MCU世界で『ただいま』を言えない怪物 作:お砂糖さらさら
アイアンマン3編 12月21日未明~午前10時
12月21日未明
深夜のマンハッタン、ベストマン・サルベージ社の第4地下格納庫。
いつものようにチタウリの生体装甲の破片を貪り喰い、体内のフォトンブラッド循環系をより高位へと新たにアジャストし終えた私は、人間の皮の奥へ格納した生体組織の残熱を冷ますように、無糖の缶コーヒーを口元に運んでいた。
ブルル!!
ポケットのガラケー、トニー・スタークが一般網を騙すためのプロップとして自ら設計し、シールド経由で支給してきたファイズフォンのモックアップが、不気味な細いバイブレーションを震わせた。
画面には、何のテキストも表示されていない。
ただ、通信ログの最下層、トニーの隠蔽システム「サブルーチン:555」との暗号化パケットの同期領域に、微微なシステムエラーのバースト信号が、まるでモールス信号のような不調和のパルスとなってドクドクと流れ込んできていた。
――暗号エラーコード:555-E-OVER
私は缶コーヒーを長机に置き、指先の皮膚をコンマ数ミリだけ変態させ、ファイズフォンの内部基盤へダイレクトに流体光子神経、有機光ファイバーを接続した。
リバース・スキャンの開始。
通信時の応答速度の物理的な遅延、およびエラー返りバケットのパケットロス率を、脳内CPUがミリ秒単位のアルゴリズムで冷徹に逆算していく。
弾き出された算定インデックスは、最悪の数値を叩き出していた。
「手動承認のトークン、過去14日間にわたり完全なゼロ。
J.A.R.V.I.S.の自動偽装パケット、蓄積された未処理生体データの累積により、せき止め限界まで残り102分」
私の網膜の端で、進捗インジケーターが真っ赤な臨界色を放って激しく明滅する。
チタウリ由来の遺物を捕食したことで底上げされた私の基礎出力の上昇をメンタルをやられて機能不全に陥ったスタークが完全に放置した結果だった。
このまま彼の手動上書きがフリーズし続ければ、私のログがシールドの監査サーバーへ直接露出する。
――シールド一般網への隠蔽決壊確率:74パーセント。
――判定:絶対的な赤字。
「スタークさん。あなたが宇宙の幻影に怯えて引きこもるのは勝手ですが、そのせいで私の日常のインフラが自壊するのは許容できません」
カレンダーのログを確認する。12月21日。
トニー・スタークは現在、マンハッタンのスターク・タワーではなく、西海岸のマリブにある断崖の邸宅へ引きこもっている。
私は即座に張りぼてのギアが入ったアタッシュケースをで握り締めると、格納庫をあとにした。
移動の手続きは、すでに完了している。
資金力に物を言わせて購入したガルフストリーム・G650ERにフューリーが融通してくれたシールド仕様の次世代軍用高出力エンジンとステルス偏流ノズルを搭載しニューヨークからロサンゼルスまでの距離をわずか1時間40分足らずで踏み荒らす。
もちろん一般のターミナルなど使わない。
J.F.K.国際空港の最端にある、シールドが公式に秘匿している政府要人・特権アセット用特別ハンガーから出発する。
ロサンゼルス国際空港のような過密空港は、混雑による処理遅延が生じるため除外。
狙うのはマリブのスターク邸からわずか十数キロに位置する、カリフォルニアの山間部に放棄された私設の未舗装滑走路。
ガルフストリームの優れた短距離離着陸性能と、生体CPUによるミリグラム単位の制動制御により、完全な無人地帯へ音もなく滑り込むのに成功する。
エラーをはくのに102分、フライト時間が1時間40分。
だが問題はない。
アメリカ合衆国には東海岸と西海岸の間に3時間の時差が存在する。
