MCU世界で『ただいま』を言えない怪物 作:お砂糖さらさら
プ、とエリンの指先が、S.H.I.E.L.D.仕様の専用端末の暗号送信回線を殴るようにして開いた。
12月24日
テネシー州ローズヒルのプレハブ小屋。
一秒の無音。
スピーカーの不快なノイズを割って滑り込んできたのは、相変わらず不機嫌そうなニック・フューリー長官の、しかし明確な焦燥を孕んだ低い声だった。
『マクカシーか。病院を抜け出してからローズヒルで観光した成果はあったのか』
「定時報告です、長官殿」
私は喉の筋肉の摩擦をエリン・マクカシーの仕様に正確に固定し、血の通わない平坦な声音を滑り込ませた。
「AIMの生体テクノロジーで強化されたブランド、およびサヴィンの2名は、熱分解によって物証ごとこの世から完全に引き算されました。回収可能なサンプルはありません。
……それより長官殿、トニー・スタークを保護しバックアップを得たJ.A.R.V.I.S.と共にA.I.M.の衛星サーバーの核心部を縦に串刺しハックした結果、彼らがマンダリンというハリボテの裏で画策している、国家転覆の式が完全に弾き出されました」
『……何だと? 詳しく話せ、マクカシー』
「政府高官のファミリーカルテの照合を行いました。
現在、アメリカ合衆国のロドリゲス副大統領には、生まれつき、あるいは不慮の事故によって片足を失っている幼い娘が一人存在します。
そして、アルドリッチ・キリアン率いるA.I.M.が極秘裏に開発していたのは、人体実験の失敗による爆発を量産してでも完成させたい失った手足を取り戻すための、再生医療技術」
インカムの向こうで、フューリーが息を呑む微かな気配を生体センサーが検出する。
「ロジックは完璧に噛み合います。
副大統領がキリアンと公的に懇意にし、国防総省の通信インフラやアイアン・パトリオットのOS改修権限をA.I.M.へ合法的に横流ししていた理由は、ただ一つ。
我が子の肢体を取り戻すための、親としての情です。
……そしてキリアンという男は、そのカードを使い、ホワイトハウスの最中枢をすでに内側からハックしている」
『……つまり、副大統領はすでにキリアンの手駒だというのか』
「ええ。そして、彼らが次に執行するチェックメイトのコマンドは、現職の大統領の物理的消去。それ以外にありません」
私はプルタブを弾いた缶コーラを一口啜り、完璧な無表情のまま冷酷な憲法の条文を口にした。
「アメリカ合衆国憲法、および【合衆国憲法修正第25条】の規定において、大統領が死亡、あるいは免職された場合、その権限と職務は直ちに副大統領へと繰り上げされる仕様になっています。
キリアンがエアフォース・ワン、あるいは大統領の身柄を直接爆殺し、ロドリゲスをホワイトハウスの頂点へ繰り上げさせれば、A.I.M.は実質的にアメリカ合衆国という国家の全インフラと軍事権限を、1株の買収もなしに完全掌握できる。
……これが、彼らの描いた演出の最終章です」
静寂が、凍りついたテネシーの物置小屋と、フューリーのいる本部の空気を完全に支配した。
大義名分でも正義の衝動でもない。
ただ、国家のトップがキリアンのような吐き気を催す邪悪にすり替えられれば、めぐりめぐってニューヨークのヘルズ・キッチンにあるお母さんの古いアパートの安全マージンが完全に崩壊する。
だからこそ、私の計算はこれを絶対に許容できない。
「長官殿、提案です。
私が現地のバーから命がけで死守・回収した、A.I.M.の公式暗号署名入りの治験機密書類ファイル一冊。
この確実な物証、およびJ.A.R.V.I.S.が引き抜いたA.I.M.の実験データログをシールドの権限で今すぐ認証し、アルドリッチ・キリアンを国家反逆罪および人道に対する罪で、即座に国際指名手配に落とし込むことは不可能ですか。
政府の内側に錆びた鍵がいる以上、表の警察は動けない。
シールドの権限で彼らの資産と物流のインフラを今すぐ世界規模で凍結してください。
その方が、私のこれからのゴミ掃除のコストが大幅に軽減されます」
長い、重々しい沈黙の後、隻眼の管理官は、激しい政治的敗北感と、目の前の人外の計算機の冷徹な先回りに唇を噛み締めるような、低い声を絞り出した。
