「一体何モン……って、ガキ!?」
男の顔が歪む。驚愕と怒りが入り混じった表情だった。
俺は一歩前に進む。
「……その辺にしとけよ」
心を落ち着かせながら静かに声を出す。
恐怖を押し殺し、なんとか平静を装う。
「はぁ?いきなり現れて何を言ってやがる。てか、どっから入ってきた?」
「……どうだっていいだろ」
睨み返すと同時に、魔力を指先に集中させる。
だが、その威嚇はかえって逆効果だった。
「生意気なクソガキが!親の教育も知らねぇのか!」
「親……か」
吐き捨てるように呟きながら一歩前に出る。
ここで逃げる選択肢はない。
「……自分の子供を殴り続けて何が楽しいんだ?」
「はぁ?こいつらは俺の所有物だ。どう扱おうと勝手だろうが!」
「はぁ……」
ガン萎えだ。こいつの言葉を聞くだけで反吐が出る。本当にこんな大人が存在するのか?
それとも、これがこの世界の常識なのか?
「にしても、おい。人の家に勝手に侵入してきた挙句、説教垂れてくるとか……随分と調子乗ってんなぁ?」
男はニタリと笑う。だが、もう我慢の限界だった。
俺は右足に魔力を集中させ、鋭い蹴りを放つ。
魔力により加速された蹴りは男の腹部に命中し、鈍い音と共に吹き飛ばした。
「ぐぁっ!?」
壁に叩きつけられた男が悶絶する。正直、自分でも驚くほどの力だった。
この身体の潜在能力は予想以上なのかもしれない。
「……この野郎、いい気になってんじゃねぇ!」
苦痛に顔を歪めながらも男は立ち上がり、短刀を構える。
俺は両手に魔力を集める。目の前の男の殺気に満ちた目と視線が合う。
「うおぉぉ!」
咆哮と共に突進してくる男。その動きは速い。
しかし、すでに俺の周りには魔力で出来た障壁が展開されていた。男の短刀がその障壁に当たった瞬間……。
「なっ……!?」
驚愕の声。まるで硬い鋼鉄に弾かれるように短刀が跳ね返り、男自身もその勢いでバランスを崩す。
「……いい大人がガキ相手にムキになるなよな」
今度は左足に魔力を集中させ、強烈な蹴りを放つ。
魔力による補助を受けた一撃は男の右肩を正確に打ち抜いた。
「があぁっ!?」
悲鳴と共に男が再び吹き飛ぶ。今度は岩壁に叩きつけられ大量の血を吐き出した。
肩から出血し動けなくなった男は苦痛に歪んだ表情で俺を睨みつける。
「……おい、何の権利があってこんなことをしやがる!あれは俺が作った失敗作だ!俺の所有物なんだぞ!」
耳を疑うような言葉。人間をモノ扱いする男の態度。
なんかもう、ここまで来ると逆に冷静になれた。
そして、確信する。
この男は人として最低最悪。救う価値もないゴミ屑だ。
俺は右手に更なる魔力を集める。
風が唸りを上げ始め、辺りの雰囲気が変わる。
「ひっ!?お……おい待て!冗談だろ!?」
急に焦り始める男。今更命乞いか。
「助かりたいのか?なら、さっさと消えろ。そして二度とその二人に関わるな」
一応、最後のチャンスを与えてやる。
男は一瞬考える素振りをみせたが……。
「だ……誰がてめぇなんかの命令を聞くか!俺はあの餓鬼どもの所持者だぞ!どう使おうと俺の勝手だろうが!」
期待した俺が馬鹿だったらしい。こうなったら仕方ない。
「ああ……そうか」
左手を振るい、風の刃を放つ。
不可視の刃は瞬く間に男の四肢を切り刻み……致命傷には至らない程度で止めとく。
まだ生かす理由があったからだ。
「ふぅ……」
恐怖で意識をなくした男を雑に転がし、小さく息をつく。まずは、二人の保護が最優先だ。
振り返ると、そこには呆然と座り込んだまま力なく抱き合う子供達が居た。
少年の方は8歳ぐらいだろうか?少女は今の俺と変わらない5歳ほどに見える。二人はお互いを支え合うようにして涙を流していた。
「……大丈夫か?」
声をかけると、少年は少女を抱きしめる力を強めながら目を鋭く細める。
「だ……誰だ……?」
警戒心と恐怖心が入り混じった瞳。まぁ当然の反応だろう。
「大丈夫だ。危害を加えるつもりはない」
出来る範囲で優しく声を掛ける。
しかし、なかなか信じてくれない。
「嘘だ!大人は皆嘘つきだ!オレ達を騙そうとしても無駄だぞ!」
「いや、歳下だし……」
思わず冷静に返すと、少年は固まった。
「……は?」
「五歳。多分、お前より下だろ」
少年の目が、殴られた男と俺の間を往復する。
完全に理解が追いついていないようだ。無理もない。
「……冗談だろ?」
「信じる信じないは自由だ。ただ、そいつが起きないうちにここから出るぞ。詳しい話はそれからでも遅くない」
男を顎で示すと、二人の肩が同時に縮む。
少女は喉の奥で小さく鳴いた。名前を呼ばれたわけでもないのに、身体が先に覚えている。
「……また、連れていかれるのか」
「違う」
「同じことを、あいつは何回も言った」
短い。だが、中身がある。
この子は、泣かない。少女を抱えたまま、真実を見極めようとしている。
「……何で助けた」
「別に。たまたま近くにいて、見てられなかっただけだ」
「……それだけか?」
「それだけだ」
足りない答えだと、自分でも分かる。
それでも、今以上の説明は持っていない。
少年は歯を食いしばったまま、しばらく黙った。
少女が少年の袖を引く。か細い声で、名前だけが落ちた。
「……お兄ちゃん」
「大丈夫だ、カナデ。……オレがきっと何とかするから」
自分に言い聞かせる口調だった。
八歳の兄が、五歳の妹を守る。
その構図だけは、俺の知っている地獄と似ていた。
「まずは治療、しないと……だろ?」
「……わかった。オレは歩けるから、カナデを……頼む」
「ああ」
少年から妹らしき女の子を受け取る。
軽い。ちゃんと食事を与えてもらえてないのか?少年もふらつきながらも立ち上がる。
「ありがとう……」
小さく礼を言ってきた。その瞳には感謝と僅かな希望が宿っていた。