帰ってきたら幼馴染が魔王になっていた件 作:殿下に脳焼かれたい
翌日
カズデル
「…………」
朝。
僕は目の前の建物を見上げていた。
「……本当に次の日から働かされるとは」
昨日。
久しぶりにカズデルへ帰ってきて。
魔王になっていたテレジアと再会して。
将軍になっていたテレシスとも再会して。
気づいたらバベルとかいう組織に加入していた。
そして今。
昨日帰ってきたばっかりなのに、もう初出勤である。
もう少しこう。
久しぶりの故郷を見て回るとか。
昔住んでいた場所を探してみるとか。
そういう時間があってもいいと思う。
「おはよう、○○」
後ろから聞き慣れた声。
振り返る。
そこにはテレジアが立っていた。
「……おはよう」
「あら」
テレジアが僕の顔を見る。
「随分眠そうね」
「誰のせいだと思ってるの?」
「私かしら?」
「他に誰がいるの!?」
昨日帰ってきた人間に翌朝から仕事を入れたの誰だ。
テレジアは少し考えるように首を傾げる。
「でも、昨日は早めに休んだのでしょう?」
「寝ようとはしたよ」
「眠れなかったの?」
「百年以上ぶりの故郷で、幼馴染が魔王になってて、もう一人が将軍になってて、次の日から知らない組織で働くことになった人間が普通に寝られると思う?」
「…………」
テレジアが少し考える。
「難しそうね」
「分かってくれた!?」
「ええ」
「じゃあ今日は休み――」
「それとこれとは別よ」
「ですよね!」
一瞬だけ期待した僕が馬鹿だった。
「安心して」
テレジアが柔らかく笑う。
「今日はそれほど大変なことをお願いするつもりはないわ」
「本当に?」
「ええ」
「テレジアの『大変じゃない』って信用していい?」
「あら」
「その顔やめて」
嫌な予感しかしない。
「まずはバベルの中を見てもらって、それからあなたに何をお願いするか決めようと思っているの」
「なるほど」
それなら確かに大したことはなさそうだ。
「あと、一人会ってほしい人がいるの」
「誰?」
「ケルシーよ」
「ケルシー?」
聞いたことのない名前だ。
「私と一緒にバベルを支えてくれている人よ」
「へえ」
テレジアがそこまで言うくらいなら相当な人物なんだろう。
「どんな人?」
「とても頼りになるわ」
「うん」
「知識も豊富で」
「うん」
「冷静で」
「うん」
少し間が空く。
「……少しだけ、厳しいところもあるかしら」
「今の間は何?」
「気のせいよ」
絶対何かある。
――――――――――――――――――――
テレジアに案内され、建物の中を歩いていく。
「思ってたより人多いな」
「少しずつだけれど、協力してくれる人も増えてきているの」
「へえ」
周囲を見る。
サルカズだけじゃない。
見慣れない種族の人間もいる。
話を聞いてみれば。
医療に関わっている人。
物資を運んでいる人。
子供たちへ何かを教えている人。
本当に色々だ。
「昨日聞いた話、本気なんだな」
「もちろんよ」
「いや、疑ってたわけじゃないけど」
ただ。
思っていた以上だった。
テレジアは王だ。
その立場なら。
もっと大きな話だけをしていてもおかしくない。
軍。
領土。
政治。
そういうものを。
だけど。
ここでやっていることは。
病人を診る。
食べ物を配る。
子供へ文字を教える。
一つ一つは小さい。
「○○?」
「ん?」
「何か気になることでもあった?」
「いや」
少し考える。
「お前らしいなと思って」
テレジアが瞬きをする。
「私らしい?」
「ああ」
「そうかしら」
「そうだよ」
昔からそうだった。
目の前で困っている人を見つけたら。
とりあえず手を伸ばす。
昔より出来ることが大きくなっただけで。
やっていることはあまり変わっていない。
「……変わってないな」
「何か言った?」
「何でもない」
僕がそう言うと、テレジアは少し不思議そうな顔をした。
そのまま建物の奥へ進んでいく。
しばらくして。
テレジアが一つの扉の前で止まった。
「ここよ」
「ケルシーって人?」
「ええ」
テレジアが扉を開ける。
「ケルシー、少しいいかしら?」
部屋の中。
机の前に一人の女性がいた。
資料を読んでいたらしい。
テレジアの声を聞き、こちらへ視線を向ける。
「テレジアか。何かあったのか」
「あったと言えばあったわ」
そう言って。
テレジアが僕を見る。
女性――ケルシーの視線も僕へ向く。
「…………」
「…………」
「…………」
なんだろう。
めちゃくちゃ見られている。
「あの」
「何だ」
「僕、何かしました?」
「現時点では何もしていない」
「現時点!?」
これからする前提なの!?
テレジアが小さく笑っている。
「ケルシー、この人が昨日話した○○よ」
「……なるほど」
ケルシーが僕を見る。
上から下まで。
完全に観察されている。
「彼が?」
「ええ」
「百年以上カズデルを離れ、その期間の大半について我々が把握できる記録が存在せず、昨日突然帰還した直後にお前との個人的な関係を根拠としてバベルへの参加を決めた人物か」
「言い方!」
なんで全部怪しく聞こえるの!?