マッハ2.0で激走する私にとって、この3時間の時差はリミットまでの猶予を実質的に180分引き延ばす、合法的なタイムトラベルとして機能する。
これにより、38分の赤字は一瞬にして142分のセーフティ・マージンへと反転する。
座席に黒いコートの裾を滑り込ませ、私はJ.F.K.国際空港からロサンゼルスへと、音を置き去りにするような最高効率の巡航速度でマンハッタンを飛び立った。
大陸を横断する数時間のフライトのなか、窓の外を流れる凍りついた雲海の闇を見つめながら、私の生体CPUはマリブ邸の内部セキュリティの脆弱性を静かにスキャンし続けていた。
J.A.R.V.I.S.はあえて私のアクセスを拒絶していない。
むしろ、トニーの精神崩壊によって隠蔽網の決壊を恐れた人工知能が、ボスを正気に戻すための外側からの物理的な衝撃として、私のエントリーをサイレントで承認しSOSを発信しているのが、逆流信号のログから透けて見えていた。
実に健気なAIである。
「物理的な首根っこを掴んで、管理コンソールへ入力させる。それが最も手際が良く、確実な黒字化ルート」
ロサンゼルス郊外の極秘滑走路に着陸した私は、用意させていた無人の車両に跨がり、太平洋の冷たい海風が吹きすさぶマリブの断崖へと一直線に激走を始めた。
大義のためでも、彼の病を憐れむためでもない。
ただ、お母さんの待つヘルズ・キッチンの古いアパートの灯りを守るためにトニー・スタークの引きこもる巣穴に激走していくのだ。
◆ ◆ ◆
深夜のマリブ、断崖に聳え立つスターク邸の地下ワークショップ。
透過ディスプレイが放つ冷たい青白い光だけが、幾重ものレイヤーとなって空間を格子状に切り裂いていた。
サーバーの精密な排熱音に混じって、J.A.R.V.I.S.の音声コードが狂ったような速度でログをスクロールさせていく。
その光の檻の中心で、トニー・スタークは無精髭を生やしたまま、虚ろな瞳でスパナを握り締めていた。
床にはガシャガシャと、組み立て途中のマーク42のパーツが無造作に転がっている。彼の心拍数は不規則で、浅い呼吸の間隔は、いつパニック発作を起こしてもおかしくない危険な閾値を叩き出していた。
『サー、警告します。あなたのバイタルログに深刻な不調和を検出。また、メインフレームの最下層ディレクトリにおいて、監査部門へのデータリーク確率が跳ね上がっています』
「黙ってろ、J.A.R.V.I.S.……ノイズを消せ。アーマーの、マーク42のセンサー同期を最優先しろ。上空の、あの暗闇の向こうのヴィジョンが止まらないんだ……」
トニーの震える指先が、キーボードを叩く。
だが、その乱れたリズムでは、彼自身が何年もかけて構築してきたはずの完璧な大人の式を、もはや維持できていなかった。
J.A.R.V.I.S.が処理パニックを起こし、隠蔽プログラム『サブルーチン:555』のインジケーターが真っ赤に明滅した、まさにその刹那だった。
ワークショップの厳重なセキュリティ隔壁の隙間から、いかなる油圧音も、金属の摩擦音すら立てずに、一本の漆黒の影が滑り込んできた。
J.A.R.V.I.S.がエリンのファイズフォンナノテク端末のパケットロスからSOS信号を流しトニーを守るためのバックドアをサイレントで開けていたのだ。
黒いコートの裾を冷たい太平洋の海風に微かに翻し、前髪を目元にかかる長さに揃えた黒髪ボブの少女が、透過ディスプレイの光の海を割って歩み出てくる。
エリン・マクカシー。あるいは、その皮を被った最高効率の計算機。
「……何の用だ、新入り。ここは今、パーティーの準備で忙しいんだ。ティンカーベルの出番はないぜ」
トニーはリパルサーのグローブを嵌めた右手を向けようとしたが、その腕が完全に持ち上がるよりも、彼女の「点の移動」の方が圧倒的に速かった。
ガシッ!!!
