MCU世界で『ただいま』を言えない怪物 作:お砂糖さらさら
第1話 紅き閃光の偽証
夜の街でビルからビルを壁蹴りの要領で黒い少女が赤い粒子の軌跡を残して駆ける。
彼女の華奢なしなやかな肢体を包むのは、夜の闇に完全に融解するマットな質感の漆黒のライダースーツ。
そして腰回りから太腿の後ろにかけて燕の尾(ツバメの尾)のように長く伸びた黒いコートの裾が、彼女が跳躍し、夜の街を駆けるたびに、風を切って不気味に、そして美しく翻る。
首元で短く切り揃えられた、艶のある黒髪のボブカットを揺らし、鋭く切れ上がった涼しげな目で遠くをにらむ。瞳の奥に灯る深く冷たい赤色の瞳はしっかりと赤い光をまき散らす人間だったものをとらえていた。
「キィィィィィン——ッ!」
唇から漏れる声の底には、常人ならば魂を直接削り取るような、甲高くて電子ノイズが混ざり合っていた。生物の肉声と制御を失った赤いエネルギーの火花が、喉の奥で無理やりブレンドされて強引に排出されている。
人ならざる者の雄たけびを無視し少女は黒いコートを翻す。
腹部には銀色のベルト、見るものが見れば日曜朝の時間帯にテレビで放映されている特撮番組の変身ベルトに見えただろう。
そして右腰に装着された懐中電灯型デバイスを右脛に装着し、ベルトから抜いた板状のものをスロットに叩き込む。
『Ready』
ドンッ!っとビル壁に足跡をつけ加速。
続けて腹部のベルトに納められた携帯電話型デバイスを操作。
『Exceed charge』
右足を輝かせると空中で一回転して右足を赤い円錐状のポインティングマーカーを放出、その勢いのまま右足を赤く輝かせ蹴撃を直撃させる。
「アァァ、ァ、ガッ、アァァァァァァッ!!」
「……おやすみなさい」
黒い少女がつぶやく中で怪物は断末魔を上げながら灰となった。
用はすんだ、そう態度で示すようにその姿はビル群の闇に消えていくのだった。
◆ ◆ ◆
深夜二時。マンハッタンの喧騒から少し外れた、うらぶれたネットカフェの一室に私はいた。
三方向を安っぽいパーティションで区切られた狭い個室の中。
液晶画面の薄青い光を浴びながら、左手でスマートフォンを操作していた。
画面に映し出されているのは、ネットの片隅でまことしやかに囁かれている「マンハッタンの黒い少女ヒーロー」に関する数件の都市伝説だ
一般の市民たちは、彼女をスターク・インダストリーズの最新テクノロジーを纏う、謎に包まれたスーパーヒロインだとでも思っているらしい。
だが実際には違う、私は怪物だ、しかも捕食と融合により擬態する能力を持つ生体兵器の類の怪物なのだ。
先ほどベルトから携帯型デバイス――ファイズフォンを外し戦闘形態を解除した。
この時本物のシステムがそうするように、短い電子音が響き、胸部を走っていた赤いフォトンブラッドのラインが消灯、装甲とコート、ライダースーツが消えていく。
私はエリン・マクカシーの私服へと戻った。
装甲とスーツは、システム解除の手順に従って外見を切り替え、最終的に装甲が細胞に変化するようなことは起きない。
あくまで「手続きを完了させた結果」として、姿が切り替わっているだけだ。
次にベルトのスロット、ファイズォンの接続部、ポインターの装着面――ダミーとして形成していた各ガジェットの内部から、機能を再現するために注入していた生体組織と神経が静かに引き抜かれ、体内へと回収していく。
空になったガジェット類を、私は丁寧にケースへしまい込んだ。オリジナルがそうしていたように。
糖分の補給に自販機で買ってきた冷え切った缶コーラを口元に運び、炭酸の冷たい液体を喉に流す。
キン、と体の内側が冷える不快な感触。
その冷たさが、彼女の脳裏にこの肉体の始まりである「あの凄惨な夜の記憶」を強制的に呼び起こした。
――エリン・マクカシー。
それが、この肉体の元の持ち主の名前だった。
実家は、ここからそう遠くないヘルズ・キッチンの一角にある、古いレンガ造りのアパートだ。
母親は今頃、地元の寂れたダイナーで油に塗れたフライパンを握っているか、リビングの薄暗い蛍光灯の下で私を待っているのだろうか。
実家はある。
帰るべき物理的な場所はすぐそこにある。
にもかかわらず、自分はこうして数百ドルの支給金と張りぼてのギアをアタッシュケースに詰め込み、ネカフェやカプセルホテルで夜を明かして放浪せざるえない立場にいる。
