【TS】女体化したのび太が出木杉と付き合う話。 作:うばシャーク
「出木杉───────!!」
のび子は今日も、学校で出木杉の席へ通っていた。並行世界にきてからというもの、お馴染みとなった光景である。
「野比さん、おはよう」
出木杉の方もすっかり慣れ、今ではホームルームが始まる前や、放課後の時間に、一緒に過ごすことが当たり前になっている。
「ねぇねぇ……例の方法、見つかった?」
「いいや、まだ。流石に改変された世界を元に戻す方法なんて、一朝一夕で見つかるものでもないよ」
「そっかぁ」
「うん──でも、野比さんの話してくれた、四次元ポケットやタイムマシンの話なんかは、どれもすごく面白かった。SFの定番なだけに、それに関する研究や文献もいっぱいあるし、もし仮にそれが全部嘘だっていうなら、野比さんは将来、小説家や漫画家になれるんじゃないかな」
「えへへ、そうかなぁ。それほどでもぉ……!」
出木杉の言葉に照れるのび子。
のび太は当初こそ世界を元に戻すための方法を考えてもらうことが目的だったが、最近はクラスで一人だけ真面目に自分の話を聞いてくれることや、苦手な勉強について分かりやすく教えてくれることなどで、すっかり彼に手懐けられていた。
のび子がそのように出木杉に懐いた背景には、もちろんこちらの世界に来た初日に、彼だけがのび子の言葉を嘘だと決めつけずに聞いてくれたことがある。
──僕の話、信じてくれるの?
後でそう聞いた時、出木杉は、
──まだ全部信じたわけじゃないけど、
──嘘だって決めつけることもできない。
──だから、話を聞くよ。
と、のび子に言った。
元の世界ではあまり交流の多くなかった出木杉だが、のび太は何故今までこんなにいい奴と関わってこなかったんだろうかと不思議に思った。
自分の言葉を全部信じ切れた訳ではないが、それでも全部が嘘だとは言い切れないから話を聞く。気休めではなく本心で、そう言ってくれた彼のことを、のび太はすっかり信頼し切っていた。
何より、元の世界に帰れなくても、彼の冷静な態度に触れることで、のび子は安心できるのだ。
◇◇◇
出木杉にとっても、ここ数日間の変化は目まぐるしいものだった。
言ってしまえば、単に一人の女の子とよく話をするようになっただけ。それでも出木杉という少年にとって、それはとても大きな変化だった。
「出木杉───────!!」
学校へ来るなり、自分の席に駆け寄ってくる女の子。野比のび子。少々成績が悪いからとクラスではバカにされがちな少女である。
しかし、彼女は何故か数日前から、実は自分は並行世界で「野比のび太」という少年で、二十二世紀からやったきた「ドラえもん」というロボットの道具のせいでこの世界に来て少女の姿になったなどという言動を繰り返している。
出木杉からしたら、普段の交流こそあまり多くはないものの、野比のび子という少女が一年生の頃から同じ学校に通い、一緒の学年で授業を受けてきたことを覚えている。
特に同じクラスになってからは、のび子は宿題を忘れたり、遅刻してきたりして、先生によく叱られていることでみんなの間で有名であり、一層その存在感が出木杉の記憶に残っていた。
けれどのび子曰く、それは「ドラえもん」の秘密道具のせいで、最初からそうだったのだとみんなが認識している世界にのび子がやってきてしまったせいであるとのこと。
出木杉は随分とSF小説チックな話だなあと思いつつ、普段そのような印象のないのび子の口からすらすらとSF的な話が出てきたことに興味をひかれた。完全に話を信じられる訳ではないにせよ「世界は五分前に作られた」なんて思考実験もこの世にはあるくらいだし、のび子の話が全くもって退屈な嘘八百だとは思わなかった。
あいにく他にSF小説やSF映画に興味のある子がクラスにおらず、他の子達はのび子の話についていけなかったようだが、話についていける出木杉だけがのび子の世話係のようになっている。
今や担任の先生までもが出木杉をのび子の世話係のように認識しており、のび子の宿題を見てやってくれとか、テスト勉強を手伝ってやってくれないかとか、頼みにくるようになっていた。先生も悩みのタネが急に解消さたようで、出木杉にありがたく思っている節があるようだ。
