「見ぃつけた♪」――転生して最強になっても、前世のヤンデレからは逃げられない   作:ゴロスケ

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それぞれの戦い

 ゲートに到着するまで、十分とかからなかった。

 

 上空から問題の地点を見下ろし、俺は思わず舌打ちする。

 

「……やっぱり、ここが原因か」

 

 ゲート周辺には無数の魔力反応が蠢いていた。

 

 それだけじゃない。

 空間そのものが歪んでいる。

 

 通常のゲートとは比較にならないほど濃密な魔力が周囲に漏れ出し、景色さえ陽炎のように揺らめいていた。

 

 俺は高度を落としながら、亀裂の向こう側へ目を凝らす。

 

「うわ……」

 

 思わず声が漏れた。

 

 そこにいたのは、軽く数百を超える魔獣の群れ。

 

 狼型、昆虫型、巨大な爬虫類型。

 

 種族も大きさもバラバラな魔獣たちが狭い空間にひしめき合い、ゲートの出口を目指して押し寄せている。

 

 しかも、本来なら安定しているはずのゲートそのものに無数の亀裂が走っていた。

 

 そこから次々と魔獣が外へ流出している。

 

「完全にバグってるな……」

 

 出口付近では魔獣同士が押し合い、まるで朝の満員電車みたいなことになっていた。

 

 一匹ずつしか通れない亀裂に数百匹が殺到しているのだから当然だ。

 

 そして、その亀裂から内部の高濃度な魔力まで外へ漏れ続けている。

 

 どう考えても自然発生した現象じゃない。

 

「とはいえ……封印方法なんて知らないんだよな」

 

 魔法陣の解析?

 空間修復?

 ゲートの再構築?

 

 知らん。

 習ってないし、何より専門外である。

 

「……力ずくしかないか」

 

 原因を直せないなら、せめて被害が広がる前に中身を空にすればいい。

 

 街中で大技を撃つわけにはいかないが、ゲート内部なら話は別だ。

 

 しかも確認できる限り、ほとんどがC級かD級。

 

 一部B級らしき反応もあるが、それでも問題にはならない。

 

「お前らに恨みはないんだが……」

 

 ゲートの裂け目へ右手を向ける。

 

 身体の奥から魔力を引き出し、圧縮する。

 

 空気が低く唸り、周囲の砂塵が浮かび上がった。

 

「悪く思うなよ」

 

 凝縮した魔力を──一気に解放した。

 

 巨大な魔力波動がゲート内部を駆け抜ける。

 

 押し寄せていた魔獣たちが一斉にこちらへ顔を向ける。

 

 だが、それだけだった。

 

 悲鳴を上げる暇すらない。

 

 先頭にいた魔獣が消し飛び、その後ろも、そのまた後ろも、まとめて光の奔流へ呑み込まれていく。

 

 抵抗も、回避も、防御さえ許されない。

 

 数百の魔獣が、ほんの数秒で塵へと変わった。

 

「…………」

 

 静まり返ったゲート内部を見ながら、俺は頬を掻く。

 

「……カナデがいなくて良かったかな」

 

 完全に蹂躙だった。

 

 向こうからすれば、出口を目指していただけなのに突然正面から極太レーザーを撃ち込まれたようなものだ。

 

「まあ、街を襲われるよりはマシか」

 

 ゲートそのものの亀裂は消えていないため、根本的な解決にはなっていないだろう。

 

 それでも、内部に溜まっていた魔獣はほぼ消滅した。

 

 新たな魔獣が湧いてこないか確認するため、ゲートの前で数分待つ。

 

 だが、先ほどまで絶え間なく響いていた咆哮は完全に消え失せ、静寂だけが残った。

 

「よし」

 

 俺は再び空へ舞い上がる。

 高度を上げ、王都全体を見渡す。

 

 街のあちこちから黒煙が上がっている。

 建物の一部は倒壊し、逃げ惑う住民。

 

 その合間では騎士や冒険者たちが魔獣と交戦していた。

 

「……結構派手にやられてるな」

 

 視線を巡らせる。

 

 まず見つけたのはデイモンとレックスだった。

 

 二人は中央広場付近で倒壊した建物の瓦礫を撤去しながら、負傷者の救護にあたっている。

 

 デイモンが巨大な瓦礫を持ち上げ、その下からレックスが住民を引きずり出していた。

 

 戦闘だけじゃなく救助もそつなくこなす辺り、流石というべきか。

 

「次は……」

 

 少し離れた城壁付近に見つけたのはカナデだ。

 

 巨大な狼型魔獣を相手に、自慢の剣術を披露している。

 

 魔力を纏わせた剣が閃き、一閃。

 

 次の瞬間には、狼型魔獣の首が綺麗に宙を舞っていた。

 

