MCU世界で『ただいま』を言えない怪物 作:お砂糖さらさら
東京上空でガリマを処理した夜から、数時間が過ぎていた。私は一条刑事の運転するパトカーの助手席で、専用端末にデータをまとめていた。
高高度での誘爆データ。
爆発規模の計測値。
物証が一切残らなかった事実。
それらを、すべてニック・フューリーへ送信する。
通信はすぐに繋がった。画面に浮かぶのは、相変わらず不機嫌そうな片目の男だ。
『マクカシー。改めてお前の口から詳細を聞きたい』
「先日のバッタの要素を持った生物をバッタ怪人と称するのであれば、あれはカマキリ種の怪人です。データは共有済みです」
私は淡々と虚偽を重ねた。
「この種族は致命傷を負うと、腹部のベルト中枢が強制自爆、あるいは私のフォトンブラッドが流れ込むことで誘爆を起こします。
バッタ男はアクセルフォームによる連続クリムゾンスマッシュにより誘爆する間もなく灰にまで焼却しました。
今回は遺跡での再現性を確認するためのベルトへのクリムゾンスマッシュの試行により爆発しました。
殺害=物証の完全消滅、という意味です。回収可能なサンプルはありません」
フューリーは沈黙した。サテライトが捉えた爆発データと、九郎ヶ岳消滅時の衝撃波データを照合しているのだろう。
やがて、低い声が返ってきた。
『……なるほどな。いいだろう。
物証回収は二の次だ。不確定要素は極力減らせ。
だが可能な限り人命に配慮し周囲の被害も最小限に抑えろ。任務を自覚し帰投しろ』
通信が切れる。これで計算は黒字化した。S.H.I.E.L.D.の回収班が日本へ派遣されるリスクは激減した。
無傷のベルトやサンプルを科警研に隠し続けられる。母親の日常を守るための、わずかな余裕が生まれた。
◆ ◆ ◆
来日して、わずか三日目の朝。
私の脳内が弾き出すタイムラインは、狂った歯車のように進行した超過密な推移を確認していた。
一日目の昼に九郎ヶ岳でティアトップ個体が目覚め、私は200体近い怪物を現実時間の10秒──主観時間2時間半──で一網打尽にし、山を一つクレーターに変えた。
その夜には一条刑事に尋問を受けながらもバッタ男を高速道路で解体し、フューリーへの隠蔽工作を完了させた。
そして昨夜は、人間の肉壁を盾にしたカマキリ怪人の両腕を切り飛ばし、ヘリを足場に空中へと突き上げてピンポイントで爆殺した。
我ながら本当によく働いていると自認するのはおかしいだろうか。
そして今、私は警視庁の本部、その重厚な漆黒の長机が並ぶ会議室にいた。
マジックミラーのない、剥き出しの対峙。並み居る警察上層部の幹部や公安のキャリア組が、冷徹な視線を私へと注いでいる。
彼らの心音は一様に速く、不審と、激しい戦慄の匂いが部屋を満たしていた。
「エリン・マクカシー特別分析官。君がS.H.I.E.L.D.のバッジを盾にするのは勝手だが、ここは日本だ」
一人の上層部が、手元の書類を叩くようにして言った。
「長野の山を一つ消滅させ、昨夜は東京の上空で戦術核まがいの大爆発を起こした。一般人の犠牲がゼロだったのは奇跡に近いが、他国の領土でこれ以上の暴挙は国際スキャンダルだ。
君は本当に、我々と志を共にすべき味方なのか?」
私は表情一つ変えず、エリンの冷徹な声色で淡々と事実のギブ&テイクを開始した。
「勘違いしないでください。私が簡単に駆除しているように見えるのは、私が最新のテクノロジーで作られたワンオフの特殊装甲服を使えるからです」
私は先代クウガから受け継いだ記憶と、遺跡での抹殺データを同期させた資料を長机に滑らせた。
「データを示します。遺跡から脱出した残党の数は、おおよそ『残り八体』。
彼らは日本警察が保有する通常の対人兵器では、爪膜一枚傷つけることもできない戦闘生物です。人間が真正面から殴り合ったら即座に殺される熊などともレベルが違う生物です。
しかも、その本質はただの殺人趣味の異常者集団。
対人装備では殺せない彼らを放置すれば、長期的に見て出る犠牲者は万では収まりません
あれは害獣などではなく、歩く殺傷兵器と時限爆弾を兼ねた存在なのです。
私が戦わなければ死体が積みあがるだけです。
それは皆様の首や政権が吹っ飛ぶにたるスキャンダルになると思いますが」
幹部たちが息を呑む。彼らも、科警研から回ってきた遺体の凄惨な損壊データから、私の言葉がハッタリではないことを理解していた。
「私は残党をすべて撃破した後、さらなる残党が出ないか調査を完了し次第、速やかに帰国します。あなた方の政治的なメンツを潰す気はありません。
……ただし、一つだけ共有しておくべき絶対的な事実があります」
私は視線を上げ、冷たい赤い虹彩で彼ら全員を射抜いた。
「私が遺跡で接敵した人間の姿をした何か。あのティアトップの個体に関しては、私の強化スーツの全てのリミッターを解除した性能を以てしても、相打ちに持ち込めるとも保証できません。」
「何だと……? 君の持つアメリカの最高技術でも勝てないというのか」
「ええ」
私は静かに頷き、自らの脳内にある言葉に変えた。
「奴を倒す計算式は一つしかありません。
私が正規ではない手続きで強化服を生成した時に生まれる莫大なエネルギー
それで原子分解を試みるほかありません。
そうでなければ殺される。……あれは、そういうレベルの怪物です」
お偉方は渋面を作る、私の言葉を頭では理解できても心では納得できないのだろう。
