屑が来たりて笛を吹く   作:ちんちら御殿

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第二話「屑男、女を漁る」

 ◆

 

 ある日の夜──元太はスマートフォンの画面を食い入るように見つめていた。

 

 煎餅布団に腹這いになり、せわしなく文字を打っている。開いているのはマッチングアプリ「ギャップル」。プロフィール写真は五年前の、まだ髪がそれなりにあった頃のものを加工で明るくしたやつだ。年齢は気持ち若めに偽っている。

 

「『初めまして! プロフ見て連絡しました』……と」

 

 相手は「ゆりか」と名乗る女。年齢二十七歳、職業は事務職。写真は顔の下半分しか写っていないが唇が妙に厚い。元太の経験上、こういう女は大体三十五を超えている。だが構わない。穴があれば同じだ──そう元太は考えている。

 

 やり取りを始めて三日目。ようやく話が核心に近づいてきた。

 

「今度会えませんか?」という元太のメッセージに十分後、返信が来た。

 

『いいですよ♡ お願いありですけどいいですか?』

 

 お願いとはすなわち援助交際の暗示である。

 

 元太は舌なめずりをした。

 

「はい。条件は?」

 

 また十分の間。元太は返信を待ちながら、金の計算をしていた。手持ちに加え、馴染みの闇金から三万は借りる事ができる。

 

『ホ別2でお願いします』

 

 ホテル代別で二万円。

 

 元太の顔が歪んだ。この時間からだとホテル代は安くても六千円はする。つまり計二万六千円。高すぎる。駅前の安デリヘルなら九十分で一万八千円だ。だのに素人の小娘が二万とは──。

 

 元太は必死に交渉の文面を考えた。親指が震える。

 

「一万五千でどうですか? ホテル代は出します」

 

 送信してから元太は天井を見上げた。

 

 女の首吊り死体が見える。髪が長く垂れ下がり、舌が飛び出している。どうでもいい。今は交渉の結果が全てだ。

 

 五分後、返信。

 

『それは無理です。2万が最低ラインなので』

 

 元太の中で何かが音を立てて切れた。

 

「ふざけんじゃねえ!」

 

 スマホに向かって怒鳴る。

 

「てめえ何様だ! ああ!? 二万だと!? どうせ三十過ぎのババアのくせによ! 加工アプリで誤魔化してるだけだろうが! 二万の価値なんかねえんだよてめえには!」

 

 続けて返信を打つ。

 

「一万五千が限界です。これ以上は出せません」

 

 既読がついた。そして──。

 

『じゃあ結構です。他を当たってください』

 

 そしてブロックされた。

 

 元太は絶叫した。

 

「くそがあああああ!! なんだそれ! 商売女のくせに値切りも受けねえのか! 死ね! 死ねよクソアマ! てめえなんか誰にも相手にされねえで孤独死しろ! 腐れマンコが!」

 

 スマホを畳に叩きつけようとして、寸前で思いとどまる。これが壊れたらもう買い換える金はない。そしてそれは今の元太にとって死を意味するのだ。

 

 荒い息をつきながら、元太は体を起こした。股間がみじめに勃起していた。三日間の期待が一瞬で潰れた反動だろう。四十七歳の性欲はまだ衰えを知らない。いや、むしろ焦燥感で加速している。

 

「……くそ」

 

 仕方ない。エロ動画で済ませるしかない。

 

 元太はブラウザを開き、「無料 エロ動画」で検索した。見慣れたサイトが並ぶ。その中から、違法アップロードで有名な「エロチューブ」を選んだ。

 

 トップページには刺激的なサムネイルが並んでいる。「素人OL連続イキ」「人妻寝取られ」「女子大生ガチハメ」諸々──

 

 ──全部嘘だ。

 

 それでも元太は「爆乳団地妻」というタイトルをタップした。

 

 動画が始まる。安っぽいアパートの一室で太った女が服を脱いでいく。元太は左手でスマホを持ち、右手はズボンの中へ。ぬちゃぬちゃと水音が部屋に響く。

 

 女が喘ぎ始めた頃、突然画面がフリーズした。

 

