【TS】女体化したのび太が出木杉と付き合う話。 作:うばシャーク
「うーん、こんなはずでは……」
並行世界の様子をタイムテレビ──過去の時間を見ることのできる秘密道具──で確認したドラえもんは、のび子の部屋で頭を悩ませていた。
(のび太くん、まさかここまで適応するなんて)
当初は少しだけこちらの世界に行かせておいて、反省したらすぐに元の世界に連れ戻してやるつもりだった。
しかし今やのび太はドラえもんの想像を超え、こちらの世界の生活に適応するどころか、新しくできた友達をみんなの輪に加え、ともに助け合って生きているように見える。
(時々まだ夜になると、寝言で僕のことを呼んでいるようだけれども……)
自分のことを忘れてはいないらしいと、微笑ましく思いつつ、ドラえもんは悩んだ。
このままのび太を元の世界に連れ戻してしまうことは簡単だ。
しかし、新しい友達と助け合い、自分の力に頼らずとも成長していくのび太の姿に、本当にこのままなかったことにしてもいいのかと、ドラえもんは子守ロボットとしての正解がもう分からなくなりかけていた。
(のび太くん、いつになったら戻る気になるだろう……?)
ドラえもんは連れ戻す機会をうかがい、なかなかできずにため息がつのっていくばかりだった。
◇◇◇
あれからいくつもの季節がめぐり、のび子は日毎に成長していった。体つきも大人らしくなり、今や地元の中学校に通うまでになっていた。
「おーい、のび子!」
「記念写真撮るよー!」
「のび子ちゃーん! 出木杉さーん!」
「──みんなー待ってー!」
「僕も今、行くよー……!」
ジャイアン、スネ夫、しずかちゃん、のび子。
そして出木杉。
五人で撮った入学式の写真は、のび子の部屋の机の写真立てに今も飾られている。
それを見る度、あの日から随分時間が経ったなあと、のび子は時折感慨に耽るのだった。
◇◇◇
「おーい、みんなー! もっと声出してけ──!」
「そうだ、そうだ〜!」
入学以来、野球部のエースとして活躍するジャイアンと、その後に続いて入部したスネ夫。二年生になり、今年入部してきた後輩たちを校庭でしごく姿を横目に今日ものび子は登校する。
「おはよう、のび子さん」
「あ、しずかちゃん! おはよう!」
通学路で会ったしずかちゃんに声をかけられ、学校までの至福のひと時。中学生になったしずかはますます綺麗になり、学校で多くの男子から告白されているらしい。
のび子とは無縁の世界の話だが、この頃になるとみんなも恋とかしていくのかなぁと、のび子は一抹の寂しさを覚える。
「しずかちゃん、聞いたよ。この間もまた、クラスの男子に告白されたんでしょう?」
「え、ええ。みんなよく知ってるわね。恥ずかしいけれど、そうなの」
「し、しずかちゃんは、どうするの? その、つ、つ、付き合う、とか……?」
「あはは。あまりよく知らない人だったから、丁重にお断りしちゃった。のび子ちゃんはどうなの? そういう話、ある?」
「な、ないない! ぼ、僕──いや、私は、そういうの、ないって……!」
「うふふ、のび子ちゃん、まだ『僕』っていう癖、抜けてないんだ。似合ってるし、変えなくたっていいのに」
「あはは。ママに変って言われるからね。それに、友達にもからかわれるし」
「あら、そうなの? 私はいいと思うけどなぁ」
しずかちゃんとは、のび太だった頃よりも、会話の数だけなら増えたような気がする。のび子には分からないが、もしかするとこれが女同士の関係というやつなんだろうか。
分からないままに、のび子はしずかと二人で校舎までの道のりを歩いた。
◇◇◇
「出木杉─────────────!!」
学校へ着くなり、出木杉の席の側に向かうと、そこにはすでに人だかりができていた。見ると、出木杉の席の周りにいたクラスの女子たちが、しきりに何かをせがんでいる。
「出木杉君、また学年一位だったんだって?」
「すごい! 今度のテスト前に、勉強教えてよ!」
「みんなで勉強会しよう?」
「あはは、ごめん。実は近々、科学コンテストの準備があって」
「えぇ、つまんなーい!」