人に教えるのも勉強になるし、のび子のことも別に嫌いではないからと、出木杉はすんなり先生の頼みを聞き入れ、のび子の勉強を手伝っていた。そのお陰か、未だに成績は良くないものの、のび子は以前ほど勉強が嫌いだとは言わなくなってきているらしい。
「出木杉、またのび子の世話してらぁ……」
「ほんと。急に仲良くなっちゃって」
「でも、ちょっとうらやましいわ。二人とも相性が良くて、楽しそうだもの」
「出木杉くん、おはよう!」
「またのび子ちゃんの面倒見てるの?」
「出木杉さんも大変ねぇ」
「おはよう、みんな。あはは……でも、自分の勉強にもなるし、助かってるよ」
「……さすが出木杉くん!」
「困ったことがあったら、声かけてね!」
「私たちも協力するわ!」
「ありがとう!」
のび子と関わることで、図らずも周囲との交流が増えてきた。これまでクラスの子達と会話のレベルが合わず、何となく一人でいることの多かった出木杉だが、こういうふうに毎日みんなと話をするのも新鮮だ。
のび子は気づいていないようだが、のび子は自然と周囲を巻き込んで、打ち解けさせる力があるようだ。それは出木杉にはない才能であり、出木杉は密かにのび子のことを一目置いていた。
「……もう、全く、みんな失敬しちゃうよ! 人のことをまるで厄介者みたいに!」
一方そんなことは知らず、周囲にバカにされたと思って足を踏み鳴らして憤慨するのび子。
「あっ、あの、野比さん、そんなに足をジタバタさせると、そ、その……スカートが……」
「え? スカートぉ?」
しかし、出木杉にとってもう一つ誤算だったのは、のび子の女の子としての自覚のなさだ。のび子は自分でした話通り本当に少女としての自覚がないらしく、時折本当に無防備な仕草や言動をする。
そのせいで出木杉にちょくちょく指摘されては、きょとんとした目でこちらを見てくる。出木杉はそのたびに自分が意識しすぎなんだろうかとおかしな気持ちになるのだった。
「あはは、急に赤くなって、変なの……!」
こちらを見て屈託なく笑うのび子。のび子は知らなかったが、のび子の見た目は小さい頃ののび太のママに似ており、そのママの幼少期の写真を見ると結構可愛かったりする。
それに似たのび子もそれなりに愛嬌はある訳で、のび子の無邪気な振る舞いは、思春期の少年たちにとっては少々刺激が強いものもある。
出木杉は図らずも、最近のび子のことを少しずつ特別な存在として受け止め始めていた。
◇◇◇
「お邪魔しまーす」
のび子は今日も今日とて、出木杉の家に上がり込んでいた。近頃は連日、放課後になると出木杉の部屋で二人でのび子の謎を解き明かすための秘密の会議をしている。
「あら、のび子ちゃん。いらっしゃい」
「こんにちは! おばさん!」
出迎える出木杉の母は、最近よく息子が家に連れて来る子としてのび子のことをすっかり覚えてきていた。出木杉の母にとって、息子は友達が全くいない訳ではないものの、家に友達を連れて来ることもほとんどないし、そんなものだろうかと思っていた矢先、急にのび子をよく連れてくるようになったため、印象に残るのも必然だった。
「母さん、少しの間、部屋に二人にしてくれる……?」
「ええ、分かったわ。しばらく居間にいるから。のび子ちゃんもゆっくりしていってね」
「──おばさん、ありがとう!」
よく笑う子だな、と、出木杉の母は微笑ましく思った。息子が歳の割には大人びているせいで、のび子の振る舞いが彼女にとっては新鮮だった。
のび子を可愛らしく思うとともに、おや、と思ったのは、ここ最近の息子の変化である。家に連れてきた女の子と部屋に二人にして欲しいとか、今までそんなそぶりを見せたことはなかったが、もしかするとそういうことなのかもしれない。
自分の頃はどうだったか、などと思いつつ、出木杉の母は息子についても微笑ましく思った。
「じゃあ、また後でね」
息子の後についてのび子がパタパタと部屋に入っていくのを、出木杉の母はにこやかに見送る。