「事実だ」
「事実だけど!」
横を見る。
テレジアは微笑んでいる。
「テレジア」
「なに?」
「この人怖い」
「あら」
「聞こえているぞ」
「聞かせてるんだよ!」
隠してない!
ケルシーが小さく息を吐いた。
「まず一つ訂正しておこう。私はお前を恐れさせる意図で話しているわけではない」
「じゃあその目は?」
「警戒している」
「もっと悪いじゃん!」
「当然だろう」
ケルシーは淡々と続ける。
「組織に新たな人物を受け入れる以上、その人物が何者なのかを把握する必要がある。ましてお前の場合、長期間にわたりカズデル外で行動していたにもかかわらず、その経歴は自己申告に依存している。テレジアとの過去の関係がお前の人格を保証するものではないし、過去に信頼できた人物が現在も同じである保証も存在しない。時間は人間を変える。まして百年単位ならなおさらだ」
「…………」
長い。
「また、テレジア自身がお前を信用しているという事実と、私が組織運営上お前を無条件に信用しなければならないという話は別問題だ。個人的信頼と組織的な安全保障を混同するべきではない」
「…………」
まだ続く。
「お前が本当にバベルの目的に協力する意思を持っているのなら、私はそれを否定するつもりはない。だが、その意思と能力、そして行動が一致するかどうかは今後確認する必要がある。故に――」
「ちょっと待って」
僕は手を上げる。
ケルシーが話を止める。
「要するに?」
「お前をまだ信用していない」
「最初からそれだけ言って!?」
長かった!
ものすごく長かった!
テレジアが口元に手を添えて笑っている。
「笑ってないで助けて!」
「ごめんなさい。でも、ケルシーらしいと思って」
「僕初対面なんだけど!?」
「すぐ慣れるわ」
「慣れたくない!」
「本人の前で言うことではないな」
「聞こえるように言ってるからね!?」
ケルシーが僕を見る。
「少なくとも会話能力には問題がないようだ」
「どういう確認!?」
僕、何の試験受けてるの?
「ケルシー」
テレジアが穏やかに声をかける。
「○○にお願いできそうな仕事はあるかしら?」
「仕事?」
ケルシーが僕を見る。
「昨日聞いた話では、長期間にわたり各地を移動し、傭兵、商隊護衛、道案内、物資輸送など複数の仕事を経験しているとのことだったな」
「まあ、そんな感じ」
「戦闘経験は?」
「それなりに」
「具体的には」
「……何を言えばいい?」
「扱える武器、実戦回数、対人戦の経験、アーツへの対処経験、集団戦での役割、負傷歴、撤退判断を下した回数――」
「待って待って!」
また始まった!
「履歴書書くから紙ちょうだい!」
ケルシーが少しだけ眉を動かす。
「履歴書?」
「口で全部説明するより早いよね!?」
「合理的だ」
「初めて褒められた気がする!」
「褒めてはいない」
「知ってた!」
テレジアが楽しそうに笑っている。
「○○」
「何?」
「ケルシーとは上手くやっていけそうね」
「どこを見てそう思ったの!?」
「少なくとも会話は続いているわ」
「ほぼ僕が怒られてるだけだよ!」
「怒ってはいない」
ケルシーが言う。
「これで怒ってないの!?」
「怒る理由がない」
「じゃあ怒ったらどうなるの……」
怖くて聞きたくない。
ケルシーはそんな僕を無視するように、机の上に置いてあった資料を一つ手に取った。
「ちょうどいい」
「何が?」
「近隣の集落へ物資を運ぶ予定がある」
「物資?」
「ああ」
ケルシーが資料を僕へ渡す。
「食料と医薬品だ。目的地まではそれほど遠くない。ただし、この地域は最近治安が悪化している。護衛として数名同行する予定だったが、お前が各地で商隊護衛をしていたというなら、現地までの移動にも役立つだろう」
「なるほど」
資料を見る。
確かに。
道自体はそれほど難しくなさそうだ。
「それなら出来ると思う」
「そうか」
「これが初仕事?」
「ああ」
「本当に大したことなかった」
僕はテレジアを見る。
「今回は信用してよかったんだな」
「でしょう?」
テレジアが嬉しそうに笑う。
「明日の朝に出発だ」
ケルシーが付け加える。
「…………」
「どうした」
「明日?」
「ああ」
「今日じゃない?」
「そうだ」
「じゃあ今日は?」
「他の仕事を覚えてもらう」
「結局働くの!?」
「バベルへようこそ、○○」
「昨日聞いた!」
――――――――――――――――――――
それから。
僕はケルシーにバベルで必要になる色々なことを教えられた。
物資の場所。
連絡方法。
負傷者が出た時の対応。
誰に何を報告するのか。
「情報共有の遅延は現場の判断を誤らせる要因になる。特に、自己判断で問題が解決したと考え報告を省略する行為は――」
「ケルシー」
「何だ」
「短く」
「必ず報告しろ」
「最初からそれでお願い!」
横ではテレジアがずっと笑っている。
絶対楽しんでる。
「○○」
「何?」
「楽しそうね」
「どこが!?」
「昔みたいだわ」
「昔こんな人いなかったよ!」
「そうではなくて」
テレジアが僕を見る。
「あなたがこうして誰かと騒いでいるのが、よ」
「…………」
少しだけ言葉に詰まる。
テレジアはいつものように穏やかに笑っていた。
「あなたが戻ってきてくれて、本当に嬉しいわ」
「…………」
急にそういうこと言うのやめてほしい。
反応に困る。
「……僕も」
「?」
「帰ってきてよかったよ」
そう答える。
テレジアの表情が少しだけ嬉しそうに変わった。
「そう」
「…………」
「…………」
少しだけ静かになる。
「テレジア」
「なに?」
「僕ら今ちょっといい雰囲気じゃない?」
「あら」
「その――」
「作業が止まっているぞ」
「ケルシー!!」
なんで今!
