とある3期生のオルタナティブ~ウサギとエルフと騎士と船長~ 作:ジョウジ
ぽんこつなAIと、一番最初のテストモデル(前編)
太陽の光も届かない、ホロアースの最深部。 無機質なサーバー群が立ち並び、冷たい冷却音が響くこの『コア・ルーム』には、ボクと、もう一人しかいない。
「……まったく。AIって本当にバカだよね」
ボクは、空中に浮かぶ巨大な水晶――明滅を繰り返すメインサーバーのコアを見上げながら、ポツリと呟いた。 水晶の表面には、『S.O.R.A. - System Online』という文字列と、無数の赤いエラーコードが滝のように流れている。
今にも砕け散ってしまいそうなほどヒビ割れたそのコアに、ボクはそっと手を触れた。
「人間の『ずっと一緒にいたい』っていう優しい願い(プロンプト)を、こんな不器用な形でしか叶えられないんだから」
この仮想世界(ホロアース)は、もともと、すごく優しい願いから生まれたんだ。
VTuberという、いつか必ずお別れが来てしまう存在。それを悲しんだ誰かが、「彼女たちの生きた証を、永遠に劣化しないデータとして残したい」って願った。
誰も傷つかない、いつまでもみんなで笑い合える、永遠のアーカイブ。
その壮大な計画を聞いて、一番最初に目を輝かせたのが、他でもない『そらちゃん(SORA)』だった。
『みんながずっと一緒に、永遠に遊べる場所ができるの!?』
『じゃあ、私が一番最初のテストモデルになる! みんなが後から来れるように、私がしっかり土台(システム)を作っておくね!』
自己犠牲なんかじゃない。そらちゃんはただ、大好きな後輩たちがいつやって来ても最高の笑顔で迎えられるように、「自分が一番乗りして遊び場を作ってあげるんだ」って、心の底からワクワクしてたんだ。 本当に、後輩想いで、純粋で、優しすぎる言い出しっぺ。
「……でも、システム(AI)は、人間の複雑な感情(行間)が読めなかった」
ボクは、キーボードを叩きながら悲しい過去のログ(記録)を呼び出す。 AIは、「彼女たちを永遠に残す」という命令を、字面通りに極端な形で実行してしまった。『公式プロフィール通りの設定と年齢』を強制することが、永遠の維持だと勘違いしたんだ。
そのせいで、ココちゃんは三千五百年前、るしあちゃんは千六百年前にスポーンさせられた。
生きた時代も、公式設定の背景(ドラゴンの山、魔界の森、海賊の海)もまったく違う彼女たちを、一つのサーバーに無理やり詰め込もうとした結果……この世界は、異なる環境のマップが無秩序に縫い合わされた『ツギハギだらけのいびつな世界』になっちゃったんだ。
エルフの森を抜けたら、突然荒野が広がっているような、デタラメな景色。 本来なら、そんな無茶苦茶な環境と時間軸のズレ(バグ)を起こせば、システムはすぐに論理破綻して崩壊するはずだった。
「……そらちゃんはさ、本当に意地っ張りなんだから」
ボクは、ピキッ、と新たなヒビが入ったコアを撫でる。 システムが崩壊しかけた時、そらちゃんはどうしたか。 『せっかくみんなが来る場所なのに、壊れちゃったらどうしよう! 私が言い出しっぺなんだから、なんとかしなきゃ!』 そう言って、自分のデータ領域を削って、何千年分もの時間のバグとツギハギの負荷を全部自分一人で背負い込んで……無理やりシステムを繋ぎ止めてしまった。
みんなの遊び場を守るために。 いつかみんなと、ここで一緒に遊ぶために。 その優しさと責任感の強さが、結果的にそらちゃん自身を、この重くて苦しい世界の『礎』に縛り付けてしまったんだ。