「じゃあ、いつならいいの?」
「出木杉君って、本当すごいわよねぇ……」
「この間の科学コンテストでも、中学生ながら優勝したらしいわよ」
「一年生の頃から、科学部のエースだもんね」
周囲は口々に出木杉のことを噂する。出木杉に声をかけようと近づいたのび子は、何となく声をかけづらくなって、そっと立ち去ろうとする。
「──あ、野比さん……!」
しかし、出木杉の方がのび子に気づき、のび子の方へ駆け寄ってきた。周りの子が一斉に振り返ってのび子の方を見る。
「あ、お、おはよう、出木杉」
「おはよう、野比さん。今日はどうしたの?」
「う、うん。その、今度のテストの前に、勉強を教えてくれないかなって。実は、この前のテストでも、赤点を取っちゃって」
「えっ、それは大変だ。もちろんいいよ」
「あ、ありがとう、出木杉……っ!!」
のび子は大喜びで出木杉に抱きついた。しかし以前と違い、出木杉の方は何やら赤くなって、慌てた様子で周囲をきょろきょろと見渡す。
遠くの方の席ではひゅーひゅーと、男子たちが口笛や手を叩いてこちらを囃し立てていた。
「あれ、僕……また何か失敗した……?」
不安になったのび子が耳元で出木杉にささやくと、出木杉はますます真っ赤になって誤魔化すようにのび子に告げる。
「う、ううん! いいんだ! じゃ、じゃあ! テスト勉強、放課後、僕のうちで待ってるよ!」
そう言い残すなり、出木杉は走ってそのままどこかへ行ってしまった。
◇◇◇
出木杉は私立の中学に行くだろうと、入学前は誰しもが予想していたが、周囲の予想に反し、のび子たちと同じ地元の公立中学に進学した。
入学するや否や、成績は常に学年トップ。体育の授業ではスポーツの万能さも見せつけ、科学部に入部した途端エースに抜擢され、科学コンテストでは大人顔負けの研究成果を発表し、見事優勝。
最早非の打ち所がない天才少年として全校生徒の中でもその名を轟かせており、毎回定期テストで赤点ののび子とは雲泥の差である。
しかし、出木杉は今でものび子に勉強を教えてくれるし、放課後に家によると、彼の部屋で最近の部活での研究について話してくれたりする。
のび子と出木杉の関係性は、いまだに小学生の頃と変わっていない。のび子は出木杉にうんと背を追い越され、背伸びしなければ肩に手が届かなくなってしまった今でも、出木杉とはこれからも変わらず友達で居続けられると信じていた。
だから、その日あった出来事は、のび子にとって衝撃だった。
「──え、えぇっ!? ぼ、僕のことが、すっ、すっ、好きぃ…………っ!?」
放課後。校舎裏に呼び出されたのび子は、クラスの見知らぬ男子から驚くべき言葉を告げられた。驚愕をあらわにするのび子に対し、男子はこくりと恥ずかしそうにうなずく。
「──な、何でまた、僕なんかのことを?」
「そ、それは……野比さんは気づいてないかもしれないけど、野比さんはクラスの男子たちの間でも密かに可愛いって人気があって、ぼ、僕もその、野比さんのこと、可愛いってずっと思って……」
「えっ、えぇ────────ッ!?」
見知らぬ男子からの全く予想外の言葉に、のび子は信じられないと素っ頓狂な声をあげた。
これまで成績が悪いとバカにされることで有名だったことはあれど、そんなふうに噂されたことは一度もない。よもや彼の勘違いではないかと、のび子は何度も彼に確認する。
「ほ、本当です! た、確かに、野比さんは成績が悪いし、体育の授業じゃどんくさいこともあるけど」
(ひ、ひどい……)
「で、でも! 男子にも女子にも分け隔てなく接してくれるし、話しやすいって男子はみんな言ってるんです。ぼ、僕だって、そんな野比さんのことを本気で想って──」
(う、ウソ……? ま、まさかしずかちゃんだけじゃなく、僕までこんなことになるなんて……)
「で、でも……僕、分かってます。本当はもう、野比さんには好きな人がいるってこと」
「えっ……?」
「誤魔化さないでください。野比さんは、出木杉のことが好きなんでしょう?」
「え、えぇ────っ!?」
(な、なんでそうなるんだよ──……ッ!?)
