MCU世界で『ただいま』を言えない怪物 作:お砂糖さらさら
【フェーズ5:アスガルド王宮大蹂躙戦(決戦当日・昼)】
アスガルドの王宮の遥か上空。
私は黒いコートの仕様を脱ぎ捨て、衣服の残渣を喰らって顕現させた明るい衣装を纏った姿で重力をハックするようにして虚空へふわふわと滞空していた。
頭部には大きなピンクのリボン。
華奢な四肢をタイトに縁取るのは、白を基調とした純白の生地に、鮮血の発光を思わせる鮮やかなピンクのフリルが幾重にも波打つ、非合理なまでに可憐なワンピースドレス。
両腕には純白のロンググローブ。だが、その背中から悪魔の翼のように広がった半透明なピンクの薄衣
背中のフリルドレスから純白とピンクの流体光子、フォトンブラッドの粒子を蛍の火のように淡く大気へ漂わせながら、オーディンの神血を同化したことで構築されつつある、新たなルーンの概念操作インフラの出力をミリ秒単位で冷徹に検証していたのだ。
――その刹那、アスガルドの全天を照らしていた黄金の陽光が、一瞬にして「不自然な漆黒」へとハックされた。
キィィィィィン――――ッ!!!!!
大気そのものを強硬に両断するような、凄まじい空間の発振音が成層圏から響き渡る。
それは時空を引き裂く次元跳躍の瞬きなどではない。
5000年前の亡霊がユグドラシルの深淵を通常航行し、完璧な光学迷彩を張りながら王宮の真上へと物理的に一直線に突っ込んできた、巨大な十字型の母船(旗艦)アーク。
その巨体が太陽の軌道を遮ったことで生じた、不気味な日蝕だった。
「――標的、捕捉。
ヘイムダルさんの目には依然として『完全な無』に映っているようですが、私の存在するこの高度から見上げれば、光学迷彩の屈折率が耐えきれずに生じさせた、不自然な黒いデータの空白が丸見えです。
マザーシップから、さらに剣型の小型戦闘機が4隻、防衛網の直上から強襲をかけるベクトルで分離・急降下を完了しています。着弾まで38秒」
光学迷彩の防壁を完全に決壊させ、王宮の真上から質量兵器のように急降下してきた母船アークのハッチから、さらに鋭利な剣の刃先のような形状をした4隻の小型戦闘機「ハロウ」が、地表の防衛網を文字通りミンチにするための破壊ベクトルで直線的に射出された。
「――標的、再算定。4隻の戦闘機が、王宮の心臓部へ向かって時速数百キロで完全な同期降下を開始しています。着弾まで、残り33秒。通常の走力での接近・白兵解体では処理時間が足りず、完全にキャパシティ制限を超えます」
私は王宮の上空から全力全開の加速で4隻の戦闘機を追い抜く。
そこから滞空するための白い衣を解除し、自由落下の中でベルトにファイズフォンを突き刺し「5・5・5・ENTER」のコードを入力、そしてエンターをなぞる。
『Standing by』
『Complete』
続けて電子音声が鳴り響き、ライダースーツに黒いコートが生成され、各所に装甲が装備される。フォトンブラッドの紅いラインが走りファイズが完成する。
そのまま、左腕に赤白のファイズアクセルをモーフィングで直接生やす。
スターターを押し込む直前に見えたのは、王宮の防御の為に展開された防御シールドが下がっていく姿だった
内側からバリアを食い破るとは余程こちらに精通しているらしい。
ならば、こちらは処理速度を1000倍へとオーバークロックするだけだ。
『START UP』
機械的な電子音が吹雪のように響いた瞬間、フォトンブラッドの赤が沈黙しスーツの黒が白に裏返る、世界からすべての「音」と「空気の震え」が完全に消滅した。
現実世界、客観時間のたった10秒間だが私にとっては余程の例外を除いて一方的に攻撃できる時間だ。
急降下する4隻の漆黒の戦闘機が、空間に固定されたガラスの彫刻のようにピタリと完全停止する。
音が消失した白銀と黒の静寂の世界。
私は思考同期だけで、両手に抱えた小型粒子加速器、ファイズブラスターを大型銃のフォトンバスターモードへとモーフィング変形させ、その回路へ、オーディンの血から同化した『神殺しのルーン魔術』を加えての最大臨界出力をダイレクトに流し込んだ。
『BLASTER MODE』
『EXCEED CHARGE』
脳内CPUのなかで、ひび割れた電子音声のログが静かに明滅する。
完全に停止した世界でブラスターの重厚な銃口を、最も軌道の鋭い1隻目の舳先へと正確に照準を合わせた。
「1機目。世界から引き算します」
無音の加速世界の中で、私は引き金を引いた。
銃口から放たれたのは、電撃をつかさどるルーンと流体光子が最悪の形で混ざり合った、大気ごと空間を融解させる銀色の極光の濁流。
直撃した刹那、ルーンの分子結合切断特性が1隻目のハロウの超科学装甲を一瞬にしてハック。