あってはならない、肉と金属が強固に噛み合う硬い音が地下室に響き渡った。
エリンの華奢な、しかし人間の骨格の密度を遥かに超えた生体超伝導アクチュエータにより強化された左手がスタークの右手を抑え込み
右手が、トニーの胸ぐらにあるアーク・リアクター、その鈍い青い光が埋め込まれたその上にある首根っこを万力のような圧倒的な力質量で強引に掴み上げていた。
「が、はっ……っ!?」
トニーの喉から、短い窒息の呻きが漏れる。
エリンは完璧に模倣された冷淡な無表情のまま、トニーの焦燥に染まった眼球を、冷たい赤い虹彩で真っ直ぐに射抜いた。
彼女の脳内CPUは、眼前の天才の精神がどれほど破滅的に全損を起こしているかを、ミリ秒単位で冷徹にプロファイリングしていく。
「スタークさん。あなたが宇宙から脅威の幻影に怯えて、部屋の隅で引きこもりながらアーマーを量産するのは勝手ですが」
低く、わずかに掠れた、血の通わない事務的な声音。
「そのあなたのパニックのせいで、私の首輪――『サブルーチン:555』のメンテナンスが二週間も滞っている。J.A.R.V.I.S.の自動偽装プログラムのバッファはすでに限界です。私の生体組織のモーフィング異常ログが外部へリークする確率は現時点で74パーセント。
……私の生存計算において、これは解剖室送りのリスクが跳ね上がる、許容できない絶対的な赤字です。
連中を迎え撃つつもりならそちらのメンテもしてください」
「……あ、あいつらが、上空から降ってくるんだよ、新入り……お前だって、あの穴の向こうの光景を見たはずだろ……!」
トニーは彼女の剛腕を振り払おうと、生身の左拳でエリンの細い前腕を殴りつけた。
だが、それは鉄塊を叩いたかのような鈍い音を立て、わずかに揺らすにとどまった揺らすにとどまった。
「宇宙の本隊が再侵攻してくる確率など、私の生体CPUはニューヨーク決戦の当日にとっくに弾き出しています」
エリンはトニーの顔をさらに自分の方へと引き寄せ、冷酷な事実のインデックスを滑り込ませた。
「彼らは一度跳ね返された以上、メンツか危機感に任せて確実に地球を潰しに来る。
それまでに、私も制約の中で生体システムを向上させ完成させる。
それが私の立てた5年間の黒字化ルートです。
……そのためには、あなたの組んだ嘘のインフラが、ここで内側から錆びて崩壊することは絶対に許されないのですよ」
エリンが掴み上げたトニーの右手に、さらに尋常でない握力が加わる。外殻が、微かに軋むような錯覚。
「正気に戻りなさい、トニー・スターク」
彼女は同情の湿り気も、大義の熱も一切交えず、ただ世界の冷酷な合理性だけを突きつけた。
「あなたが熱に浮かされて倒れれば、世界が壊れるより先に、私の守りたいヘルズ・キッチンの日常が破綻する。
これ以上の処理遅延を継続するなら、私はアベンジャーズの契約を破棄し、あなたのその天才的な脳髄をここで骨ごと噛み砕いて捕食し、その知性を直接私のシステムへ統合する選択肢を第一優先に切り替えます。……その方が、私の生存確率において遥かに黒字ですから」
短い沈寂。
トニーのパニックで跳ね上がっていた心拍数が、彼女の手のひらから伝わってくる不自然なほどの硬質な静寂によって、強硬に上書きされ、凪いでいくのをJ.A.R.V.I.S.のバイタルセンサーが検出した。
恐怖。
そして、それ以上に「このバケモノは、本当にやりかねない」という冷徹なリアリズムが、トニーの脳のパニック回路を内側から無理やりシャットダウンさせたのだ。
「……ハ、ははっ……手厳しいねえ、新入り……」
トニーの口の端が、歪な、しかし正気を取り戻したいつものへそ曲がりな大人のプライドの形へと動いた。
「わかった、わかったからそのクソ重い手を離せ。保証期間が縮んじまう。
……J.A.R.V.I.S.、プロトコル555、割り込み上書き。
新入りの言う通り、バッファのクリーンアップを開始しろ。ティンカーベルの首輪を締め直すぞ」