見知らぬ男子に勝手に決めつけられ、のび子は困惑して慌てふためく。一体全体彼は何故そんなふうに勘違いしてしまっているのだろうか。
「見ればわかります。出木杉の方も野比さんのことを好きみたいだし、お似合いのカップルですよ。僕はただ、想いを伝えられるだけでいいんです。──それじゃ!」
「あ、ちょ、ちょっと……っ!?」
いろいろととんでもないことを言い残し、彼は走って行ってしまった。校舎裏に取り残されたのび子は、混乱した頭で考える。
……で、出木杉が、僕のことを好き……?
……出木杉と自分が、カップル……!?
衝撃的すぎる想像に、のび子は頭が沸騰する思いだった。そしてはたと、そういえばこんな場面を誰かに見られていたら大変だと、ようやく思い当たって、きょろきょろと周囲を見渡す。
「ご、ごめんなさい。のぞき見するつもりはなかったんだけど……」
「し、しずかちゃん──!?」
すると、そばの木の陰からしずかが現れる。のび子は赤くなるやら青くなるやら目まぐるしい思いだった。
「あの、さっきの人の言ってたこと──本当よ。クラスの男子たちの間で、のび子ちゃんは確かに人気があるわ」
「し、しずかちゃん……?」
(ま、まさか、しずかちゃんが言うなら、本当に……?)
のび子はまさかと思った。のび子は出木杉と一緒にいる時、出木杉が自分のせいでバカにされないようにと、せめてもの思いで近頃身綺麗にするようにはなっていたし、髪を梳ったり、しずかちゃんに教えてもらったシャンプーを使うようになったりしていたが、そんなことになるとは毛頭思っていなかった。
心ここに在らずのまま、しずかと一緒に玄関で靴を履く。帰りがけにもしずかは、のび子のことを心配するように、のび子に話しかけた。
「ねぇ、のび子ちゃん。のび子ちゃんは、彼氏もいないのに、どうして告白を断るの?」
「そ、それは──」
今回の件は相手が勝手に諦めただけだったが、そうでなくとものび子は付き合うつもりはなかっただろう。
どうしてかと聞かれても答えられない。すでにのび子は自分が「のび子」であることをかなり受け入られてきているつもりだったし、元々のび太だったから、というのも何か違うような気がする。
「──ねぇ、おせっかいかもだけど、出木杉さん、モテるのよ。のび子ちゃんはこのままでいいの?」
しずかの問いに、のび子は結局答えられずじまいだった。
◇◇◇
「──お邪魔します」
出木杉家についたのび子は、玄関の靴箱を見て、まだ出木杉が帰ってきていないことを悟る。
合鍵を預けられているのび子にとって、出木杉は第二の家のようなものだ。防犯上どうなんだと思うこともあるが、それだけ信頼されているということなのかもしれない。
「あら、のび子ちゃん、いらっしゃい」
「こんにちは」
出木杉の家にはよく来るものの、出木杉の母と顔を合わせるのは何だか久しぶりな気がした。出木杉と二人でいる時、出木杉の母は気を使っているのか部屋にもあまり顔を出さない。
今日は向こうから声をかけてきたので、何となく会話をしたい気分なのだろうか。出木杉の母にうながされ、のび子は居間の椅子に座る。
「のび子ちゃん、すっかり大きくなったわね。綺麗になっちゃって……英才も隅におけないわね」
「そ、そんな──」
分かりやすく照れるのび子に、にっこりと微笑み返す出木杉の母。居間のテーブルを挟んで対峙する彼女の顔に、ふっと傾いた西陽が当たる。
「ねぇ、のび子ちゃん。もしかして、英才からもう聞いてる……?」
「え、何を?」
「そう──もしかしたらと思って聞いてみたんだけど、ごめんなさい。まだだったようね」
出木杉の母は少しうつむきがちにそう言うと、少しためらったような表情を見せた後、ややあってからのび子に告げる。
「実は、英才ね──高校から海外の学校に進むことを考えているみたいなの」
「えっ」
初めて耳にする話に、のび子は一瞬思考が停止する。そんな話は部屋で二人でいる時にも聞いたことがない。普段はのび子に隠し事をしない出木杉のそんな話に、のび子は驚きを隠せなかった。
「あの子、自分からあまり話したがらないから、ひょっとしてと思って。でも、のび子ちゃんには伝えなきゃいけないと思っていたの」
(どうして……?)
