帰ってきたら幼馴染が魔王になっていた件 作:殿下に脳焼かれたい
カズデル
「…………」
僕は目の前に広がる光景を眺めながら、その場で立ち尽くしていた。
「……ここ、本当にカズデルだよな?」
思わずそんな言葉が口から出る。
場所を間違えたわけじゃない。
ここまで来る途中に何度も確認した。
何より、この土地の空気だけは覚えている。
だけど――
「変わりすぎじゃない?」
僕の知っているカズデルとは、あまりにも違っていた。
建物。
道。
行き交う人々。
昔の面影を探そうとしても、ほとんど見つからない。
「まあ……そりゃそうか」
僕がカズデルを離れてから、かなり長い時間が経っている。
最初は数年で戻ってくるつもりだった。
それが色々あって帰れなくなり。
気づけば数十年。
その後もなんだかんだで帰る機会を逃し続け――
「……何年経ったっけ?」
途中から数えるのをやめた。
いや。
ちゃんと数えた方がいい気はする。
でも今さら怖くて数えたくない。
僕は背負っている荷物を少し持ち直す。
その中には、ずっと持ち歩いている一着の上着が入っていた。
何度も破れた。
何度も直した。
違う布もかなり混ざっている。
正直、最初の状態からどれくらい残っているのか僕にも分からない。
それでも。
捨てることだけはなかった。
『帰ってきたら、その服を私に返してね』
「……怒られるかな」
遅くなったなんてもんじゃない。
テレジアなら笑って許してくれそうだけど。
テレシスは――
「…………」
想像する。
『何年かしたら帰ると言っていたな』
「やめよう」
帰って早々説教される未来しか見えない。
「まあ、まず二人を探すか」
二人ともサルカズだ。
僕自身、これだけ長く生きている。
だから生きていても不思議ではない。
……多分。
正直、長い間カズデルとの繋がりはほとんどなかった。
戦争。
崩壊。
再建。
また戦争。
色々な噂だけは聞いた。
ただ、その噂のどこまでが本当なのかは分からない。
「二人とも普通に暮らしてればいいんだけどなぁ」
僕はそう呟きながら街を歩き始めた。
――――――――――――――――――――
「すみません」
「ん?」
近くを歩いていたサルカズの男性に声をかける。
「ちょっと人を探してるんですけど」
「人?」
「ああ。テレジアって女性と、テレシスって男なんだけど」
「…………」
男性が固まった。
「?」
どうしたんだ?
「もう一度聞くが……誰を探している?」
「テレジアとテレシス」
「…………」
男性が僕を見る。
さっきより明らかに目つきが変わった。
「お前、どこから来た」
「色々なところ」
「答えになっていない」
「久しぶりに帰ってきたんだよ。昔ここに住んでた」
そう説明すると、男性はますます怪訝そうな顔になる。
「それで……テレジア殿下を探していると?」
「…………殿下?」
誰?
「テレジアって、同じ名前の別人?」
「貴様!」
突然声を荒げられて、思わず一歩下がる。
「何!?」
「殿下を呼び捨てにするとは何事だ!」
「えっ」
「それどころか知らないだと!?」
「いやいや待って!」
周りにいた人までこちらを見る。
まずい。
久しぶりに故郷へ帰ってきて早々、変な奴扱いされてる。
「僕が探してるのは昔ここにいたテレジアで――」
「だからそのテレジア殿下だ!」
「…………」
「…………」
「…………え?」
今なんて?
「テレジア……殿下?」
「ああ」
「テレジアって、あのテレジア?」
「他に誰がいる!」
知らないよ!
僕の知ってるテレジアは、服を縫っては指を刺してる女の子なんだけど!
「じゃあ……テレシスは?」
男性の表情がさらに険しくなる。
「将軍閣下まで呼び捨てか……!」
「将軍!?」
何があった!?
僕がいない間に何があったんだ!?
「ちょっと待って、頭が追いつかない」
こめかみを押さえる。
テレジアが殿下。
テレシスが将軍。
どういうこと?
