帰ってきたら幼馴染が魔王になっていた件 作:殿下に脳焼かれたい
みなさん本当にありがとうございます!
1068年、秋。
長い時間が経ったが、僕の生活はそこまで大きく変わっていない。
朝起きて。
バベルの仕事をして。
時々任務に出て。
ケルシーに怒られて。
テレジアに笑われる。
そんな毎日を過ごしていた。
ただ。
僕たちを取り巻く状況だけは、少しずつ変わっていた。
「これで最後か?」
「ああ。そっちに置いてくれ」
「分かった」
僕は抱えていた箱を地面へ下ろす。
中身は医薬品。
少し離れた場所では、バベルの人たちが負傷者の治療を続けている。
少し前まで。
カズデルは滅亡してもおかしくない状況にあった。
敵に追われ。
生き延びるため、都市ごと天災へ突入する。
そんな無茶をした。
結果として僕たちは生き残った。
だけど当然、何の犠牲もなかったわけじゃない。
「……ひどいな」
周囲を見渡す。
負傷者。
崩れた建物。
家族を探している人。
生き残れたことを喜ぶには、少しばかり代償が大きすぎた。
「○○」
「ん?」
後ろから呼ばれる。
振り返ると、ケルシーが立っていた。
「手が空いたなら、次は向こうを手伝え」
「あっち?」
「ああ。軽傷者の中にも鉱石病の症状が悪化している者がいる。医療班だけでは手が足りない」
「僕、医者じゃないんだけど」
「患者を運ぶ程度ならできるだろう」
「まあ、それはできるけど」
結局体力仕事じゃないか。
そんなことを思いながらも、言われた方向へ歩き出す。
「○○」
「今度は何?」
「無茶はするな」
思わず足を止める。
振り返ると、ケルシーはもう別の負傷者へ向かっていた。
「……」
昔なら。
同じ言葉を言われても、ただ注意されただけだと思っていた。
今は少し違う。
三十年以上。
一緒に働いていれば、さすがに分かる。
あれは多分。
ケルシーなりに心配している。
「素直じゃないなぁ……」
聞かれたら怒られそうなので、小声で呟いておく。
その時。
少し離れた場所がざわついた。
「ん?」
何人かのサルカズが道を開けている。
その先から歩いてきたのは。
「テレジア?」
そして。
その隣にはテレシス。
二人ともひどく汚れていた。
どうやら前線から戻ってきたばかりらしい。
でも僕の目に止まったのは、二人じゃなかった。
その少し後ろ。
小さな影がある。
「……子供?」
少女だった。
痩せている。
服もボロボロ。
身体のあちこちには傷がある。
それでも。
その目だけは鋭かった。
周囲を警戒するように、ずっと視線を動かしている。
右手には、小さな石のナイフ。
明らかに。
普通の子供がする顔じゃない。
「テレジア」
僕が近づくと、少女の身体がわずかに動いた。
握っているナイフに力が入る。
それを見て、僕は足を止めた。
近づかない方が良さそうだ。
「おかえり」
「ただいま、○○」
テレジアは疲れているはずなのに、いつもと変わらない笑みを浮かべる。
「その子は?」
僕が少女を見る。
少女もこちらを見ている。
睨んでいると言った方が正しいかもしれない。
「途中で出会ったの」
テレジアが少女を見る。
「この子はアスカロン」
「アスカロン?」
聞き慣れない名前だ。
するとテレシスが口を開いた。
「私が名を与えた」
「お前が?」
「何か問題があるか?」
「いや……」
僕はもう一度少女を見る。
アスカロン。
本人は僕たちの会話を理解しているのか分からない。
ただ。
テレシスの近くにいる時だけは、少し警戒が薄い気がした。
「怪我してるじゃないか」
「治療はしたわ」
テレジアが答える。
「手の傷も綺麗にしたのだけれど……まだ痛むでしょうね」
「……」
アスカロンが傷のある手を隠すように身体へ寄せる。
その動きだけで。
この子が今までどんな場所で生きてきたのか、少し想像できた。
誰かに傷を見せることすら怖い。
そんな生活だったのかもしれない。
「これからどうするんだ?」
僕が聞くと。
テレジアとテレシスが一瞬だけ顔を見合わせる。
「ここで面倒を見るわ」
「ここで?」
「ええ」
まあ。
テレジアならそうすると思った。
「分かった」
僕がそう答えた瞬間。
テレジアが少し驚いたように僕を見る。
「何?」
「もっと何か言うと思っていたの」
「何を?」
「また子供を連れてきたのか、とか」