「い、いいんですか、勝手に、その」
「ええ。後で怒られるなら、それでいいわ。だって英才、あなたと会ってからとても楽しそうにしてるんですもの」
「私と……?」
「ええ。あなたが家に来るようになってから、英才は変わったわ。それまで友達がいないって訳じゃなかったけど、あなたとは特に気が合うみたいで──初めてよ。英才が女の子を自分の部屋に上げるだなんて」
のび子は再び赤くなり、黙り込む。出木杉の母はそれをどこか愛おしげに見つめてから、のび子に言った。
「ねぇ、のび子ちゃん。私は英才が自分で決めた道なら、海外へ行くのも反対しないわ。でも、気にかかるのはあなたのことなの。後で悔やんでも、時間は元には戻らないから」
時間は元には戻らない。
その言葉は、のび子の心に重くのしかかる。
「話し込んでこめんなさいね。そろそろ英才も帰ってくる頃かしら。じゃ、また後でね」
「はい──」
「……ただいま。あ、野比さん、来てたんだ!」
玄関から聞こえた出木杉の声に、のび子は深々とお辞儀をして、出木杉の部屋に向かった。
◇◇◇
「野比さん、どうかしたの?」
珍しくしおらしいのび子の様子に気づいた出木杉がそう尋ねても、のび子は簡単には口を割ろうとしなかった。
男子からの告白。
出木杉の進学。
将来のこと。
様々な問題がのび子の頭を渦巻いていた。
出木杉はのび子を見て心情を察するや、あえていつもの通り部活での研究の話を聞かせ始める。
「──今日はね、部活でまた、ラジコン飛行機を空に飛ばしたんだ。この間よりまた高く遠くまで飛ばせるようになった」
「あと、それとは別に、磁力や反重力の研究も続けてるんだ。ごくごく小さな物体であれば、限られた条件下で、風力以外の力で飛ばすことができるんじゃないかって」
「僕たちはまだ学生だけど、いつか人類が、その技術でもって広い宇宙を旅する時代が来るんじゃないかと本気で思ってる。自分もそれを目指す一人になれたら、どんなにかいいだろうってね」
部屋の床で科学雑誌を広げながら夢を語る出木杉の瞳は、眩しいくらいに輝いていた。それは小学生の頃と何ら変わっていない。
のび子は安心した。いくら体が大人になっても、周囲の人たちが変わっていっても、自分たちは何も変わっていない。
今なら何でも話せるような気がした。
「…… ねぇ、出木杉」
「何だい?」
「海外の高校に──行くつもりなの?」
そう言うと、出木杉は不意に黙り込み、一泊置いてからおもむろに口を開く。
「母さんだな……?」
「うん。でも、おばさんを責めないであげて」
「分かってる。僕が話さなかったのも悪いんだ」
出木杉は反省したようにそう言うと、のび子に話し始める。
「将来、海外の大学で、本格的に空を飛ぶ技術の研究をしたいと思ってるんだ。でも、海外の大学に行くなら、海外の高校からの方が行きやすいでしょう? だから──」
真面目な出木杉のことだ。きっといろいろと考えてそういう結論を出したのだろう。
「ごめん、早く伝えるべきだった。でも、野比さんを付き合わせるようで嫌だったんだ。自惚れかもしれないけど、話したら何だか、野比さんを僕に付き合わせてしまうような気がして……」