「おぉ……」

 

 素直に感心する。

 

 三日前よりさらに腕を上げている気がする。

 

 思わず目を奪われていると──。

 

「ん?」

 

 カナデが突然こちらを見上げた。

 どうやら俺の魔力に気づいたらしい。

 

 目が合った次の瞬間。

 

「…………」

 

 何故か満面の笑みを浮かべ、両手を大きく振り始めた。

 わざわざ魔力剣まで消して。

 

「……状況分かってるのか?」

 

 周囲では絶賛魔獣襲撃中である。

 

 とはいえ無視するのもアレなので、一応片手を上げて返しておく。

 

 するとカナデの笑顔がさらに輝いた。

 

 その直後、背後から別の魔獣が飛びかかる。

 

「おい」

 

 ギリギリで気づいたカナデが慌てて横へ転がった。

 

 直後、何事もなかったような顔で魔力剣を再展開し、戦闘へ戻っていく。

 

「……本当に大丈夫か、あいつ」

 

 まあ、元気そうではある。

 

 続いて視線を巡らせると、少し離れた区画にミリウスを発見した。

 

 彼女は巨大な熊型魔獣を無数の魔力糸で拘束している。

 

 魔獣の身体から感じる魔力は明らかに他より格上。

 

「Aランクか」

 

 流石に簡単には倒せないらしい。

 

 だが、四肢を魔力糸で固定し、進行方向を完全に封じている。

 

 倒すことよりも避難を優先しているのだろう。

 周囲では騎士たちが住民を誘導していた。

 

 Aランクともなれば、カナデたちでは少々荷が重い。

 そう考えると、ミリウスの存在はかなり大きい。

 

 他にも王国騎士団や冒険者たちが、それぞれの場所で必死に魔獣を食い止めている。

 

 ギルドの調査については思うところもある。

 だが、今この瞬間、命懸けで国を守っている彼らの姿勢まで否定するつもりはなかった。

 

 俺は空中で両手を広げる。

 体内から魔力を引き出し、今度は細かく分割。

 

 狙うのは、街中に残っている魔獣だけ。

 

「建物を壊さない程度に……っと」

 

 無数の魔力弾が俺の周囲に展開される。

 

 一斉射──光の弾丸が空を駆けた。

 

 一発、二発、三発。

 正確に魔獣だけを撃ち抜いていく。

 

 命中する度に小規模な爆発が起こり、魔獣が消し炭へ変わる。

 

「こんなものか」

 

 かなり出力は落としている。

 まともに撃てば街ごと消し飛びかねない。

 

 今、この場で必要なのは威力じゃなく精度だ。

 

 この調子なら、三十分もかからず街中の魔獣を殲滅できるだろう。

 

 ――その時、一つの疑問が浮かぶ。

 

「……あの教官様、どこに行った?」

 

 フレイアの姿がない。

 

 カナデたちの配置を見る限り、誰かが指揮を執ったのは間違いない。

 

 恐らく……いや、確実にフレイアだろう。

 

 だというのに、肝心の本人が見当たらない。

 

「学校に戻った……?」

 

 一瞬考える。

 

 王女という立場なら、安全な場所へ避難していても不思議じゃないが……いや、ない。

 

 あの性格だ。

 自分だけ安全な場所で待機するような女じゃない。

 

「まさか、トラブルか?」

 

 胸の奥に小さな引っかかりを感じる。

 

 フレイアなら、自分の身くらい守れる。

 その程度の実力は知っている。

 

 だが――。

 

「……妙だな」

 

 俺は眼下の魔獣を処理しながら、意識を街全体へ広げていく。

 

 フレイアの魔力反応を探しながら。

 

 何事もなければいい。

 

 そう思った。

 

 

*

 

 

「はぁ……っ、はぁ……っ!」

 

 薄暗い裏路地を、フレイアは一人で駆けていた。

 

 呼吸が荒い。

 

 額から流れた汗が頬を伝う。

 

 だが、立ち止まる余裕などなかった。

 

「おかしい……!」

 

 何度目か分からない言葉を漏らす。

 

「どうして……どこにもいないのよ……!」

 

 探しているのは父──エアハート王国国王だった。

 

 魔獣襲撃という国家規模の緊急事態。

 

 本来ならば国王は王城、あるいは騎士団本部に入り、全体の指揮を執っているはずだ。

 

 しかし、王城にいない。

 

 騎士団本部にもいない。

 

 側近たちですら所在を把握していない。

 

 誰に尋ねても返ってくる答えは同じだった。

 

「この非常時に!国王が真っ先に消えてどうするのよ!」

 

 苛立ち、焦り。

 そして、胸の奥に膨らみ続ける嫌な予感。

 

