「見ぃつけた♪」――転生して最強になっても、前世のヤンデレからは逃げられない 作:ゴロスケ
黒龍が咆哮する。その声はゲート内全体を震わせるほどの音量だ。
全身から黒い霧のような魔力が噴き出し、周囲の空気が歪む。
「な、何故……ここの主はさっき倒したはずじゃ……」
「まさか、ゲートの管理不足……!?しかし、これは……」
レックスとデイモンが驚愕の声を上げるが、すぐに状況を把握したらしい。
フレイアも事態の深刻さに気づいたようで、表情が強張る。
その大きさは先ほどの大蛇を遥かに凌ぎ、少なくとも全長20メートルはあるだろう。
ただならぬ威圧感を放っている。
「ちっ……」
思わず舌打ちをする。
こんな怪物、フレイアやカナデたちが戦えるレベルじゃない。
最低でも親父か、それ以外の国王クラスの実力者が複数必要だろう。
「俺がやる。みんなはそこから動かないでくれ」
魔力障壁の中のフレイアたちにそう告げると、同時にシールドの魔力量を増加させる。
もしもの時に備えてだ。
黒龍が動く。
巨大な身体にもかかわらず、動作は極めて俊敏だ。
まるで風のような速度で突進してきた。
「ミナト殿!」
「速い!避けないと!」
デイモンとレックスの悲鳴が聞こえる。
だが、この程度のスピードなら対応可能だ。
俺は自身にも魔力障壁を展開する。
衝突する瞬間、轟音と衝撃が辺りに広がった。
「……一撃か。想像以上だな」
魔力障壁が砕け散る。
しかし、隙が生まれたことで空中へ退避し、間合いを取ることには成功する。
あの超スピード。
大して魔力を使っていないとはいえ、こうもあっさりとシールドを破壊されては、飛び道具で攻めるのは得策ではないだろう。
「いいだろ。接近戦でやってやるさ」
俺は右手に魔力鎌を具現化する。
漆黒の魔力が刃となり、妖しく光を放つ。
次いで、左手に魔力槍を作り出す。
同じく漆黒の槍が完成した。
「元々、こっちの方が好きなスタイルだしな。行くぞ」
魔力を解放すると同時に、俺は身体を高速で前進させる。
黒龍が反応するよりも早く背後を取り、魔力鎌を振るう。
響き渡る雄叫び。
黒龍は受け身を取ることすらできず、その尾を一閃で切り落とされた。
「なんてスピード……まるで見えなかった」
「身体が反応できぬほどの速さとは……信じられません」
魔力障壁越しのありがたい実況。
俺はそのまま追撃に入る。
切り落とした尾が未だ空中にあるうちに、槍を投擲する。
狙いは黒龍の腹部。
魔力槍が的確に突き刺さる。
黒龍は怒りの咆哮を上げながら仰け反る。
だが次の瞬間、信じられないことが起きた。
「嘘……尾が……!?」
フレイアの驚愕の声が聞こえる。
視線の先で、黒龍の切断された尾が瞬く間に再生していく。
そう、まるで時間を巻き戻すかのように、失われた部分が元通りになっていくのだ。
「おいおい……」
黒龍が再び怒りの咆哮を上げる。
先ほどまでの痛みなど、もはや過去のものだとでも言うように。
俺は舌打ちしつつ、再び魔力槍を生成する。
だが、黒龍の動きも素早い。
再生した尾を鞭のように振り回し、反撃を仕掛けてくる。
「ちっ……!」
鋭く伸びる爪と尾が襲いかかる。
俺はそれを魔力槍で受け止めつつ、距離を取る。
魔力の衝突による火花が、周囲に舞い散った。
「……少し、本気を出してやる」
俺は両手を広げ、魔力を凝縮する。
空気が震え、周囲の湿度が急速に上がっていくのが分かる。
水気が蒸発し、俺の周囲に自分でも分かるほど凶々しい、どす黒いオーラが形成された。
「な、何だ……?あの魔力量は……!」
「見たこともない規模です!」
魔力障壁内から、レックスとデイモンの驚愕の声が漏れる。
黒龍も本能で危険を察知したのか、大きく後退しようとする。
だが、もう遅い。
俺の両手に巨大な魔力剣が形成される。
我ながら禍々しい形状だが、威力は折り紙付きだ。
「真っ二つになれよ」
全力の魔力を込め、剣を振り下ろす。
黒龍の巨体を、頭上から股まで一刀両断に切り裂いた。
血飛沫が上がり、巨体が左右に分かれる。
我ながら大した威力だった。
切断面からは鮮血が噴き出し、肉片と共に地面へ崩れ落ちる。
「や……やったの……?」
「そんな……一撃で……?」
フレイアたちが息を呑むのが分かる。
この状態で生きていれば、もはや魔獣ではなく神の領域だろう。
だが──。
「う、嘘でしょ……?」
「まさか……!」
切り裂かれた二つの死骸から、魔力が溢れ出し始めている。
しかも、それは形を成し──なんと、全く同じ姿の黒龍が二体に増えてしまった。
「えぇ……」
さっきの言葉を訂正したい。普通に萎えた。
なんで生きてんだよ。
しかも二体に増えるとかバグだろ。
「いい加減にしろよ!」
思わず再度魔力剣を形成し、横薙ぎに振り抜く。
今度は左右同時に攻撃を仕掛けてきた黒龍を、まとめて両断する。
だが、結果は同じだった。
切断された四つの死骸から、それぞれ魔力が収束し──計四体の黒龍が現れてしまった。
「ミナトくん……これは……!」
「……悪い。失敗した」
