とある3期生のオルタナティブ~ウサギとエルフと騎士と船長~ 作:ジョウジ
荒野を抜けた二人は、魔物がはびこる深い森を歩いていた。 先頭を歩くフレアがエルフの鋭い感覚で道なき道を切り開き、その後ろを、兎人族の少女がぴょんぴょんと跳ねるように追従している。
「あーあ、なんでぺこらがこんな未開の森を歩かなきゃいけないぺこか。王様なんだから、神輿(みこし)で運ばれるくらいがちょうどいいぺこよ」
口では文句を垂れながらも、ぺこらの長いウサギの耳は、隠しきれない嬉しさでピコピコと揺れていた。
(……素直じゃないなあ、相変わらず)
フレアは前を向いたまま、くすりと笑う。後ろを歩く足音と、絶え間なく聞こえてくるアホな愚痴。ただそれだけのことが、200年の孤独を味わったフレアの心をじんわりと温めていた。
「文句言うなよ。ノエルや船長がこの世界のどこにいるか、手掛かりを見つけないといけないんだから」
「わかってるぺこ。でも、こんなファンタジーど真ん中の森に、あいつらがいるとは思えないぺこ。……ん?」
ぺこらの足が、ピタリと止まった。
「どうした、ぺこら?」 「フレア、足元見てみろぺこ。なんか……急に地面がおかしくなったぺこ」
フレアが視線を落とす。 つい一歩手前まで生い茂っていたファンタジー世界の柔らかな苔と土が、見えない境界線を引かれたように、突然『それ』に切り替わっていた。
「……アスファルト?」
それは、現代の日本に敷かれている無機質な道路そのものだった。白線の跡がかすかに残るアスファルトが、幅十メートルほどだけ森を分断するように敷かれ、その先には何事もなかったかのように再びファンタジーの森が続いている。 見上げれば、太い大樹の枝に、錆びついた信号機が不自然にめり込んでいた。
「なんだこれ。まるで、違う世界のパーツを間違えて貼り付けたみたいだね」
「気味が悪いぺこ。誰かが作ったゲームのバグを見てる気分ぺこよ」
ぺこらがアスファルトの上でぴょんぴょんと跳ね、つまらなそうに鼻を鳴らす。
(この世界は、やっぱりおかしい。誰かの妄想をごちゃ混ぜにしたような、いびつなツギハギの箱庭……)
言い知れぬ不安がフレアの胸をかすめたが、すぐにそれを振り払った。どんな狂った世界だろうと、今は一人ではないのだから。
その夜。二人は森の開けた場所で野営をすることにした。
「お腹すいたぺこ! エルフのお姉さん、ご飯はまだぺこか!」
「はいはい、今作ってるから。あたしも料理なんて久しぶりだけど」
フレアが魔法で起こした焚き火の周りには、ぺこらがインベントリ(謎の四次元ポケット)から取り出した土ブロックがイス代わりに置かれている。 鍋で煮込んでいるキノコと干し肉のスープから、温かい湯気が立ち上っていた。
「ほら、できたよ。熱いから気をつけてね」
「待ってましたぺこ! はふっ、ほふっ……美味いぺこ! フレアの飯、百年ぶりくらいに食った気がするぺこ!」
ぺこらは口の周りを汚しながら、子どものようにスープをがっついた。その様子を、フレアは温かい紅茶をすすりながら、目を細めて見つめていた。
食後。 パチパチとはぜる焚き火の音だけが響く中、フレアはぺこらの背中に回り、長いウサギの耳を丁寧にブラッシングしていた。
「……んー、そこ気持ちいいぺこ……」
ぺこらが目を細め、だらんと脱力してフレアに背中を預ける。
「ぺこらの毛並み、全然変わってないね。百年ずっと手入れしてなかったのに」
「うるさいぺこ。王様は忙しかったぺこよ」 軽口を叩きながらも、ぺこらの声はどこか湿っていた。
「……ねえ、フレア」
「ん?」
「ぺこらさ。ずっと一人でタワーに座って、アホな王様のフリしてたぺこけど……本当は、自分が誰だったのか、どうやって喋ってたのかも忘れそうになってたぺこ」
ぺこらは膝を抱え、焚き火の炎を見つめたまま、ぽつりとこぼした。
「周りにいるのは、言葉が通じないNPCみたいな妖精か、襲ってくる魔物ばっかり。毎日毎日、同じ景色。……だからさ」
少しだけ言葉を切り、ぺこらは背中越しのフレアを見上げた。
「私を見つけてくれて、ありがとうぺこ」
その素直すぎる言葉に、フレアは少しだけ手をとめ、優しく微笑んだ。
「……あたしの方こそ。あんな目立つタワー、作っててくれてありがとう」
(本当は、私の方こそ心が折れそうだった。この世界で一人きりじゃないってわかっただけで、どれだけ救われたか……)
フレアは心の中でそう呟きながら、愛おしそうにぺこらの頭を撫でた。
翌日の昼下がり。 森を抜けた二人は、石造りの立派な城壁に囲まれた辺境の街へとたどり着いた。 情報収集のために立ち寄った薄暗い酒場で、商人の男たちが興奮気味に話しているのが耳に飛び込んでくる。
「おい、聞いたか? 東の国で、一人でトロールの群れをぶっ飛ばした女騎士がいるらしいぜ」
「ああ、銀髪で胸のデカい騎士だろ? しかもあいつ、魔物を倒した報酬に金じゃなくて『牛丼を出せ』って暴れたらしくてよ。牛丼ってなんだ?」
フレアとぺこらは顔を見合わせ、同時にニヤリと笑った。
「……見つけたぺこね」
「ああ。わかりやすすぎる手掛かりだ」
ツギハギだらけの不気味な世界。それでも、二人の足取りは昨日よりもずっと軽く、迷いはなかった。