僕が旅立つ前。
テレシスは兵士になるために訓練していた。
あいつなら偉くなっていても、まあ分からなくはない。
問題はテレジアだ。
「……まさか」
旅の途中で聞いた噂を思い出す。
カズデル。
サルカズの王。
多くの者から敬われる存在。
そして、その名は――
「……魔王、テレジア」
僕が呟く。
男性が頷いた。
「そうだ。テレジア殿下こそ我らサルカズの王だ」
「…………」
僕は空を見上げた。
しばらくそのまま固まる。
そして一言。
「……何してんの、あいつ」
本当に何があったんだよ。
――――――――――――――――――――
事情を説明した結果。
当然というべきか。
僕はその場ですぐテレジアに会わせてもらえることにはならなかった。
そりゃそうだ。
長い間姿を見せなかった男がいきなり現れて。
『魔王様と幼馴染です!』
なんて言い出した。
僕が逆の立場でも怪しいと思う。
かなり怪しい。
というか普通に怖い。
結局。
僕は警備の人たちに囲まれたまま、とある建物へ連れてこられた。
「……これ僕、捕まってる?」
「黙って歩け」
「はい」
怖い。
昔のカズデルって、もう少し気軽な場所じゃなかった?
いや、気軽だったか……?
ちょっと自信なくなってきた。
案内された部屋へ入り。
しばらく待つように言われる。
「はぁ……」
椅子へ座る。
長い旅の最後がこれとは思わなかった。
「テレジアが魔王……」
まだ信じられない。
僕の記憶にいるテレジア。
笑いながら服を直して。
時々針で指を刺して。
僕とテレシスの喧嘩を止めて。
そのくせ本人が一番とんでもないことを言い出したりして。
そんな女の子。
それが今ではサルカズの王。
「似合わなそう……」
…………。
いや。
意外と似合うのか?
昔から人の話はよく聞くし。
困ってる人は放っておけないし。
何より一度決めたら絶対曲げない。
「……あれ?」
冷静に考えると結構向いてる?
そんなことを考えていると――
扉の外が騒がしくなった。
「?」
顔を上げる。
やがて扉が開いた。
最初に何人かの護衛らしきサルカズが入ってくる。
そして。
その奥から一人の女性が姿を見せた。
淡い色の長い髪。
昔よりずっと大人びた姿。
着ている物も。
立ち振る舞いも。
僕の記憶にある彼女とは全然違う。
だけど。
「…………」
分からないはずがなかった。
何年経ったって。
どれだけ姿が変わったって。
僕が彼女を間違えるはずがない。
女性も僕を見る。
穏やかだった表情が、ほんの少しだけ崩れた。
目を見開く。
「…………○○?」
その声。
懐かしい。
何度も思い出した声だ。
「……テレジア?」
「ええ」
テレジアはゆっくりと僕の方へ歩いてくる。
「本当に……あなたなのね」
「うん」
「…………」
「…………」
何を言えばいいんだろう。
久しぶり。
ただいま。
遅くなってごめん。
言いたいことは沢山あった。
本当に沢山あったはずなのに。
いざ本人を目の前にすると。
全然言葉が出てこない。
テレジアも何も言わない。
ただ僕を見ている。
その瞳が少し潤んでいるように見えた。
やがて。
テレジアが昔と変わらない、穏やかな笑顔を浮かべる。
「おかえりなさい、○○」
「…………」
ああ。
変わってない。
見た目も。
立場も。
何もかも変わった。
でも。
この笑い方だけは。
僕の知っているテレジアのままだ。
「ただいま」
僕も笑って答えた。
「随分遅くなったけど」
「本当ね」
テレジアは怒ることもなく、小さく笑う。
「少しどころではないわよ?」
「……やっぱり?」
「ええ」
「怒ってる?」
「どうかしら」
「その言い方一番怖いんだけど」
テレジアは楽しそうに笑った。
やっぱりテレジアだ。
そこで僕は改めて彼女を見る。
立派な服。
周囲の護衛。
さっき聞いた話。
テレジア殿下。
サルカズの王。
魔王。
「…………」
「どうしたの?」
テレジアが首を傾げる。
「いや」
「?」