『了解いたしました、サー。サブルーチン:555の自動偽装を正常値へ復調。リーク確率、〇パーセントへ低下しました』
エリンはパッと、まるで興味を失った玩具のようにトニーの首根っこから手を離した。
トニーはよろめきながら作業台に手を突き、激しく咳き込みながらも、ニヤリと不敵な笑みを彼女の黒髪ボブの横顔へと向けた。
「要件はそれだけか?」
「ええ。あなたの管理権限が正常化したのなら、用はありません」
サブルーチン555の隠蔽インフラを強硬にアジャストさせたその直後。
新しく支給されたS.H.I.E.L.D.仕様の専用端末が無機質なバイブレーションを震わせた。
ハッキング隔離された暗号回線の向こうから滑り込んできたのは、やはりあの不機嫌そうな隻眼の管理官、ニック・フューリーの低く乾いた声だった。
スタークに軽く頭を下げて耳を傍立てた。
『マクカシー。マリブでの観光が終わったのなら、休んでいる時間は1秒もない。
今すぐニューヨークへトンボ返りして爆弾なき自爆テロについて調査しろ』
「背景情報の開示を、長官殿。周辺被害の状況と爆薬の成分ログは?」
『それが何もない。現場には爆弾の破片も、化学物質の残響も1ミリグラムすら残されていないんだ。
国際安全保障理事会はマンダリンによる新手のステルス爆弾だとパニックを起こしているが、私の直感は違うものを捉えている。お前のその人外の脳内CPUで、その“爆弾じゃない爆弾”の正体を即座にプロファイリングしろ』
「了解しました、長官殿。プライベート機の巡航速度を最大値マッハに維持させたまま、そちらへ向かいます」
ブツンと通信を切ってコートを羽織りなおすと、力なく座り込んだスタークが半笑いで声を投げる。
「使いっ走りの立場はつらいねぇ、久しぶりの世界の危機か?」
「いえ、どうも不自然な自爆テロの調査依頼のようです。世界の危機レベルではありませんがまともではない案件でしょうね。」
「不自然じゃない自爆テロなんてこの世にあるもんかね、行き詰ったら連絡しろ相談くらいには乗ってやる」
再びマリブの私設滑走路から、今度は時差を3時間失う東向きの弾道へと強制離陸させた。
窓の外を流れる凍りついた雲海の闇を見つめながら、私の生体CPUは、フューリーから転送されてきた9件の自爆テロのデータをデコードし、冷徹な算定を開始していた。
画面に躍る、周囲のコンクリートや鉄骨の不自然な分子融解パターン。
爆発の衝撃波の伝播速度。そして、何より異常な、爆心地を中心とした局所的な数千度の熱量の痕跡。
「爆弾ではない。これは、物質的な火薬ではない?」
私の赤い虹彩が、透過ディスプレイの数値をスキャンしながら冷たく細まる。
通常の爆薬であれば、化学反応によるガスの急激な膨張が主成分となり、熱はその副産物にすぎない。だが、このシアターの跡地に刻まれているのは、純然たる熱量そのものの暴走だ。
進化した私の生体CPUが導き出した、最も論理的で、かつ悍ましい仮説は、ただ一つだった。
「――人間の肉体。その質量を熱エネルギーへと強制的にモーフィングさせ、周囲ごとすべてを焼き尽くして死んだ。そんな人間を作り出せる技術と使い捨てにできる存在がいる」
この過程を前提にした時、大事なのはその破壊の結末ではなく、破壊に至るまでのプロセスだった。
爆心地を中心とした、数千度に達する局所的な熱量。これほどの絶対的なエネルギーを体内に発生させながら、この生体組織は、爆発するその最後の1ミリ秒まで、周囲に一切の熱源反応を悟らせず、完璧に皮膚の内側で密閉しきっていた。
この極限の遮熱・熱量密閉インフラは、私のフォトンブラッド循環系のオーバーヒートを完全に相殺する、最高級の耐熱アセットだ。
胸の奥で激しい飢餓感で脈打った。
そいつは死ぬまでこれだけの熱を生み出すまで人間としての形状を保ってたはずだ。
使える。
私の体内のフォトンブラッド生成系に絶えずバックファイアを与えていたオーバーヒートのバグを完全に相殺しえるパーツになりえる。
「スタークさんには悪いですが、彼の頭が回らない間に強化をすすめなければ」