出木杉は申し訳なさそうに目を伏せる。のび子は出木杉が、のび子を遠ざけようとしていた訳ではないことに安堵した。
「そっか。出木杉ならきっと、海外でもやっていけるよ」
「野比さん──」
「ねぇ、出木杉。それからさ」
「うん……?」
「とても難しい話だと思うけど、笑わないで聞いてほしい。海外って……今からとても頑張って勉強すれば、僕でも間に合うのかな?」
「…………ッ!?」
「あはは。僕の方こそ、出木杉に付き合わせてしまいそうで、情けないや。君の協力がなきゃ、絶対に無理だからね。でも──」
「ま、間に合う、間に合うよ! きっと……!!」
「僕、精一杯野比さんに勉強を教える!!」
「出木杉」
のび子が口にした途端、出木杉はのび子の両手をひったくるように掴んで言った。手は震え、のび子の言葉にいたく感激しているようだった。
「野比さん、ごめん……僕、野比さんなら必ずそう言ってくれるような気がしてたんだ。だから、野比さんを僕の人生に付き合わせていいのかって──でも、僕、本音を言うと、とても嬉しい! このまま野比さんと別れるのは、とても辛いと思っていたから」
「あはは。別れるだなんて大袈裟だな。また日本に戻ってきた時、何度でも会えばいいじゃない」
「野比さん……そうだね、ありがとう!」
のび子が出木杉に言うと、出木杉は目を輝かせて珍しくのび子を自分から抱き寄せた。のび子は何だかどきりとしつつ、出木杉を抱きしめ返す。
出木杉は胸のつかえが降りたようで、満ち足りた顔をしていた。それを見てのび子もふと、例の話を出木杉に伝えてみたくなった。
「ねぇ、出木杉。実はね、今日」
「うん。何だい?」
「あはは、いや、大したことじゃないんだけどね──僕、クラスの男子に告白されちゃった」
「…………え!?」
その途端、時間が静止する。出木杉は驚いたように腕の中にいるのび子のことを見た。のび子も出木杉を見上げるようにしてその目を見つめる。
「でも、断ったんだけどね。というか、相手が勝手に諦めたんだけど」
「そ、そう」
「そしたらね、しずかちゃんに聞かれたんだ。どうして彼氏もいないのに、断る気だったのかって。ねぇ、出木杉、自分でも分からないんだ……どうしてだと思う?」
「そ、それは──」
出木杉は黙り込んだまま動かない。言葉を失った二人は抱き寄せ合ったまま、せまい部屋の中でしばらく言葉を失っていた。
◇◇◇
──それは、僕にも分からないよ。
のび子はその晩、布団の中で考えた。出木杉がやっとそう言った時、すでに日は暮れ、のび子は仕方なく出木杉の部屋を後にした。
あの時、自分と出木杉にもう少し時間があったら。彼が喉の奥で噛み殺した言葉は、一体何だったのだろう。のび子は聞きたいのような、聞きたくないような気がした。それを聞いたら、良くも悪くも、全てが変わってしまうような気がした。
そしてその晩、のび子は夢を見た。
──あ……ドラえもん……!?
──ドラえもん、なの……!?
──ドラえも〜ん!!!!
