MCU世界で『ただいま』を言えない怪物 作:お砂糖さらさら
ザァァァァ――――……。
長野県、九郎ヶ岳の山頂。すべての始まりであり、かつて私の手によって巨大なクレーターへと変えられたあの山は、今、季節外れの吹き荒れる猛烈な白いブリザードによって完全に覆い尽くされていた。
激しい吹雪が舞い散る白銀の視界の先、遮るもののない山頂の真ん中に、私は立っていた。
あまりにも場違い、テレビの子供向けアニメから飛び出してきたような――明るい金髪のボブを揺らす、エリン・マクカシーの素顔。
頭には大きなピンクのリボン、白とピンクを基調としたフリルたっぷりのワンピースが、激しい雪を弾くように柔らかい白い光を纏っている。
右目はゴウラムが最後に遺した、どこまでも澄み切った『青空』のクリアブルー。
左目はエリンの残滓とともにある、怪物の業を灯した、深く冷たい『赤色』の虹彩。
あまりにも場違いな姿がそこにあった。
「――待っていたよ。僕を殺しにきてくれたんだね」
舞い散る雪の向こう、闇から現れたのは、白い衣服を纏った少年――ン・ダグバ・ゼバ(第0号)。
彼は東京の半分をお散歩気分で灰の更地へと変えてきたその足で、かつてない「本物の戦い」ができる唯一の相手を前にして、あまりにも無邪気な、美しい子供のような笑顔を浮かべて両手を広げた。
怪人の姿へ変身することすらなく、生身の少年の姿のまま戦おうとするその歪な佇まいの理由を、私の脳は瞬時に弾き出していた。
奴のベルトは、超古代の先代戦士によって与えられたダメージが残っている……!
だからこそ、目覚めた直後の奴は、自分のゲブロンを壊された腹いせに先代の死体のアマダムを徹底的に全損させたのだ。
遺跡の棺が開けられてわずか一週間未満。
物質変換の王といえど、ゲブロンの核を完全に修復する時間は足りなかった。
「その壊れかけのベルトごとあなたを灰にして、私は家に帰る」
オッドアイの瞳を冷たく細め、私は右手に光そのものを体現した極光を生み出し少年に切りかかった。
キイインッ!
跳ねた弦のような名状しがたい音とともに何かに弾かれるように光の剣が跳ね上がる。
少年の手がかざされ、炎を放つといったシンプルな攻撃ではない。
私の周囲にある空気を、私の衣装や細胞の原子・分子構造をその場で書き換え超高熱プラズマに『物質変換』して絶対的な死の檻が生み出されようとする。
対する私はゴウラムから引き継いだ霊石と先代の霊石の断片から同じ力を引き出し自身への干渉を相殺し、光の剣の出力を跳ね上げる。
直径3メートルほどの青い輝きが射線上になだれ込み、クレーターの外にまで被害を広げていく。
周囲のプラズマを白銀のフォトンブラッドで上書きして消滅させていく。
「絶対に絶対に、ここで消えてもらうから」
体が最大稼働状態なのか漏れ出す青い輝きによって周囲が歪んで見え始める
少年から伝わってくる物質変換の波を輝く青い極光で横薙ぎに切り払う。
超能力の恐るべき応酬。
質量と概念のぶつかり合いは、九郎ヶ岳の白銀の雪山を一瞬で赤熱化させて蒸発させ、周囲の空間そのものが青と赤の嵐と化す。
だが、あまりにも強大すぎるフォトンとプラズマの激突は、互いのシステムを内側から破滅的に焼き切り始めた。
リボンが消失しフリルドレスが粒子となって消滅していく。
同時に、ダグバの纏う白い衣服もボロボロに裂け、その白い皮膚から流血が始まる。
「あははははっ! すごい、すごいよお前は――ッ!!!」
少年が叫びとともに黒い槍を生み出し衝撃波を生み出しながらこちらに突撃させてくる。
それを形成したバリアで受け止め青い極光による薙ぎ祓いを返してやると少年が紙きれのように吹き飛んでいく。
「だったらぁ…これはどうかなぁ!!!」
少年の背後に赤い光が集まると隕石の群れとしか表現できないものがこちらに流れ込んでくる。
それを再びバリアで受け止め円形の波紋が浮かんでは消えていく、右手の青い極光をさらに爆発的な密度と温度に練り上げ、バリアを解除して隕石群ごと吹き飛ばしてやる。
「私はぁ…帰るんだ!!」
吹雪が止み空が晴れ渡った。
エネルギーと超常の応酬はお互いに限界を迎え、満天の星空の下で戦いは「生身の殴り合い」へと変貌した。
エリンの顔をした少女(怪物)と、白い服の少年が、血と灰を流しながら、互いの肉体を直接拳で削り合う凄惨な肉弾戦。
「あははっ!!あはははっ!!」
「何が楽しい!なにが楽しくてこんな!」
神経、筋肉、骨格を強化し顔面を殴りぬいてやる、ビシャリと鮮血が地面を染める。
肩を掴んで腹に蹴りを叩き込んでやると吐血してまたビシャリと鮮血が飛ぶ。
殴るたびに、少年は楽しそうに、歓喜に震えながら無邪気な笑顔で私の顔面を殴りつけてくる。
一瞬意識が飛びかけるも左頬への追撃に頭突きで迎え撃って指が折れる音を聞く。
輝く笑顔のまま拳をふるう少年に対する私は、ボロボロと涙を流しながら拳を振り下ろし続けた。
痛い。骨が砕ける。肉が引き裂かれる。だけど、そんなエラーは関係ない。
私の胸の奥には、一条刑事が、そしてゴウラムが命を賭して繋ぎ止めてくれた、あの冷え切った日常、幸せのイメージが楔のように深く打ち込まれている。
あの家のドアを開けて、お母さんに「ただいま」と言うその一瞬のためだけに、私の生存演算は駆動している。
腹に蹴りを叩き込んでやる、少年の口や鼻から黒い液体が漏れる。
脇腹に拳が突き入れられる、内側で何かがはじける。
ふと、デジャブを感じる、先代の記憶が突如脳内をオーバーラップしベルトに拳を叩き込んで封印の為のエネルギーを流し込んでいる姿を体感している。
やるべきことがわかる。なすべきことがわかる。
「お前の……バカげたお散歩は、ここで終わり……地獄に帰宅する時間だッ!!!」
私の腕が私でない誰かに重なる、それに合わせて最後の執念を込めた刹那の青い輝きを宿した右拳を、ダグバの胸のゲブロン(ベルト)の真上へと、渾身の力で突き立てた。
ミキ、ピキィィィィン――――ッ!!!