「あ?」

 

 読み込み中のマークがくるくる回る。元太は舌打ちした。安アパートの安Wi-Fiめ。こんな時に限って──。

 

 画面が切り替わった。

 

 だが映ったのは先ほどの続きではなかった。

 

 薄暗い部屋。カメラは固定されているらしく、画面は動かない。部屋の中央に何かが横たわっている。人の形をした、何か。

 

「なんだこれ」

 

 元太は画面を凝視した。徐々に目が慣れてくる。横たわっているのは女だった。裸で動かない。腹部が異様に膨れている。いや、膨れているのではない。裂けているのだ。内臓が飛び出し、血が床に広がっている。

 

 女の顔がカメラの方を向いた。

 

 死んでいるはずの女がゆっくりと顔を向けた。目は白く濁り、口から蛆虫がこぼれ落ちる。そして口を開いた。声は出ないが唇の動きで分かる。女の口はこういっていた。

 

『ゆ・る・さ・な・い」と。

 

 画面いっぱいに女の顔がアップになる。腐敗した皮膚、抜け落ちた髪、眼窩から垂れる何か。その口が大きく開き──。

 

「うるせええええええ!!」

 

 元太は咆哮した。

 

「邪魔すんじゃねえ! 俺は抜きてえんだよ! てめえの腐れ面なんか見たくねえ! どけ! どけよ!」

 

 だが画面は変わらない。女の顔がさらに近づいてくる。画面から飛び出してきそうな勢いだ。腐臭が漂ってくるような錯覚。

 

 元太の怒りは頂点に達した。そして──。

 

「これでも食らえ!」

 

 元太は自身の男根を激しくしごいた。三日間溜め込んだ欲望を怒りと共に解放する。そして──。

 

 どぴゅっ、どぴゅっ、どぴゅっ。

 

 白濁した液体が勢いよくスマホの画面に降り注いだ。女の顔面に元太の精液がべったりとかかる。画面が白く濁り、女の顔が見えなくなる。

 

「ざまあみろ! きたねえだろうが! 四十七歳の濃厚ザーメンだ! 顔射されて満足か! ああ!?」

 

 すると、不思議なことが起きた。

 

 画面の女が困惑したような表情を浮かべた。そしてうんざりしたように首を振ると、画面から消えていった。代わりに現れたのは元の動画。団地妻が男優に突かれて喘いでいる、ありふれたAVだった。

 

「……ふん」

 

 元太はティッシュでスマホを拭いた。画面には精液の跡が筋になって残っている。

 

 賢者タイムに入った元太は虚ろな目で天井を見上げた。首を吊っている女がいるが些事である。マッチングアプリを開き、別の女を探す。今度は「みさき」という女にメッセージを送る。返信はない。次は「れいな」。これも返信なし。

 

 結局、その夜は誰からも返事が来なかった。

 

 午前零時を回った頃、元太は諦めて寝ることにした。明日も朝から日雇いだ。今日と同じ解体作業。

 

 八千円のために汗を流すわけだ。

 

 電気を消すと、部屋が闇に包まれた。その闇の中で何かが動いている気配がした。壁を這い、天井を這い、元太に近づいてくる何か。

 

 だが元太はもう慣れていた。

 

「うるせえやい、寝るから静かにしろ」

 

 ぼそりと呟いて、布団を頭まで被る。

 

 明日もあさってもその次も。借金と風俗とエロ動画の日々。幽霊なんて、知ったことか。

 

 元太にはもっと切実な問題が山積みだった。

 

 金が欲しい金が欲しい、ただひたすらに金が欲しい。もっと良いものを食べてもっと良い部屋に住んで、もっと良い女を抱きたい──もっともっと良い人生を送りたい。

 

 そんなこんなで深夜二時過ぎ、元太の寝息が部屋に響く中、壁の染みから女が這い出してきた。髪を振り乱し、恨めしそうに元太を見下ろす。だが元太は微動だにしない。それどころか、寝言で「一万五千……ホテル代込みで……」と呟いている。

 

 女はため息をついて壁に戻っていった。

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