思わず頭に血が上りすぎたせいで、思考が鈍ってしまった。
一回目の時点で学習すべきだったと反省する。
どうやら完全に倒すには、細胞そのものを消滅させる必要があるらしい。
黒龍は四方を固め始める。
その漆黒の瞳に宿るのは、もはや怒りではなく明確な殺意。
偶然か否か、四体全てが同じ姿勢を取り始めた。
「あれって……!」
「まさか、ブレス!?」
「しかも四体同時の……!」
フレイアが危惧する。
これは予想外だ。
俺は即座に魔力障壁の範囲を拡大しようとするが──遅かった。
四体の黒龍が同時に巨大な魔力の光を口内へ溜め込み始め、一斉に解き放った。
「危ない!」
「全員、伏せて!」
フレイアの叫びが響く中、俺は魔力障壁を全開にし、そのブレスを受け止める。
轟音と閃光が視界を覆い尽くす。
障壁は耐えるものの、その圧力で俺自身が後方へ吹き飛ばされそうになる。
「……馬鹿力が」
やがてブレスが収まり、視界が晴れてくる。
そこには、何もなかった。
四体の黒龍は消え去っている。
いや、正確には──。
「ミナトくん!上!」
フレイアの警告で上空を見上げる。
なんと、そこには一体の黒龍が浮かんでいた。
しかも、その巨体は先ほどよりも二回りは大きく膨れ上がっている。
「なるほど……分裂した魔力が再結合したわけか」
「そんな……こんなの、どうやって……!」
フレイアが絶望的な声を上げる。
黒龍が再び口内へ魔力を溜め込む。
今度は先ほど以上の魔力量だ。
もはや逃げ場などない。
これから放たれるのは、このゲートそのものが消し飛ぶかもしれない一撃であることは明らかだった。
「どうしますか!?」
「これ以上は……!」
「大丈夫。ミナトならきっと……」
レックスとデイモンが動揺する中、カナデだけは一応信頼してくれているらしい。
ちなみに俺はというと──内心、苦笑していた。
確かに、今の黒龍は厄介だ。魔力総量も俺とほぼ同等。
しかし、問題はそこではない。
重要なのは──それをこいつ自身に気づかせること。
黒龍が魔力ブレスを放つ。
それは天災のような規模と威力だった。
まさに世界中の魔力を凝縮したかのような、破壊の奔流が迫ってくる。
「──自分の力で吹き飛べよ」
俺は小さく呟きながら、両手を広げた。
黒龍の放った魔力ブレスが、俺の掌へ吸収されていく。
凄まじい熱量と圧力が両腕を駆け抜ける。
全身の魔力経路が悲鳴を上げる。
だが、耐える。
そして、次の瞬間──吸収した全てのエネルギーを、そのまま反転させた。
「なっ……!?」
フレイアたちの驚愕の声。
放たれたブレスが逆流するように、黒龍へ襲いかかる。
黒龍はもはや悲鳴すら上げる暇もない。
自らが生み出した破壊の奔流が、そのまま自身の巨体を飲み込んだ。
魔力が体内から爆発し、漆黒の鱗も巨体も、見る見るうちに塵芥と化していく。
肉体だけではない。
再生の核となっていた魔力さえも焼き尽くされ──。
ついに──黒龍は跡形もなく消失した。
「あー……流石に疲れたな」
その場に静寂が戻る。
俺はゆっくりと着地し、魔力障壁を解除した。
「化け物とは思ってたけど……想像以上の化け物ね、あなた……」
フレイアが呆れたように言う。
レックスとデイモンは言葉もなく立ち尽くし、カナデは笑顔のままサムズアップを送ってくる。
俺も一応、サムズアップを返しておいた。
「ひとまず、これで一件落着か。で、何だったんだよ、あれは」
「それは……」
一瞬だが、フレイアの視線が泳いだ気がした。
「……ごめんなさい。分からないわ。あんな怪物、ギルドの資料にも記録がなかったし」
「もしかすると、ギルド内でトラブルになってるのかも?」
フレイアとカナデが推測を述べるが、答えは出ない。
俺自身、黒龍の存在を認識したのは、カナデたちがあの大蛇を討伐した後だった。
まるで──用済みになった兵士を処理するかのようなタイミング。
「ここで考え込んでいても仕方ありません。フレイア教官、今は報告を優先しましょう」
「カナデさんの推測通り、ギルド内部の問題である可能性もあります。詳細はそちらに任せるしかないでしょう」
デイモンの提案に、レックスも同意する。
確かに、現地での調査よりも早急な報告の方が重要だろう。
「そうね。またあんなのが現れない保証もないし、撤収しましょう」
フレイアの号令で、全員が移動を開始する。
誰もが状況に安堵する中で、俺は先ほどまでの戦いを振り返っていた。
(魔力反射……今回は上手くいったが、多用はできないな……)
他者の魔力を体内に吸収し、そのまま弾き返す技術は、まだまだ実戦的ではない。
タイミングが最も重要になる上、一歩間違えれば体内で爆発する危険もある諸刃の剣だ。
相手が知性もない魔獣だったから良かったものの、親父のような歴戦の猛者が相手であれば、間違いなく同じ手は通用しないだろう。
せいぜい、初見殺しに毛が生えた程度の代物だ。
「理不尽を理不尽に塗り替えるには、まだ遠い……か」
また新たな課題を抱えながら、俺はカナデたちと共にゲートを潜った。