転生しても、妹は俺を逃がしてくれない   作:ゴロスケ

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二章 理不尽への道
今度は、俺自身が理不尽になってやる


 ミナト・クロフォード──それが、この世界での俺の名前だ。 

 生まれは、王国の第二王子。まさにかつての俺とは真逆と言ってもいい立場。
 

 

 だが、俺はただの赤ん坊ではない。
前世の記憶を、全て持ったまま生まれ直した人間だ。

 

 薄暗い部屋で鎖に繋がれ、目の前で大切な人を殺され、自ら首筋を切って死んだあの日の記憶が、鮮明に残っている。

 


 ──転生した。
 

 

 本当に、異世界に生まれ直したのだ。

 

「あーうぅ」

 

 意味のない声を上げながら、天井を見る。
 

 視界の端で、薄い光が揺れていた。

 

 魔力のオーラ——前世にはなかったものだ。

 

(これが、魔力……?)

 

 表向きは普通の赤ん坊のまま、心の中だけが騒ぐ。
 

 まだ夢だと疑いたくなる。

 異世界の物語に、本当に足を踏み入れてしまったような感覚だった。

 

「ミナト様のご夕食をお持ちしました」


「ありがとう。さあ、ミナト」

 

 使用人と思わしき女性が部屋に入る。

 母は俺を抱き直すと、優しく微笑んで口元へスプーンを寄せた。
  

 

 温かい味が広がる。

 初めての味なのに、妙に落ち着く。
 

 

 それと同時に、体の奥へ何かが染み込むような感触があった。

 

(……これ、魔力が、増えている?)

 

 確信はない。それでも期待だけは、簡単に膨らんだ。
 

 この世界では、成長そのものが力につながるのかもしれない。

 

「ふふ。この子は、すごい子になりますね」


「ええ。私たちの子ですから」

 

 前世では得られなかったものだ。
 

 温かい家族。豊かな魔力。
 

 

 その幸福に、胸が熱くなる。

 

(家族……か)

 

 母の腕の中で、その単語だけが遅れて届く。

 抱き直されるたびに体温が移る。髪に触れる指が、理由もなく丁寧だ。

 

 前世では、食卓は壊れた。両親の名前は墓に刻まれた。

 残ったのは、守ると言って守れなかった自分と、隣にいるべきではなかった夜だけだ。

 

 なのに今は、奪われたものが形を変えて戻ってきたみたいだった。

 血の匂いのない部屋。怒声のない天井。

 スプーンを口元へ運ぶ手が、途中で止まらない。

 

(帰ってきた……のか)

 

 違うと分かっている。

 この腕は前の母さんではない。父さんではない。

 

 それでも、失ったものの代わりが、今ここに温かく──。

 

 ──兄さーん。朝ですよー?

 

「っ……!」

 

 頭の中を、あの声が過る。背筋を冷たいものが伝った。

 

 ──もう、何処にも行かないでね?

 

 短い。だが、それで十分だった。

 身体が震える。急な吐き気と目眩。

 

 それは、もういないはずのあいつの声。

 

「ミナト様?」


「ミナト、大丈夫?」

 

 母と使用人の女性が覗き込む。

 その優しさが、今は痛かった。

 

「ぅ……」

 

 ──ここは、もうあの地獄じゃない。

 

 わかっている。わかっているのに、身体が拒否する。
 

 幸せを感じるほど、また失う想像が膨らむ。

 

「泣かないで、ミナト」


「きっと怖い夢でも見たのでしょう」

 

 使用人と母の手が、背中を撫でる。頭を撫でる、  

 

 温かい。
 

 

 それでも、残像は晴れない。

 

(……まだ、足りないのかよ)

 

 あいつは、もういない。


 なのに、ふとした拍子に、あの部屋の空気が戻ってくる。

 何度、心の中で繰り返しても、不安だけが胸を締めつけた。

 

 俺は、ただ泣き続けた。

 

 

*

 

 

 その後も、日常は穏やかに過ぎた。
 

 父は厳しく、しかし嫌な人間ではなかった。

 兄を叱る声は大きくても、俺には丁寧だった。

 

「おぉ、小せえ」

 

 ベッドの縁から覗き込んでくるのは、まだ幼い兄だった。

 名前はアルフェン。俺より4つ上であり、王子というより子供の顔をしている。

 

 短い指で俺の頬をつつく。力はない。

 悪さというより、珍しいものを確認しているだけだ。

 

「目は開いてるのに、歩けもしないのかよ。オレの弟なのにな!」

「アルフェン。弟をいじめるな」

「いじめてねーよ!見てるだけ!」

 

 そう言いながら、今度は俺の握った拳に自分の指を添えてくる。

 赤ん坊の手では、兄の指を包み込めない。それだけで兄は面白そうに笑った。

 

「やっぱ弱いな!おれが守ってやるしかないか!」

 

