【TS】女体化したのび太が出木杉と付き合う話。 作:うばシャーク
「これを、俺たちに……?」
「うん!」
あくる日の早朝。のび子は部活前のジャイアンとスネ夫を捕まえ、プレゼントの手袋とマフラーを手渡した。
「最近寒くなってきたでしょう? 冬休みも部活だろうから、これをつけて風邪をひかないようにね」
「な、なかなかいいセンスじゃねぇか……!」
「の、のび子のくせに生意気だぞ……!」
「あははっ」
「じゃあね、二人とも」
のび子は名残惜しさを見せることなく、その場を立ち去る。グラウンドから出ていくのび子の後ろ姿を見て、ジャイアンとスネ夫は顔を見合わせた。
「ジャイアン、何だか今日ののび子、ちょっとおかしくなかった?」
「え? そ、そうかぁ……?」
のび子は忘れていたが、今夜は小学校の同窓会の日だ。それは冬休みに入る前の最後の日に、毎年予定されている。
その時に渡せばいいのに、どうして今なのか。スネ夫は敏感に異変を感じ取っていた。
「うーん、気のせいだったらいいんだけど」
「出木杉と何か、あったのかなぁ──」
スネ夫のつぶやきはグラウンドに吹いた木枯らしに消え、のび子の元には届かなかった。
のび子が今度は教室でしばらく待っていると、日直のしずかがやってきた。
いつも遅刻ぎりぎりののび子が自分より早く教室に来ているのに気がつくと、しずかは目を丸くして驚いた顔をする。
「……の、のび子ちゃん、今日はどうしたの!?」
「そ、そんなに驚かなくても。実は、しずかちゃんに渡したいものがあったんだ」
「私に?」
「そう。授業の前に、どうしても」
のび子は包み紙にリボンで飾られたプレゼントを鞄から取り出し、しずかに手渡す。
「開けてみて」
「え、ええ」
うながされたしずかがリボンを外し、包み紙を解くと、中から出てきたのは、色とりどりのアロマキャンドル。
「……これって?」
「しずかちゃん、前に欲しいって言ってたでしょう? 安物だけど、いい匂いがするよ。お風呂でも使えるって、お店の人が──」
「嬉しいわ、ありがとう!」
「うわっ、しずかちゃん……!?」
嬉しそうに抱きついてきたしずかに、赤くなるのび子。しかし、しずかはすぐに異変を察する。
「でも、どうして? 誕生日でもないのに」
「あはは。ほら、あの──早めのクリスマスプレゼントだよ」
本心を言わないのび子に、いぶかしむしずか。結局日直の仕事があるせいで、しずかものび子に訳を聞き出すことはできなかった。
その日の授業が終わり、放課後。
最後に残ったプレゼントを持って、のび子は出木杉の家に向かった。
◇◇◇
「プレゼント?」
出木杉は微笑むのび子を前にして、何だろうと楽しみにしながら包み紙をほどく。果たして中から出てきたのは──革の手帳だった。
「手帳……?」
「そう。革だから使っているうちに手に馴染むよ。カレンダーもついてるんだ。予定もたくさん書き込めるよ」
それは、のび子がこれからうんと忙しくなるであろう出木杉のために選んだものだった。カレンダーには、これからたくさんの予定が書き込まれていくことだろう。
のび子がいなくなった後も、きっと──。
「そうか、じゃあ」
しかし出木杉は、手の中の手帳を見ながら、のび子に微笑み返す。
「──僕たちの予定を、これからたくさん書き込むことができるね?」
「え……っ」
のび子は、胸が詰まる思いだった。
「ちょ、ちょっと、野比さん……!?」
出木杉の静止を振り切り、
のび子は部屋を後にした。
◇◇◇
自分の家に戻ったのび子は、自室に戻る。押し入れの襖を開けると、中ではドラえもんがのび子を待っていた。
「──お別れはできたかい、のび太くん?」
数年前であれば当たり前だった光景。
それが今では、どこか奇妙に感じられる。
西陽の差し込む部屋の中、
のび子はドラえもんに告げる。
「ドラえもん……やっぱり無理だよ」
「のび太くん?」
「できないよ。みんなと別れるなんて──!」
のび子は感情が爆発したように、目から大粒の涙を流した。熱い雫が顎をつたい畳を濡らす。
「……ドラえもん、あの話は、本当なの?」
「──ああ。残念ながら」
ドラえもんは辛そうに言う。
