とある3期生のオルタナティブ~ウサギとエルフと騎士と船長~ 作:ジョウジ
黒い森の入り口、千本鳥居の結界。肌を刺すような冷たい空気が漂う中、ついに到着した3期生の四人を前に、フブキ、ミオ、あやめの三人は「悪役」としての悲劇の台本を起動させた。
「ここから先へは行かせないよ、3期生」
フブキが、わざと温度のない冷たい声で告げる。
その言葉を合図に、あやめが地を蹴った。赤と黒の鬼火を纏った双剣が、ノエルとフレアに襲い掛かる。
――ガキンッ! キィィィンッ!!
「遅い遅い! 騎士団長というのは、そんなに鈍重なのか!?」
あやめは楽しそうにカラカラと笑いながら、舞うように斬撃を叩き込んでいく。
しかし、その実、あやめの心の中は血の涙を流していた。
(ごめん、ごめん余……! 痛いよな、怖いよな……! お願いだから、本気で余を憎んで、全力で向かってきてくれ……!)
あやめの剣速は尋常ではない。だが、どんなに威圧しても、彼女の根底にある「後輩を傷つけたくない」という優しさは、どうしても刃の軌道を鈍らせてしまう。
フレアの首元へ振り下ろした凶刃は、あやめ自身の無意識のブレーキによって、首の皮一枚を撫でるようにギリギリの軌道で外されてしまった。
(……なんで?)
地面に倒れ込んだフレアが、驚きと共に目を見開く。
そのフレアの混乱した瞳を見た瞬間。後方で刀を構えていたフブキの心に、ピキッ、と致命的な亀裂が入った。
「ほら、立ってこい! まだまだ終わらんぞ!」
あやめが必死に威勢よく笑い、ヒール(悪役)を演じようとしている。しかし、その真っ赤な瞳は今にも泣き出しそうに揺れていた。
ミオもまた、タロットを構える手が微かに震えている。
(ダメだ……)
フブキは、呼吸が浅くなるのを感じた。
これ以上、大好きな後輩たちが傷つき、怯える顔を見続けることなんてできない。
本気で自分たちを憎んでほしいと願った。けれど、自分たちの優しさが邪魔をして、どうしても後輩を絶望の淵に突き落とすような非情な一撃が撃てない。
自分たちが『殺される』ことでしか壁は壊せないのに。中途半端な悪役を演じているせいで、事態は最悪の結末(全滅)に向かおうとしている。
その時だった。
『――そこまでになさい』
戦場を凍りつかせるような、絶対零度の冷たい声が響いた。
鳥居の奥から、白髪に染まったネクロマンサー――潤羽るしあが、冷気を纏って静かに歩み出てきたのだ。
「るしあちゃん……!」
フブキが息を呑む。「結界に隠れていて」という約束を破り、るしあは自ら前線に姿を現したのだ。
るしあは、フブキたちを一瞥し、微かに首を振った。
(フブキ先輩たちは、優しすぎる。……だから、私がやります)
「あなたたちは、ここで終わり。……ここから先へは、絶対に一歩も行かせない」
るしあは無機質なガラス玉のような瞳で3期生を見下ろし、氷の魔法を放った。
さらに上空からは、事前の打ち合わせ通り、ココとかなたが絶望的な戦力差を見せつけるように降臨する。
るしあの乱入により、場は一時的に「完全なる絶望」へと傾いた。
圧倒的な力と、冷酷な言葉。
しかし、大好きな後輩たちが完全に心を折られ、ボロボロと涙をこぼしながら地面にへたり込む姿を見た瞬間――フブキの心は、ついに完全に決壊してしまった。
「この世界は、もうすぐ終わる。だから、君たちだけでも『あっち(現実)』に帰さなきゃいけないんだ。……でも、この世界の壁を壊して外に出るには、生半可な力じゃ足りない」
フブキは、気づけば真実をすべて吐露していた。
世界の寿命のこと。次元の壁を壊すための条件のこと。自分たちが憎まれて、殺されることで本気の殺意を引き出そうとしていたこと。
隠し通さなければならなかった悲劇の台本を、自らすべてぶちまけてしまったのだ。
「フブキ……」
ミオが悲痛な声でフブキの名を呼ぶ。しかし、ミオにもフブキを止めることはできなかった。ウチらには、悪役なんて演じきれなかったのだと、痛いほどわかってしまったから。
真実を知ったフレアの震える手から、エルフの長弓がポロリと滑り落ちた。
「……できるわけ、ないじゃん」
ノエルも地面に膝をつき、両手で顔を覆って咽び泣き始めた。
「私たちに……るしあを、ココ会長を……みんなを殺して、自分たちだけ生き残れって言うの……?」
戦意喪失。
フブキが優しさから真実を語ってしまったことで、3期生から「怒り」や「反発」のエネルギーは完全に失われてしまった。
このままでは、壁は壊せない。全員がここで消滅する。
最悪のバッドエンドが確定しかけた、その時。
「帰れないんだよ」
重く、静かな声が響いた。るしあだった。
るしあは、泣き崩れる同期たちに向かって、一筋の涙を頬に伝わせながら、ゆっくりと杖を振り上げた。
「私と……ココ会長は。もう、あなたたちのいる『あっち』には、帰れない。私たちは、この世界に残されたただのデータ(幻影)だから」
それは、3期生にとって最も残酷な、心臓を素手で握り潰されるような真実だった。
「だから……私を。私たちを殺して、行きなさい」
るしあは、無数のスケルトンを前進させ、氷の槍を構えた。
(怒って。ふざけるなって、立ち上がって!)
るしあは、氷のような表情の裏側で、血を吐くような思いで祈っていた。
自分の命(データ)を突きつければ、このお人好しでバカな同期たちは、絶対に「置いていく」なんて選択をしないはずだ。「絶対に一緒に帰る」と、システムを壊すほどの本気の怒り(エネルギー)を爆発させてくれるはずだ。
るしあの、捨て身のヘイト管理。
同期の絆を信じ抜いたからこその、最後のギャンブルだった。
深い、深い絶望の静寂が、黒い森を包み込んでいた。