「ずっと聞きたかったんだけど」
「ええ。何かしら?」
僕はテレジアを指差した。
「なんでお前、王様になってんの?」
部屋の空気が凍った。
「貴様――!」
護衛の一人が声を荒らげる。
「ちょ、待って!」
まずい。
またやった。
だけど。
「ふふっ……」
小さな笑い声。
見ると。
テレジアが口元に手を添えて笑っていた。
「テ、テレジア殿下……?」
護衛まで困惑している。
「ごめんなさい」
テレジアは少しだけ笑いを落ち着かせる。
「懐かしくて、つい」
「懐かしい?」
「ええ」
テレジアが僕を見る。
昔と変わらない。
優しい目で。
「○○は昔から、こういう人なのよ」
「僕の評価それでいいの?」
「あら、違ったかしら?」
「もうちょっとあるだろ!」
またテレジアが笑う。
僕もつられて笑ってしまう。
「それで?」
「え?」
「なんで王様になったの?」
「ああ……そうだったわね」
テレジアは少し考えるように視線を上げた。
そして。
「そうね……」
穏やかな笑顔のまま。
「色々あったのよ」
「色々で王様になる!?」
僕の声が部屋に響く。
テレジアは楽しそうに笑っていた。
どうやら。
僕がカズデルを離れていた間に――
本当に色々あったらしい。
――――――――――――――――――――
それからしばらく。
僕はテレジアから、本当に簡単にだけ事情を聞いた。
簡単に。
本当に簡単に。
「……待って」
「どうしたの?」
「情報量が多い」
「そうかしら?」
「そうだよ!」
戦争。
カズデル。
王冠。
魔王。
テレシス。
聞けば聞くほど話が大きくなっていく。
「僕がちょっと旅してる間に何が起きてんの……」
「ちょっと?」
テレジアが小さく首を傾げる。
「…………」
「○○?」
「長旅でした」
「そうね」
優しい笑顔が逆に痛い。
「まあ……細かい話はまた今度にしましょう」
「助かる」
僕は大きく息を吐く。
百年以上分の歴史なんて、一日で頭に入るわけがない。
「それより○○」
「ん?」
テレジアが僕を見る。
「あなたは、これからどうするつもりなの?」
「これから?」
「ええ」
そう言われて考える。
正直。
そこまで深く考えていなかった。
帰ってきて。
テレジアとテレシスを探して。
昔の場所を見て。
それから――
「まあ、しばらくはカズデルにいるつもりだけど」
「そう」
テレジアが微笑む。
「それはよかったわ」
「?」
なんだろう。
嫌な予感がする。
昔から知っている。
テレジアがこういう笑い方をした時は、大体何かある。
「……テレジア」
「なに?」
「何考えてる?」
「あら」
「その顔知ってるからね?」
「私は何もしていないわよ?」
「まだ、だろ?」
テレジアは少しだけ目を細める。
完全に図星だ。
「実はね、○○」
「ほら!」
「まだ何も言っていないでしょう?」
「昔からその入り方する時ろくなことないんだよ!」
「そんなことはないわ」
「あるよ!」
テレジアは僕の言葉を気にする様子もなく続ける。
「私、今ある組織を作ろうとしているの」
「組織?」
「ええ」
少しだけ。
テレジアの雰囲気が変わった。
さっきまでの幼馴染としての柔らかな表情とは少し違う。
だけど。
そこに怖さはない。
むしろ。
昔から何度も見た。
何かを決めた時の顔だった。
「名前は――『バベル』」
「バベル……」
初めて聞く名前だ。
「まだ始めたばかりよ」
「ふーん」
「色々なことをしたいと思っているの」
「なるほど」
僕は頷く。
「頑張って」
「ありがとう」
「…………」
「…………」
しばらく沈黙。
テレジアは笑顔のまま僕を見ている。
「…………何?」
「○○」
「うん」
「あなたも手伝ってくれないかしら?」
「やっぱりそうなるの!?」
久しぶりに帰ってきた故郷。
久しぶりに会った幼馴染。
その幼馴染は魔王になっていて。
そして。
再会して早々――
どうやら僕は。
新しい仕事まで紹介されることになったらしい。