「僕をなんだと思ってるんだよ」
「ふふっ」
テレジアが笑う。
その横でテレシスが小さく息を吐いた。
「相変わらずだな、お前たちは」
「何が?」
「……いや」
何だよ。
気になるじゃないか。
そんな話をしている間も。
アスカロンはずっと僕を見ている。
目が合う。
「……」
「……」
僕が少し笑ってみる。
アスカロンの手がナイフへ伸びた。
「怖がられた!?」
「当然だ」
テレシスが即答する。
「なんで!?」
「初対面の男が急に笑いかけてきたんだ。警戒しない方がおかしい」
「言い方!」
テレジアが口元に手を当てて笑っている。
「テレジアも笑うなよ!」
「ごめんなさい」
絶対反省してない。
僕はもう一度アスカロンを見る。
さっきよりさらに警戒されている気がする。
「……まあいいか」
無理に仲良くなる必要もない。
時間はある。
そう思って。
僕はケルシーに言われた仕事へ戻ることにした。
――――――――――――――――――――――――――――――
その日の夕方。
ようやく負傷者の搬送が一段落した。
「疲れた……」
壁に背中を預ける。
朝からずっと動きっぱなしだ。
さすがに少し休みたい。
「……」
視線を感じる。
「ん?」
少し離れた場所。
建物の陰から。
誰かがこちらを見ている。
「……アスカロン?」
少女がいた。
物陰から半分だけ顔を出している。
僕と目が合った瞬間。
さっと隠れた。
「……」
何なんだ?
僕はしばらく待つ。
少しすると。
また顔が出てきた。
目が合う。
また隠れる。
「……」
どうしよう。
これ。
僕から近づいたら多分逃げるよな。
それどころか刺されるかもしれない。
僕は考える。
そして。
手元を見る。
さっきバベルの人からもらったパンがある。
夕食までまだ時間があるから、と渡されたものだ。
「……」
僕はパンを見る。
物陰を見る。
もう一度パンを見る。
「食べる?」
返事はない。
まあ。
そうだよな。
「ここ置いとくから」
僕はパンを地面へ置く。
それから数歩離れ、その場に座った。
アスカロンの方は見ない。
ただぼんやり空を見る。
夕暮れ。
遠くではまだ復旧作業が続いている。
金属を叩く音。
誰かを呼ぶ声。
泣いている声も聞こえる。
それでも。
都市はまだ動いていた。
生きている。
「……」
小さな音。
僕は振り向かない。
足音。
ゆっくり。
ゆっくり近づいてくる。
そして。
止まる。
しばらくして。
また足音。
今度は遠ざかっていく。
横目で見る。
パンがなくなっていた。
「……食べたな」
少し笑ってしまう。
すると。
「……」
少し離れた場所で。
アスカロンがパンを持ってこちらを見ていた。
「……」
「取らないよ」
僕がそう言うと。
警戒しながらも。
アスカロンはパンを一口かじった。
どうやら相当お腹が空いていたらしい。
二口。
三口。
あっという間に食べていく。
「ゆっくり食べた方がいいぞ」
「……」
聞いているのかは分からない。
でも食べる速さは少しだけ遅くなった。
「水もいる?」
僕は近くに置いていた水筒を持ち上げる。
アスカロンの動きが止まる。
「……」
近づいてくる気配はない。
仕方ない。
僕は水筒も地面へ置いて離れる。
また少し待つ。
今度はさっきより早かった。
アスカロンが近づき、水筒を手に取る。
「……」
少し飲む。
それから。
僕を見る。
「美味しい?」
「……」
返事なし。
難しいな。
「まあ、喋りたくないならいいけど」
無理に会話する必要もない。
僕も昔。
知らない場所で、知らない人間に囲まれたことが何度もある。
そんな時。
一番嫌だったのは、距離を詰められることだった。
だから。
今はこれでいい。
「好きなだけ飲んでいいぞ」
僕はそう言って、また空を見る。
しばらく。
何も話さなかった。
それでも。
アスカロンは逃げなかった。
――――――――――――――――――――――――――――――
どれくらいそうしていただろう。
「ここにいたのね」
声が聞こえる。
「テレジア」
振り返る。
テレジアがこちらへ歩いてくる。
すると。
アスカロンの身体が一瞬固くなった。
でも。
逃げない。
昼間より少しだけ警戒が薄い。
「探したわ」
「僕を?」
「二人とも」
「二人?」
テレジアが僕の隣を見る。