『……不可能だ、マクカシー。お前の弾き出した答えはおそらく正しいが、シールドの公式網でキリアンを今すぐ手配するコマンドは、現時点でロックされている』
「なぜですか、長官殿。リターンに不満でもあるのですか」
『首輪を握られているのは、私の方でもあるということだ。
世界中の金融市場や政府の通信インフラがマンダリンの幻影にパニックを起こしている今、国際安全保障理事会の臆病者どもはA.I.M.の軍事ネットワークとパトリオットの盾に100%依存しきっている。
今この瞬間にシールドが独断でキリアンをテロリストとして公式手配すれば、政府の上層部や主流派から逆に私たちが国家転覆を狙うクーデター組織として公式にハックされ、お前の母親のセーフティごと、シールドの全インフラが1秒で吹き飛ぶリスクがある』
フューリーの口から漏れた、巨大組織の本質的な制度疲労と、限界。
私は赤い瞳を僅かに冷たく細めた。なるほど、やはりこのシールドという巨大なインフラの賞味期限は、私の脳内CPUが算定した通り、すでに内側から腐り落ちかけている。
『……だが、公式な手配はできなくとも、私個人の非公式な資金と権限ならまだ動かせる。
マクカシー、キリアンの本拠地はマイアミだったな。
スタークの玩具の修理が終わるのを待つな。
お前はシールドの公式ログに1行も残らない戦力として、今すぐマイアミへ飛び、キリアンの肉体とA.I.M.の全インフラを、肉片一枚残さず灰にしてこの世から引き算しろ』
「了解しました、長官殿。最初から組織の公的な正義など頼りにはしていません。
私の生存演算の帳尻は、自前の力ずくで完璧に黒字に合わせます」
ブルルル……、ブルルル……。
長官殿が心変わりしたのだろうかと通知を眺める。
だがそれは、本物のエリン・マクカシーの細い喉を噛み破り、その人生を乗っ取ったあの日から数えても、初めて観測する異常事態だった。
12月24日、クリスマスイブの未明。
ガルフストリームのプライベート機への移動を前に、ハーレー少年のプレハブ小屋で即席のDIY兵器をケースに収めていた私の手元で、S.H.I.E.L.D.仕様の専用端末が、不気味に細いバイブレーションを震わせていた。
画面をスキャンする。発信元:『お母さん』。
脳内CPUが一瞬、処理パニックを起こしたような歪なラグを刻む。ニック・フューリー長官とのリスクリターン契約により、彼女の日常のインフラは国家レベルで100%完璧に保護されているはず。
バイタルログに異常はなく、現地の治安維持マージンも黒字。
ならば、なぜこの時間帯に通信が作動した?
「……もしもし、お母さん。何か緊急事態ですか」
私は喉の形状を瞬時にエリンの声色へとトレースし、血の通わない平坦な声を滑り込ませた。
『……エリン? ごめんね、こんな時間に。ダイナーの夜のシフトが終わって、アパートに戻ってきたら、部屋がなんだか、やけに静かで……』
受話口の向こうから聞こえてくるのは、ニューヨークの古い換気扇の低い唸りと、安物の薄いコーヒーの匂いが透けて見えるような、ひどく疲弊した、しかし絶対的な信頼の熱を孕んだ母親の声。
だが、次の瞬間、私の流体光子神経を伝ってきた言葉は、エリンの記憶データベースにある「会話のない、冷え切った日常」の仕様値を、完全に置き去りにするものだった。
『クリスマスイブだけど……今日も帰ってこないの? 事務作業がそんなに長引いてるの?
せめて、クリスマス当日くらいは、一緒に過ごしたいなと思って。
ほら、ダイナーの店長が売れ残りの小さなケーキを分けてくれたから。……エリン?』
――バグの発生。
胸の奥で、エリンの残した「お母さんのいる家に帰りたい」という消えない呪いが、過負荷の濁流となって私の論理演算回路を強硬に捩じ伏せにかかる。
それ以前にこれからキリアンの陰謀を阻止するためにマイアミに出撃する予定などと、口が裂けても言えるはずがなかった。
「私は、その……」
完璧な偽物であるはずの私の喉が、言葉の処理遅延を起こして僅かにかすれた、その刹那だった。
ガッ!!!
