ハズレ職【長老】、最弱なのでまともには戦いません ~年金とゲートボールで格上をハメる俺と、残念な最強勇者~ 作:冷凍シャケ
レスリア王国――王城。
異世界より召喚された五人の高校生を前に、鑑定晶が淡く光った。
浮かび上がった文字は――。
【長老】
「誰がジジイだああああああああああああ!!」
黒咲虎太郎は叫んだ。
黒髪に眼鏡。口の悪さには少々難がある高校三年生、18歳。
彼がこの物語の主人公である。
そして現在、突然異世界へ転送され――十八歳という若さで、老後が始まった。
「おお! 黒咲君!」
「何がおお! だ!」
隣で、一人の青年が目を輝かせていた。
「異世界に来て早々、長老というRPGの案内役に就くとは。流石は僕の相棒だね。道案内よろしく頼むよ」
「誰が案内役だ!」
爽やかな笑顔の彼は、白神虎太郎。黒咲の同級生にして、もう一人の主人公である。
「僕は勇者だからね」
白神の鑑定結果は――。
【勇者】
クラス【アトラス】。
この世界でも伝説として語られる最高位のクラスだった。
「勇者が町へ着いたら、次の目的地を教えるのが長老だろう?」
「だから俺は地図じゃねえええ!!」
「では薬草を渡す役?」
「偏見がすげえな!」
そのやり取りに、「ぷっ」と笑い声が漏れた。
同じく召喚された三人の高校生たちだ。
「え? 長老?」
「しかも最低クラスの5でしょ?」
「私、クラス2でよかったぁ」
「知り合いは最高クラスの勇者なのにな。かわいそ」
「長老のスキルって何?」
「雑学?」
「腰痛じゃね?」
三人が吹き出す。
「おい! 聞こえてんだよクソガキども!」
黒咲が青筋を浮かべた。
「ジジイが全員腰痛持ちだと思うなよ! ヘルニアにしてやろうかっ!」
「発想がジジイじゃん!」
「誰がだ!!」
笑い声が広がる。
そんな中。
白神が何やら考え込むように顎へ手を添えた。
「しかし黒咲君」
「あ?」
「僕には分かるよ」
「何が」
白神は静かに黒咲を見る。
妙に真剣な顔だった。
「ここからの流れだ」
「……流れ?」
「ああ」
白神が眼鏡も掛けていないのに、眼鏡を押し上げるような仕草をする。
「君はまず――ここで追放される」
「勝手に追放すんな」
「最低クラス。非戦闘職。周囲からの嘲笑。完璧な布石だ」
「何の布石だよ」
白神は構わず続ける。
「王城を追い出された君は、失意の中で森へ向かう」
「行かねえよ」
「そこで偶然、瀕死の少女を助ける」
「誰だよ」
「急遽用意されたヒロインだ」
「言い方!」
「髪色は銀。恐らく耳も尖っている」
「偏見がすごい!」
「そして少女を助けた瞬間――君の真の能力が覚醒する」
白神が片手を広げた。
「長老の真の力――」
妙な間。
「《万物理解》」
「それっぽい名前つけんな」
「見ただけであらゆるスキルを習得し、触れただけでレベル上限を突破。ついでに料理も上手くなる」
「最後だけ急に生活スキルだな!」
「その後、君は適当に作った料理を少女へ振る舞う」
『こんな美味しいもの、生まれて初めて……!』
白神が裏声で言った。
「やめろ!」
「そして好感度が上がる」
「何のゲームだ!」
「さらに君は強スキルを利用して次々と女性を救出」
白神が指を折り始める。
「獣人」
「増やすな」
「エルフ」
「増やすなって」
「没落令嬢」
「おい」
「魔王の娘」
「話がデカくなってんぞ!」
「最終的に全員から好意を寄せられる」
「なんでだよ!」
「しかし君は恋愛には恐ろしく鈍感だ」
白神が黒咲の真似をする。
『え? なんでこいつ顔赤いんだ? 熱でもあるのか?』
「誰がそんなテンプレ主人公だ!」
「そして力を手にした君は徐々に調子へ乗り――」
白神が前髪を押さえ、低い声を出した。
『……俺に構うな』
「やめろ」
『俺といると……お前まで不幸になる』
「やめろっつってんだろ!」