マッハ2.2の超音速の轟音が、成層圏の静寂を切り裂いていく。
12月21日の金曜日の朝
私は次なる戦場へと、滑るように急降下を開始するのだった。
◆ ◆ ◆
トントン、と無機質なプラスチックの電子音が、静まり返った地下アーカイブ室に響いていた。
12月21日、金曜日、午前10時。
J.F.K.国際空港の極秘ハンガーから直行した私は、S.H.I.E.L.D.ニューヨーク支局の隔離アーカイブ室にいた。
透過ディスプレイが放つ冷たい青白い光に照らされながら情報を追う。
フューリー長官から与えられた特別分析官の最高権限コードをコンソールに滑り込ませ、軍や政府がこれまで不慮の事故として処理・隠蔽してきた、一連の熱源爆発の全ログを強制開示させた。
画面に浮かび上がったのは、クウェートの米軍基地から全米の地方都市に至る、公表された3件、過去6件の隠蔽された爆発データの未加工ログ。
「……プロファイリングを開始」
誰の耳にも届かない低く掠れた声音で呟く。
9件の爆心地に共通して刻まれている、不自然な分子融解パターン。
この9件のログには火薬の成分や硝煙反応が1ミリグラムすら検出されていない。
データが示すのは、戦艦の主砲やアーク・リアクターの出力を遥かに置き去りにした、三千度に達する純然たる熱量そのものの暴走だ。
さらに、被害者たちの背後の壁に焼き付いた人間の形をした白い影のグラフィックを、赤い瞳で冷徹にスキャンしていく。
共通した特徴として自爆した当事者の背後にだけは、遮蔽物となる影が投影されていない。
外部からの熱線で焼かれたのではない。
その人間自身の細胞、質量そのものが、内側から一瞬で完全に熱エネルギーへとモーフィングされ、爆発の瞬間に一瞬で肉体を自壊・気化させて即死した証左。
これこそが、フューリーの言う「爆弾じゃない爆弾」の冷たい正体だった。
一般の捜査官や、ましてやPTSDの熱に浮かされているトニー・スタークであれば、爆心地に残された硝煙反応ゼロの怪奇や、マンダリンと名乗るテロリストの不快な犯行声明に目を奪われていただろう。
だが、私の生体CPUが弾き出す引き算の数式は、もっと別の、開示された事実のインデックスから直接ハックを仕掛けていた。
先行して発生した9件の爆発データ。
そのうち、公式に米軍基地での爆発として身元が割れている3人の退役兵の軍事カルテをスキャンする。
……共通項を検出。
3人全員が、戦地で重度の四肢欠損を負い、先進医療の補償手続きを行っていた。
情報が3点交差すれば、そこから逆算される全体像の特定は容易だ。
私はふと思い立ち、マリブへ向かう超音速フライトの最中、J.A.R.V.I.S.が私の端末へ流し込んできたSOS信号、暗号エラーコード:555-E-OVERの添付データを脳内で再解析した。
J.A.R.V.I.S.の処理バッファを限界まで逼迫させていたのは、私の性能上昇によるスパイクだけではない。
トニーが引きこもっているメインサーバーのポートに対して、外側から執拗に送り付けられ、防壁のメモリを削り取っていた大容量の暗号パルスのノイズがあったからではないか。
J.A.R.V.I.S.がエラーの原因として私の端末へ弾き出してきた、その暗号周波数の断片データを、私はすでにマークしていた。
隔離アーカイブ室のコンソールにその周波数を入力し、シールドの軍事通信網のレジストリと照合をかける。……瞬時に発信源の固有IDが割れた。
政府の軍事ネットワーク構築に関わり、ジェームズ・“ローディ”・ローズのアイアン・パトリオットの改修をも公式に全面委託されている巨大民間シンクタンク――A.I.M.。
J.A.R.V.I.S.の防壁を圧迫し、マンダリンのテロ映像を世界規模で電波ジャックしている真の電波発信源は、他ならぬA.I.M.のインフラだった。
点と点が繋がる予感がする。
公式に身元が割れている3人の退役兵の軍事カルテ。
そして、この暗号パルスの製造元。
すべてに紐付いているのは、アルドリッチ・キリアン。