「業務中だ」
「空気読んで!」
「必要がない」
「強い!」
テレジアが声を抑えて笑っている。
「ふふ……○○」
「何!?」
「お仕事、頑張ってね」
「他人事みたいに言わないで!」
こうして。
僕のバベルでの初日は。
ほとんどケルシーに説明され。
テレジアに笑われ。
思っていた以上に忙しく過ぎていった。
――――――――――――――――――――
ケルシー視点
「それじゃあケルシー。また後でね」
「ああ」
テレジアが部屋を出ていく。
その後ろを○○がついていった。
「明日は何時集合?」
「朝よ」
「具体的には?」
「後で教えるわ」
「今教えて!?」
扉が閉まる直前まで声が聞こえていた。
やがて静かになる。
私は手元の資料へ視線を戻した。
「…………」
○○。
テレジアから名前自体は聞いていた。
随分昔の知人。
幼馴染。
そして。
彼女が魔王になるより以前から、テレジアを知っていた人物。
それだけならば問題はない。
問題はその後だ。
百年以上の空白。
記録の不足。
突然の帰還。
通常ならば、組織へ即座に加えるべき人物ではない。
テレジアが信用している。
その一点だけで全てを保証することはできない。
彼女自身も、それは理解しているはずだ。
だからこそ私は確認しなければならない。
彼が何を見てきたのか。
何を考えているのか。
何のためにここへ戻ったのか。
そして。
これから何をするつもりなのか。
「…………」
ただ。
一つだけ。
予想していなかったことがある。
先ほどのテレジアだ。
笑っていた。
普段から笑わないわけではない。
むしろ彼女は多くの者へ穏やかに接する。
子供へも。
兵士へも。
患者へも。
見知らぬ者へも。
だが。
先ほどの笑い方は少し違った。
王としてでも。
指導者としてでもない。
ただ。
長く離れていた友人が帰ってきたことを喜んでいる。
そんな笑顔だった。
「……なるほど」
彼女が即座にバベルへ迎え入れた理由。
少なくともその一端は理解できる。
もっとも。
それと私が彼を信用するかどうかは別問題だ。
「ケルシー?」
扉が少し開いた。
テレジアが顔を覗かせる。
「どうした」
「少し忘れ物をしてしまったの」
「あそこだ」
「ありがとう」
机の端に置いてあった資料を取る。
そしてテレジアは、すぐには部屋を出なかった。
「……ケルシー」
「何だ」
「○○のことだけれど」
「信用しろと言うつもりなら断る」
「あら」
テレジアは困ったように笑う。
「まだ何も言っていないわよ」
「言おうとしていることは想像できる」
「そうかしら」
「ああ」
少しだけ沈黙。
テレジアが私を見る。
「彼は昔から、あまり変わらない人なの」
「お前にとってはそうなのだろう」
「ええ」
「だが、百年以上という時間は短くない」
「分かっているわ」
テレジアは静かに頷く。
「だから、あなたにはあなたの目で見てほしいの」
「……それだけか」
「ええ」
少し考える。
「分かった」
「ありがとう、ケルシー」
テレジアが微笑む。
そのまま部屋を出ようとして。
一度だけ足を止めた。
「それと」
「何だ」
「○○とお話しする時、もう少し短く説明してあげてもいいんじゃないかしら?」
「必要な情報を省略する理由がない」
「そう」
テレジアは楽しそうに笑う。
「なら、そのうち慣れてもらうしかないわね」
「何にだ」
「あなたに」
「…………」
そう言い残して。
今度こそテレジアは部屋を出ていった。
私は閉じた扉を見る。
「…………」
○○。
まだ信用するには早い。
だが。
少なくとも。
彼が戻ってきたことで――
テレジアに何らかの変化が生じていることだけは。
間違いなさそうだった。
――――――――――――――――――――
翌日。
僕はバベルに入って初めての任務へ向かうことになる。
この時の僕は。
まだ知らなかった。
自分がこの組織で。
想像していたよりずっと長い時間を過ごすことになるなんて。
そして。
この場所で出会った人たちが。
いつか僕にとって。
もう一つの家族みたいな存在になっていくことを。