──パタン。
「……ふぅ。一旦大丈夫みたいだ」
「何だか悪いね、毎回」
「ううん、仕方ないよ。母さんに聞かれたくはない話なんでしょう?」
「う、うん。まあね。未来のことや秘密道具のことは、ドラえもんにあんまり人に話さないようにって言われてるし……」
出木杉の部屋の床に座り、のび子と出木杉は今日も話を始める。当然話題はのび子についてだ。ちなみに、部屋に来たての頃はのび子は当然のようにあぐらをかいて座っていたが、スカートでそれは流石に、と思った出木杉により、今は正座かあひる座りで座るように矯正されている。
「それじゃ、前に聞いた話の続きだけど……野比さんは『ドラえもん』っていう未来から来た猫型ロボットの、『もしもボックス』っていう秘密道具を使ったせいで、この世界のあり方が変わったって言うんだよね?」
「うん、そう。この世界になる前は、僕はのび子じゃなくて『のび太』だったし、僕の家にはドラえもんがいて、部屋の机の引き出しはタイムホールとつながっていたんだ」
のび子の言うことは相変わらず荒唐無稽だったが、出木杉にとってのび子の話は、その場限りの出まかせには思えなかった。
話の内容は常に一貫しているし、証拠こそないものの、SFの知識が然程あるとは思えないのび子が急にすらすらとこんな話をするようになったというのにも思うところがある。
「野比さんは、その『もしもボックス』でかなえたい願いがあったんだよね? 一体何を願ったの?」
「そ、それは……」
出木杉が尋ねた途端、のび子は赤くなり、もじもじとして黙り込んでしまう。まさかあんなしょうもない理由で、こんな事態を引き起こしたなどと伝えるのが恥ずかしくて言えなかった。
「ああ、無理に話さなくてもいいよ」
「ごめん。せっかく話を聞いてくれてるのに……」
「いいや、気にすることはないよ。僕だって実は、これまで身近にSFの話ができる人がいなかったんで、野比さんと話せて嬉しいんだ。特に僕が面白いと思ったのは、秘密道具の『タケコプター』の話だね」
「タケコプター? ……へぇ、どうして?」
「野比さんの話だと、タケコプターにはプロペラがついてるんでしょう? 普通に考えたら、人間を宙に浮かせるくらいの風力を生み出す機械なんて頭につけたところで、機械だけが外れて飛んでいってしまって、とても飛べるはずがないと思う」
出木杉は立ち上がって部屋の本棚に近寄ると、何冊かの小説を引き抜いて戻ってきた。
「宇宙もののSF小説なんかだと、反重力エンジンっていうのが定番なんだ。宇宙空間を移動するために大量の燃料を必要とするジェットエンジンの代わりに、反重力の力で移動できたら、きっと今よりずっと遠くに行けるはず。僕も興味があって何冊かそういう本を読んだことがある。でも、今の科学力じゃオカルトの域を出られてないんだ」
「……けど、野比さんの言う『タケコプター』が実在するなら、もしかすると二十二世紀の未来では、反重力エンジンやそれに代わるような技術が確立されて、宇宙の謎も今よりもっと解明されているのかもしれない!」
「なのに、タケコプターにプロペラがあるというのが不思議なんだ。未来的な技術でありながら、プロペラがついてるってことは、やはり風力を生み出す機能があるってこと。もしかすると反重力だけじゃなく、風力の力も併用して空を……」
そこではっと、出木杉はのび子がきょとんとした目をしているのに気がつく。
「……ご、ごめん! 急にペラペラとしゃべって! た、退屈だったかな?」
「う、ううん。そういう訳じゃないけど──」
のび太が意外に思ったのは、出木杉がこれまでこんなふうに楽しそうに喋っているところを見たことがなかったからだ。
のび太は、実は出木杉は周囲と会話のレベルが合わないだけで、本当はみんなと話したいんじゃないか、と思った。そしてこれまで遊びに誘わなかったことを、少し悪かったかな、とも。
「──出木杉って、意外と話好きなんだね?」
「う、うん……そうなのかもしれない。自分でも気がつかなかったけど……」
「あはははっ」