それは別におかしくない。当たり前の感情だ。
「異国人でありながら君はこの国の為に命を懸けてくれると確約してくれるのかね」
「このミッションに失敗したときは私が死んだ時です」
上層部たちはいい顔はしなかった。
激しい政治的敗北感と恐怖に唇を噛み締めながらも、彼らは私の圧倒的な有能さと冷酷な現実の前に、正式な協力体制の維持を事後承諾せざるを得なかった。
そして、最も私のロジックを理解している一条薫が、公式に「マクカシー特別分析官専属随行──マクカシー係」として認定された。
◆ ◆ ◆
「……入るぞ、マクカシー」
その日の夕方、都内の一等地にある、最高レベルのセキュリティを誇る高級ホテルの一室。
S.H.I.E.L.D.の予算で借り上げたセキュアな部屋のドアを開け、一条刑事が一本のスーツケースを持って入ってきた。
今日からここが、彼との共同生活の拠点となる。
「うちの上層部が手数をかけさせたな。……すまない」
「いいえ、そもそもの状況が無茶苦茶すぎるので無理はありません。
協力体制という手駒が盤面に残っただけ、私の生存計算は黒字です」
柔らかすぎて気持ち悪いソファーに沈み込み栄養ドリンクをがぶ飲みし、栄養食を口に運ぶ。
三日間、アクセルフォームの乱用による主観時間二時間半の加速を繰り返し、酷使されていた生体組織が疲弊のシグナルを上げている。
一秒でも早く万全を整えるためにドラッグストアで買い込んだ栄養食をかみ砕き、経口補水液を流し込み全身に栄養を流し込んでいた。
「あまり褒められた食生活は言えないな」
「必要なので」
一条はそんな私の様子を静かに見つめると、小ぶりのプラスチック容器をテーブルに置いた。フタを開けると、湯気と共にどこか泥臭く、しかし出汁の効いた温かい匂いが広がる。近くの蕎麦屋から取ったという、何の変哲もない温かい山菜うどんだった。
「君にそのような食事を強いている状況は理解している。
……まずは食べるといい。
君の今のその顔は、ただの疲れ切った家出少女にしか見えんよ。
温かいものを腹に入れることで気持ちが落ち着くこともある」
「ありがとうございます。
……領収書があればうちに回してください」
私はスプーンを手に取り、温かい出汁を喉へと流し込んだ。
かつてマンハッタンのネカフェで口にした冷え切ったコーラとは違う、胃の腑からじんわりと細胞を温めていく不器用な優しさ。
母親の日常を守るために計算を続ける私と、この国の日常を守るために生身の命を賭ける刑事。
二人の守りたいミクロな日常への敬意が、言葉のない空間で静かに共有されていく。
私の張り詰めていた生存計算の数式に、ほんの少しだけ、人間らしい暖かさが混ざり始めるのを感じていた。
「いけますね、これ。高かったですか?」
「海外から来た人にうどんは悪手かなと迷ったんだが。それならよかった。」
そういえば私の提供したサンプルは解析されているだろうか。
口ではなく私の優位性を示すためにもあのグロンギの生体構造の研究は必要だ。
協力を引き出すためにもフューリーに隠ぺいしつつ、連中が化物であるわかりやすいサンプルを提供しなければならない。
…なんで私がこんな綱渡りをしなければならないのか。
◆ ◆ ◆
同じ夜、文京区の関東医大病院の地下──椿秀一のラボ。
完全に隔離され、厳重に保管されていたはずの土壌サンプルに、異常が起きていた。
それは、九郎ヶ岳の巨大クレーターの底から回収された、砂利だった
カサ……カサリ。
沈黙したバダーのベルトではなく、今まさに高級ホテルにいるエリンの胸の奥──『霊石アマダムの断片』が放つ微弱な生存波長に遠隔で共鳴するように、砂粒の中に混ざっていた未知の古代金属粒子が、夜な夜な自律的に蠢き始めていた。
顕微鏡のレンズの向こうで、砕け散ったはずの金属片が磁石のように引き寄せ合い、分子レベルでの自己組織化を繰り返していく。それは、まだ数センチの不気味な、しかし確実に未知の甲虫の足や殻の形へと再誕を始める前兆だった。
そして、東京のコンクリートの闇の底でも、もう一つの歯車が噛み合わさる。
「バダーも、ガリマも、あの戦士にて一瞬で殺された」
闇の中で、冷徹にそろばんを弾くラ・ドルド・グの声が響く。バラのタトゥーを刻んだ女、バルバが冷たい瞳を細めた。
ゴ集団最強の戦士、ゴ・ガドル・バが、そのカブトムシの触角を思わせる角を揺らしながら、狂喜的な戦慄を孕んだ声を漏らした。
「あの赤い戦士はただの紛い物ではない。グロンギと同等でありながらもリントに飼われ我らのゲゲルを壊す、興味深い獲物だ」
「……ガアアアァァッ!」
「行くのか、それも良いだろう。それがお前のゲゲルならば」
バルバの視線を背に走り出すグロンギ。
闇の奥で、獰猛な虎の異形──メ・ガドラ・ダが、腕に巻いたチェーンを確かめながら、牙を剥いて夜の街へと出撃していく。
ホテルの窓から、きらびやかな東京の夜景を見下ろしていた私の生体センサーが、突如として網膜の端にノイズを走らせた。
遠く、しかし確実にこちらへと近づいてくる、圧倒的な『獣の殺気』。
「一条刑事、獣のようなグロンギが私を狙って挑発しています、すぐに通行規制が必要になるかと」
「了解した、無茶はしないでくれよ」
私は静かに黒いコートの裾を揺らし、隣で無線機を確認している一条刑事の背中を見つめた。
生存計算の黒字マージンが、再び、削り取られようとしていた。