のび子は昨夜のことを思い返した。
◇◇◇
「もうあまり、時間がないんだ」
裏山でのび子にそう告げたドラえもんの表情は、苦悶に歪んでいた。
木陰に差した月光が複雑な模様を形づくり、ドラえもんの顔を光と影にわかつ。
「どういうこと? 時間がない、って──」
問うたのび子に対し、ドラえもんはすまなそうに言葉を続ける。
「本当なら、すぐに元に戻すつもりだったんだ。君が反省して、元の世界に帰りたいと願えばすぐに……」
「でも、君は僕の予想を遥かに超えて、この世界に適応し、周囲との関係を築いていった。それで分からなくなったんだ。君を連れ戻していいものなのかが──」
ドラえもんは、のび子に「パラレルボックス」の秘密を明かした。
「そ、それじゃ、あの時の道具はその『パラレルボックス』っていう秘密道具で、元の世界も並行世界として続いてるってこと……!?」
「そう。そして、二つの世界のつながりは、今も刻一刻と弱まり続けている」
「……!?」
「並行世界に長くいすぎた代償なんだ。向こうの世界ではもう、のび太くんのことを覚えているのは僕一人だけになってる。他の人は今すぐ戻ってのび太くんを思い出せるか、ギリギリのところだ」
「これ以上こっちの世界にいたら、僕の記憶からも消えるどころか、こっちとあっちの世界の繋がりも消えて、完全に行き来ができなくなる」
「だから元の世界に戻るなら、あの部屋の押し入れをこちらと繋いでいる『並行世界通り抜けミラー』の効果が切れる前……つまり、今しかない」
「もう、時間がないんだ。のび太くん──」
そうドラえもんに告げられ、のび子はみんなとそれぞれにお別れの準備をしたのだった。
◇◇◇
「──ドラえもん、僕、分かってなかった……」
のび子はドラえもんに涙声で告げる。
「僕にとってこの世界はもう、元の世界の代わりなんかじゃない。僕の家があって、友達がいて、そういう場所になっていたんだ。ここに来る前とは違う。なかったことになんてできないよ……!」
のび子がそういうと、ドラえもんはどこか悟った顔をして、柔らかく笑った。その目にはどこか諦めとも優しさとも取れるような複雑な感慨が見て取れた。
「──知ってたさ。のび太くん、君ならそう言うと思っていたんだ。だから、僕は君の覚悟が聞きたかっただけなんだよ」
「覚悟?」
「そう。この世界に残るってことは、元の世界には居場所はなくなる。この先どんなことがあっても、後悔しないと言えるかい?」
「──それは……」
のび子にとって、それは何より重い決断だった。ここで残ると言うだけなら簡単だ。しかし、この先の人生でどんなことがあっても、果たしてその選択に間違いはなかったと思い続けることはできるだろうか。
何かにつけて後悔しては、のび子は後悔まみれの人生を送ることになる。それだけは嫌だった。
「ど、ドラえもん、僕は……」
「────戻るべきだよ、野比さん」
「……っ!?」
その時、部屋の入り口でするはずのない声がした。のび子ははっと目を見開き、ゆっくりと部屋の入り口に目を向ける。
そこにいたのは──。
「で……出木杉……っ」
「ごめん、野比さん。予感がしたんだ。何となくもう、会えなくなるような気がして。勝手に着いてきちゃった」
出木杉はいつものように優しく笑った。
その表情からは寂寥の感情は読み取れない。
「出木杉!? いいの!? 帰ったら会えなくなるだけじゃなく、僕は君の記憶からも消えてしまうんだよ……!?」
「確かにそれは、すごく辛い。でも、野比さん。だからといって僕は、君が残って後悔するのを見たくはないんだ」
「……!?」
出木杉はどこか見透かしたように、のび子に告げる。そして出木杉は、これまで言えずじまいだった言葉をのび子に告げた。
「野比さん。僕はね、君のことが好きだったんだ。これまで。そして、きっとこれからも」
刹那、のび子は言葉を失い、
赤くなって固まった。
ドラえもんは何か察したように、
どこか白けたような目をした後、
ゆっくりと押し入れの襖を閉める。
「……っ、僕もだ、出木杉!!」
「うわっ、野比さん……!?」