気恥ずかしそうに首を垂れる出木杉に、何だかいつもと立場が逆だな、と、笑うのび太。
「あんまり笑わないでよ。野比さんの話が面白くてつい話し込んじゃったんだ。にしても、残念だ。これほど面白い話があるのに、証拠の品が一つもないなんて……見てみたいな。野比さんのいう、秘密道具っていうものを」
「あはは。ドラえもんがいればねぇ。僕も一つくらい持ってくればよかったんだけど──」
そこでふと、笑いながらのび太は思い当たる。
これまで当然過ぎて忘れていたが、そういえばアレがあるじゃないか。
立ち上がってスカートの両ポケットをゴソゴソと漁り、目的のものを手探りで探す。出木杉はいきなり何かと思いつつ、のび子がスカートでまた危なげな体勢にならないかとどぎまぎしながら見守っていた。
「ごめん、言われて思い出したんだ! 言われるまで当たり前すぎて、存在を忘れてたんだけど──」
のび子はポケットから取り出した中身を出木杉の目の前に差し出した。出木杉はのび子の手のひらの中を覗き込む。
その手の中に握られていたのは、封の切られたフーセンガムの包み紙や、お小遣いの十円玉といった、一見取るに足らないものたちだったが、その中で一つだけ、異彩を放つものがあった。
「何これ、黄色い、竹とんぼ……?」
「──タケコプターだよ! 充電切れの!」
「えぇっ? これが!?」
出木杉は驚いたようにタケコプターと呼ばれた黄色い竹とんぼを手に取る。それはどう見てものび子の言うような代物には見えなかったが、しかし確かにプロペラのついている軸の部分に何かしらの機械的な仕掛けがあるようだった。
「──出木杉。君は前に、世界を元に戻す方法が分からないなら、とりあえずまず『ドラえもん』に見つけてもらうのがいいと思うって言ってたよね?」
「う、うん」
それは出木杉がのび子に前に伝えた考えだった。その頃はまだのび子のことについて深く知らない頃だったので、あくまでのび子の話から読み取れる情報をもとに言った言葉だった訳だが。
「僕、思い出したんだ。前に『ドラえもん』が言ってたのを──タケコプターは、つけた人の脳波を読み取って、飛びたい方向に飛ぶんだって」
「それってつまり、タケコプターを使って何らかの形で僕の脳波を発信すれば、ドラえもんに見つけてもらうことだって出来るんじゃないかな!?」
「なっ…………!?」
出木杉は驚いて舌を巻いた。まさかのび子からそんな発想が出てくるとは。
これまでに話して気づいていたが、のび子はモノを覚えるのは苦手でも、時折周囲が全く考えつかないような発想をしてみせることがある。記憶力はイマイチでも、発想力は天才的だ。
出木杉はのび子に対する興味を一層深めると同時に、手のひらの中にある小さな竹とんぼに既に心を奪われていた。
◇◇◇
二人はまず、タケコプターの中に入っている電池を確認した。ソケットの蓋を外して中を見ると、見たこともない形の電池が入っている。試しに出木杉家にあった様々な電池を試して見たが、入りそうもない。どうやら未来の電池のようだ。
「ダメだ、電池が入らないんじゃ……」
「いや、待って、野比さん。ドラえもんさんは、普段はタケコプターを電池で充電してたの?」
「えっ? ううん……考えてみたら、ドラえもんがタケコプターに電池を指してるところなんて、見たことないかも……?」
「それだよ、野比さん。ならやっぱり、タケコプターを電池以外の方法で、充電する方法があるはずなんだ!」
流石は出木杉。
小学生離れした頭の冴え方をしている。
そして、彼の発想はそれだけではなかった。
「──そうだ、電磁誘導だ!」
「……でんじ、ゆーどう?」
湯豆腐がどうしたの、などと言いたげなのび子に対し、出木杉が分かりやすく説明する。
「電動歯ブラシや、電気シェーバーなんかが、台座に置いただけで充電できたりするでしょう? あれは台座に入ったコイルを通じて、直接機械を電源に繋がなくても、充電できる仕組みなんだ」
「へぇ、よくわからないけど……何かすごそう!」
理解したのかしてないのか分からないのび子をよそに、出木杉はちょっと待ってて、と、一度部屋を後にし、しばらくしてから戻ってくる。
