MCU世界で『ただいま』を言えない怪物 作:お砂糖さらさら
「地上に出るぞ、マクカシー!」
夜の東京、高架線沿いの一般道を猛烈な速度で疾走する一条のパトカー。
助手席の私は、黒いライダースーツに黒いコート、体の各所に装甲が形成されたファイズの姿になっている、ラインとなって身体を彩る赤いフォトンブラッドの光が車内を照らす。
専用端末の画面に表示される地下鉄りんかい線の運行ルートと、並走するように設置された高架の座標を冷徹に同期させていた。
標的はカマキリ種の怪人。
彼女が乗った10両編成の通勤電車は、帰宅ラッシュの満員御礼──乗車率200%状態にある。
1車両あたり約200人の人間がすし詰めにされている計算だ。
そのドア付近まで肉の壁で埋まったその閉鎖空間こそが、グロンギの選んだ「檻」であり「盾」だった。
時速数千キロに達する私のアクセルフォームは、最大稼働で狭い通路で起動すれば移動時のソニックブーム(衝撃波)だけで一般人を肉片に変える。
奴らは私の速度を、人間の命を盾にすることで完璧に封殺しに来たのだ。
だが、人間の同胞を守る執念はその程度で殺戮者に屈したりしない。
「高架下のルート上に、警察の総力を挙げて落下用エアマットを配置させた!」
ステアリングを握る一条が、激しいロードノイズに負けない声で叫んだ。
「あの電車がそこを通過する時間は一瞬だ。だが……君の10秒なら、全員を外へ逃がせるか!?」
私は脳内で即座に計算を開始する。
「──計算は成立します。一条刑事、10秒だけ時間をください」
地下から這い出た電車が、月明かりの下、高架線へと駆け上がった。
私はパトカーのドアをあけ放ち、躍り出る。
地を蹴り、電車に飛び掛かる
ファイズのフォトンブラッドの光い輝きが夜空に一筋の軌跡を描く。
電車の屋根に着地し、ガリマの気配がする5号車の天窓のガラスを叩き割る、私はそのすし詰めの地獄へとエントリーした。
車内は悲鳴と、血の匂いで満ちていた。
大鎌を振り上げたカマキリの特徴を持った女怪人が、不敵な笑みを浮かべて私を睨みつける。
私は彼女を完全に無視し、右腕にあらかじめ生成しておいたファイズアクセルのボタンを押し込む。
『START UP』
機械的な電子音が響いた瞬間、世界からすべての音が消え、完全に静止した。
現実世界の、たった10秒間。
私の主観時間においては、2時間46分の長い長い「救出の時間」が始まった。
壁に付着した血液の雫、恐怖に顔を歪めたまま固まった乗客たち。
振り下ろされる大鎌の軌道すら、完全に止まっている。
私は、ファイズ・アクセルフォームによって加速状態に陥ってる体を極限まで繊細にコントロールした。
衝撃波を生まないよう、しかし確実に、カマキリ怪人の手をゆっくりと開いて大鎌を奪い取り、壁を四角く切り取り、ジリジリと移動させて外と繋がるようにずらして置く
次に繊細さと速度を両立させた動きで乗客の身体を1人ずつ抱きかかえる。
そして先ほど作った道から目標めがけて、細心の注意を払って優しく外へと放り投げ続けた。
1人、2人、3人……。
主観時間の中で、極めて繊細な行動を繰り返すかつて味わったことのない
疲弊を味わい、全身が鉛のように重くなっていく。
それでも、ヘルズ・キッチンのダイナーでフライパンを振る母親の、あの静かな日常を守るための計算を、私は絶対に止めることはできない。
2時間半以上の孤独な、あるいは気が遠くなるような超高速の作業。
────184、185、186。生存者全員の退避が完了した。
『TIME OUT』
「そして時は動き出す」
現実の時間が、爆音と共に動き出す。
大鎌で切り裂かれた板状の外壁が吹き飛んで後方に流れていく。
高架下の暗闇に敷き詰められたエアマットの上に、186人の人間がドサドサと雪崩のように安全に転がり落ちた。
車内に残されたのは、私と、ガリマの2人だけ。
「……リントが、消えた……?」
「もうお前たちは日本語で話せるんだな」
ガリマの目が、驚愕と混乱に大きく見開かれる。
私は間髪入れず、ファイズエッジを起動し車両の連結部を叩き切った。
電車のブレーキシステムには、車両同士を繋ぐブレーキ管や電気信号の線」が通っている。
私がファイズエッジで切り離したことでシステムはこれを異常事態と検知し、後続車両には一切の電気や操作がなくても、自動的に100%の非常ブレーキがかかる仕組みになっている。
私たちがいる先頭車両だけが高架線を滑り、完全に孤立する。
「ゴボセ!クウガンラガギロボグ!!」