これはテロではない。
キリアン率いるA.I.M.が、生体ナノ技術の人体実験で引き起こした適合失敗による爆発事故の処理ログだ。
彼らはその実験のゴミを、架空のテロリストの嘘で覆い隠しているにすぎない。
続けて政府公認の巨大民間シンクタンクA.I.M.の固有サーバーを特定。
彼らが公式に提出している医療助成金の支給先リストを逆引きし、残りの爆発エリアに存在する地方病院の先進再生医療・整形外科部門の隔離ログだけをピンポイントで縦に串刺しスキャンする。
その結果、A.I.M.が欠損治療の被験者を募っていた、全米の地方病院の再生医療部門の所在地が、身元不明だった残り6件の爆発が起きた地方都市と綺麗に一致した。
さらに、その病院の治験名簿に名を連ねていた四肢欠損者たち。
彼らの銀行口座や社会保障番号の稼働状況をシールドの広域網でクロス・レファレンスする。
治験名簿に記載=行方不明=生存ログがロストした人間。
つまり
名簿に名を連ねその地方都市で気化爆発が起きたまさにその日その時刻を境界線にして、突如として社会保障網からすべての生存ログが永続的に途絶した人間。
彼らのリストこそA.I.M.の甘い言葉に縋って手足を取り戻し、そして内側から焼かれて消えたモルモットたちの本名だ。
6件の爆発は治験を受けた肢体欠損者たちが退院後、あるいは自宅に帰る過程で体内で熱暴走を起こし、その場で大爆発して即死・消滅したのだ。
抹消しなければ気が済まない。
かつて私を生み出し、本物のエリンを実験台にしていたあの組織と同じ、吐き気を催す邪悪がそこにある。
頭を振って加熱した思考を冷やす。
A.I.M.が全ての黒幕なら最大の疑問が解消される。
ダミーとはいえなぜマンダリンがこれほど大規模な全世界規模の電波ジャックを、シールドや政府の検閲網に一度も妨害されず、ノーリスクで成立させたのか。
彼らがただの過激な思想犯、あるいは潤沢な資金を持つだけのテロ組織なら、シールドの防衛衛星が3秒で発信源を特定し、その首を物理的に撥ねて戦闘は終了しているはずだ。
構造の裏に別の巨大なインフラや特権が噛み合っていれば不可能ではない。
私の脳内で、A.I.M.が平然と電波ジャックを成立させている3つの「特権」の数式が、滑らかに、そして冷徹にインデックス化されていった。
ひとつ。
彼らはアメリカ政府から公式委託された軍事ネットワークの管理権限を最初から合法的に握っている。
外側から力ずくで電波を乗っ取る必要などない。
自分たちのコンソールから正規のメンテナンス用の暗号署名を流し込むだけで、全世界のテレビ電波や通信衛星は、彼らの嘘を正常なパケットとして処理し、無抵抗で電波ジャックを受け入れる仕様になっていた。
ふたつ。
彼らは表向き先進再生医療のデータ同期用として政府に排他的な運用を申請した、独自の軍事通信衛星とダウンリンク網を保有している。シールドの目を欺くブラックボックスの通信網を自前で回し、マンダリンの犯行声明という偽装ログを、世界のインフラへ直接インジェクションするためのブースターとして悪用している。
みっつ。
そしてこれが、私の日常を直接脅かしていたバグの正体。
彼らはマンダリンの映像を流す際、トニーのJ.A.R.V.I.S.にその発信源を解析されないよう、J.A.R.V.I.S.のメインフレームに対して、処理メモリを100%パンクさせるための強烈な欺瞞暗号パルスを、衛星経由で同時に送り付け続けていた。
それが私の強化によるサブルーチン555の負担とは別に遅延を引き起こし、マリブ邸へ向かうフライト中にバッファを食いつぶしていたのだ。
「……計算完了。マンダリンなどという男は存在しない。キリアン率いるA.I.M.が、生体ナノ技術の人体実験で失敗した軍人を爆発させ、その隠蔽のために自社の通信インフラを使ってテロの犯行声明を演じているだけだ」
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