「おっと、そこまでだお母さん。ちょっとその電話を借りるぜ」
横合いから伸びてきたトニー・スタークの頑強な生身の手が、私の端末を強引にひったくった。
パニック発作をシャットダウンし、山菜シチューの燃料で全快した天才が、へそ曲がりな大人のプライドの塊のような声を、ニューヨークの母親へ向けて淀みなく叩きつけ始める。
「もしもし、エリンのお母さん? 僕はトニー。……ああ、そう、あのトニー・スタークだ。
いや、冗談じゃない、本物さ。
実は今、お嬢さんにはスターク・インダストリーズの特級極秘プロジェクトの『残業』に付き合ってもらっててね。
僕のわがままでこき使っちゃってるんだ。
こんなクリスマスイブに20そこそこの娘さんを拘束してるクソみたいな上司は、世界中でこの僕一人きりさ。
本当に申し訳ない」
トニーはマーク42の装甲に背を預け、呆然と立ち尽くす私とハーレー少年を一瞥し、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「でも約束するよ。ブラックな労働環境だが、残業代はスタークの全財産を賭けて保証する。
25日のクリスマスになる前には、お嬢さんを必ずマンハッタンのその古いアパートへ、無傷で、1秒の遅れもなく突っ返す予定さ。
だから今夜だけは、僕に免じて彼女を貸してほしい。
……ええ、それじゃあ。メリー・クリスマス」
プツン、とトニーが通話終了のボタンを押し、私の手に端末を乱暴に握らせて戻した。
「スタークさん、これは私の個人的なセーフティに関する領域です。余計な変数を混ぜるのは――」
「今日のお前はティンカーベルじゃなくて『シンデレラ』なんだよ、新入り」
トニーは私が買ってきた安物のデジタル時計のタイマー回路をダクトテープで爆弾へと固定しながら、大先輩としての剥き出しの優しさを眸に灯し、パチンとウインクしてみせた。
「24日の夜の12時になったら、お前のシールドのつかいっぱしりの立場も、スターク製のナノテクアーマーの使用者って建前も全部おしまいだ。
A.I.Mのネズミ退治を最高効率で終わらせたらさ。
お前はきっちりマンハッタンへ帰って、狭いリビングで、お袋さんと安物のナポリタンとケーキでも食べてるのが一番お似合いなんだよ。
……それが、お前の弾き出したい黒字だろ? 」
理解はできない。
損得の計算も合わない。
だが、トニーが裏でログを消し、このへそ曲がりな天才が「クリスマスまでに家に帰す」と約束を私の前に並べてみせる。
その不確実な大人が、不思議と、私の胸の奥に存在する痛みを、ほんの少しだけ融かしていくのを感じていた。
「……子供扱いしないでください、と何度も言っています」
「そう言ってるうちは子供なんだよ、本当はわかってるんだろ?」
◆ ◆ ◆
12月24日午前3時30分
ガガガグォッ……!
プレハブ小屋の薄い天井の遥か上空、凍りついた雪雲の層を強引に割って、一機の滑らかな巨体がローズヒル郊外の未舗装滑走路へと極秘降下してくる不気味な気流の震動を、私の流体光子神経が正確に捉えた。
フューリー長官の裏決裁によってシールドの公式レーダー網から完全に隠蔽された、私の自前インフラ――偏流ステルス仕様のガルフストリーム製ジェット機。
逆襲のための完璧な翼が、12月24日、クリスマスイブの午前3時30分に完全無人で滑り込んできたのだ。
ハンダの不快な煙が残る作業机の上から、完成した即席のDIY兵器をすべて高密度炭素繊維のアタッシュケースへ収め、私は完璧なエリンの無表情のまま、プレハブ小屋のドアへと歩を進めた。
「充電効率、32%。スタークさん、あなたの動かない玩具の有線急速チャージと、その貧相な手作り武器の最終装填は、私の機内で最高効率で完了させます。
……さあ、24日の朝が来る前に激走しますよ」
「ああ、待たせたな。パーティーの主役の登場だ」
トニー・スタークは不敵な笑みを浮かべ、生身の腕にダクトテープで即席の爆弾をがっしりと固定し、荷物を抱えて立ち上がった。
二人の大人が吹雪の吹きすさぶ外へと一歩を踏み出すその瞬間、私は無音の足取りを止め、背後でジャガイモ銃を抱えたまま、驚愕と、そして「本物の何か」を見届けてしまった目を丸くしている子供へとゆっくり向き直った。
