ハズレ職【長老】、最弱なのでまともには戦いません ~年金とゲートボールで格上をハメる俺と、残念な最強勇者~ 作:冷凍シャケ
王都の大通り。
人、人、人。
露店が並び、馬車が行き交い、見たこともない果物や武器が店先に並んでいる。
いかにも異世界らしい光景だった。
黒咲は黒いパーカーのポケットに手を突っ込みながら、周囲を見回す。
「…………」
妙に視線を感じる。
通行人がちらちらこちらを見ている。
まあ、服装が違うから仕方ない。
黒咲はそう思った。
(おかしいな……)
自分の格好を見る。
黒いパーカー。
黒いパンツ。
眼鏡。
この世界では珍しい服装だろうが、そこまで奇抜でもない。
問題は隣だ。
(コイツは……)
白神を見る。
(コイツは……)
「目立っているようだね、黒咲君」
白神はどこか誇らしげだった。
「僕の筋肉が喜んでいるよ」
「…………」
「やはり鍛え上げられた肉体は、世界が変わっても注目されるものらしい」
「……いや」
「うん?」
黒咲はついに我慢できなくなった。
「お前の格好だよ目立ってんの!!」
「む?」
「というか――」
黒咲が指差す。
「尻にトイレくっついて来てんじゃねぇかよ!!」
「ああ」
白神が後ろを見る。
「これのことかい?」
「なんで冷静なんだお前は……!」
白神の腰。
正確には尻の辺り。
白い便座が、見事なまでにくっついていた。
「てか、いつからだよ! 城ん中じゃ普通だったよな!?」
「転送される直前からだね」
「は?」
「僕はトイレをしていてね」
「初手から聞きたくねぇ情報だな」
「妙な光に吸い込まれそうになった時、咄嗟に便器を掴んだんだよ」
「なんで!?」
「人間、未知の現象に遭遇すると身近な物へ縋るものだろう?」
「もっと他にあっただろ!」
「そうしたら――」
白神は平然と言う。
「便器ごと転送されてしまってね」
「いやどういうことおおおおおお!!」
黒咲の叫びが大通りに響いた。
人々がさらにこちらを見る。
「目を開けたら全く違う世界に来ていてね。どうやら僕が一番最初だったようだ」
「待て待て待て」
「王様も僕のハムストリングに驚いていたよ」
「違うものに驚いてんだよ!」
「王女からも黄色い歓声が聞こえた」
「黄ばんだ悲鳴の間違いだよ!!」
黒咲は頭を抱える。
「ち○こ丸出しで便器くっつけた勇者が魔法陣から出てきたら誰でも叫ぶわ!」
「なかなか印象的な登場だったと思うよ」
「歴史書から消されるタイプの登場だよ!」
「ちなみに城では魔術師の方に、一時的に便器を見えなくしてもらっていた」
「隠さなくていいから外す魔法かけてもらえよバカ!!」
「なるほど」
「今気付いたみたいな顔すんな!」
◇ ◇ ◇
二人は人目につかない路地裏へ移動した。
「じゃあ抜くぞ」
「頼むよ、黒咲君」
「なんで俺が友達の尻から便器引っこ抜かなきゃなんねえんだよ……」
黒咲は便座を掴む。
「せーの」
「うん」
「ふんっ!」
抜けない。
「硬ぇ!」
「かなり強固に固定されているね」
「冷静に分析すんな!」
「僕も力を入れよう」
「お前は前に進め!」
「分かった」
白神が壁に手をつく。
黒咲が後ろから便器を引っ張る。
傍から見れば、完全に地獄だった。
そこへ。
「お母さん」
「ん?」
「あの人たち何してるの~?」
幼い少女がこちらを指差した。
母親の顔が引きつる。
「見ちゃダメよ!」
「お尻挟まってるの~?」
「違うからな!?」
黒咲が叫ぶ。
「事故だから! これ事故!」
「黒咲君、説明すると余計怪しくなるよ」
「お前のせいだよ!!」
数分後。
スポンッ!