『俺はもう……昔の俺じゃない』
「ぶっ飛ばすぞ!」
白神が元の爽やかな顔へ戻る。
「こうして君は、恋愛には鈍感だが戦闘では無双する、作者の欲望を一身に背負った最強主人公として――」
「言い方を考えろ!」
「数々のオ○リストたちを倒していくことになる」
「伏せても最低だよ!」
三人の高校生たちが腹を抱え始める。
白神は腕を組んだ。
「あるいは――」
「まだあるのかよ!」
「君は牧場主になる」
「急カーブすぎるだろ!」
黒咲が思わず振り返った。
「なんで今の話から牧場経営に行くんだよ!」
「追放された主人公には二種類ある」
白神が人差し指を立てる。
「無双するか」
中指を立てる。
「農業するかだ」
「異世界物への解像度が雑すぎる!」
「君は山奥へ移住し、小さな畑を耕す」
「なんでだよ」
「すると何故か育てた野菜が全部伝説級になる」
「怖えよその畑」
「普通の大根が聖剣より硬い」
「食えねえだろ!」
「トマトには完全回復効果」
「医療崩壊するぞ!」
「鶏の卵を食べると寿命が三百年延びる」
「養鶏場が国家戦略施設になるわ!」
白神は満足げに頷いた。
「こうして君は『静かに暮らしたいだけなんだが?』と言いながら国家経済を破壊していく」
「全然静かに暮らせてねえ!」
「そして何故か庭先にドラゴンが住み着く」
「もういい!」
黒咲は額を押さえた。
「お前、自分の心配しろよ! 勇者なんだろ!」
「僕かい?」
白神が自分を指差す。
「ああ。最高クラス引いてんだから、どう考えてもお前の方が主人公っぽいだろ」
「なるほど」
白神は目を閉じた。
「僕の場合は――」
◇
春。
レスリア王国――王立訓練学院。
桜のような花びらが舞う中。
白神は一人、校門の前に立っていた。
『今日から僕も、王国専属トレーナーか』
どこからともなく軽快な音楽が流れる。
――王国より与えられた使命。
それは。
個性豊かな美少女トレーニーたちを、一流の戦士へ育て上げること。
そして時に。
彼女たちの心を攻略することだった。
『遅い! 新人のくせに私を待たせるなんて最低ね!』
腕を組んでそっぽを向く、ツンデレ系トレーニー。
『…………』
こちらを一瞥しただけで立ち去る、寡黙系トレーニー。
『え、マジ? アンタがウチの担当? ウケるんだけど』
距離感が異常に近い、ギャル系トレーニー。
そして。
『そのプロテイン、動物性ですね』
「……え?」
『私は飲みません』
信念がやたら強い、ヴィーガン系トレーニー。
『いや、これは君用では――』
『シェイカーも共有したくありません』
『厳しいね』
選択肢が浮かぶ。
【1 謝る】
【2 植物性プロテインを用意する】
【3 なぜ筋肉に思想を持ち込むのか三時間議論する】
白神は迷わず3を選んだ。
『素晴らしい。ではまず栄養学の定義から話そう』
『最悪の選択肢を踏みましたね』
――これは。
一人の勇者と。
個性豊かすぎるトレーニーたちが織りなす。
愛と。
友情と。
筋肉の物語。
『白神さん! 今日は私のトレーニングですよね!?』
『抜け駆け禁止』
『ねえトレーナー、今日ウチと脚トレしない?』
『そのメニューに動物性食品は含まれますか?』
四方から迫る美少女たち。
白神は額に汗を浮かべる。
『僕は……』
拳を握る。
『彼女たちを攻略できるのだろうか』
――《勇者トレーナー ~君と育てる世界最強~》
今冬発売予定。
◇
「なんのゲームだよ!!」
黒咲のツッコミで現実に戻った。
白神が目を開ける。
「どうだい?」
「どうもこうもあるか!」
「僕としてはかなり可能性が高いと思う」
「何を根拠に!?」
「勇者だからね」
「勇者への信頼が歪んでんだよ!」
「ちなみに僕は寡黙系を攻略したい」
「聞いてねえ!」
「会話量が少なくて済みそうだ」
「恋愛を効率で考えるな!」
