ハズレ職【長老】、最弱なのでまともには戦いません ~年金とゲートボールで格上をハメる俺と、残念な最強勇者~ 作:冷凍シャケ
「……はぁ……はぁ……」
木々の隙間。
巨大な大木の陰に、黒咲と白神は身を潜めていた。
二人とも息を殺している。
上空からは――。
バサッ……。
バサッ……。
巨大な翼が空気を叩く音。
例のオークだ。
どうやら二人を見失ったらしく、森の上空を旋回している。
黒咲は木の幹から僅かに顔を出し、空を見上げた。
「…………」
五メートル近い化け物が飛んでいる。
どう考えても異常事態だった。
なのに。
「……あんな巨体が飛んでるのに、だーれも来やしない」
騎士も来ない。
冒険者も来ない。
ついでに、主人公を助けてくれる都合のいい美少女も来ない。
「初見殺しだろ、あれ」
「確かに初心者に対する難易度ではないね」
「しかも、あいつ倒さないと出られなさそうだし……」
上空を見れば、オークは二人を探すように旋回し続けている。
このまま森を抜けようとすれば、すぐに見つかるだろう。
「完全にボスエリアじゃん」
「困ったね」
白神が残念そうに息を吐いた。
「僕のラジエルトが通用しないとは思わなかったよ」
「効く効かない以前の問題だろ」
「残念だ」
そう言いながら――。
白神は何かを握っていた。
「…………」
黒咲が二度見した。
ピンク。
粘性。
ねちょっ。
「…………白神」
「なんだい?」
「お前、いつの間にそれ持ってたんだ」
「これかい?」
「それだよ」
白神の手には。
先ほどラジエルトによって生成された、あの気持ち悪いピンク色の物体が握られていた。
「バックパックへ入れておいたんだよ」
「なんで拾ったんだよ!?」
「自分の能力によって生成された物質だからね。成分を調査する価値があると思って」
「その見た目でよく素手で触れたな君」
「自分から出たものだから問題ないだろう?」
「その言い方やめろ」
黒咲は深いため息を吐いた。
「そんなことより……」
ステータス画面を操作する。
【SHOP】
ショップを開いた。
「なんかねえのか……」
武器。
検索。
【該当商品はありません】
「だろうね」
黒咲は項垂れた。
「日本の日用品ショップで剣とか槍売ってたら、それはそれで怖いよ」
「分かってるよ」
現在購入可能な商品を流し見る。
【水 98円】
【ライター 110円】
【茄子 128円】
【小麦粉 198円】
【冷凍餃子 248円】
【花火 298円】
【釘 398円】
【工具セット 1,980円】
【釘打ち銃 3,980円】
その他。
生活用品。
食料。
工具。
雑貨。
「…………」
「絶望的だね、黒咲君」
「これでどうしろってんだよ……」
「餃子でも食べるかい?」
「ピクニックしに来たんじゃねえよ」
「茄子もあるよ」
「オークに野菜炒め作って懐柔すんの?」
「平和的ではあるね」
「食われんの俺らだわ」
黒咲は画面を閉じる。
そして白神を見る。
「てか、お前ステータス高いんだから普通にアイツ倒せないの?」
「難しいだろうね」
「変態でもなんでもいいから倒してくれよぉ~……」
「随分投げやりだね」
白神は木の幹から空を覗く。
「彼は飛んでいる。僕の拳は届かない」
「そこなんだよな」
「それに」
白神がステータス画面を出した。
【LEVEL:1】
「今の僕の能力値が、あの豚トロ君に対して高いのか判断がつかない」
「豚トロ君って誰だよ」
「彼だよ」
「勝手に美味そうな名前付けんな」
「僕たちはまだレベル1だからね。数値だけを過信するのは危険だと思う」
「……まあ、それはそうか」
黒咲は黙った。
視線を落とす。
【所持金:15,000円】
年金給付。
十八歳にして手にした、謎の老後資金。
「…………」
黒咲は考える。
オークを見る。
ショップを見る。
もう一度オークを見る。
小麦粉。
花火。
ライター。
釘。
釘打ち銃。
そして。
「…………」
白神の手。
ピンク色の粘着物。
「…………」
黒咲の目が細くなった。
「なぁ……白神」
「なんだい?」
「それ」
ピンク色の物体を指差す。
「粘着力、どのくらいある?」
「…………」
白神は握ってみる。
ねちょ。
指を離した。
びよ~~~~ん。
「かなりあるね」
「…………」
黒咲の口元が。
ゆっくり。
上がった。
「白神」
「うん?」
「俺にいい考えがある」
「ほう」
「お前にも手伝ってもらうぞ」
「構わないよ」
黒咲は空を見上げる。
「要は――」
飛び回るオーク。
「アイツに手が届けばいいんだろ?」
「…………」
「ダメージが入るかは賭けだけどな」
白神は笑った。
「博打は好きだよ」
「決まりだな」
◇ ◇ ◇
「ラジエルトいっぱい出せ」
「随分と屈辱的な使われ方だね」
「必殺技として役に立たねえなら接着剤として働け」
「合理的ではあるね」
「だろ?」
白神は腕まくりをした。
「いいだろう」
両手を前に構える。
「はぁぁぁぁぁぁ……!」
「もっと!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「出せ出せ!」
「ラジエルトォォォォ!!」
ニュルルルルルルルルルルル!!