 今回の魔獣襲撃。

 異常なゲート。

 父の失踪。

 

 全てが偶然とは思えなかった。

 

「まさか……」

 

 フレイアの足が僅かに鈍った、次の瞬間だった──。

 

「――っ!?」

 

 背筋を刺すような殺気に、考えるより先に身体が動いた。

 

 フレイアは咄嗟に横へ飛ぶ。

 

 直後、黒い魔力の刃が、つい先ほどまで彼女がいた場所へ突き刺さった。

 

 石畳が大きく砕ける。

 

「なっ……!」

 

 辛うじて回避した。

 しかし着地に失敗し、そのまま地面へ転がる。

 

「痛っ……!」

 

 尻餅をつきながら顔を上げる。

 

 人気のない路地、その奥。

 

 薄暗い影の中に、一人の人物が立っていた。

 

 黒い外套に、全身を覆う衣装。

 

 そして顔を隠す、白銀の仮面。

 

「……誰?」

 

 フレイアはすぐさま立ち上がる。

 

 魔力を右手へ集中し、光と共に魔力剣を形成した。

 

 仮面の奥から感じるのは、冷たい視線だけ。

 

『……こんな場所で不用心だな』

「……?」

 

 異様な声だった。

 男とも女とも判断できない。

 

 まるで何重もの声を無理矢理重ね合わせたような、不快な声。

 

『王女ともあろう者が、一人で裏路地を彷徨うとは。命を狙ってくれと言っているようなものだろう?』

「……あなたが何者かは知らないけど――」

 

 フレイアは魔力剣を構えた。

 

「そこをどきなさい。こう見えて、あたしは忙しいの」

『忙しい?』

 

 仮面の人物が小さく笑う。

 

『随分と悠長なものだな』

「何ですって?」

『お前の判断一つで、この国が滅ぶかもしれないというのに』

「……!」

 

 フレイアの眉が僅かに動く。

 

 胸を抉る言葉だった。

 

 自分が調査を許可した。

 自分が決断した。

 

 もしその結果として、この事態が起きたのなら。

 

「……何が言いたいの?」

『心当たりがあるようだな』

「質問に答えなさい」

『父親を探しているのだろう?』

「っ……!」

 

 今度こそ、フレイアの表情が変わった。

 

「どうして、それを……」

 

 父の所在不明を知っている人間は限られている。

 

 まだ国民に公表されてはいない。

 それを何故、この男が知っている。

 

『探しても無駄だ』

 

 冷たい声が告げる。

 

『あの男なら、既に消した』

 

 フレイアの思考が止まる。

 

 数秒遅れて──その意味が彼女の脳へ浸透した。

 

「……なにを……」

 

 唇が震える。

 

「何を……言ってるの?」

『聞こえなかったか?』

「馬鹿なこと言わないで」

『事実だ』

「黙れ……」

『エアハート国王は――』

「黙れって言ってるでしょうが!」

 

 怒号と共に、フレイアが地面を蹴った。

 

 一瞬で距離を詰める。

 魔力剣を横薙ぎに振るう。

 

「ふざけるなぁっ!」

 

 だが、空を切った。

 

「っ!?」

 

 仮面の人物は最小限の動きだけで斬撃をかわしていた。

 

 直後、掌がこちらへ向く。

 

『遅い』

 

 黒い魔力弾を受け、フレイアは咄嗟に身体を捻る。

 

「くっ……!」

 

 直撃こそ免れた。

 

 しかし──。

 

「っ……!」

 

 魔力弾が脇腹を掠めた。

 服が裂け、鮮血が滲む。

 

 だが痛みに構っている暇はない。

 

『お前がギルドへ調査許可を与えた』

「……!」

『そして、クロフォード王国のガキをこの国へ連れてきた』

「な……」

 

 フレイアの瞳が揺れる。

 

『その結果が、この有様だ』

「どうして……」

 

 何故、こいつがそこまで知っている?

 

『お前が余計なことをしなければ、少なくともこんな事態にはならなかったろうに』

「…………」

 

 胸が締め付けられる。

 

 自分でも何度も考えた。

 

 あの調査を許可しなければ。

 『彼』を連れてこなければ。

 こんなことにはならなかったのではないか。

 

 そんな考えを、必死に押し殺していた。

 

 それを目の前の敵は、正確に抉ってくる。

 

『まあいい。どのみち、結果は変わらない』

 

 仮面の人物が肩を竦め、右手を掲げる。

 掌から紫色の魔力が溢れ出す。

 

「……っ」

 

 フレイアの頬を冷や汗が伝った。

 

 禍々しい。

 ただ魔力が多いだけではない。

 

 触れてはいけない何かだと、本能がそう警告している。

 

