とある3期生のオルタナティブ~ウサギとエルフと騎士と船長~ 作:ジョウジ
ノエルが覚醒してから数日後。 広大な草原に敷かれたレジャーシートの上で、四人はのんびりとピクニックのような休憩をとっていた。 正確には、フレア、ぺこら、ノエルの三人が、ドキドキしながら「その瞬間」を待ち構えている状態だ。
『あのさぁ、さっきからなんでキミたち、船長の顔をそんなジッと見てるワケ!? 食べづらいんだワ!』
まだ記憶のない宝鐘マリンが、もぐもぐとサンドイッチを頬張りながら不満げに抗議する。
「まあまあ、いいからいっぱい食べなよマリン。今日は特別なんだからさ」
「そうぺこよ。おめでたい日ぺこからね」
「ふふっ。マリン、もうすぐだよ」
三人の生温かい視線に、マリンは不気味そうに身を縮めた。
『なんなの!? 確かに今日は船長の十七歳の誕生日だけど……』
その言葉を口にした瞬間だった。マリンの動きがピタリと止まり、その両目に強烈な光が宿った。 ノエルたちが息を呑んで見守る中、マリンは持っていたサンドイッチをポロリと落とし、両手で顔を覆ってブルブルと震え始めた。
「……ま、マリン?」
フレアが恐る恐る声をかける。
「あー……」
顔を覆った指の隙間から、赤髪の海賊がゆっくりと顔を上げる。その瞳には、すでに「純真な十六歳の見習い海賊」の面影は微塵もなかった。
「あーっ!! キミたちぃぃぃ!!」
マリンは弾かれたように立ち上がり、そのままノエルとフレアとぺこらをまとめて抱き込もうとダイブした。
「ちょっ、マリン!?」
「うわっ、暑苦しいぺこ!」
「も〜、団長たち水臭いんだワ! なんで船長だけ記憶戻るの遅かったの!? 置いてけぼりにされてすんごい寂しかったんだゾ!」
記憶のロックが解除され、完全にいつもの「宝鐘マリン」がそこにいた。 四人は芝生の上でもつれ合いながら、大声で笑い合った。 二百年。百十年。そして十数年の記憶の空白。途方もない時間を超えて、ホロライブ3期生――ホロライブファンタジーの四人が、ついにこの世界で一つに揃ったのだ。
「よかった……。これでやっと、みんな一緒だね」
フレアが目尻の涙を拭いながら、感慨深げに呟く。
「そうぺこね。あんなアホな法則を仕組んだ神様には腹が立つぺこけど、これで心置きなく次の街に出発できるぺこ!」
ぺこらの言葉に、マリンが腰に手を当てて「ふふん」と得意げに胸を張った。
「当然だワ! 船長がいれば百人力だからね! よーし、これで船長も、ついに『十七歳(二周目)』に出航だワ〜!!」
高らかに宣言された、その一言。 VTuber・宝鐘マリンの代名詞とも言えるお約束のギャグだ。ノエルが「出た、十八歳になりたくない強弁!」と笑い、ぺこらが「いつまで十七歳やってるぺこか!」とツッコミを入れようとした、まさにその時。
――ピキィィィィィィィンッ!!!!
空気を切り裂くような、耳障りな甲高いノイズが世界に鳴り響いた。
「え……?」
四人の動きが止まる。異変は、宣言をしたマリン自身の「身体」から始まった。マリンの姿が、激しくノイズを放ち、明滅し始めたのだ。
「い、痛たたたっ……! な、なにこれ、急に腰が……っ!」
ノイズが走る一瞬、マリンの姿が『腰の曲がったシワシワの老婆(七十八歳)』のように変貌し、また元の姿に戻るという奇怪な現象を引き起こしている。
「ま、マリン!? どうしたの!?」
ノエルが慌てて駆け寄ろうとするが、バチバチと弾ける不可視の壁に阻まれて弾き飛ばされた。
「マリンに近づけないぺこ! フレア、これどうなって……」
「……まさか」
フレアは血の気を引かせながら、空を見上げた。
「『十七歳から歳をとらない』っていうのが、この世界の絶対のルールだ……」
「フレア?」
「マリンは今、時間を止められなきゃいけないはずなのに、自分で『二周目(時間が進む)』って宣言しただろ! この世界を作った神様のルールと矛盾して、世界がぶっ壊れ始めてるんだ!!」
フレアの絶叫と同時に、空が割れた。 文字通り、美しいファンタジー世界の青空に、巨大なガラスのヒビのような「亀裂」が走ったのだ。亀裂の奥には、無機質な黒い空間と、赤い文字の羅列が高速で流れているのが見える。
ドドドドドォォォォン……ッ!!
空の亀裂から、ファンタジー世界には絶対に存在しないはずの、不自然に四角い巨大なブロック(鉄ブロックや黒曜石)が雨のように降り注いできた。
「嘘でしょ!? マリンの一言で、世界がぶっ壊れ始めたぺこ!?」
「ひぃぃぃ! 船長のせいじゃないワ! たぶん!!」
老婆の姿に明滅しながら腰を押さえて悲鳴を上げるマリン。
「とにかく逃げるよ! ここにいたらブロックに押し潰される!」
フレアが弓を構えて降ってくるブロックを弾き飛ばし、ノエルがメイスで瓦礫を粉砕して道を切り開く。再会の感動はわずか数分で吹き飛び、四人は崩壊し始めた空の下を全力で走り出した。
『永遠の十七歳』という強すぎるアイドル(?)の執念が、完璧だったはずの仮想世界に致命的なバグを発生させた。