のび子を抱き留め、たたらを踏む出木杉。出木杉は名残惜しそうに目を閉じると、ありがとう、とのび子に言った。
「……きっと君は元の世界に戻っても、立派にやっていけるよ。今日まで君を見てきた僕には分かる」
「ううん! ……僕が頑張れたのは、出木杉、君のおかげだよ。はじめてこっちの世界に来た日から、君がいたから頑張れたんだ! 君が話を聞いてくれたから、僕は一人じゃなかったんだよ」
「……野比さん、僕もだ。君がいたから、僕は毎日が楽しくて──」
ドラえもんは押し入れの中で、複雑な感情とせめぎ合っていた。彼ら二人はもはやここまで関係を育み、お互いを支え合っている。
子守りロボットとして、いや──「ドラえもん」として、自分はどうするべきなのか。
「ドラえもんさん……僕は後悔しません。野比さんとの時間を、ありがとう」
まだ泣き止まないのび子を抱いたまま、出木杉は襖を開けたドラえもんに告げた。
しばらく無言の時間が続き、空には月が浮かび始めていた。白い光に照らされた出木杉の精悍なかんばせをドラえもんは見つめる。
「出木杉くん、もし──もし、のび太くんが今後くじけそうになったら、助け合えると約束できる?」
「え……!?」
「どうなんだい、出木杉くん──?」
ドラえもんは真剣な目で出木杉を見た。それに何かを感じた出木杉は、決意をもってうなずく。
「はい」
「──そうか。それを聞いて、安心したよ」
ドラえもんは再び優しい表情に戻り、出木杉の腕の中ののび子に呼びかける。
「のび太くん、いや──のび子ちゃん」
「えっ……?」
「君もだ。これからは、彼と二人で助け合っていかなくちゃならない。君の秘密を知ってる人は、この世界に彼しかいないんだ。もう一度聞く。君にはこっちの世界に残る覚悟はあるのかい……?」
「僕は──」
のび子は、ドラえもんの顔を見た。
小さい頃からの親友。ロボットと人間という枠を超えて、二人の友情は永遠だ。
そしてのび子は、出木杉の顔を見上げる。ドラえもんがのび太の親友であるなら、出木杉はのび子の親友以上の存在だ。
どちらかが上だなんてことは、のび子には決められなかった。しかし今の自分の気持ちに嘘はつきたくない。のび子は自分にとってどちらがいいのか、本当の意味でよく考えた。そして。
「──ドラえもん。僕も……覚悟するよ」
「の、野比さん」
のび子の目に、強い光が宿る。
ドラえもんはそれを見逃さなかった。
「ドラえもん、僕はたとえこれからどんなことがあっても、決して後悔しない。これからは自分の力で切り開くんだ……僕たちの未来を」
「そうか。分かったよ──なら」
ドラえもんは、自分も決意を固めなければならないと思った。
「僕はこれから二十二世紀にもどって、この世界を正式に登記することにするよ」
「──ト、トウキ?」
「登記って、それじゃ……!?」
冬季オリンピックがどうしたの、などと言いたげなのび子をよそに、ドラえもんと出木杉は会話を続ける。
「うん。僕はこの世界の存在を、正式に未来で認めさせる。それに加えて、この部屋の押し入れに、あちらとこちらの世界を繋ぐポータルを作る手続きをして、安定させる。人が通れるような大きさじゃなく、ごく小さいものを。その繋がりがある限り、こちらとあちらの繋がりは消えない」
「──そうか。そうすれば、あちらの世界で野比さんの存在も完全に消えることはない……」
「うん。ただし、こちらからあちらの世界に行くことは、今よりも難しくなる。秘密道具による一時的な繋がりじゃなく、正式な手続きを経て世界を繋ぐポータルを作るってことは、行き来するのにも未来の許可が必要になるんだ……」
のび子は半分も理解できなかったが、ドラえもんの口ぶりから、これまで以上に会うことが難しくなることは分かった。
「──ここでお別れだ。僕は、君たちのことを信じるよ」
「ドラえもん……」
「『のび子』ちゃん、出木杉くん。僕は君たちがいつか、自分たちの力で道を切り開くことを信じてる。君らはいつか、未来の技術の介入がなくても、あちらとこちらを行き来するだけの技術力を身につけることができるだろう──」