『後は、お前を排除すればいい』

「何……?」

『そうすれば計画は完成する』

 

 仮面の奥で瞳が妖しく輝いた。

 

『エアハート王国は――我が手中に堕ちる』

「……計画?」

 

 フレイアは剣を構え直す。

 

「何を企んでるの?」

『知る必要はない』

「答えなさい!」

『口先の問答に付き合っている暇はない』

 

 紫の魔力が一気に膨れ上がる。

 

『覚悟しろ』

 

 次の瞬間、無数の魔力弾が放たれた。

 

「っ!」

 

 フレイアは走り、一発目を回避。

 二発目も弾く。

 三発目を身を屈めてかわす。

 

 だが、それまでだった。

 

「――ぐっ!」

 

 四発目が、左肩を直撃寸前で掠めた。

 鮮血が舞う。

 

「く……っ!」

 

 腕が震える。

 

『どうした?普段は随分と偉そうに演説しているというのに、その程度か?』

「うる……さい……!」

 

 フレイアは魔力剣を握り締める。

 

 痛い。

 怖い。

 逃げたい。

 

 だが、ここで逃げれば。

 

 国は、父は。

 

「……信じない」

『何?』

「お父様が……死んだなんて……」

 

 フレイアは歯を食いしばる。

 

「絶対に……信じない!」

 

 魔力を一気に放出。

 

 地面を蹴った。

 

「はぁぁぁぁっ!」

 

 魔力剣と黒い魔力が正面から衝突する。

 

 閃光と爆音。

 

「――っ!?」

 

 だが、均衡など存在しなかった。

 

 次の瞬間、フレイアの身体が宙を舞った。

 

「がはっ……!」

 

 背中から石壁へ叩きつけられる。

 肺の中の空気が一気に押し出された。

 

「か……っ」

 

 呼吸ができない。

 

 喉の奥に鉄臭い味が広がる。

 

 視界が揺れる。

 

 立たなければ──そう思うのに、脚に力が入らない。

 

『無駄な抵抗だ』

 

 足音が響く。

 ゆっくりと、確実に近づいてくる。

 

「く……っ」

 

 フレイアは壁へ手をつき、どうにか立ち上がろうとする。

 

 だが膝が崩れた。

 

 魔力も、体力もほとんど残っていない。

 それでも、震える手で魔力剣を形成する。

 

 今にも消えそうな、小さな刃。

 

『まだ戦うつもりか』

「当たり……前、でしょう……」

 

 影が目の前まで迫る。

 

「っ!」

 

 逃げる暇もなかった。

 首を掴まれる。

 

「う……ぐっ!?」

 

 強烈な力。

 身体が持ち上げられ、足が地面から離れる。

 

「か……っ……!」

 

 息ができない。

 喉が潰れる。

 剣を振ろうとしても腕に力が入らない。

 

 視界の端が暗くなっていく。

 

(……あぁ)

 

 ぼんやりと思う。

 

(あたし、ここで……終わるの……?)

 

 父を見つけられなかった。

 国も守れなかった。

 

 生徒たちも、民も、何一つ。

 

(結局……)

 

 何もできないまま。

 ここで死ぬ。

 

 その時だった。

 

『――!?』

 

 仮面の人物が、初めて動揺した。

 

 フレイアの右手と、消えかけていた魔力剣。

 

 残っていた最後の魔力を──全てを注ぎ込む。

 

(せめて……!)

 

このまま何もできず終わるくらいなら。

 

(一矢くらい……報いてやる!)

 

 腕を振り抜いた。

 乾いた音が響き、白銀の仮面に亀裂が走る。

 

『っ!』

 

 掴まれていた手から力が抜けた。

 

「――っ、げほっ! ごほっ……!」

 

 フレイアの身体が地面へ落ちる。

 

 両手をつき、激しく咳き込む。

 

「はぁ……っ、はぁ……っ……!」

 

 酸素を貪るように吸い込む。

 だが、戦況は何も変わっていない。

 

 魔力は尽きた。

 立つ力もない。

 

 ただ、ほんの僅かに相手の仮面を傷つけただけ。

 

 次の瞬間、パキ……と、小さな音が響く。

 

「……?」

 

 白銀の破片が一つ、また一つと石畳へ落ちていく。

 

 フレイアは荒い呼吸のまま、ゆっくりと顔を上げた。

 

 そして──。

 

「…………え?」

 

 息が止まった。

 

 心臓が一瞬だけ、鼓動することさえ忘れた。

 

 砕けた仮面の向こう。

 そこに現れた顔を、フレイアは知っていた。

 

 知らないはずがない。

 

「……お……父、様……?」

 

 震える声が、静まり返った路地裏に落ちた。

 

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