アスカロンがいる。
「ああ」
テレジアは僕たちを見て微笑む。
「仲良くなったのね」
「なってないよ」
即答する。
「パンと水渡しただけ」
「それでも十分よ」
「そうか?」
「ええ」
テレジアはアスカロンへ視線を向ける。
「この子が知らない人の近くでこんなに長く過ごすのは珍しいもの」
「……」
僕はアスカロンを見る。
目が合った。
今回はナイフに手を伸ばされなかった。
「……ちょっとは信用された?」
アスカロンは答えない。
代わりに。
僕が渡した水筒をこちらへ差し出してきた。
「返してくれるの?」
小さく頷く。
受け取る。
「ありがとう」
「……」
アスカロンはじっと僕を見る。
その後。
小さな声で何かを言った。
「……た」
「ん?」
聞こえなかった。
「もう一回言って」
「……」
黙ってしまった。
「○○」
テレジアに呼ばれる。
「何?」
「無理に聞かなくてもいいでしょう?」
「気になるじゃん」
「そのうち、たくさん話してくれるようになるわ」
「本当かなぁ……」
今の様子を見る限り。
そんな未来が全然想像できない。
「あなた、意外と子供には優しいのね」
テレジアが笑う。
「意外って何だよ」
「だって、昔は自分が面倒を見られる側だったでしょう?」
「いつの話だよ!」
「百年以上前かしら?」
「古すぎる!」
テレジアが楽しそうに笑う。
アスカロンは僕たちを交互に見ている。
意味が分からない。
そんな顔だった。
「……」
でも。
ほんの少し。
さっきより表情が柔らかく見えた気がした。
――――――――――――――――――――――――――――――
夜。
アスカロンはテレジアたちが用意した部屋で休むことになった。
……はずだった。
「寝てないな」
部屋を覗く。
アスカロンは壁際に座っていた。
布団は用意されている。
でも入ろうとしない。
石のナイフを握ったまま。
目を閉じようともしない。
「……」
知らない場所。
知らない人。
そんな中で無防備に眠れるわけがないか。
僕は部屋へ入らず。
入口に持ってきた毛布だけ置いた。
「寒くなったら使って」
返事はない。
「おやすみ」
僕はそのまま立ち去る。
廊下を歩いていると。
少し先に人影があった。
「テレシス?」
「……」
壁に背中を預けたテレシスが立っている。
どうやら僕より前からあそこにいたらしい。
「見てたのか?」
「ああ」
「声掛ければよかったのに」
「必要ない」
相変わらず愛想がない。
「彼女は強くなる」
突然。
テレシスが言った。
「アスカロン?」
「ああ」
「まだ子供だぞ」
「だからだ」
僕は眉をひそめる。
「この土地で生き残るためには、力が必要だ」
「……」
「私が教える」
テレシスはそう言い切った。
多分。
剣を。
戦い方を。
生き残る方法を。
「早すぎないか?」
僕が言うと。
テレシスはこちらを見る。
「お前も見ただろう。あの少女がどこで、どう生きてきたかを」
「……」
何も言えない。
「我々が教えなくとも、彼女は戦うことを覚える。ならば正しく教えるべきだ」
テレシスは一度、アスカロンの部屋を見る。
「何を斬るのかを選べるようにな」
「……」
昔から。
テレシスはこういう奴だった。
厳しい。
時々冷たく見える。
でも。
何も考えていないわけじゃない。
むしろ。
考えすぎるくらい考えている。
「ほどほどにしてやれよ」
「それは本人次第だ」
「お前に言ってるんだよ」
「分かっている」
本当か?
僕が疑っていると。
テレシスが歩き出す。
「○○」
「何?」
「お前も時々相手をしてやれ」
「僕が?」
「ああ」
「なんで」
「懐かれている」
「どこを見たらそうなるんだよ!?」
昼間ほとんど会話すらしてないんだけど。
でも。
テレシスは答えず、そのまま去っていった。
「……」
僕はもう一度、アスカロンの部屋を見る。
扉の向こう。
静かだ。
「懐かれてる……?」
そんなわけないだろ。
今日会ったばかりだぞ。
僕は首を傾げながら自分の部屋へ戻った。
この時の僕は知らなかった。
今日出会った小さな少女が。
これから長い時間を一緒に過ごすことになることも。
いつか。
僕が守る相手ではなく。
僕の背中を預けられる相手になることも。
まだ。
何も知らなかった。
年代があっているか不安です……