「見ぃつけた♪」――転生して最強になっても、前世のヤンデレからは逃げられない 作:ゴロスケ
その後、カナデたちとの会話もそこそこに、俺は男子寮に戻った。
食堂で軽く食事を済ませ、早々に自室へと向かう。
今日は本当に疲れた一日だった。
「少し休んだら、魔力統制のトレーニングだな……」
部屋に入り、ベッドに腰掛けながら呟く。
フレイアの件は気になるが、俺の目的は変わらない。
時計を見ると、21時を過ぎている。
集中して魔力統制の訓練をするなら、四時間は欲しい。最強を目指すなら、睡眠も鍛錬も欠かせない。
シャワーを浴びた後に訓練に入ろうと考えていた矢先、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「誰だ?」
『ミナトくん、あたしだけど』
フレイアの声。
俺はベッドから立ち上がり、扉を開ける。
「ごめんなさい、こんな時間に」
「構わないが、大丈夫なのか?」
目の前のフレイアは、昼間とは打って変わって暗い表情をしている。
華やかな白銀髪も今は艶がなく、瞳にも影が落ちていた。
「……入れてもらっていいかしら?」
「ここ、男子寮だぞ」
「そこは大丈夫よ。あたしなら問題になる前に対処できるから」
落ち込んでるくせに、こういう部分はブレないのか……。
若干呆れつつも、部屋に招き入れる。
客用の椅子を勧めると、彼女は小さく頭を下げて座った。
「要件はなんだ?」
単刀直入に尋ねると、フレイアは俯き、しばらく口ごもった。
やがて、決意したように顔を上げる。
「ごめんなさい。あなたたちに全部黙っていて」
「謝られても困るんだがな。こっちとしては、特に被害者も出なかったわけで」
「でも……あなたたちを危険な目に遭わせたのも事実よ」
フレイアの声が震える。
彼女の膝の上で握り締められた手が、白くなっていた。
「まあ、全部が嘘ってわけでもなかったんだろ?当初の目的通り、四人で大蛇は討伐したんだ。それに、フレイア先輩が保険として俺を同行させたから、黒龍にも対処できた。リーダーとしての判断に間違いはなかっただろ」
ギルドで待ち構えていた、フレイアの父親である国王と数十人の騎士たち。
おそらくは、あの数で黒龍に対抗するつもりだったのだろうが、一人一人の魔力量を測った限りでは、非効率と言わざるを得ない。
あの国王が親父レベルの戦闘力を持っているならともかく、だったら最初から単騎で乗り込んでいるはずだ。
そういう意味では、フレイアの方が冷静かつ的確な判断をしたと言えるだろう。
まあ、問題はそこではないが。
「でも……」
「分かった分かった。なら、償いとして教えてくれ。フレイア先輩がそこまでする理由は何なんだ?」
そう問うと、フレイアは驚いたような顔をした。
「言ってただろ。父親はクロフォード王国の協力を渋ってるって。つまり、あの国王か」
「……ええ。今回の黒龍の件だってそう。魔力コントロールもろくにできていない騎士で構成した部隊を派遣するなんて、愚策もいいところだわ」
フレイアの声に怒りが混じる。
確かに、あの騎士たちを見た限りでは、相手にもならないだろう。
「あの人はエアハートの伝統を歴史的遺産だと称して、いまだにクロフォードからの技術流入を嫌ってる。クロフォードの研究施設がエアハートで稼働し始めてからは、特にね」
フレイアの口調が変わる。
もはや秘密でも何でもないと割り切ったように、淡々と話し始めた。
「昔から変わらないの。プライドばかり高くて、国民のことなんて考えてない。いつも自分本位で、他人の忠告も聞き入れない。本当にダメな人!何が国王よ、国を導く素質なんて微塵もないわ!」
「お、おう……?」
「昔はああじゃなかったんだけど……年を重ねるにつれて、どんどん頑固になって。クロフォード王国に援助を求めてきた他国を馬鹿にするような言動ばかりするようになって」
止まらないフレイアの父親批判。
思わぬ方向に話が進み、どう反応していいか迷うが……。
「まあ、その……俺の親父も似たような感じだぞ……多分」
「あの人とあなたのお父様を一緒にしないで!比べることすらおこがましいわ!」
どうやら、そこは譲れないラインらしい。
フレイアの語調が荒くなる。
しかし、それも一瞬で、彼女は再び落ち込んだ表情を見せた。
「ごめんなさい。こんな話をするつもりじゃなかったのに……」