 軽口だった。

 なのに、守ると言われる感触だけが胸に残る。

 前世でも、今世でも、先に口にするのはいつも誰かだ。

 母は笑って兄の頭を撫で、兄は少しだけ照れた顔をした。

 

 嫌味はない。上からでもない。

 ただ、自分が兄であることを、もう気に入っている。

 俺は声にならないまま、その指を握り返した。

 兄は目を丸くして、得意げに父を見た。

 

「ほら!おれのこと気に入ったぞこいつ!」

 

 父は短く鼻を鳴らしただけだった。

 

 それでも、その場の空気は壊れなかった。

 

 母は毎日のように傍にいて、夜は低い声で絵本を読んでくれる。

 王子として、過剰なほどの環境。
 

 

 前世の俺から見れば、信じられないほどに恵まれた日々だった。

 


 そうして、日が過ぎ、週が過ぎ、ひと月が過ぎる。

 


 身体も少しずつ大きくなり、俺もこの世界のリズムに慣れ始めていた。

 

 いや、慣れたつもりでいただけなのかもしれない。

 

 

*

 

 

 深夜。一時的に一人になった寝室で、目が開いた。


 薄い月明かり。冷えた空気。
 

 

 誰もいないはずの部屋なのに、胸の奥が先に騒ぐ。

 

「っ……」

 

 原因はわかっている。あいつだ。
 

 理由は、いまだにうまく言葉にできない。

 


 ただ、身体が先にすくむ。

 

 ──兄さん♪

 

 本当はそこにいないと分かっている。

 

 分かっていても、反応してしまう。


 

 鎖の音。足音。あの笑顔。
 

 

 ──兄さ〜ん?どうして逃げるのー?

 

 見たくない、と思った時には遅かった。


 

 ベッドの上でうずくまる俺へ、近づいてくる気配だけが膨らんでいく。
 

 

 逃げようとしても、身体が動かない。


 

 金縛りではない。ただ、恐怖が先に身体を押さえ込んでいる。

 

 ──こっちでも、また会えたね♪

 

「あああぁッ!!」

 

 叫んで、跳ね起きた。


 呼吸が荒い。心臓がうるさい。冷や汗が背を伝う。


 赤子の体でも、恐怖だけは同じだった。

 

 部屋には、誰もいない。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 呼吸を整えようとしても、すぐに戻らない。
 

 転生してから、何度も振り払おうとしたが無理だった。

 

 むしろ、前よりはっきりする気がする。

 

 ──明日も、楽しみにしてるからね。

 

 耳元で言われた気がして、肩がすくむ。
 

 幻でも本物でも、不快なことに変わりはない。

 

(くそっ……)

 

 布団を叩く。大きな音にはならない。それでも、今の俺にはそれが精一杯だった。

 


 王国の第二王子として生まれ直した。家族もいる。環境もいい。

 


 なのに、まだ過去の部屋から出ていない。

 

「は……はは」

 

 自嘲が漏れる。
 

 外見が変わっても、中身は同じなのか。また同じ場所で立ち止まるのか。

 

 その時、違和感があった。

 

「なんだ……?」

 

 暗い空気の中に、薄い熱がある。
目を凝らすと、光の粒が見えた。

 宝石のように、小さく揺れている。

 指で触れることはできない。

 

 なのに、胸の奥がそれに反応する。

 

 さっきまで部屋を占領していた鎖の音が、わずかに遠のく。

 

「魔力……」

 

 夜の天井を見ながら、別の声が重なった。

 幻聴ではない。あいつの声でもない。

 

『ゲームによくあるじゃん?魔力とか波動とか。もし世界にそんな力があって、一人だけ別格に強かったら、優也は何をする?』

 

「………」

 

 この力を完璧にできれば、安心できるだろうか?

 

 過去の悪夢を。前世の無力を。

 

「……っ」

 


 鎖は、もう付いていない。だが恐怖は、まだ残っている。

 

 この世界なら、不可能を可能にできる力がある。


 

 だから、自分で手に入れるしかない。 

 

 ──現実逃避?ああ、そうだろう。分かっている。それでもいい。

 

 俺は弱い。誰よりも脆い。

 


 だからこそ──。

 

 澪を、思い出す。夕日の中で笑った顔。

 

 「好きだ」と初めて言えた人。
 

 鎖に繋がれたまま、目の前で何度も刺され、最後まで俺を見ていた瞳。

 

 助けたかった。抱きしめたかった。
 なのに、何もできなかった。

 

(……だったら)

 

 天井を見ながら、決めた。

 

 過去は変わらない。

 忘れることも、できない。

 

 ならば、それを利用してやる。

 

 かつては、理不尽を味わされた。

 

 ならば今度は──俺自身が理不尽になってやる。

 

 そう思った瞬間、俺の中の何かが、わずかに変わった気がした。

 

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