「そうそうそう!」
ボトボトボトボト。
「まだ出るだろ!」
「黒咲君! 言い方を考えてくれたまえ!」
「時間ねえんだよ!」
「はぁぁぁぁぁ!!」
ニュルルルルル!!
「もっと!」
「僕の勇者としての尊厳が著しく損なわれている気がするよ!」
「最初からそんなもんねぇだろ!」
「酷いね!」
森の片隅。
勇者が必死に聖なる必殺技を大量生産し。
長老がそれを器へ集める。
歴代の勇者が見れば泣きそうな光景が完成していた。
◇ ◇ ◇
――数分後。
バサァッ!!
「ブオオオオオオ!!」
「来た!」
オークが二人を発見した。
上空から急降下してくる。
黒咲が木陰から飛び出した。
右手には――。
釘打ち銃。
「よし」
カチャン。
装填する。
そして釘には。
大量のラジエルトが絡みついていた。
「我ながら気持ち悪い弾だな」
「聖なる弾丸と言いたまえ」
「絶対違う」
オークが高度を下げる。
黒咲は逃げない。
「黒咲君」
「分かってる」
眼鏡越しに、その動きを見据える。
速い。
だが――。
(真っ直ぐ来るなら……)
飛行。
羽ばたき。
右。
左。
体重移動。
狙う場所は一つ。
翼。
「……今!」
バシュンッ!!
釘が射出された。
ベチャッ!!
「ブオッ!?」
オークの右翼へ命中。
「当たった!」
「次!」
バシュンッ!
バシュンッ!
バシュンッ!
ベチャ!
ベチャ!
翼。
羽。
関節。
次々とピンク色の粘着物が広がっていく。
「ブオオオオ!?」
翼同士がくっつく。
「うわ」
黒咲自身が少し引いた。
「想像以上にくっつくな」
「聖なる力だからね」
「接着剤として誇るな」
オークが必死に羽ばたく。
だが。
開かない。
巨体が傾く。
「ブオォォォ!?」
そして――。
ズドォォォォォン!!
地面へ墜落した。
「今だ白神!」
「了解したよ!」
白神が飛び出す。
ドンッ!!
地面が爆ぜる。
「速っ!」
勇者の身体能力。
黒咲の視界から一瞬消えた。
白神はバックパックへ手を突っ込む。
「黒咲君!」
「撒けぇぇぇ!!」
「任せたまえ!」
小麦粉。
小麦粉。
小麦粉。
「はぁぁぁぁ!!」
袋を破る。
ボフッ!!
ボフッ!!
ボフッ!!
白い粉が大量に舞い上がった。
「ブオオオオオ!!」
オークが起き上がる。
翼はラジエルトで固められている。
周囲は真っ白。
「離れろ!」
「了解!」
白神が一気に距離を取る。
オークは苛立ったように翼を動かす。
「ブオッ……?」
そこで。
気付いた。
自分の翼。
ピンク色の粘着物。
釘。
その先。
固定されているもの。
花火。
シュゥゥゥゥゥ……。
導火線。
既に。
火がついている。
「…………」
オークが見る。
「…………」
白神も見る。
「…………」
黒咲は眼鏡を押し上げた。
「デカブツゥ……」
ニヤリ。
「粉塵爆発って知ってるか?」
シュゥゥゥゥゥ――。
「ブ……?」
火が走る。
「ブオッ!?」
その瞬間。
白神が両腕を大きく広げた。
「大日本帝国万歳いいいいいいいい!!」
「お前は何と戦ってんだよ!!」
次の瞬間。
ドンッ!!!!
森を爆炎が包んだ。