「いいよ。そっちの方が楽なこともあるだろ」
「……うん」
フレイアは俯く。
長い髪が顔を隠し、表情が見えなくなる。
沈黙が続く中、俺は口を開く。
「それで……」
「どうして黒龍の話を黙っていたかって?」
俺の言葉を、フレイアが引き継ぐ。
彼女は顔を上げると、決意を固めた表情で答えた。
「お父様がクロフォード王国に心を許すなら、どんな手を使っても構わないって決めてたの。だから、今回のような異常事態を利用して……」
「利用?」
聞き返すと、フレイアはこくりと頷いた。
「お父様から聞いたわよね?あの怪物は、かつて先代の国王がやむを得ず個別のゲートに封印した魔獣。だから、それを討伐すれば、お父様もクロフォード王国の力を認めてくれると思った。でも、まさかあんな……」
フレイアが唇を噛む。
瞳に涙が浮かんでいる。
「あんな……あたしたちが到底手に負えないほどの化け物が出てくるなんて……」
「要は、実力を誇示するにはちょうどいい相手だと踏んだわけか」
彼女の意図が読めた。
つまりは、自分の父親の面子を保ちつつ、クロフォード王国の戦力をアピールするチャンスだと見たのだ。
だが、それはフレイアの考えが甘いというより、黒龍が異常だったと言うべきだろう。
仮にあのまま国王や騎士団が黒龍に挑んでいたら、結果は火を見るより明らかだった。
「本当にごめんなさい。許してもらえなくても仕方ないわ」
「あのな……」
「当然よね。あたしは自分の目的のために、あなたたちを利用した。裏切られたと思ったでしょ?」
フレイアの声が震える。
俺は頭を抱えたくなる思いだった。
犠牲者こそゼロだったが、それは結果論に過ぎない。
彼女が危険を冒し、仲間を危険にさらしたのもまた事実なのだ。
まあ、だからといって恨んでいるかと言われれば、否だが。
「別に裏切られたとか思ってないさ。元から俺たち、利用し合う関係みたいなものだろ」
「でも……」
「確かに驚きはしたけどな。過ぎたことだ」
「そうだけど……」
それでもフレイアは納得できないようで、落ち着かなげに指先を絡ませている。
そんな彼女にため息をつきながら告げる。
「さっきの続き、聞いていいか?話を聞く限り、先輩の父親はお世辞にも国王なんて器には見えないんだが、どうしてそこまで忠誠を誓えるんだ?」
単純な疑問だった。
いくら父親とはいえ、自分を貶めてでも守るべき相手なのだろうか?
フレイアは少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「あたしね、元々は王族じゃなかったの。あの人とも血が繋がっていない。レックスやデイモンと同じ、平民の孤児だったのよ」
突然明かされた真実に、思わず息を呑む。
「お父さんもお母さんも優しくてね。貧しい家庭だったけれど、幸せだった。あたしが五歳だった時……突然だったわ。外で稽古をして帰ってきた時に見たのは──そんな二人が血塗れになって倒れている姿だった」
淡々と語るフレイアの声音に、感情はこもっていない。
だからこそ、それが逆に彼女の悲しみを際立たせていた。
「犯人の手掛かりはほとんどなかった。金品が盗まれた形跡もなくて、強盗の類でもなかったみたいだし……捜査も虚しく、結局は迷宮入り。周りの人たちは同情してくれたけど、それ以上に好奇の目で見られてね。そんな時に出会ったのが、あの人よ」
フレイアは当時を思い出しているのか、遠い目をする。
「その時、言ってくれたの。『君のような才能があれば、いつか国を変えることができる。一緒にその未来を目指さないか?』って」
フレイアの告白に、言葉を失う。
想像以上の過去に何も言えないでいると、彼女は笑った。
「その後は、お父様に育てられながら学校に通って、たくさん勉強したわ。魔力理論はもちろん、政治学から経済学まで幅広くね。全ては、お父様の役に立つためよ」
「親孝行な娘だな」
俺の言葉に、フレイアは小さく笑う。
だが、その笑顔はどこか悲しげだった。
「そうよ。だから、お父様があたしを認めてくれるために必死に努力した。軍務や外交でも、功績を上げるようにしたりね。おかげで、お父様も徐々にあたしを認めてくれるようになったわ」
そこまで話して、フレイアは再び俯く。
「でも、それは上辺だけだった。当然よね。あたしの血筋は平民で、王位継承権なんてない。いくら努力しても、決して越えられない壁があった……」