「そうなれば、未来の許可も必要ない。君たちは自分たちの力を信じて進んでいくんだ。そうすればきっと、これはお別れじゃなくなる。いつかまた、君たちと会えることを楽しみにしてるよ」
「……僕もです、ドラえもんさん」
「うん、いつか必ず──必ず、会いにいくから!」
のび子と出木杉とドラえもんは、三人でしっかりと抱き合った。同じ月の光が、三人の顔を照らしていた。ドラえもんの顔も涙に濡れ、のび子と出木杉との別れを惜しんでいた。
「ああ、でも、最後に……君たちの話が聞きたかったなぁ。君たちや、こっちの世界のジャイアン、スネ夫、しずかちゃん──みんながどんなふうに成長したのか、最後に見て帰りたかった」
ドラえもんは四次元ポケットからタケコプターを二つ取り出した。
「タイムテレビで見たよ。今日、同窓会なんだろう? このとおり──タケコプターを二つしか持ち合わせてないんだ。君たち二人が行くべきだ。僕はもう、これで……」
「待って、ドラえもんさん!」
「で、出木杉……?」
ドラえもんを呼び止めた出木杉は、ポケットの中に手を入れ、何かを探る。そして取り出された手の中に握られていたのは──タケコプター。
のび子がいつか出木杉に預けた、
あの、充電切れのタケコプターだった。
「あれからずっと、タケコプターについて調べてきたんです。結局今日まで複製することはかなわなかったけど、何とか充電するところまでは……」
「じゃ、じゃあ──」
「うん。同窓会へは、三人で行きましょう!」
ドラえもんは驚愕の目で出木杉を見つめた。まさか未来の秘密道具の充電を自力で──これまでに一体どれほどの試行錯誤と、たゆまぬ努力があったのか。察するにも余りある。
ドラえもんは感激し、震える手で出木杉からタケコプターを受け取った。
「ドラえもん、行こう! みんなで!」
「……うん!!」
三人はタケコプターを頭につけ、窓の外に飛び出す。その日の月は大きな満月。頭上から降り注ぐ光が、彼らの行手を明るく照らし出していた。
◇◇◇
「──のび子さん、起きて……?」
懐かしい夢を見ていたのび子は、実家の寝室で目を覚ます。窓の外には、いつの日か見たような大きな満月が浮かんでいた。
「ふわぁ、眠……なに、英才?」
「ごめんごめん。月があまりに綺麗だったから」
不機嫌そうににらみつけるのび子に対し、力なく笑う出木杉。
自分の苗字が彼と同じになった今でも、のび子は新しい呼び方に時折まだ少し違和感を覚える。これまで慣れ親しんだ呼び方を、それほどまでに気に入っていたのだろう。
「久々の日本だ。明日は、剛田くんや骨川くん、源さんにも会いに行こう」
「うん」
数年ぶりの同窓会には、懐かしい面々が顔をそろえる予定だ。外国語の勉強を頑張れよと、みんなが送り出してくれた日のことが懐かしい。
「ねぇ、英才」
のび子は夜空に浮かぶ月を見ながら出木杉に話しかける。もしかするとドラえもんも違う世界で今頃同じように月を見上げているのだろうか。
「──僕らが世界を行き来するまで、あと、どのくらいかかるかな?」
あの日から、海外に渡った出木杉とのび子は、猛勉強の末、外国の大学に進学した。
卒業後、出木杉は量子力学の研究者として、のび子はその助手として、今でも研究に取り組んでいる。目的はもちろん、並行世界を行き来するための技術を発明することだ。
あちらの世界へ行くための方法は、今もなお解明されていない。それでもなお、のび子と出木杉は日夜研究を続けている。
「さぁ。いつになるやら」
出木杉は、のび子の部屋の机の上に置かれた二つの写真立てを見つめる。一枚は中学の入学式で撮った五人の写真。そして、もう一枚は──。
出木杉はふっと目尻を下げた。あの日、同窓会で撮った六人の写真に、出木杉は改めて約束を誓う。
「ただ一つだけ言えるのは、たとえいつになっても、必ずいつか会いに行くってことだよ。僕なら。いや、僕たちなら、きっと──」
のび子はぱっと目を見開き、にわかに顔を赤くしたかと思うと、月明かりに照らされた部屋で、二人の影が一瞬重なる。
驚いた顔の出木杉と、
まだ少し照れたような表情ののび子。
二人の気づかないところで、のび子の部屋の押し入れの奥が、小さく青い輝きを放った。