MCU世界で『ただいま』を言えない怪物 作:お砂糖さらさら
東京湾の冷たい海水から引き上げられた時、私の身体は、長年使い古された雑巾のようにボロボロだった。
連日のアクセルフォームの酷使と破壊と再生で悲鳴を上げているのもわかる。
そもそも私のファイズとしての身体能力はあの底辺そうなクモ男とほぼ互角
ガドルのような暴力の権化と真正面から戦うやり方だって好みではない。
神経を強化した、骨も組み替えた、筋肉も密度を高めた、勝つべくして勝つ戦いをした。
それでもガドルに与えられたダメージは私の生体組織の上限を遥かに超えて内臓を破裂させていた。
だが、私を引き上げてくれた一条刑事の掌の温もりと、私のすぐ横で
「キィィィ……、キィィィ……」
と、弱々しく、しかし必死に羽根を震わせている黄金の質量が、私の意識を現実の位階に繋ぎ止めていた。
クワガタくんだった。
彼は私が海に落ちた瞬間、その巨大な牙で私の身体を水底から咥え上げ、一条のボートへと運んでくれたのだ。黄金の装甲はガドルの爆発の余波で黒く焼け焦げ、牙の部分と翅の装甲が脱落して壊れかけている。
「ありがとう、助けてくれて」
そうやって撫でてやることしかできなった。
関東医大病院の地下隔離病室へと担ぎ込まれた私たちは、並んで横たえられていた。
クワガタくんはさっそく金属を補給して再生に務めている。
点滴を受けて細胞を癒している私とおそろいで笑ってしまう。
カチャ、と静かにドアが開き、仕立ての良い漆黒のロングコートを纏った男――ニック・フューリーが、雨の匂いを伴って直接病室へと入ってきた。
ホログラムではない。海の向こうの長官殿は、とうとう重い腰を起こして自ら日本へ上陸していたらしい。
「また病院送りとは激闘だったようだな、マクカシー。
サテライトが東京湾で東京タワーを超える熱源臨界を観測した。
あのカブトムシ種1体を処理するのにお前がそこまでされるとはな、あれが最大の脅威であってほしかったが
お前の言う通り奴はティアトップ個体ではないのは事実のようだ」
フューリーの唯一の目が、病室の薄暗い照明の下で、本気の焦燥をギラつかせて私を射抜いた。
「事態はお前の想像以上に最悪だ。
長野の遺跡でお前が遭遇した例の白い少年が本格的に動き出した。
奴は今、新宿、渋谷、そして山間部を何の前触れもなくワープしながら、ただお散歩でもするような顔で各所を徘徊している。
銃も使わず、爆弾も落とさず、ただ手をかざすだけで周囲の人間や建造物を分子レベルでプラズマへ物質変換し、一瞬で灰に変えているんだ。
既に被害は甚大、数万人のバイタルログがリアルタイムでロストしている」
フューリーは懐から端末を取り出し、世界がただの子供の気まぐれで終わろうとしている絶望的な衛星ログをベッドの上に叩きつけた。
「国際安全保障理事会はパニックを起こして日本への核爆撃すら提案し始めた。
だが、そんなものを落とせば、奴の原子操作能力で東京全土を巻き込む巨大な大砲へとモーフィングされ、世界が吹き飛ぶだけだ。
トニー・スタークの玩具(アイアンマン)を突っ込んだところで、装甲のアーク・リアクターごと奴の玩具にされて終わりだ。
理解しろ……二の槍など、地球のどこを探しても存在しない。
お前が世界で唯一の一の槍だ。
お前は1秒でも早く奴を撃滅しろ、必要なものは全て手配する。
強権の発動が必要ならさっさと言え
約束通りお前の母親はアメリカの極秘地下シェルターへ完全隔離・永久保護した。
だからお前は、世界を救ってみせろ」
フューリーは去り、病室に静寂が戻った。
「言えって言っておいて出ていくのは何?」
その時、隣の診療台の上で、ゴウラムが静かに起き上がった。その腹部にある霊石アマダムが、私の胸の奥の断片と、悲痛な音で共鳴している。
ゴウラムはすべてを察していた。ガドルのベルトが誘爆して消滅し、現在の私にダグバと戦うための出力の計算が圧倒的に足りないこと。
このままでは私が次の戦いで確実に死に、世界が灰になること。
パキ、ピキピキピキ……!
エリンが知らない名ではあるがゴウラムは、自らの意志で黄金の外殻を「自切」し始めた。強固なチタン合金の翅やクローが、ただの動かない金属片となってバサバサと床へと零れ落ちていく。
彼が自らの身体を削ぎ落とし、その最深部から曝け出したのは――眩く、どこまでも清廉な輝きを放つ、黄金の『霊石アマダムの中枢』だった。
エリンの姿をした怪物の中眠るクウガの霊石の断片が共鳴する。
その献身に胸が温かくなると同時に痛みが走る。
「……ありがとう。私に勝つためのバトンを、託してくれるんだね」
クワガタくんの剝き出しの霊石をなでてやる。
「マクカシー、石を持ってきた。二つしかない上に片方はそれなりに削れていて悪いが」
「ありがとうございます椿先生、できれば一条さんと外に出ていてほしいんですが」
怪物としての本性をさらけ出すのを躊躇う場面ではないので見られたくはなかったのだが頑固な男たちは譲る気はないらしい。
「俺はお前のただ一人の医者だぞ、どんな姿になろうと見届けるのみだ」
「俺も半端はしない、どんな姿をさらしてもお前がマクカシーである限りともに責務を果たす」
男二人の譲らなさに肩をすくめる。
「ここから先はR指定ですので」
私は、本物のエリンを貪り喰ったあの夜の「バケモノの融合機能」を完全解放した。
指先から伸びたドロドロとした生体組織が、差し出されたゴウラムの霊石、そして一条たちが科警研の地下から隠密に運び出していた2つの魔石を同時に包み込み、体内の最深部へと捕食・融合した。
「が、あ、あ、ああああああああっ!!!!」
2つの魔石と、クウガのシステムの片翼であるゴウラムの霊石。複数の太陽を体内に呑み込んだような過負荷が私の細胞を襲った。
エリンの姿のまま、目から、鼻から血ではない何かがが噴き出し、皮膚が波打ち増殖した細胞が繭のように身体を覆っていく、その繭の中でドロドロとエリンの形を失い融解・再編成を始める。
バイタルモニターが途絶したのだろう、椿医師が何かを叫ぶ。
一条刑事が、地が滲むほど拳を握りしめて叫んでいた。
「マクカシー! 生きて、あの家へ帰るんだ! 幸せのイメージを見失うな!!」
……帰る……お母さんのいる、あの家に……!