「──何、それ……?」
「身近にあるもので、使えそうなものを家じゅうから集めてきたんだ」
そういう出木杉の腕に抱えられていたのは、トイレットペーパーの芯と、何やら小さな豆電球がひとつ。
「これはLEDライト。前に学校で理科の実験をした時に余ったのを実験用にもらってきたんだ。押し入れにいれてたのを、すっかり忘れてたよ」
「へぇ……」
嬉しそうに話す出木杉に対し、そんなものをもらってきて取っておくなんて、流石は出木杉、と感心するしかないのび子。
「でもそれ、どうするの?」
「実験さ。出来るかわからないけど、試してみなくちゃ分からないからね」
そう言うなり、出木杉は部屋の中でさらに何やら物を集め出した。
「まず、これから……古いラジオだ。もう壊れて動かなくなった奴だけど、中にあるこれは使える」
「何それ?」
「コイルだよ。外に巻いてあるのはエナメル線。今回はこれを使うんだ」
出木杉はエナメル線をくるくると器用に外すと、今度はそれをトイレットペーパーの芯に巻き始めた。
「なるべく多く巻いた方がいいんだ」
やがてトイレットペーパーの芯にエナメル線が隙間なく巻かれ、新しく一つのコイルができた。出木杉はタケコプターを筒状のトイレットペーパーの芯の中に差し込むように入れる。
「──次はこれだ」
加えて出木杉は、部屋の隅に置いてあったラジコン飛行機をとってきた。ラジコンを操作し、プロペラを回して飛行機を飛ばせる玩具だ。
出木杉は飛行機のプロペラの軸にボンドを塗りはじめた。工作でもはじめるつもりだろうか。
「……それ、磁石?」
「そ、普通の棒磁石だよ」
すると出木杉は、ポケットから取り出した棒磁石の中心を飛行機のプロペラの軸にくっつけた。時間が経つとボンドが固まり、棒磁石がT字にプロペラの軸にくっつく形になる。
「──仕上げに、っと……」
そう言って出木杉は最後に、トイレットペーパーに巻いていたコイルの両端を部屋の外から持ってきたLEDライトの配線に繋いだ。
これにより、トイレットペーパーの芯で使ったコイルとライトの配線が繋がって輪っかになり、その中心にタケコプターが挿された形になる。
出木杉はプロペラ飛行機を手に持ってかまえ、反対の手で持ったタケコプターの挿さったトイレットペーパーの芯の入り口に近づける。
「さ、野比さん、ラジコンでプロペラを回して!」
「──え、ちょ、ちょっと。まだ何が何だか……」
「ああ、ごめん。説明が分かりづらかったね。要するに、さっき説明した電動歯ブラシや電気シェーバーの充電の仕組みを再現したんだよ」
のび太が知るはずもなかったが、出木杉が再現したのはまさに世の中に存在する非接触型の充電装置の仕組みだった。
送電コイルに電気を流すことで、機械に電気を送って充電する。トイレットペーパーの芯に巻いたエナメル線に電気を流して、中心にあるタケコプターに電気を送る仕組みだ。
トイレットペーパーに巻いたエナメル線を直接部屋のコンセントに挿すことはできないので、代わりに考えたのが磁石を使って電気を流す方法。
ラジコン飛行機のプロペラの軸にT字に取り付けられた棒磁石がトイレットペーパーの芯の入り口で高速回転することで、磁場の変化が生まれ、エナメル線に電気が流れる。
最後に取り付けたLEDライトは、エナメル線に本当に電気が流れているのかを確かめるためだけの単なる飾りだ。
微弱な電力で光るLEDライトを光らせる程度の電流でタケコプターが充電できるのかは未知数だったが、そこは未来の技術なら不可能を可能にするかもしれないという、一種の賭けだった。
「さ、あとは野比さんが、そこにあるラジコンのリモコンを操作して飛行機のプロペラを回すだけ。磁石が回ってコイルに電流が流れれば、あるいはタケコプターを充電できるかも!」
「そ、そうなんだ……!? よ、よく分からないけど、やってみるよ!」
「うん! お願い!」
のび太は部屋の机の上にあったラジコンのリモコンを操作し、飛行機のプロペラを回した。一気に最大出力まで出力を上げる。
ブロロロロロロロロロロロ……ッ!!!!
