「見ぃつけた♪」――転生して最強になっても、前世のヤンデレからは逃げられない 作:ゴロスケ
ゲートを通過した俺たちの目の前には、予想外の光景が広がっていた。
ギルドの広間は先ほどまでとは全く異なり、張り詰めた空気に包まれていた。
入口には衛兵が立ち塞がり、中央には精鋭らしき騎士団が整列している。
「え?なにこれ」
「騎士団?何故ここまでの数が……」
カナデとレックスが小声で驚く。デイモンも不安そうに周囲を見渡している。
その数は明らかに異常と呼ぶべきものであり、フレイアは眉間に皺を寄せていた。
「お、お父様……!?」
フレイアが小さく呟いた。
その瞳は、騎士団の先頭に立つ初老の男の姿を捉えていた。
白髪ながら堂々とした風貌。
周囲の騎士たちとは格別のオーラを纏っている。
「な、何故国王が?」
「それに、これほどの数の騎士……一体何が……」
レックスとデイモンも動揺を隠せない。
それはあちらも同じ様子であり、俺たちを見るや否や驚愕の声を上げた。
「まさか、生きて帰ってきたのか!?あの黒龍を討伐したとでも言うのか!」
「馬鹿な!?そんなこと、不可能なはず!」
「だが……確かに皆、無事に戻ってきて……!」
どうやら色々と事情を知っているらしい。
騎士たちの間に動揺が広がっていく。
「あ、あの……国王陛下、一体……」
デイモンが問いかけようとすると、国王は慌てて身振りで遮った。
「すまない。あれは先代の国王が、やむを得ず専用の隔離ゲートに封印したものだ。我々にとっても、今回の出現は全くの想定外だった」
国王の声は真摯だ。
しかし、どこか取り繕っているようにも感じる。
「本来なら決して解き放たれるはずのなかった存在だが、ギルドの管理不足によって再び野に放たれてしまった。それを……」
国王は俺の方へ視線を向ける。
その瞳には賞賛──いや、それだけではない。
僅かな恐怖が入り混じっている。
「貴殿が、アルドルフ殿の……?」
「あ、はい。息子です。一応……」
ここはとりあえず、礼儀正しく接しておく。
すると、国王は深々と頭を下げた。
それを見て、後ろの騎士たちも一斉に敬礼する。
「そうか。噂には聞いていたが、ここまでとは。我が国の恥辱を雪ぐばかりか、多くの民の命を守ってくれたこと……深く感謝する」
国王の言葉に、一同が沈黙する。
目の前の男の謝罪は、心からのものに見える。
「他の皆も、よくやってくれた。我々の不手際で、貴殿たち未来ある若者を危険な目に遭わせてしまい、誠に申し訳なかった」
国王はカナデたちにも敬意を払う。
彼らは畏縮しつつも、丁寧に頭を下げていた。
「お、おやめください!国王陛下ともあろうお方が、我々のような平民に……」
「そうです。第一、私たちはミナト殿の魔力障壁の中でしたので……」
レックスとデイモンが恐縮しきりで答える。
一方、カナデはと言えば──。
「なんか照れちゃいますね。ありがとうございます、国王様」
あっけらかんと礼を言う。
このメンタルの強さは、流石と言うべきか。
「ただ……」
国王の視線が、フレイアに向く。
瞬間、先ほどまでの態度が嘘のように鋭い眼光へと変わった。
「フレイア、貴様は何を考えている。ギルドが緊急事態にあると知ってなお、潜入したな?」
「っ……」
「しかも、このような者たちを選抜するとは。これも全て、お前の考えか?」
フレイアは唇を噛み締めている。
顔色は蒼白だ。
彼女は国王の質問攻めに沈黙を貫いている。
「フレイア……教官?」
「まさか……知っていたのですか?」
レックスとデイモンの問いに、フレイアは俯いたまま答えず、国王の視線を避けるように目を逸らしている。
「申し訳ありません……ですが、お父様。これには理由があり……」
「黙れ!貴様の勝手な行動で、どれだけの者が危険にさらされたと思っている!」
国王の声は激昂していた。
周囲の騎士たちも困惑している。
それは俺たちとて例外ではない。
「この件はエアハート内でも、王族と騎士団長のみに知らされた最重要案件。何故、このような場所に彼らを連れ出したのだ!」
国王の詰問に対し、フレイアは黙り込んだままだった。
顔は青ざめ、手は震えている。
レックスとデイモンはすっかり怖気づいてしまい、カナデも困惑の表情を浮かべている。