そんな騒ぎを、玉座の国王は冷静に眺めていた。
「陛下。彼らの扱いはいかがいたしましょう」
重臣に問われ、王は五人を見る。
【剣聖】――クラス1。
【魔術師】――クラス2。
【アーチャー】――クラス3。
そして【勇者】――クラス【アトラス】。
「素晴らしい」
満足げに頷いた王は、最後に黒咲を見る。
【長老】――クラス5。
「あの者については、保護という形でよい」
「よろしいので?」
「戦闘職ですらない。ましてクラス5ではな」
それだけだった。
王の興味は、あっさり黒咲から外れた。
その時、王の声が響いた。
「異世界より招かれし者たちよ」
レスリア王国では近年、魔物の異常進化が急増している。
下級魔物が突如上位種へ変異し、村や街道に被害が広がり、王国軍も対応に追われているという。
そこで王国は、かつて世界を救った『七賢者』にならい、異世界召喚術を再現した。
「故に――剣聖、魔術師、アーチャー。そして勇者シラカミ殿」
王の声が強くなる。
「どうか、その力を我が国のために貸していただきたい」
白神が首を傾げた。
「黒咲君は?」
王が一瞬黙る。
その前に剣聖の少年が笑った。
「いや、長老に世界救うのは無理だろ」
「確かに。普通に生活するだけでも大変そう」
「杖も武器じゃなくて歩くために必要なんじゃない?」
「クラス5だもんな」
笑い声。
だが黒咲は何も言わなかった。
聞こえている。
けれど、まるで興味がないように眼鏡を直しただけだった。
「ま、職業ガチャ外れた俺が悪いとも言えるからな。戦わなくて済むなら別にいいよ」
そして王を見る。
「とりあえず、俺だけ家に返してくれない? その方がそっちも都合良いでしょ?」
「…………」
返事がない。
重臣たちが視線を交わし、王も僅かに目を逸らした。
黒咲の目が細くなる。
「……え? もしかしてさ」
広間が静まった。
「帰る方法、知らないで呼んだの?」
「現在、帰還の術については研究を――」
「知らないんだ?」
「いずれ必ず――」
「いやいや。帰す方法知らないで呼んだの?」
「我が国はそれほどまでに危機的な状況にある!」
「だから?」
黒咲は不思議そうに王を見る。
「帰せるか分からない高校生を勝手に連れてきていいって?」
「異世界より現れた英雄は古くより――」
「俺ら、その英雄じゃないんだけど。ただの高校生だよ」
黒咲が遮る。
「召喚されるって同意してない。帰る方法もない。それで、お前らの国のために命張って戦えって?」
首を傾げる。
「随分、都合のいい話じゃない?」
「黒咲君」
白神が声を掛ける。
「一応、相手は国王だよ。言葉は選んだ方がいい」
「ああ、そっか」
黒咲は姿勢を正した。
「帰還手段すら確保せず、異世界より未成年者を拉致されたという認識で間違いございませんでしょうか?」
「悪化しているよ、黒咲君」
「敬語にはなっただろ」
「敬語なら何を言ってもいいわけではないよ」
「無礼者!」
重臣が立ち上がる。
「陛下に向かって――」
「うるさいな。今、大事な話してんだけど」
「貴様!」
「俺らを呼ぶ計画を止めなかった側でしょ?」
「それは国を守るために――」
「俺には関係ない」
黒咲は静かに言った。
「ここ、お前らの国でしょ。俺、日本人だし」
広間が静まる。
「そっちが困ってることと、俺らが人生丸ごと奪われていいことは別問題だよ」
「まあいいや」
黒咲は踵を返した。
「ここに帰る方法がないなら、他で探す」
「待て! この世界について何も知らぬのだぞ!」
「だから調べるんだろ」
「我が国の保護なしに、どうやって生きる!」
「それも考えるよ」
「まして貴様はクラス5――」
黒咲が振り返る。
怒りも、傷ついた様子もない。
「ああ。だから何?」
「……何?」
「弱いなら弱いなりに、生きる方法考えるよ」
扉の前で、騎士が反射的に剣へ手を伸ばした。