ハーレー・キナー少年。
「ハーレー・キナー君」
私は首元で短く切り揃えられた黒髪のボブカットの隙間から、感情の起伏を1ミクロンも映さない冷たい焦げ茶色の瞳を彼へと同期させ、血の通わない平坦な声音を滑り込ませた。
「あなたへのディールの清算を行います。
母屋の冷蔵庫から消費したジャガイモとにんじんのなど補填、先ほどの個人商店のレジに3000ドルの匿名の現金を正常値として置いてきました。電気代、暖房代についてはこの1000ドルで建て替えてください。
あなたの家には一切の経済的負債が残らない計算になっています。
ご協力ありがとうございました。」
「……それと、ハーレー」
トニーが私の肩を軽く小突き、少年の前に歩み寄ると、その無骨な大人の掌を少年の細い肩へとそっと置いた。パニック発作のバグをシャットダウンし、復讐の火を灯した天才の目が、静かに少年の青い瞳を射抜く。
「お前がこの雪の中で俺の首の皮を一枚繋ぎ止めてくれたから、J.A.R.V.I.S.をこの可愛げのない新入りの肉のサーバーの中で目覚めさせてくれた。その貸しは、スターク・インダストリーズの名において絶対に忘れない。
お前はもう、ただの寂しい地方都市のメカニックじゃない。
俺を助けた最高のアシスタントだ。
メリー・クリスマス、相棒。……いい子にしてろよ」
「……トニー。それに、エリン」
ハーレーはジャガイモ銃を握る指先を白くさせながら、涙を懸命に噛み殺し、しかしその瞳にに、この過酷なイブの夜に大人たちから手渡された確かな熱と信頼を灯して、真っ直ぐに二人を見つめ返した。
「あんたたち……絶対に悪い奴らをボコボコにしてこいよ。
それから、エリン。
あんたが人間か最新のナノテクのバグかなんて僕にはわからないけど、24日の夜の12時になったら、ちゃんとニューヨークの家に帰って、お母さんとその……安物のケーキってやつ、絶対に食べろよ!」
子供の、野生に近い不器用な願い。
その私の生存演算には決して含まれない非合理的なノイズを耳にして、私は一瞬だけ瞬きの回数を忘れ、それから、いつもの冷たい無表情のまま、小さく首を傾げた。
「子供の注文に付き合うほど私はお人好しではありませんが。
スタークさんとの約束のタイムリミット、24日の24時までにマンハッタンへ帰還する式は、すでに私が100%黒字の軌道でアジャスト確定しています。
ですから、あなたが私の年齢や正体に余計な感情を割く必要はありません。
あなたも…できればお母さんとクリスマスを過ごすように」
言い捨てて、私はプレハブ小屋のドアを静かに閉めた。
背後で閉じたドアの向こう、少年の安全圏は完全に確保され、盤面からすべてのエラーが引き算された。
猛烈なブリザードが荒れ狂うテネシーの暗闇の中、雪を蹴って、私たちは郊外の滑走路で光学迷彩を纏って待機するジェット機へと向かって一直線に激走を開始した。
途中で後方に過ぎ去った車がハレーの母親であってほしいと思ってしまったのはバグだろうか。
笑わない怪物と、即席の武器を抱えた天才、そして肉の塊である生体サーバーの中で静かに逆襲の進路を計算し続けるJ.A.R.V.I.S.。
12月24日、クリスマスイブの朝の光が世界を白く染める前に、12時間後の「ただいま」を完璧に黒字で成就させるための、最終決戦のフライトが今、音を置き去りにして大空へと発進するのだった。
◆ ◆ ◆
成層圏の静寂を、シールド偏流ステルス仕様のガルフストリーム製ジェット機がマッハ2.2の超音速で切り裂いていく。
外光の遮断されたキャビンの中、冷たい透過ディスプレイの淡い青と赤のホログラムだけが、二人の大人の顔を格子状に切り裂いていた。
12月24日、クリスマスイブの早朝
キリアンの本拠地への着弾まで、残り数十分。
私はシートに黒いコートの裾を滑り込ませたまま、冷え切った缶コーラを静かに啜っていた。
隣の特等席でマーク42の急速有線充電状況を監視しながら、生身の身体に即席のクリスマス電飾のスタンガンや肥料爆弾をダクトテープでがっしりと固定しているトニー・スタークを冷徹にスキャンしていた。
「スタークさん。J.A.R.V.I.S.が私の肉の生体サーバーの処理能力をインフラとして完全掌握し続けているおかげで、マイアミの本拠地に配置されている敵陣営の全アセットが完全に特定されました。……プロファイリングを同期します」