なぜなら、自分はエリン・マクカシーではないからだ。
あの雨の滴る廃ビルの奥で、致命傷を負って横たわっていた本物のエリン。
その細い喉を噛み破り、骨を砕き、肉を貪り喰って、彼女が持つフォトンブラッドを生み出す体系を取り込み、彼女に擬態して人生を乗っ取っている人外。
それこそが、今ここに座っている怪物の正体だった。
あの赤い光をまき散らすフォトンブラッド実験体と同じ施設で生まれ、本来なら原初的な生存本能しか持っていなかったはずの獣。
しかし、施設を脱走し偶然見つけたエリンを本能のままに完全に捕食、その記憶と細胞を自らの生体システムへ融合・ブレンドしたその瞬間に私はエリンの魂の最深部にこびりついていた
『私には夢がない。でも、あの冷え切ったアパートの、お母さんのいる家に帰りたい』
その切実なミクロの日常への憧憬が怪物である私の脳内に、消せない呪いとして上書きされてしまったのだ。
だから、私は戦う。
組織が定期的に放つフォトンブラッドの実験体が、あのダイナーやアパートを焼き尽くさないように。
エリンのふりをして、あの家のドアを開ける日を迎えるために。
そうしなければ、エリンの残滓と怪物としての私のバランスが崩れフォトンブラッド生成の系が暴走し肉体が細胞レベルで破綻するリスクがある。
でも、しばらくは帰らない。
エリンの声色、呼吸の間、わずかな仕草——母親が長年見てきた細部まで完全に再現できている自信がまだない。見破られた瞬間、このバランスは崩壊する。
生存率が下がるリスクを今は取れない。
私の行動規範の最優位である生存の為に、私は彼女の日常を最低限維持しなければならない。
手元のスマートフォンが無機質なバイブレーションを震わせた。
画面に浮かび上がったのはフォトンブラッド実験体を野に放っている組織からの入金だ。
心底くだらない話だがこの戦いはマッチポンプ、スマートフォンのアプリによって実験体の出現がご丁寧に位置情報まで通知され殺せばご褒美としてそれなりの資金が入金される。
エリン・マクカシーはこの組織のテクノロジーによってフォトンブラッドを生成する系を埋め込まれ、ファイズギアと呼称される装備一式と合わせてデータ取りのための命がけの戦いをしていた。
『私には夢がない、でも誰かの夢に続く今日を守ることはできるはず』
利害を超えてその言葉を胸に戦ったが、志半ばで致命傷を負った彼女を貪り食い、今は私が勝手に引き継いでいる構図だ。
組織は気づいているはずだ。
監視しているならミッションメモリーの起動装填タイミングが本物のエリンのログと微妙に違う。ギアからの発信信号も途切れている。
本物のシステムはすでに喪失し、今ここにいるのはそれを模倣した別の何か――そう察していないはずがない。
本物のエリンならクリムゾンスマッシュ直前に携帯のエンターを打ち込んでいた手順を、私は指先でそれっぽく弄るだけで省略して発動した。
……組織の監視ログには、異変として記録されているだろう。
それでも入金は続き、実験体は放たれ続ける。
……彼らは何を見ているのだろう。
疑う余地もない新しいサンプルとしての私をか。
冷え切った缶を机に置き、アッシュケースの中の中空のベルトを見つめた。
スマートフォンの通知が鳴る、今夜二人目の実験体が放たれたらしい。
ベルトと最低限のガジェットを身に着け、荷物をまとめてネカフェを出る。
路地裏に駆け込み、ファイズのベルトにファイズフォンを叩き込んで変身する。
衣服が粒子状に分解され、あたかもシステムに収納されたかのように消える。実際は私の生体組織が即座に再構成しているだけだ
黒のライダースーツが彼女の身を包み、さらにその上から黒いコートが形成、フォトンブラッドの紅い発光ラインが生成された胸部や肩、前腕、太腿に装甲の随所、そして太腿に鮮血を思わせる鮮やかに脈打つように走る。
変身を終えた彼女は夜の闇に消えていくのだった。
・エリンちゃん
ファイズギアで仮面ライダーファイズの少女化したような姿に変身して戦っていた。
あの煩雑なガジェットをガチャガチャしながら真正面から戦うタイプ。
享年18
・主人公ちゃん
エリンの身体とファイズギアを捕食し社会的に成り代わろうとしている邪悪な生命体。
あの煩雑なガジェットをガチャガチャするより初手不意打ちクリムゾンスマッシュで終わらせたいタイプ。