その言葉には、深い悲しみが込められていた。
だが、同時に彼女は諦めようとはしていない。
むしろ、より一層の決意を感じさせる。
「お父様があたしの働きを認めてくれれば、少なくともエアハート王国での地位は確保できると思ってた。だから、この機会を利用するつもりだったのに……」
フレイアの覚悟が伝わってくる。
父親からの愛情を欲しがりながらも、現実は厳しい。
それでも諦めたくないという彼女の執着。
「お父様があたしのことをどう思っているかなんて分からない。ううん、どうでもいいの。プライドが邪魔して素直に認められないなら、たとえ黒龍だろうと、どんな手を使ってもクロフォード王国がエアハートに必要な存在だと思わせないと。あたしは、あの人の──“優秀な道具”になりたいから」
道具──彼女の父親に対する歪んだ執着心が、垣間見えた気がする。
父親に対する諦念と期待。
愛されたいという願いと、役に立てればそれでいいという自己犠牲。
二律背反的な感情が、彼女の胸中に渦巻いているのだろう。
「フレイア先輩の事情は分かった。少なくとも俺は恨んでないし、責めるつもりもないから、これ以上の謝罪はなしだ」
「ありがとう、ミナトくん……」
フレイアが微笑む。
その表情は、さっきまでの陰りが消え、少しだけ明るさを取り戻していた。
「勝手なお願いなのは承知だけど、もし良ければ、これからも協力してくれないかしら?あたしとクロフォード王国の橋渡し役みたいな形で」
「……まあ、考えておく」
「頼りにしてるわ」
フレイアは立ち上がり、ドアの方へ向かう。
だが──。
「ねぇ、ミナトくん」
「なんだ?」
「今日の戦いを見て思ったけど……やっぱり、すごい魔力量よね」
フレイアの視線が俺を捉える。
まるで獲物を狙う獣のような、鋭い眼光を放っていた。
一瞬で距離を詰められる。
目の前に迫る、フレイアの端正な顔立ち。
華奢な指が、俺の胸板に触れる。
「……近いぞ」
「あら、動じないのね。年頃の男の子なら、もっと違う反応をするかと思ったけど」
「そうでもない。さっきから心臓がうるさいったらないからな」
「ふぅん……嘘つきね」
フレイアは喉の奥で、くすくすと笑う。
その仕草は、妙に色っぽく感じた。
「なーんてね。カナデちゃんたちにも謝りに行かなきゃいけないし、そろそろ行くわ」
フレイアは踵を返しつつ、最後に振り返る。
「それじゃあ、また学校で。期待してるわよ」
ドアが閉まる音と共に、彼女の姿は完全に消えた。
残された俺は、ため息をつく。
「……重症だな、あれは」
まさか、父親の“優秀な道具”になりたいなどという願望を持っているとは、想像すらしていなかった。
しかも、心酔しているわけではない。
あれだけ欠点を指摘しておきながら、それでも本当の意味では父親に認められたいと願っている。
嫌いだから離れたいわけでもない。
尊敬しているから従っているわけでもない。
自分を拾い、居場所を与えてくれた相手だからこそ、どれだけ失望しても見捨てられないのだろう。
「狂っていると言ってしまえれば簡単なんだけどな……」
共に戦う仲間になった以上、同情心くらいは持ってもいいだろう。
人間関係なんて、結局は本人にしか分からない。
傍から見れば歪んでいようと、本人にとってはそれが生きる理由になっていることだってある。
それに俺とて、人のことを偉そうに言える立場ではないだろう。
──兄さんは、わたしを見捨てないよね?
「…………」
不意に蘇った声に、胸の奥が冷たくなる。
俺は首を振り、強引に記憶を追い払った。
「……始めるか」
ベッドから立ち上がり、俺は部屋の中央へ移動する。
意識を体内へ向け、全身を巡る魔力の流れを一つずつ認識していく。
先ほどまで頭の中を占めていたフレイアのことも、黒龍のことも、少しずつ遠ざかっていった。
残るのは、自分の魔力だけ。
この世界で初めて手に入れた、自分自身の力。
前世では、どれだけ願っても手に入らなかったもの。
なら、使いこなさない理由などない。
俺は、もっと強くなる。
誰かに正義を証明するためじゃない。
世界を救うためでもない。
ましてや、誰かを支配するためでもない。
ただ──もう二度と、自分の無力さに怯えなくて済むように。
そんなことを考えながら、俺はいつも通り魔力統制の訓練を始めるのだった。