消えない呪いが、過負荷の濁流を強引に捩じ伏せていく。
ゴウラムの残した黄金の外殻が触手によって繭の中に引き込まれて私の細胞へ融け込み、再編成される素材に連なっていく。
同化されなかったゴウラムの残渣は、一握りの古代の砂粒となって床へとこぼれ落ちた。
やがて、光の奔流が収束し、病室に静寂が戻る。
繭がズオオッと内側に吸収されていく
衣服の破片が消滅し、柔らかい純白とピンクの粒子を纏って立ち上がったのは――明るい金髪のボブを揺らす、少女の姿だった。
大きなリボンが頭に付き、白を基調にしたフリルたっぷりのワンピースが光を纏っている。
いつかの時の総裁の夢を断ち切った姿、いや少しだけ違う点があった。
だが、その晒された素顔の目元を見た椿さんと一条刑事は、息を呑んだ。
「目が……オッドアイ……?」
彼女の右目は、ゴウラムが最後に遺した、どこまでも澄み切った『青空』を象徴する、美しいクリアブルー。
外敵から地球の青空を守るための、優しく切ない祈りの光。
そして左目は、怪物としての業を灯した、深く冷たい『赤色』の赤い虹彩。
エリン・マクカシーの夢見た無垢な魔法少女の虚像に、ゴウラムの祈りが融け合わさった、最終決戦フォーム。
私はゆっくりとオッドアイの瞳を開き、ベッドの横に置かれたファイズブラスターを静かに手に取った。
それが瞬時に光になって分解され体に吸収される。
モーフィングパワーによる物質変換の応用、ファイズブラスターの構造を瞬時に理解し体内で機能を再現する事すら今の私には可能なのだ。
「体はもういいのか?」
椿先生の問いに、私は小さく、掠れた声で答える。
「……いけますよ。……椿先生、一条刑事。これが、私の生存演算が導き出した、最後の、一番綺麗な計算式です」
その瞬間、病室の空間がぐにゃりと歪み、あの白い衣服を纏った少年――が、バラ女とコンドル男とでもいう外見の2人を伴って前触れもなくワープで現れた。
少年はオッドアイにフリル姿の私を見て、無邪気に笑いながら言った。
「あはは、クウガとは違う面白い姿になったね……でも、僕と戦えない雑魚は邪魔だな」
少年が物質変換により一条と、椿をプラズマ化しようとするのを先代クウガとゴウラムから受け継いだ霊石の力を総動員して相殺する。
少年の異能が防がれたのを見て取り、いつかどこかで見た、あまりのも笑うということに特化した表情をこちらに向ける。
「そうか、君はなったんだね」
少年が、お伴の二人へ向けて軽く視線を流す。
即座に2人は悲鳴を上げる間すら与えられず、ダグバの物質変換の応用(プラズマ発火)によって、内側からボロボロと一瞬で『灰』に変えられ、病室の床へ崩れ落ちた。
「始まりの場所で待ってるよ」
少年はそれだけを告げると、再び空間転移(ワープ)で夜風の中に消え去った。
超常現象の応酬に沈黙が病室を支配する、最初に口を開いたのは一条刑事だった。
「マクカシー、俺達には送り出すことしかできない。すまない」
「役割分担ですよ、こちらも一条さんや椿さんには無茶をしてもらったのでお互い様にしておいてくださると助かります。」
「最後にもう一度聞く、まだ君は幸せのイメージを持っているか? 君は人間でいるために大切なそれを見失ってはいないか?」
「大丈夫、ちゃんと覚えていますよ」
私は即答した。眼を閉じてエリンの記憶を再生する。お母さんが待つあの家、会話のない、冷え切った日常。あれこそが帰るべき日常であり、完璧な幸せのイメージだ。
頭をなでる一条刑事の手を
「子供扱いしないでください」
と軽く手払い、私は椿先生が手渡してくれた缶コーラを一気に飲み干した。
「マクカシー、必ず生きて返って来い。最高のお前の用の点滴を用意しといてやる。」
「椿先生、お世話になりました。手足が生えてきても泣かないでくださいね」
行ってきます
二人に頭を下げて純白とピンクの光の裾を翻し、病院の窓から夜空へと高く跳躍した。
背中からゴウラムの持つ飛行能力の片鱗とフォトンブラッドの残光を爆発的に噴射し、東京の夜空に、青い眩い「流体光子の流星を一本の線のように美しく描きながら、始まりの地へと向かって音を置き去りにして出撃していった。