MCU世界で『ただいま』を言えない怪物   作:お砂糖さらさら

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第2話 雨に濡れるダイアリー

 

 

 

 昨夜の戦闘を、私は失敗だったと認識している。

 

 エリンではなく、生物兵器としての感覚が強く出すぎた。効率的で、迷いがなく、あまりに自然だった。

あれではエリン・マクカシーにはならない。母親が長年見てきた「あの子」の動きとは違う。

だから今夜は、意識して再現率を上げる。

エリンが装備を渡されたばかりの頃の、まだ体に馴染んでいない手つきを。

震える指先も、取り落とす瞬間も、すべて含めて。

 

 雨が、マンハッタンの夜を濡らしていた。ビルの谷間を黒い影が滑る。

短く切り揃えられた黒髪が水を弾き、赤い瞳だけが闇の中で冷たく灯っている。

胸元を走るフォトンブラッドの軌跡は雨粒に滲み、血痕のようだった。

 

 

 最初の適合体は、路地の奥で佇んでいた。

私は足音を消して接近した。右腰の懐中電灯型デバイス――ファイズポインターを外す。

指先がわずかに震えた。湿った金属の感触が滑り、危うく取り落としそうになる。

慌てて握り直す。

 

 

――……まだだ。この手は、まだエリンの手になりきれていない

 

 

 

 右脛の指定位置に装着しようとする。

ベルトの留め具に指が引っかかり、一度外れる。雨で冷えた指が思うように動かない。二度目でようやく固定できた。

 

 次にベルトのスロットから板状のミッションメモリーを抜く。

ポインターに差し込もうとした瞬間、角度がずれて弾かれる。カチリ、と音がして床に落ちた。

しゃがみ込み、泥水に濡れたメモリーを拾い上げ、コートの内側で拭う。

 

再度、慎重にスロットへ押し込む。今度は入った。

 

『Ready』

 

腹部のファイズフォンを操作する。画面をなぞる指がわずかに遅れる。

 

『Exceed Charge』

 

 本物のエリンなら、もっと自然に、呼吸の間に合わせてエンターを叩いていただろうか。

私はまだ、手順を「思い出して」いる段階だ。赤い円錐状のマーカーが展開され、適合体を拘束する。

右足にフォトンブラッドを収束させ、蹴りを叩き込んだ。

 

 「アァァ、ガッ……ッ!」

 

断末魔は雨に掻き消され、体は赤い粒子となって崩れていく。

 

 

 

 

「……おやすみなさい」

 

 

 

 声が、自分でも低すぎると感じた。

スマートフォンが震える。

『対象排除確認。報酬入金完了。+850ドル』

組織のマッチポンプは正確だ。殺せば金が入る。金が入れば、ネカフェの個室を確保できる。

 

 

雨が強くなる。

 

 

 

 二体目は駐車場の影にいた。

もはや人間の原型を感じさせない白い肢体は体躯が大きく、腕が異常に伸長している。

ポインターを脚にセットする動作が、また遅れる。指が滑り、一度取り落としそうになるのをこらえて、歯を食いしばって装着する。

ミッションメモリーを挿すときも、一度手が震え、スロットの縁に当ててしまった。

 

 

エリンも、最初はこうだったのだろう。

説明書を見ながら、震える手で装備を付けていたはずだ

 

 

 マーカーを展開し、クリムゾンスマッシュを叩き込む。

粒子化した灰が雨に流されていく。

また、通知が来る。

『対象排除確認。報酬入金完了。+920ドル』

三体目の座標は、ヘルズ・キッチン寄りの古い工業地帯だった。

実家から歩いて十五分ほどの距離。

 

 

 

雨の中を走る。

 

 

 

 ギアの操作は相変わらずぎこちない。メモリーを挿す指先に意識が必要で、ポインターの装着にも余計な時間がかかる。オリジナルのエリンが、まだ戦い方を体に染み込ませていなかった頃の動きを、私は忠実に再現してしまっている。

 

 

三体目は廃倉庫の屋根にいた。

白い肢体からわずかに紅い光が漏れてあたりを照らしている。

接近した瞬間、甲高い電子ノイズが夜を割った。

 

 

「キィィィィィン——ッ!」

 

 

 

気づかれたか?

ぎこちない指先を、生存本能でわずかに補正しながらポインターを装填し、メモリーを叩き込む。

 

『Ready』

 

電子音声を聞き流しながらファイズフォンを開き、エンターを押す。

 

『Exceed Charge』

 

 

 動作の一つ一つに「模倣している」という意識が残る。自然さがない。

母親が長年見てきた細部――呼吸の間、瞬きの回数、肩の力の抜き方――それらを完璧に再現できていないのと同じだ。

赤い円錐状のマーカーで拘束し、続けて接近しクリムゾンスマッシュを直撃させる。

 

「アァァ、ァ、ガッ、アァァァァァァッ!!

 

適合体は赤い嵐となって崩れ、灰は雨に溶けて消えた。

 

「……おやすみなさい」

 

通知が来る。『対象排除確認。報酬入金完了。+1,050ドル』『次回出現予測:待機中』

 

 雨が黒髪を伝って落ちる。冷たい。あの夜の廃ビルで感じた、肉の冷たさに似ている。

私は変身を解除した。衣服が粒子状に分解され、あたかもシステムに収納されたかのように消える。実際は生体組織が再構成しているだけだ。

 

 ダミーのガジェット内部から、注入していた神経と組織を静かに回収する。

空になったベルトとフォンとポインターをケースにしまい、私服に戻る。

 

 

 ネカフェまでの道を、濡れながら歩いた。ポケットの中のスマートフォンが、入金完了のバイブレーションを繰り返す。

 

 組織は気づいているはずだ。手順の省略、動作の微かな不自然さ、手が震えて取り落とした瞬間さえ、監視ログに残っているかもしれない。

それでも金は振り込まれ、実験体は放たれ続ける。彼らは何を見ているのか。

 

新しいサンプルとしての、私をだろうか。

 

 雨が、ようやく小降りになった。ヘルズ・キッチンの方角を、一瞬だけ見る。

まだ、帰れない。

 

 声色も、仕草も、そしてこの震える手つきも、完璧ではない。

見破られた瞬間、エリンの残滓と私のバランスは崩壊する。生存率が下がるリスクを、今は取れない。私は襟を立て、ネカフェの方向へ歩き出した。雨の匂いが、まだ喉の奥に残っていた。

 

血の味に、よく似た、冷たい感触が。

 

 




Tips
・この戦いの構図は以下の通りになっている。
とある組織が実験体を街中に放流する。
 ↓
 主人公は組織から座標の通知を受けて急行し撃破する。
 ↓
 主人公は組織から報奨金を受け取る。
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