確かな手応え。
少年の体内にある中枢の魔石が、私の拳から伝わる衝撃と流し込まれた青いエネルギーによって内側から完全に粉砕された。
ダグバの動きが止まる。
彼は自分の胸を見つめ、それから私のオッドアイの瞳を見て――満足そうに、本当に楽しそうに、小さく微笑んだ。
「君の名前、聞いてなかったな」
あまりにも無邪気な声が戦場に響いた。
ド、ゴ、オォォォォォォォォォォンッ!!!!!
次の瞬間、九郎ヶ岳の山頂から、天を衝き、夜空の雲をすべて吹き飛ばすほどの、世界最大規模の凄まじい大爆発(大火柱)が立ち上った。東京タワーどころか、数キロ先からでも視認できる、地上に太陽が降りてきたかのような純白の閃光。
ガドルのそれとは比較にならない圧倒的な熱量が、ダグバの肉体とゲブロンのすべてを、一瞬にして跡形もない灰の霧へと熱分解して焼き尽くしていく。
私はその大爆発の凄まじい爆風の反動によって、何十メートルも吹き飛ばされ、白銀の雪の上へと無造作に転がった。
衣服は光を失い髪色も黒に戻る。
今の私はボロボロの、ただの血に塗れたコスプレ衣裳(ドレス)の姿。
右目の青も、左目の赤も、すべての出力を失って消灯し、私はただの、冷え切った18歳の少女の形に戻って息を吐いていた。
「はぁ,はぁ……。……終わった、私の……完全な、黒字化……」
サテライトモニターでその世界最大の火柱を観測し、天災の完全消滅を確信したニック・フューリーのヘリが、激しいプロペラ音を立てて山頂へと降下してくるのがかすかに聞こえた。
「フューリー、私は世界を救ったぞ」
ハッタリではない。世界を救ったのは、目の前で雪に塗れている化物だ。
フューリーは静かにヘリのタラップから降り、私を見下ろした。
「よくやった、マクカシー。お前の生存計算の勝ちだ。
契約は継続する。さっさと……あのダイナーへ帰れ」
◆ ◆ ◆
数週間後。ニューヨーク、ヘルズ・キッチン。
激闘から立ち直り切っていない全身の疲労と痛みを体内の最深部に完全に沈めたまま、私は古い赤煉瓦のアパートの階段を、一段ずつゆっくりと上っていた。
前髪を目元にかかる長さに揃える。瞬きの回数は一秒に〇・八回。
肩の力を抜き、呼吸の間隔を彼女の記憶どおりに調整する。
仕草、声色、呼吸。データと融合した結果、私の擬態は、本物のエリン・マクカシーと寸分違わぬ完璧なものへと仕上がっていた。
ガチャリ、と不器用な音を立てて、ドアをゆっくりと開ける。
そこには、あの日、記憶の砂嵐の向こうでずっとフライパンを洗っていた、背中の丸いお母さんの後ろ姿が、確かに変わらずに存在していた。
換気扇の低い唸り。
油の匂いに、安物の薄いコーヒーの苦味。
会話のない、温かみのない日常。
でも、これこそが、私たちが命を削って守り抜いた、至高の幸福の在処。
「おかえりなさい」
お母さんが振り返り、不器用に、しかし確かに私を見てそう言った。
「ただいま、お母さん」
完璧なエリンの声でそう告げて、私はリビングの薄暗い蛍光灯の下へ、一歩を踏み出す。
そのアパートの屋根の上。雨に濡れる黒い影――アデビルが、かつてエリンを喰ったはずの怪物の胸の奥から、今や本物のエリンの魂と完全に溶け合った、暖かく、力強い人間の鼓動がトトトト、と響き渡るのを静かに聴き届け、満足そうに微笑んで、下町の闇の中へと消え去っていった。
少女の願い、あるいは怪物にとっての消えない呪いが、ついに完璧な日常となって、ここに成就した。
(第2シーズン・クウガ編 完結)
変身もできないゲブロンが半壊したダグバ相手なら正面から勝ってもええやろの精神。
これにてクウガ編は終わり