果たして小型の扇風機ほどの勢いで、飛行機のプロペラが回り始めた。同時にプロペラの軸についた棒磁石も高速で回り始める。
「──いけ、頑張れ……!!」
出木杉は前髪を揺らす風に負けず目を見開き、トイレットペーパーの芯に巻かれたエナメル線の両端に配線を繋がれたライトを見守る。すると途端に、LEDライトがピカっと白い光を放つ。
「や、やった!? すごい……本当に光った!?」
「うん、成功だ──あとはタケコプターにも電気が送られているのかを確かめるだけだね」
涼しい声で、しかしながら、真剣な面持ちで、出木杉はタケコプターをトイレットペーパーの芯の中からそっと取り出す。
それを出木杉の手から受け取ったのび太は、出木杉にうながされるようにして、それをいつも通り頭につけた。
「さ、念じてみて! タケコプターが充電されていれば、脳波を読んで飛べるはず!」
「う、うん! 分かった、やってみる!」
出木杉は正直、半信半疑ではあった。いくらのび子がそう訴えるからと言って、あんな小さな機械で人を宙に浮かせられるものだろうか。
しかし一方、心のどこかで、そうなったら面白いなと期待している出木杉がいた。
普段ならそんな話は非科学的だと信じないはずの自分が、今日は何故だか一緒になってのび子のことを応援している。出木杉はそんなのび子の存在を改めて不思議な子だと思った。
「さぁ、飛べ、タケコプター…………!!」
すると、のび子の呼び声に応え、タケコプターのプロペラがやがてゆっくりと回転を始める。出木杉はそれを見て思わずはっと目を見開いた。
「の、野比さん、動いてる! 動いてるよ、それ……!!」
「──本当!? うわぁい、やったぁ! 成功だ!! よぉし、回れ回れ──…………!!!!」
信じられない光景に目を輝かせる出木杉と、小さな子供のようにタケコプターに命じるのび子。
タケコプターのプロペラの回転はどんどん強くなっていき、やがて、出木杉の部屋のカーテンを揺らすくらいの風が巻き起こり始める。
「うわぁ!? の、野比さん……!?」
「大丈夫! いつも使ってるんだから! さぁ、もっとだ! もっと回れ────っ!!!!」
のび子のかけ声に応じるように、タケコプターのプロペラの出力はどんどんと力を増していく。それを見て出木杉ははたと、そういえば部屋には天井があるけど大丈夫だろうかと心配になり始めた。
まさかのび子がそれに思い当たらないはずはないだろうが、何だか後先考えずにプロペラを回しているようで気にかかる。
「──あ、あの、野比さん、そろそろ……っ」
「まだまだ行くぞ! 回れ回れ──!!!!」
どうやらプロペラの音で自分の声が聞こえないらしい。出木杉はさらに大きな声でのび子に呼びかける。
「の、野比さん……天井……気をつけ……っ!」
「え、何? 聞こえないよ〜? ……え、天井?」
のび子もようやく思い当たったように、おもむろに出木杉の部屋の頭上を見上げる。
「う、うわぁ、忘れてたぁ……いったぁ!?」
ズシーン──ッ!!
のび子は部屋の天井に頭を強打し、そのまま地面に尻餅をつく。床に着地するなり、タケコプターはたちまち動きを止めた。
「痛ってて、もう……最悪だ!」
「て、あれ? どうしたの、出木杉……?」
「の、野比さん! そ、その、スカートが……っ」
「スカートぉ? うわぁ……っ!?」
出木杉に言われて足元を見ると、またいつかのように、のび子のスカートがまくれ上がっていた。慌てて両手でスカートを直す。
「今、み、見た? 出木杉…………?」
「……う、うん。ごめん」
顔を赤らめて塩らしくする出木杉に対し、のび子は何と言おうか考える。そして、頭の中にピンとひらめくものがあった。
(そうだ! 今こそあのセリフを言うべき時じゃないか……ッ!?)
「出木杉」
「な、何? 野比さん?」
「すぅ──出木杉さんの……」
「ちょ、ちょっと、何かさっき、大きな物音がしたけど……?」
「って、えぇ……!?」
すると、のび子が言葉を言いかけたとき、丁度タイミング悪く出木杉の母が部屋に入ってきた。荒らされた部屋を見て、困惑する出木杉の母。
それを見てどうしようかと、
とっさに言い訳を考える出木杉。
しかし、のび子は間にあうことなく胸の内に秘めていた決めゼリフを言った。それは前世ののび太がずっと人生で言ってみたかったセリフのナンバーワンに位置する言葉の一つ──。
「きゃー♡ 出木杉さんのエッチ〜……!!!!」
「──えっ?」
「──えぇっ!? ……の、野比、さん……?」
「ふえっ?」
のび子はふと、閉じ切った目を開ける。
そこには、いつの間にか部屋に入ってきていた出木杉の母と、赤面したまま目を丸くしてこちらを見つめる出木杉。
何を見られたのかを察したのび子は、
状況を瞬時に理解し、
即座にゆでだこのように真っ赤になる。
(うわぁ!? 最悪だよ!? やってしまったぁ────……!?!?)
