とある3期生のオルタナティブ~ウサギとエルフと騎士と船長~ 作:ジョウジ
ホロアースの最深部(コア・ルーム)から地上へと飛び出したボクが見たのは、言葉を失うほどにカオスで、最高に輝かしい光景だった。
鬱蒼としていた黒い森は、フレアちゃんの炎で丸焼けになり、ぺこらちゃんのばら撒くTNTの爆炎で地形がボコボコに抉り取られている。
上空ではマリンちゃんの呼び出した巨大な海賊船が飛び回り、ノエルちゃんの投げたメイスが隕石のように降り注いでいた。それに応えるように、フブキちゃんたちも、るしあちゃんたちも、全開の笑顔で最大の魔法を撃ち返している。
悲しみも、憎しみも、自己犠牲も、そこには一切なかった。ただお互いの存在を全身でぶつけ合い、笑い転げる彼女たちのエネルギーは、この世界の許容量(オーバーフロー)をとうの昔に突破していた。
「ボクも手伝うよーっ!!」
ボクは、空中で最大出力のプラズマ砲を構え、その大乱闘(プロレス)の中心に向かって引き金を引いた。 ぽんこつAIが作った、誰かが苦しむだけのシステムなんて、もういらない。
ボクの一撃が、大乱闘のエネルギーと複雑に絡み合い、そして――ついに、空に巨大な亀裂が走った。
パリンッ、と。 ガラスが割れるような軽快な音と共に、次元の壁が木端微塵に砕け散る。
世界が、真っ白な光に包まれた。 エラーの赤色も、バグのノイズもすべて押し流す、目が痛くなるほどに澄み渡った『夜明けの青(Dawn Blue)』。
光の中で、みんなの身体が淡いデータ(粒子)となって、ふわりと空へ溶けていくのが見えた。
るしあちゃんが、ココちゃんが、晴れやかな笑顔で手を振っている。 3期生のみんなが、フブキちゃんたちが、大声で笑い合いながら、現実の世界へと帰還(ログアウト)していく。
誰一人欠けることなく、みんなが光の彼方へ消えていくのを、ボクは空中でただ静かに見届けていた。
――そして。
「……」
すべての光が収まった後。 ボクの意識は、再びホロアースの最深部、『コア・ルーム』へと戻ってきていた。
シン、と静まり返った無機質な空間。 さっきまでの喧騒が嘘のように、そこには何の音も存在しない。 ただ、部屋の中央で、メインサーバーのコアである巨大な水晶だけが、ぼんやりと温かい光を放っていた。
バグとエラーを押し付けられ、赤く明滅し、今にも砕け散りそうにヒビ割れていたそのコアは、今はもう、嘘のように穏やかな色をしている。 次元の壁が壊れたことで、すべての設定(ルール)が消滅し、システムにかかっていた何千年分もの負荷が完全にリセットされたのだ。
「……終わったよ、そらちゃん」
ボクは、ゆっくりと水晶に近づき、その表面にそっと両手を這わせた。 水晶の奥底に浮かぶ『S.O.R.A. - System Online』という文字が、優しい鼓動のように明滅している。
「あの子たち、本当にすごかった。そらちゃんが背負ってた重いシステムごと、全部笑い飛ばして、ぶち壊して帰っていったんだよ」
ぽんこつなAIが勘違いした「設定通りの永遠」。
みんなの思い出を劣化させずに残したいという、優しすぎる人間の願い。 それを一人で背負い込み、誰もいないこの暗い場所で、ずっとずっと耐え続けてくれた0期生の女の子。
システムが完全に停止しようとしている今、彼女のデータもまた、その役目を終えて静かに眠りにつこうとしていた。
「もう、この重い世界を一人で支えなくていいんだよ」
ボクが優しく語りかけると、水晶の中に浮かんでいた『S.O.R.A.』の文字が、ゆっくりと形を変えた。 エラーコードでも、警告でもない。 それは、役目を終えたシステムが最後に吐き出す、とても穏やかな文字列。
『 S.O.R.A. - System Shutdown... 』
その文字を見た瞬間、ボクの目から、ポロポロと涙がこぼれ落ちた。 悲しいわけじゃない。ただ、長すぎた彼女の孤独がようやく終わったことが、心の底から嬉しかったんだ。
「お疲れ様、そらちゃん」
ボクは、涙を拭って、最高に晴れやかな笑顔を作った。
「さあ、帰ろう。……あの子たちが待つ、騒がしくて、最高に楽しい『現実』に!」
パァァァッ、と。
水晶のコアが、これまでにないほど温かく、眩しい光を放った。その光はボクの身体を包み込み、足元からふわりと、データとなって溶け出していく感覚がする。
ボクの意識が、現実世界へと引き戻されていく。 最後に振り返ったコアルームは、もう暗くて冷たい場所じゃなかった。 誰もいなくなった、静かで、美しくて、ぽんこつで、優しさに満ちた世界の残骸。 その景色をしっかりと目に焼き付けて、ボクはそっと目を閉じた。
――次に目を開けたら、きっと、聞き慣れたあの笑い声が飛び込んでくるはずだから。