私の赤い瞳が、ホログラムの数値を冷たく細める。
「標的の最上階。アルドリッチ・キリアン、および開発者のマヤ・ハンセン。……そして、彼らの肉体を三千度の熱へと自在に変態させる完全適合者、A.I.M.の私設軍隊が現時点でびっしりと張り付いています。人間が真正面から毆り合ったら一瞬で気化即死する怪物の軍勢です。
そして、最も巨大な変数」
私は画面をフリックし、キリアンに極秘連行されたペッパー・ポッツのバイタル予測データを提示した。
「ペッパー社長がここに軟禁、あるいは誘拐されている確率は、私の計算において九十九・八パーセント。
すでにエクストリミス薬を強制投与されている可能性が極めて高い。
適合の過剰反応による自爆が起きる前に彼女を救出し、ウイルスの抽出・中和手術を執行しなければ、あなたの安全装置は永久にロストします」
「……わかっているさ、新入り」
トニーは液晶時計のタイマーを仕込んだ即席爆弾をチェックし無精髭を乱暴に擦りながら
不敵なしかしその眸の奥に冷徹な怒りの火を灯して私を見据え返した。
「ペッパーに手を出した時点で、キリアンの損得勘定は完全な大赤字さ。
俺が1999年に作った修正数式がある。
お前のその気味の悪い肉のサーバーの中にいるJ.A.R.V.I.S.の超並列演算をフル稼働させれば、ペッパーの体内のバグを安全に除去する医学的オペプロトコルなんて、数分で弾き出してみせるさ」
トニーの、皮肉の裏に優しさと、強固な大人のプライド。
彼が抱える即席のガラクタ兵器と、充電効率35%を刻むマーク42を冷たく見つめた。
「生身での潜入、およびDIY兵器による隠密蹂躙戦。あなたのその戦術の式自体は、J.A.R.V.I.s.の音声ナビゲーションがあれば生存率の最低値を満たします。
ですがその手作りの玩具だけでマーク42の出力も足りない。……この不足分のマージンを、どう帳尻合わせするつもりですか」
「お前な、俺がマリブの家を失って、ただの遭難者になったとでも本気で思ってたのか?」
トニーは作業台に両手を突き、ニヤリと不敵に笑いながら、J.A.R.V.I.S.に次のレイヤーの展開を指示した。
『――了解いたしました、サー。エリンさんの生体サーバー経由で、シールドの暗号網を完全にパッシブジャミングしながら、マリブの瓦礫の底、およびタワーの極秘サイロで静かに眠っていた“彼ら”の起動レジストリを、マスター承認しました』
次の瞬間、キャビンのホログラムに浮かび上がったのは、数十体、数百体に及ぶ、禍々しくも美しいアイアンマンスーツの設計図の群れだった。
マーク1からマーク41に至るまで。トニーが宇宙の幻影に怯え、部屋の隅で引きこもりながら量産し続けていた彼自身の執念。
【ハウス・パーティー・プロトコル】
「J.A.R.V.I.S.が完全復活した今の俺にはさ、世界中のどこにいたって、俺の無敵の軍隊をピンポイントでデリバリーすることなんて、1ビットの遅延すら必要のない単純作業なんだよ」
トニーはマーク42のヘルメットをガシャリと撫で、パチンと不器用にウインクしてみせた。
「数時間前に俺のネットワークを攻撃してたA.I.M.の通信衛星は、お前の肉のプロセッサが裏で完全に黙らせてる。あいつらは自分の防壁が融けてることにすら気づかないまま、イブの朝を迎える。
エリン、お前は通常ファイズ、あるいはその先のアーマーファイズを解禁して、上空から派手にエントリーしろ、派手に暴れてキリアンの注意を引け。
生身のネズミ潜入は俺がやる。
怪物の軍隊が吠え猛ったら、空からアーマーを降らせて、A.I.M.のインフラを跡形もなく叩き潰してやるさ」
――逆襲の数式の完全なアジャスト。
「了解しました、スタークさん。タイムリミット、24日の夜24時までに私がマンハッタンのお母さんのアパートへ帰還し、安物のケーキを食べるための生存演算は、これで完璧な黒字の軌道を維持しています。……さあ、あの吐き気を催す邪悪を、文字通りこの世界からすべて引き算しに行きましょう」
◆ ◆ ◆
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!