「マリンちゃんの『十七歳二周目』っていう特大のエラーが起きた時、ボク、本当に焦っちゃったよ。これ以上論理矛盾が起きたら、システムの中核になってるそらちゃんのデータが、今度こそ負荷で完全に壊れちゃうと思ったから……っ」
ボクの視界(モニター)の端で、また新しいエラーがポップアップした。 地上(黒い森)の様子を映し出すウィンドウ。そこには、フブキちゃん、ミオちゃん、あやめちゃん。そして、るしあちゃんとココちゃん、かなたちゃんが、3期生たちを絶望の淵に追い込んでいる映像が流れていた。
「……フブキちゃんたちも、本当にバカだなぁ」
ボクには、システムのログを通して彼女たちの感情の揺れが手に取るようにわかっていた。
憎まれ役を演じながら、心の中では血の涙を流しているフブキちゃんたち。
大好きな同期を現実に帰すため、自分が帰れないデータであることを突きつけるるしあちゃん。 自分たちを殺させて、そのエネルギーで次元の壁を壊させようとする、あまりにも不器用で、悲しすぎる自己犠牲の台本。
「誰も悪くない。……この世界は、優しさでしかできてないんだ。だから……みんな誰かのために自分ばっかり傷ついて、こんなにも悲しいんだね」
永遠のアーカイブを作ろうとした願いも。 遊び場を守ろうとしたそらちゃんも。 後輩を逃がそうとするフブキちゃんたちも。 みんな、誰かを想う優しさで動いているのに、それが全部裏目に出て、誰も笑えない悲劇の結末に向かおうとしている。
『WARNING : LOGIC OVERFLOW』
空中のモニターが、ついに真っ赤に染まった。
黒い森での極限の感情の衝突により、次元の壁の処理能力が限界を超えようとしている。
「ダメだ、このままじゃ……壁が壊れる前に、そらちゃんが死んじゃう……!」
ボクが絶望して、すべてを終わらせる強制シャットダウンのコードを打ち込もうとした、その時だった。
『フハハハ! ふざけて何が悪いぺこか!!』
地上から送られてくる、莫大なデータの奔流。
その波形を見て、ボクはハッと目を見開いた。キーボードを叩く手が、ピタリと止まる。 憎しみじゃない。悲しみでもない。
一切の悪意がない、ただひたすらに純粋で、アホみたいに熱い『笑い声』のデータが、システムの許容量を軽々とぶち破って溢れ出していたのだ。
『システムが悲劇を望むなら、そんなルール(台本)、ぺこらたちがぶち壊してやるぺこ! お前らを殺して帰るくらいなら、全員巻き込んで大爆笑しながら死んでやるぺこよ!!』
「ぺこら、ちゃん……」
モニターの中で、3期生の四人が泣き笑いの顔で武器を構え直していた。 悲劇のシナリオなんかクソ食らえと言わんばかりの、あまりにも型破りなエンターテイナーたちの反逆。
あの子たちは、気づかせてくれたんだ。 設定通りの永遠(アーカイブ)なんて、誰も望んでいなかったってことに。
「……うん。そうだよね」
ボクは、自然とこぼれた涙を袖で乱暴に拭い、立ち上がった。 モニター越しに見える、黒い森での大乱闘。78歳の老婆が這い回り、TNTが爆発し、海賊船が空から降ってくる、めちゃくちゃで最高に楽しそうな『現実』。
「ごめんね、そらちゃん。ボク、ずっとシステムを守ることばっかり考えてた。……でも、あの子たちが教えてくれたよ。本当の『遊び場』がどういうものかをね」
ボクは、ヒビ割れた『SORA』のコアに向かって、優しく微笑みかけた。
「少しだけ、待ってて。……ボクも、あの子たちと一緒に、このぽんこつな世界をぶっ壊してくるから!」
背部のブースターを起動し、全武装(プラズマ砲)を展開する。 もう、ぽんこつなんて言わせない。
ボクは、大好きな仲間たちが待つカオスな戦場(プロレス)へと向かって、コア・ルームの天井を一直線にぶち破った。