こんなことなら、しずかちゃんの真似をしてみたいだなんて思うんじゃなかった。
後悔の嵐の中、のび子はスカートの前を両手で押さえ、涙目で出木杉とその母を見つめた。
◇◇◇
「とほほ……」
「あはは。もう、野比さんったら」
恥ずかしい一幕の後、出木杉家を後にしたのび子は出木杉に見送られながら帰路についていた。肩を落とすのび子に対し、出木杉は慰めながら思わず笑う。
「ねぇ、出木杉」
「何?」
「今度、空き地でみんなと遊ぼうよ」
「いいけど──僕も時々行ってるよ?」
のび子の誘いに、首を傾げる出木杉。しかし、のび子の提案は彼の想像とは違っていた。
「そうじゃなくって、野球でも、縄跳びでも、何でもいいけど、出木杉も一緒に、僕たちと同じ遊びをしようってこと」
「それは──」
出木杉は一瞬躊躇ってから、のび子の顔に浮かぶ屈託のない笑顔を見て、かなわないと答える。
「──うん、分かった。野比さんがいうなら」
「やったぁ!」
のび子は心から喜ぶと、そうだ、と思い、スカートのポケットをまたゴソゴソと漁る。
「ねぇ、見て!」
「うん?」
のび子がポケットから取り出したのは、さっき出木杉の部屋では見せなかった、ポケットの中にずっと入っていたもの。
それは────あやとりだった。
「見て! 熊手! ちょうちょ! 五段ばしご!」
「うわぁ、上手だね、野比さん!」
「──えへへっ!」
感心する出木杉に、照れて笑うのび子と、
そんな二人を淡く包み込む夕焼け。
もしも、あやとりをしてもバカにされない世界になったら。
そのことだけは、
もしもボックスに感謝しなくちゃ。
のび太は出木杉に見送られながら、次の曲がり角まで二人で歩いて帰った。
◇◇◇
「みんな、今日は出木杉も一緒に遊ぼう!」
翌日の放課後。のび子が空き地で呼びかけると、みんなは珍しそうにのび子のことを見た。
「いいけどよ、何して遊ぶんだ?」
「そうだな──野球はどう?」
「野球!? 女の子たちも一緒にか!?」
のび子の提案に、みんなを代表して眉をひそめるジャイアンと、戸惑いを露わにする子供たち。
しかし──。
「ダメ、かな? 野球のルールをみんなに教えるのなら、僕も手伝うよ!」
「……出木杉。まあ、出木杉がいうなら」
「やったぁ!」
ジャイアンの鶴の一声で、集まってくる子どもたち。女の子たちはのび子と出木杉の周りへ、野球のルールとチーム分けを聞きにやってきた。
「まずは僕がルールを説明するよ! 実力の差もあるから、男女混合でチーム分けをしよう!」
「俺様のチームに入りたい奴は集まれ!」
「えぇ! ジャイアンはそっちのチームなの!? じゃ、じゃあ僕もジャイアンのチームで!!」
「わ、私も……」
「えぇっ!? スネ夫!? しずかちゃんまで!?」
「剛田くんが相手か……手強いチームになりそうだね。よし、みんなで一緒に作戦を考えよう!」
「うん──!!」
当然のように、出木杉のチームに入るのび子。集まった他の子供達と一緒に、ジャイアンのチームを倒す作戦会議が始まる。
──ドラえもん。
──僕、もう少しこの世界で頑張って見るよ。
のび太はこの世界に来た日と違い、ここでの生活、そして「のび子」である自分を、次第に受け入れられつつあった。
いろいろあったけど、
これも誰かのおかげかな?
そうのび子が空につぶやくと、のび子の部屋の押し入れで、誰かのくしゃみの音が聞こえた。