黒咲の視線が、その手から肩、腰、足へ流れる。
「やめときな」
「……何?」
「それ抜く前に、俺に取られるよ」
騎士の指が止まった。
クラス5。戦闘職ですらない【長老】。
なのに何故か、騎士は剣を抜けなかった。
その様子を白神だけが静かに見ていた。
黒咲は扉へ手を掛け、三人の高校生を振り返る。
「あんたらも、一応気を付けな」
「……え?」
「良い職業引いて英雄気分になって、この世界で良いように使われたいならそうすればいい」
一度、王を見る。
「でも、帰りたいなら自分で情報集めた方がいいよ。こいつらが本気で帰還方法を探してくれる保証なんかないだろ」
そして黒咲は、一人で王城を出ていった。
重い扉が閉じる。
「……身の程を知らぬ若造め」
王が吐き捨てる。
「陛下」
白神が口を開いた。
「では、僕も失礼するよ」
「……は?」
白神は黒咲が消えた扉へ歩き出す。
「お待ちください! シラカミ殿までどちらへ!?」
「黒咲君のところへ」
「何故です! 貴殿は勇者、それもアトラスなのですぞ!」
「彼は僕の相棒だからね」
白神は足を止めた。
「それと一つ。僕たちを帰す方法を、君たちは本当に探すつもりなのか」
誰も答えなかった。
「なるほど」
「シラカミ殿! 我が国は最高の待遇を用意する! 住居も金も、望む物は――」
「ありがたい話だね。でも、それは僕が残る理由にはならない」
白神は微笑み、扉へ向かう。
「それでは」
今度こそ、王城を出ていった。
◇
「陛下、よろしいのですか!? あの勇者はアトラス。この国の重要な戦力になり得ます!」
王は閉じた扉を睨んだ。
「いや、よい。無理に止めた時に何をするか分からん。今は異常個体の討伐が先だ」
「ですが……」
「アトラスといえど所詮は異世界の学生。戦闘経験もない」
王の口元が歪む。
「金も土地勘も身分もない。ましてや、あの使えぬクラス5まで守るというなら尚更だ」
やがて理解する。
この世界では、自分たちの保護なしには生きられないと。
「泣きついてきた頃に、良いように使ってやればよい」
王は小さく笑った。
「帰還など……出来るものか」
◇
王城の外。
黒咲は石造りの城壁にもたれ、見知らぬ街を眺めていた。
しばらくして、背後で城門が開く。
「いやはや。随分と大事になってしまったね」
聞き慣れた声。
白神の足音が近づき、隣で止まる。
「黒咲君」
「遅い」
白神が目を瞬いた。
「待っていたのかい?」
「別に。来ると思ってただけ」
黒咲は壁から背を離した。
「お前があそこで素直に勇者様やるわけないだろ」
「なるほど。流石は僕の相棒だね」
「誰が相棒だ」
「先ほど否定しなかったじゃないか」
「うるせえ」
二人が並ぶ。
その先には、何一つ知らない異世界が広がっていた。
「で、これからどうするよ。勇者様」
「まずは帰る方法を探す。そのためには情報と資金が必要だね」
「……資金?」
黒咲が止まった。
財布を取り出す。
中身は、日本円。
「白神君」
「なんだい?」
「俺ら、この世界の金、一円も持ってなくね?」
「そうだね」
「家もない」
「ないね」
「仕事」
「ない」
「飯」
「買えないだろうね」
「…………」
黒咲の肩が震える。
「黒咲君?」
「詰んでんじゃねえかああああああああああああ!!」
王都の空へ。
十八歳の長老の絶叫が響き渡った。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます。
今回から始まった最新作です。
他の二作品もまだまだ途中なのですが、書きたいものが増えてしまい、新しく始めてしまいました。
こちらも少しずつ更新していければと思っていますので、楽しんでいただけたら嬉しいです。
感想や評価などもいただけると、とても励みになります。
それでは、次回もよろしくお願いします。