12月24日、クリスマスイブの早朝。
マイアミの青い海を見下ろすキリアンの巨大な私設アジト、その最高セキュリティを誇るガラス張りの巨大な天井が、突如として成層圏から滑り込んできた真紅の光条によって分子レベルで一瞬にして粉砕された。
降り注ぐ強化ガラスの嵐。
大理石の床へと彗星のように激突し、爆風も二次被害も一切発生させないままエントリーしたのは、赤いアンダースーツを白色の胸部装甲と四肢を黒い装甲で覆い真紅の流体光子の回路を全身に密閉した、私のアーマーファイズだ。
「塵に還りなさい。あなたたちのエゴに私が付き合う理由はありません」
着地と同時に右足から放たれた強化クリムゾンスマッシュのヴォルテックスが、大広間を焼き尽くした。
直撃。
侵入を検知して迎撃態勢に入ろうとしていた総勢38名のエクストリミス兵は、体内の炉を自爆させる暇さえ1ミリ秒も与えられないまま、ただの物言わぬ灰へと一瞬で熱分解・消滅を完了された。
完璧な引き算の蹂躙。
「――相変わらず実戦の処理速度がバケモノじみてるな
J.A.R.V.I.S.、俺の即席パーティーの舞台は整った、ローディとペッパーを回収するぞ!」
生体サーバーを脳として完全復調したJ.A.R.V.I.S.の音声ナビを得て、アジトの防犯カメラの死角を縫うように潜入したトニー・スタークが、衣服にダクトテープで即席ガジェットを縛り付けた生身の姿でホールへ滑り込んできた。
「待ってろ、ペッパー。今助けてやる」
トニーは液晶時計のタイマーを仕込んだ肥料爆弾を、前方の厳重な隔離室のハッチへと手際よく貼り付け、一歩下がってスイッチを押した。
ドガァァンッ!!と局所的な熱爆発が扉を吹き飛ばす。
粉煙の向こう。
まさに今、キリアンの手によってエクストリミス薬のシリンダーを腕に突き刺されようとしていたペッパー・ポッツ、そして隣の拘束椅子で生身のまま吊るされていたジェームズ・ローディ・ローズの二人が、驚愕にその目を大きく見開いた。
「……トニー!? お前、その腕のクリスマスツリーのゴミは何なんだ!?」
「大人の日曜大工だよ、ローディ。お前たちの公式OSのバックドアを、うちの新入りが裏から完全ハッキングしてやったぞ。ペッパー、無事か!」
トニーは即席のネイルガンで手からシリンダーを叩き落として破壊し、ペッパーの拘束を瞬時に切断した。
投与はされていない。
過熱による自爆のリスクは完全に未然にシャットダウンされた。
すぐさまローディの拘束も解いて脱出する。
そのままペッパーを彼に任せて戦場から離脱させた。
38名のエクストリミス兵が一瞬にして焼かれ、ただの灰の霧へと霧散したその地獄絵図を確認すると、アルドリッチ・キリアンは狂ったように笑いながら前進してきた。
彼の全身の皮膚は完全に融解し、衣服は炭化して夜風に消えている。むき出しになった筋肉の繊維一本一本が、マグマのようなオレンジ色の臨界光を放ち、周囲の空気を三千度の熱波へと書き換えていく。
「スターク!!! お前が、お前のような持てる者が、私の邪魔をするなぁァァッ!!!」
キリアンは爆音と共に地を蹴り、トニー・スタークの生身の胸躯へと一直線に突進した。
その拳が放つ熱量は、掠めただけで周囲の柱をドロドロのガラス状へと融解させていく。
生身、そして手作りのガラクタ。
この暴力の前に、トニーの手札はあまりにも脆弱に見えた。
だが、彼の耳にはエリンの生体センサーの情報を「肉の生体サーバー」を経由して同期されたJ.A.R.V.I.S.の冷徹な戦闘ナビゲーションが、1/1000秒単位の正確さで伝達され続けていた。
『――ボス、右。高度1・5、ステップバック。……キリアンの右拳の熱量チャージ、残り0.02秒』
「言われなくたって見えてるさ、J.A.R.V.I.S.! パーティーの主役に、手土産をくれてやる!」
トニーは極限の制動でキリアンの突進を半身で躱し、すれ違いざま、右腕にダクトテープで固定した即席爆弾をキリアンの脇腹へとブチ当てた。
引き金を引くと同時に、液晶時計のタイマー回路が起動。
転がるスタークを追うこともできずに仕込まれていた園芸用肥料の即席爆弾が、キリアンの肉体とゼロ距離で炸裂した。
ドガァァァンッ!!!!