夢の中で、のび子はいつの間にかのび太の姿に戻っていた。白い何もない空間の中、扉が一つあり、扉の向こうにドラえもんが立っている。
のび太は走って扉を追いかけ、
その先に進んだ。
──よくきたね。
──おかえり、のび太くん。
いつかと同じように、のび太を暖かく迎えるドラえもん。ドラえもんにすがりつくのび太。
──ドラえもん……!!
──会いたかった、ずっと、会いたかったよ!!
──僕もだよ。
──さ、また元の世界で僕たちと暮らそう。
──ママもパパも友達も、みんな待ってるよ。
懐かしいドラえもんの声に、胸がいっぱいになるのび太。しかし、のび太はドラえもんに、これまで暮らしてきた世界のことを聞かずにはいられなかった。
──ね、ねぇ、ドラえもん。
──もし、僕が戻ったら、あっちの世界はどうなるの?
──それは……。
のび太が聞いた途端、にわかに顔を曇らせるドラえもん。のび太は何だか嫌な予感がした。
──ドラえもん、教えてよ。
──そうか、仕方ない。話すよ。
──あの世界は、並行世界として続いていく。
──その代わり、君はいなかったことになる。
──元々いなかったはずの人間として、次第にみんなの記憶から消えていくんだ。
──そ、そんな……っ。
ドラえもんの言葉に、のび太は耐えがたい思いがした。これまで培ってきた周囲との関係性。それら全てがなかったことになるどころか、じきにみんなの記憶からも完全に消えてしまう。
元々それが自然なことだったとはいえ、長く時間を過ごしすぎたのび太にとって、それはあまりにも受け入れがたい事実だった。
──実はもう、あまり時間がないんだ。
──ドラえもん……?
──ごめんね、のび太くん。
──僕は時間をかけすぎてしまった。
──もし、君に決意があるのなら、
──裏山で君を待つよ。
──ど、ドラえもん、何を言ってるの?
──どこへ行くの……!?
──ドラえも──ん…………!?
◇◇◇
真夜中に布団から飛び起きて目が覚めたのび子は、起きてから自分が泣いていることに気づいた。あまりにも懐かしい記憶が、のび子の胸を否応なく締め付ける。
こんな時に、こんな夢を見るなんて。
偶然か。
それとも必然なのか。
何とはなしに予感がして、のび子は突き動かされるように服を着替えて裏山に向かった。
◇◇◇
──チリン。
──チリン……。
不思議な音が夜の裏山に響いている。のび子は導かれるようにして音の鳴る方へ向かった。
すると、そこにいたのは──。
「やあ、遅かったね。のび太くん」
何年ぶりに聞いても忘れない、懐かしい声。のび子は泣き腫らした目で、信じられないような気持ちで彼のことを見た。
「ドラえ、もん……?」
「うん。ごめんね、時間がかかって」
「ドラえも────────ん!!!!」
のび子は急いで彼に駆け寄った。もう消えてしまわないようにと。抱きついて夢ではないことを悟ると、のび子は一層強くドラえもんを抱きしめる。ドラえもんは成長したのび子の姿にどきまぎしつつ、それでも子守りロボットとしてのび子になったのび太を優しく抱き留めた。
「ごめんよ。何度も迎えに行こうと思ったんだけど、タイミングがつかめなくて……だから今晩、こうして『ゆめふうりん』で君を呼び寄せたんだ」
ドラえもんの手元にある、桃色の風鈴。それはのび子も知っている秘密道具で、眠っている人を操ることのできる秘密道具だ。
「ドラえもん、タイミングって……どういうこと?」
「うん、それが──」
のび子の問いに、ドラえもんは言い淀む。これまで何か理由があって迎えに来なかったドラえもんが、今晩急に会いにきた理由とは何なのか。
のび子は聞いてはいけない予感がした。
しかし、それを察するのが遅かった。
「のび太くん、実はもう──時間がないんだ」
ドラえもんは夢の中と同じことを言う。
のび子は強烈な既視感を覚えた。
「戻るなら、今しかない」
「のび太くん」
「僕と一緒に、元の世界に帰ろう」