「うおっ!」
ようやく便器が外れた。
黒咲は勢い余って尻餅をつく。
「……はぁ……はぁ……」
「ありがとう黒咲君」
「二度とやらねぇ」
「では収納しておこう」
「……収納?」
白神が便器に触れる。
次の瞬間。
便器が消えた。
「…………」
黒咲が固まった。
「今どこやった?」
「バックパックだよ」
「バックパック?」
「黒咲君にもあるはずだ」
「いや、リュックなんか持ってないけど」
「物理的なものではないようだよ」
白神が指を動かす。
空中に半透明のウィンドウが現れた。
【BACKPACK】
「アイテム収納機能だね」
「……異世界、急に便利になったな」
「容量もかなりあるようだ」
「そこにトイレ入れたの?」
「うん」
「食品と一緒に入れるなよ」
「カテゴリー分けされているから問題ないだろう」
「衛生観念の問題なんだよ」
黒咲も試す。
「バックパック」
ポン。
画面が出た。
「……マジである」
その横に別の項目。
【SHOP】
「ショップ?」
開く。
飲料水。
菓子。
衣類。
工具。
日用品。
見慣れた現代の商品がずらりと並んでいる。
「おお……」
「便利そうだね」
「これ日本の物じゃん」
そして画面上部。
【所持金:15,000円】
「…………」
黒咲の顔が険しくなる。
「増えてる」
「どうしたんだい?」
「俺、こんな金持ってなかった」
通知履歴を見る。
【スキル:年金給付が発動しました】
【15,000円を受給しました】
「…………」
黒咲は天を仰いだ。
「もう年金来た」
「素晴らしいね」
「複雑なんだよ!」
「収入源が確保できた」
「ねぇ、これショップ用にしか使えない?」
「通貨表記が円だからね。おそらくそうだろう」
「ハァ……」
黒咲が項垂れる。
「せめて共通通貨にしてほしいよ」
「だが黒咲君」
「何」
「これで飢え死にする心配は無くなった」
「ここに暮らしに来たんじゃないんだよ俺たちは」
黒咲はショップ画面を閉じる。
「帰るためにはこの世界のこと調べなきゃいけないだろ?」
「そうだね」
「そのためには宿も必要。移動費も必要。情報買うにも金がいる」
「つまり活動資金が必要ということだね」
「そういうこと」
黒咲は大通りへ戻る。
「ギルド探すぞ」
◇ ◇ ◇
冒険者ギルドはすぐに見つかった。
巨大な木造建築。
中では武器を背負った冒険者たちが酒を飲み、依頼掲示板の前には多くの人間が集まっている。
「おお」
白神が目を輝かせる。
「想像通りだね」
「テンション上げすぎ」
二人は受付へ向かった。
「冒険者登録ですか?」
若い受付嬢が笑顔を向ける。
「そう」
黒咲が答える。
「できればパーティーも作りたいんだけど」
「でしたら、三名以上必要になります」
「…………」
黒咲が白神を見る。
白神が黒咲を見る。
「二人じゃ無理?」
「申し訳ありません。規定で最低三名からとなっております」
「あ」
黒咲が指を鳴らす。
「コイツ分身出来るんで大丈夫です」
「出来ないよ」
「出来ろよ勇者」
「努力してみよう」
「筋トレじゃ増えねぇよ」
白神が受付嬢へ向き直る。
「しかし、三人必要ということなら」
「はい?」
「お嬢さん」
白神が爽やかに微笑んだ。
「君と新たな命を育もうじゃないか」
「…………はい?」
受付嬢が固まる。
黒咲の拳が白神の脇腹へ入った。
「一人で筋肉育んでろセクハラ勇者」
「痛いね、黒咲君」
「当たり前だ」
受付嬢が引きつった笑みを浮かべる。
「え、えっと……クエストを受注する場合も基本的には登録パーティー単位になります」
「じゃあ二人じゃ受けられない?」
「残念ながら」
「めんどくさ……」
「ただし、方法はいくつかあります」
受付嬢が説明する。
「他のパーティーへ一時加入するか、もう一人仲間を増やすか」
「ふむ」
「あるいは依頼を受けず、周辺のモンスターを討伐して素材を持ち込んでいただければ買い取り可能です」
「なるほど」
「初心者パーティーへ一時参加する方法もありますよ。よろしければご紹介できますが」
黒咲は少し考えた。
「他のやつか……」
「嫌かい?」
「正直信用できないからな」
「それは僕も同意見だよ」
白神も即答した。
黒咲は腕を組む。
(帰還のための情報は集めたい)
だが。
(今の俺の能力がどこまで通用するのかも分からない。それで知らない奴と命預け合うのはリスキーすぎる)
下手に弱みを見せるのも嫌だった。
受付嬢が二人を見比べる。
「……もしかして、お二人は転送者の方ですか?」
「分かる?」
「服装が特徴的ですので」
黒咲が白神を見る。
白神は先程の便器が外れ、上は白い普通のTシャツに下は青いジーパンを履いている。
二人とも日本では一般的な服装だが、この世界では少々目立つようだ。
「この国には現在、二十名ほど転送者の方がいらっしゃいます」
「二十?」
黒咲の眉が動く。
「そんなにいるの?」
「はい。ここ数年で召喚術を使用する国が増えまして。他国にもいると思います」
「へぇ……」
「転送者だけで構成されたパーティーもあります。そちらを紹介することもできますが」
「いや」
黒咲は即答した。
「やめておくよ」
「承知しました」
「依頼受けなくても、モンスターの素材とか売って金は作れるんだろ?」
「はい」
「初心者向けの狩り場とかある?」
「でしたら王都東門から出てしばらく進んだ先にある――」
受付嬢が地図を取り出す。
「【ミレア森林】がおすすめです」
「ミレア森林」
「はい。主にスライムやホーンラビットなど、比較的危険度の低い魔物が生息しています」
「よし」
黒咲が地図を見る。
「東ね」
「東です」
「分かった」
「念のため、地図をお持ちになりますか?」
「大丈夫」
黒咲が胸を張る。
「こう見えて方向感覚いいから」
白神も頷く。
「僕も地理把握は得意だよ」
「それは頼もしいですね」
受付嬢は安心したように笑った。
◇ ◇ ◇
1時間後。
王都西側。