自分の運命を完全に受け入れた、あまりにも潔い笑いだった。
「どうせ消えるなら、最後に一花咲かせてやろうじゃねえか。最高のエンタメ(悪役)で、後輩どもをあっちへぶっ飛ばしてやるんだよ」
「……嫌だ」
かなたが、俯いたまま絞り出すように呟いた。
「嫌だ、嫌だ! そんなの絶対に嫌だ! なんで会長ばっかり、そんな悲しい思いしなきゃいけないの!」
かなたは、握力50キロの力でココの鱗をギュッと掴み、顔をぐしゃぐしゃにして泣き叫んだ。
「会長が残るなら……私だって、一緒にここに残る!」
「バカ野郎!」
ココが、これまでにないほど大きな声で一喝した。
「お前はまだ、あっちでやることがいっぱいあるだろうが! 俺の分まで、ホロライブを盛り上げていくって約束しただろ!」
「約束したよ! だからこそ、ここで会長を一人にして逃げるなんて……絶対にできない!」
かなたは一歩も引かず、ココの巨大な瞳を真っ直ぐに睨み返した。
「私は、天音かなただよ。……会長のこと、誰よりもわかってる。ここで一人で残って消えるなんて、絶対に寂しがるに決まってる!」
その言葉に、ココは言葉を詰まらせた。
三千五百年もの間、たった一人でこの世界を飛び続けてきた孤独。それを誰よりも理解してくれたのは、やはり現実での相棒だった。
「……かなた」
「一緒に悪役をやるよ。そして……もし本当に会長が消えちゃう時は、私が最後まで隣にいて、一緒に手を繋いでてあげる。……絶対に、一人にはさせない」
泣きながら、それでも絶対に譲らないと宣言する天使の姿に、ココは大きなため息をつき、そして、優しく微笑んだ。
「……マジで、頑固な天使だぜ、お前は」
「会長の同居人だからね。……覚悟、決めてよ」
ドラゴンの巨大な翼が、純白の天使を包み込む。
絶対に一人にはさせないという、強すぎる絆。
こうして、フブキたちの『悪役同盟』に、最強で最悪の絶望の象徴――伝説のドラゴンと天使のコンビが加わったのだった。