大鎌と肉盾を失い、自身のゲゲルを完全に壊されたガリマが、本性であるカマキリの異形へと変貌し、怒り狂ってたのか両拳から爪を伸ばして突き刺そうとしてくる。
だが、一般人の死亡率が0%になった以上、私の生存計算は「最大効率での即座の抹殺」を導き出している。
抵抗する隙すら与える必要はない。
私は通常フォームのまま、超高熱を帯びたファイズエッジを容赦なく一閃させた。肉組織を焼灼する鋭い音が響く。
伸ばされた腕を容赦なく無慈悲に切断した。
「ガ、アァァァッ!?」
両腕を失い、断叫を上げるガリマの胸ぐらを、私はファイズの剛腕で掴み取る。
そして、生体兵器としての全出力を上空へと向け、彼女の身体を夜空の彼方へと全力で投げ出した。
続いて大鎌も投擲して刺し貫いてやる。
生体組織で作った布で巻いたカマキリ女の両腕を抱え、即座に右脛にファイズポインターを生成。
時を同じくして、一条が手配した警察のヘリコプターが、高架線の真上に滑り込んでくる。
私は割れた天井から夜空へ向けて垂直に跳躍した。
限界まで高められた跳躍力は、ホバリングする警察ヘリの着陸脚を正確に捉える。
ヘリの脚を強固な足場にして、私は反転。
ベルトのエンターを押し込みチャージを開始する。
『Exceed Charge』
宙を舞うガリマに向かって、さらに突き上げるように急上昇のキックを放った。
右足のファイズポインターから放たれた真紅の円錐状のロックオンマーカーが、彼女の腹部──魔石ゲブロンのベルトへと完全に固定される。
「あなたの夜はここまでだよ」
赤いフォトンブラッドの光錐を突き抜け、私の蹴りがガリマのベルトと直撃した。
瞬間、ファイズ本来のフォトンブラッドのエネルギーがベルトの中枢である魔石に到達する。
彼女の体内の魔石が激しく明滅し、過剰反応による「自爆」のエネルギーが膨れ上がった。
私は爆発の直前、ガリマを足場に蹴り込み、反動を利用して離脱。
直後、東京の夜空の特等席で、ガリマ単体の凄まじい大爆発が炸裂した。
閃光が夜を照らす。
しかし、その位置は地上からもヘリからも十分に離れた高高度。
爆風も熱波も、地上の建造物や人々には一切届かない。
ただ夜空に大輪の赤い花火が上がったかのような、文字通りの「最小限の被害」に抑え込まれていた。
立ち込める黒煙。降ってくる赤い光の粒子。
現場に駆けつけた一条は、私が放り投げた乗客全員が無傷が確認され、怪人だけがピンポイントで処理された光景に、安堵の息を漏らした。
着地して変身を解除した私が息をつく暇もなく、専用端末からニック・フューリーの通信が入る。
即座に連絡をよこしてくるとはストーカー染みている。
『マクカシー。サテライトが東京でまた爆発を捉えた。……今度は何を消した?』
「カマキリ種怪人の処理です」
私は変身を解除し、淡々と虚偽のロジックを告げた。
「データを共有します。この『グロンギ』という種族は、致命傷を負うと超人としてのシステムの中枢である、ベルトの中身が強制的に自爆、あるいは私のフォトンブラッドを流し込むことで誘爆を起こす構造になっているようです。
先のバッタ男は、アクセルフォームの多重クリムゾンスマッシュで処理したために灰になりましたが、今回の個体は通常のクリムゾンスマッシュによる灰化を試みた結果爆発しました。
奴らを殺害する=物証の完全消滅を意味します。……回収可能なサンプルはありません」
フューリーは画面の向こうで沈黙し、送られてきたガリマの爆発データを精査した。
遺跡で寝起きの200体近いグロンギを山ごと一網打尽にした際の大爆発のデータとも、これで完全に計算の辻褄が合う。
『……つまり、奴らは殺戮趣味の歩く時限爆弾というわけか。いいだろう。物証の回収は二の次だ 不確定要素は極力減らせ。だが、これ以上の器物破損は俺でも揉み消しきれんぞ。周囲の被害は最小限に抑えろ。帰投しろ』
通信が切れる。
肩をすくめた後に私は端末を収め、一条刑事に軽く頭を下げ、静かに視線を交わした。
フューリーは表向き騙され、バダーの無傷のベルトは、日本の科警研に眠ったままだ。
「お疲れ様、マクカシー。完璧な計算だったよ」
「いいえ。一条刑事や警察の皆さんが落下マットを用意してくださらなければ成立しない計算でした。これの回収もお願いします」
カマキリ女の両腕を一条に押しつけ、夜の街へと歩き出した。
生存計算は、未だ黒字を維持している。
だが、仲間を2体、それもグロンギの生き残りたちが、次にどんな「対策」を講じてくるか──。暗闇の向こうから迫る、次なる闘争の予感に、私は静かに息を吐いた。