「グ、はっ……っ!?」
凄まじい局所爆発。三千度の熱を纏うキリアンといえど、内側へ向かって撃ち込まれた物理的な熱衝撃には耐えきれず、床を何メートルも無様に転がり、壁へと激突した。
だが、完全適合者の異常な再生能力は、その爆発で消し飛んだキリアンの脇腹の肉を、オレンジ色の光を放ちながら一瞬にして元の五体へと完全修復していく。
「無駄だ、スターク! 私は人を辞めて神になった! お前がその手で作ったゴミなど、私の熱で――」
「神様だって、クリスマスの朝には実家に帰るのさ、キリアン」
トニーはひび割れたインカムを指先で叩き、笑わずに上空で滞空している私のアーマーファイズへ向けて、最後の起動レジストリをマスター承認した。
「J.A.R.V.I.S.! パーツの自動自立レジストリ、解除! こいつにマーク42を全部プレゼントしてやれ!」
トニー・スタークの思考同期コマンドが走った瞬間、待機していたマーク42の全パーツが強制解体そのパーツがキリアンに無理やり密着していた。
キリアンの四肢を力ずくでガッチリと挟み込み、身動きを完全に封殺する「鋼鉄の檻」へと上書きされた。
「……な、何をしやがる、スターク!」
「俺からのクリスマスプレゼントだよ!お前は、ゲームのルールを最後まで理解していなかった……ハウス・パーティー・プロトコル、全力でやれ!!!」
スーツを失い、マイアミ邸の破壊された大理石の床からそのまま空中へと投げ出されたトニーの生身の肉体。
彼がキリアンの三千度の熱核自爆の至近距離に巻き込まれ、1秒で気化即死するそのコンマ0.1秒の隙間――。
シュウゥゥゥゥウン――――ッ!!!
雲を割って滑り込んできたステルス型アーマー、マーク15『スニーキー』の銀色の剛腕が、落下の慣性に逆らうようにして、完璧にホールドし爆心地の射線から離脱させた。
Target Locked!!!!!!
間髪入れず、キリアンを拘束したマーク42の自爆シグナル、および残り33機のアーマー群が一斉に放ったリパルサーレイの集中豪雨が、身動きの取れないキリアンの胸躯へとピンポイントで臨界炸裂した。
アジトを丸ごと更地へと変えるほどの絶大な爆発エネルギー。
だが、その広域熱核が外部へ1ミリの二次被害を出すよりも早く、上空のアーマーファイズが放ったフォトンフィールドの位相障壁が、その爆風のすべてを敷地の中で密閉・シャットダウンした。
閃光が消え去る。
キリアンの肉体、A.I.M.の残党、そして彼らが構築した国家転覆のインフラのすべてが、跡形もない灰の霧へと分子レベルで熱分解され、マイアミの海風のなかへとボロボロに霧散していった。
「……ふぅ、お疲れ様、新入り。お前のその気味の悪いバリアのおかげで、周辺被害は0%の完全な黒字だな」
煙の立ち込める大理石の残骸に、マーク15の手から無造作に降ろされたトニー・スタークが、泥に汚れた顔で、ニヤリと不敵な笑みを私へと向けた。
「ええ、当然です。タイムリミット、24日の夜24時まで、残り『十四時間』。……スタークさん、あなたの安全装置であるペッパー社長の防衛マージンは100%確保されました。
さっさと残務処理を終わらせましょう。
あなたにペッパーさんがいるように……お母さんの待つヘルズ・キッチンの日常が、私を待っていますから」
マクロな世界の邪悪はすべてマイアミの地で引き算され、副大統領の裏切りも未然に防がれた。
完璧な偽物の日常を完璧な黒字で成就させるため、復讐を終えた天才と、常軌を逸した処理速度を誇る怪物の生存演算は、今度こそ完璧な終わりのルートをアジャストするのだった。
勝った!アイアンマン3編完!
このファンフィクではかなりカットされてる部分があるのでアイアンマン3を観ようね
スタークがゲームのルール云々を言ってるのは宣戦布告をした後にボコボコにされた意趣返し的なアレでしょうね。