「……申し訳、ありません」
フレイアは膝を折る。
その姿を見た国王は一度深呼吸し、表情を戻した。
「今回の件、フレイアは厳罰に処さねばならない。だが……幸い、犠牲者は出なかった。無論、娘を御しきれなかった責任は私にもある」
国王は再び騎士たちに向かい、指示を出した。
「全員、配置に戻れ。ギルドの調査は明日以降、改めて行う。今日のところは休養を取るように」
騎士たちは整然と敬礼し、退出していく。
広間に残ったのは、俺たちと国王のみ。
「さて」
国王は咳払いし、俺たちの方を見た。
「諸君たちは、セレニテスといったか。この度の働き、誠に見事だった。表沙汰にはできぬが、報酬はいずれ」
「いえ、そんな……」
満更でもなさそうなレックス。
一方、デイモンは言葉に詰まっている。
「私はフレイアを連れて王宮に戻る。詳しい話は追って伝えよう」
国王はフレイアの腕を掴み、強引に立たせる。
その眼差しは、厳しさの中にどこか優しさも込められているように見えた。
「行くぞ」
「はい……お父様」
フレイアの声は弱々しい。
しかし、最後に俺たちへと視線を送る。
その瞳には、深い悲しみと僅かな希望が入り混じっているように見えた。
フレイアはそのまま、父親に連れられていった。
ギルド内部には、再び静寂が戻る。
結果、その場に残されたのは俺たち四人だけとなった。
「何というか、凄いことになったな」
「黒龍のこともそうですが、ギルドが緊急事態とは……一体どういうことでしょう」
レックスが首を傾げる。
デイモンも考え込むような表情を浮かべていた。
「あの教官様、俺たちを騙してたのか?」
「それは……考えたくないね」
カナデは複雑そうな表情をしている。
会って間もない俺に比べ、他の三人はフレイアに少なからず信頼を寄せていたようだ。
この反応も仕方ないだろう。
「まあ、今悩んだって仕方ないな。今日は解散しないか?」
「うむ、賛成だ。色々考えるのは明日でも遅くはないだろう」
「だね」
俺の言葉にレックスが同調する。
カナデとデイモンも頷き、立ち上がる。
正直なところ、俺はフレイアが敵側だと疑っているわけではない。
黒龍と遭遇した時は、明らかに彼女も驚いていた。
俺が倒さなければ、あの場で自分自身も死んでいたのだ。
利用されたといえばそうなのだろう。
だが、今は深追いしない方が賢明だ。
そのままカナデたちとギルドを後にしようとした時──。
「ん?」
微かだが、気配を感じた。
思わずその方向へ目を向ける。
建物の陰。
月光の届きにくい場所に見えたものは──。
「……子供?」
それは間違いなく、フードを深く被った少女だった。
ロングコートを纏い、顔のほとんどは影に沈んでいる。
だが、その隙間から覗く瞳だけが、はっきりとこちらを見据えていた。
「…………」
一瞬だったが、少女と目が合う。
真紅の瞳。
夜の闇に溶けるような、奇妙な光を帯びている。
それだけではない。
彼女から滲み出る微かな魔力の質が、どこか異質だった。
魔獣とも違う。
どこか冷たく、甘く、粘り気のあるような──今まで感じたことのない感触。
「ミナト?どうしたの?」
「ああ、今、あそこに……ん?」
俺が指を示した先には、もう誰もいない。
建物の影は、静まり返っているだけだった。
さっきまでの紅い光も、人の気配も消えている。
「……誰もいないよ?」
「いや、確かに……」
「なになに?もしかして、お化けでも見たの?」
カナデが冗談めかして笑う。
声の調子はいつも通りだ。
……だが、目だけが笑っていない気がした。
「気のせいだと思うよ。今日、色々ありすぎたし、ミナトも疲れてるんじゃない?」
「……そうか?」
「うん。誰もいない、ね?」
そう言いながら、彼女は俺の手を軽く引き、先に歩き出す。
「ほら、帰ろう?」
俺は最後にもう一度だけ、後ろを振り返った。
やはり人影はない。
紅い瞳も、フードの少女も、最初からいなかったかのように消えていた。
カナデに手を引かれながら、俺は小さく息を吐く。
その時、前を歩く彼女の唇から、ほとんど聞き取れないほどの小さな声が漏れた。
「……今は……ね」
風に紛れて、それ以上は聞き取れなかった。