とある3期生のオルタナティブ~ウサギとエルフと騎士と船長~ 作:ジョウジ
太陽の光すら届かない、鬱蒼とした黒い森の最深部。
死霊使い(ネクロマンサー)の少女――潤羽るしあは、無数の骸骨の騎士(スケルトン)たちに囲まれながら、冷たい玉座の上でただ静かに目を閉じていた。
公式年齢、およそ一千六百歳。
魔界の住人である彼女もまた、この世界のバグにより、途方もない大昔にスポーンさせられていた。そして、記憶を取り戻した彼女は、自分の置かれた『残酷な真実』をいち早く悟り、この黒い森の奥深くに引きこもっていたのだ。
(……私はもう、あっち(現実)には帰れないデータなんだから)
現実世界における「潤羽るしあ」というVTuberは、すでにホロライブの表舞台から去っている。
だからこそ、大好きな3期生の同期たちがこの世界にスポーンしてきても、自分から会いに行くことはできない。もし再会してしまえば、いずれ必ず訪れる「永遠の別れ」の時に、彼女たちを深く悲しませてしまうからだ。
だから、ここで一人で消える。
それが、るしあが選んだ優しくて悲しい選択だった。
しかし。
そんな彼女の孤独な聖域に、三つの影が足を踏み入れた。
「るしあちゃん」
「フブキ先輩……、ミオ先輩、あやめ先輩……」
玉座からゆっくりと立ち上がるるしあの前に現れたのは、悲痛な覚悟を瞳に宿した和風組の三人だった。
フブキたちは、世界の崩壊が迫っていること、そして、後輩たちを現実に帰すためには「次元の壁を壊すための、魂からの本気の感情(殺意や絶望)」が必要であることを、るしあに告げた。
「……なるほど。誰かが、あの子たちから本気で憎まれる『悪役』にならなきゃいけないんですね」
るしあは、一切の動揺を見せずに静かに頷いた。
そして、冷気と共に自らの杖を強く握りしめる。
「だったら、私がやります」
「るしあちゃん……?」
「私が、あの子たちを本気で絶望させる『壁』になります。私がすでに帰れないデータであるという残酷な現実を突きつけて……『私を殺して生き残れ』と本気で攻撃すれば、あのバカたちはきっと、限界まで感情を爆発させるはずだから」
るしあは、同期たちの優しさを誰よりも知っている。
だからこそ、自分が「置いていけ」と言えば、3期生は『ふざけるな、絶対に連れて帰る!』と本気で怒り、泣き叫び、壁を壊すほどの強大なエネルギー(魔法や物理の衝突)を生み出してくれると計算したのだ。
それは、同期である自分だからこそ引き出せる「極限の感情の衝突」だった。
自分の命(データ)を盾にして、大好きな同期たちを現実に叩き返す。るしあの声には、一切の迷いがなかった。
しかし。
「――ダメだよ、るしあちゃん」
フブキが、泣きそうな顔でるしあの言葉を遮った。
「もしそれで壁が壊せて、あの子たちが現実に帰れたとしても……あの子たちは一生、『るしあちゃんを置いてきた』、あるいは『自分たちの手でるしあちゃんを壊した』っていうトラウマを抱えて現実を生きていくことになるんだよ」
「っ……」
「そんな地獄、あの子たちに背負わせられない。……同期同士で殺し合わせるような悲劇は、絶対にダメだよ」
フブキの痛切な言葉に、るしあの肩が震えた。
「私たちがやるんよ」
フブキの隣で、あやめが一歩前に出た。
「余たちが、絶対に越えられない悪役になる。……後輩どもを泣かせる泥被りは、先輩である余たちの役目だ」
「あやめちゃん……」
「るしあちゃんは、この黒い森の最深部で結界を張って、姿を隠していてほしいの」
ミオが、るしあの両手を優しく包み込んだ。
「私たちが、あの子たちの心を鬼にして折るから。……るしあちゃんは、あの子たちと戦わないで」
それは、後輩を想う先輩たちの、あまりにも不器用で、深すぎる「優しさ」だった。
現実(あっち)に帰れないるしあに、せめて最後くらい、大好きな同期と傷つけ合うような悲劇を味あわせたくない。そんな先輩たちの血を吐くような思いやりに触れ、るしあの目から、張り詰めていた糸が切れたように大粒の涙がこぼれ落ちた。
「……うぅっ、先輩……っ」
るしあは、ミオの胸に顔を埋め、子どものように声を上げて泣いた。
本当は、誰よりも3期生に会いたかった。ノエルに抱きついて、フレアに甘えて、マリンと口喧嘩をして、ぺこらと笑い合いたかった。
その叶わぬ願いを押し殺し、悪役になろうとした彼女の心を、先輩たちの優しさが溶かしてくれたのだ。
「わかり、ました……。私は、ここで……結界を張って、待ってます」
「うん。任せておいて」
フブキは、るしあの頭を優しく撫でた。
こうして、るしあは黒い森の奥で姿を隠し、フブキ・ミオ・あやめの三人が、千本鳥居の防衛線(本編第10話)に立つことになったのだ。
しかし。
泣きじゃくりながらも、るしあの心の奥底には、冷たく研ぎ澄まされたもう一つの『覚悟』が残っていた。
(フブキ先輩たちは、優しすぎる。……もし、あのバカたち(3期生)が先輩たちに勝てなかったら。先輩たちが、悪役を演じきれなかったら……)
その時は、自分が同期の前に立ち塞がる。
先輩たちの優しさを無駄にしないために。そして、大好きな同期たちを絶対に現実に帰すために。
死霊使いの少女は、黒い森の闇の中で、静かにその時を待ち続けていた。