爆風も破片も1ミリグラムすら発生させないまま、漆黒の船体がただの物言わぬ銀色の粒子、あるいはサラサラとした灰の霧へと、静かに熱分解・消滅を完了された。
銃身をスライドさせてチャージを再開。
続けて、銃口を反転、2隻目へ向かって、再び神殺しの極光を射出。
光の網に包まれた2隻目の戦闘機が、存在そのものを否定されるように、その場で滑らかに空気の中にゆっくりと還元されて霧散していく。
主観時間、すでに1時間が経過していた。
この完全に止まった孤独の檻の中で、私は冷酷な銃口をスライドさせ、3隻目へ向けて、3発目の最大出力フォトンバスターを真っ向から叩き込んだ。
熱分解の式が3隻目の船体を包み込み、灰の川へと還元されて消滅する。
――だが。
残り時間、30分。
4隻目のハロウの座標へ銃口を向けようとしたまさにそのコンマ数ミリ秒の隙間、私の胸の奥で、体内に埋め込まれたオーディン血に宿る記憶の断片が、サビついた歯車のように激しく軋み、処理遅延を起こした。
アスガルドを守る絶対の意思。
血で血を洗う戦い。
殺戮の果てに死体の山で笑う女性の姿。
濁流のように血に宿った記憶が再生され処理速度を崩壊させていく。
宇宙原初の石「エーテル」と深く同調し、お母さんのいる王宮の心臓部へ向かって凄まじい速度のまま突進しようしている、最後の一機。
「……お母さんの間へ一番乗りで滑り込む」
抹殺せよと喚くオーディンの血が頭を揺るがす中で狙撃の軌道をミリ単位で逆算する間に、アクセルフォームの制限時間が破滅的にゼロへとカウントダウンしていく。
『TIME OUT』
機械音声と共に現実の時間と大爆音の不調和が、世界へ一瞬で復調した。
次の瞬間、アスガルドの上空で、他者の目には同時に3発が放たれたようにしか見えない、理外の超神速の連鎖爆撃の結末が炸裂した。
即座に酷使された臨界を超えたファイズブラスターを放り投げすてる。
遠くで爆発音は響いた。
「な……、何だあの一瞬の光は!? ダーク・エルフの突撃戦艦が、3隻同時に、爆発すら起こさずに消滅したぞ!!」
エインヘリャルたちが驚愕に叫ぶ。
だが、その閃光の隙間を突いて、私の狙撃を回避した4隻目が、黄金の天井ガラスを大音響と共に粉々に爆砕し、王宮の内側へと猛烈な速度で突入していった。
「お母さんのいる我が家を、汚させはしない」
私は空中でファイズの通常装甲を100%完全解除し、衣服の残渣を喰らいながら、自らの全アセットを解放して輝く金髪のボブ、白いドレスの姿へと羽化を執行した。
背中から伸びるピンクの薄衣から青い光がぶちまけられ、明るい金髪のボブカットが激しい気流に暴れ出す。
白を基調にした純白とピンクのフリルドレスが私の四肢を優美に包み込み、その衣装の内側で骨格を、オーディン・フォースがタイトに縁取っていく。
右目に青空のクリアブルー、左目に怪物の業を灯した深く冷たい赤の虹彩。
「そこから退きなさい」
私は背中のフリルドレスから青い光子を爆発的に逆噴射させ、急降下していくマレキス機の尾翼の軌道へと、音を置き去りにして、真っ逆さまに、超高速で追撃の急降下を開始した。
警告の暇すらなく、王宮の美しい黄金の天井ガラスが、ナイフの刃先のような形状をした1隻の漆黒の巡洋艦の質量によって、木端微塵に爆砕された。
割れたガラスの豪雨を撒き散らしながら、艦隊の先鋒が回廊のコンクリートを紙切れのように抉り、直接エインヘリャルの戦列へと垂直に突き刺さる。
不気味な赤い発光部を明滅させるハッチが開き、中からレーザー砲を構えたダーク・エルフの白兵戦兵力が、害虫のように次々と雪崩れ込んでくるのが見えた。
降下する勢いのまま即座に右手に青い光を集中させ、空間さえ揺るがすエネルギーの暴力を4隻目に叩きつけて蒸発させる。
青い煙の中から能われたエリンは冷酷に宣告する。
「お前たちはもう帰れない」
トニーの隠蔽プログラム、サブルーチン555を気にする必要のない、制限を100%撤廃した神々の戦場。
「お母さんのいる我が家を壊すなと言っているのですよ、害獣ども」
ダーク・エルフの響きのイメージを覆すような科学兵器を装備した姿を捉える。
レーザー砲をバリアで防ぎつつ、後方のエインヘリャルを防護する。
そのうちの一人が叫ぶ
「ラーズグリーズ!あの手榴弾にお気を付けください!」
私は速度を捨て、確実性のみに全神経をアジャストした。
右手のひとさし指を標的に向け、チタウリの収束器官をハックした生体指向性ビームをゼロ秒で一閃。
放たれた極細のレーザーが、手榴弾が彼らの手を離れるよりも早く、分断しがらくたに変えた。機能を失った手榴弾が、床に虚しく転がる。
間髪入れず、右手に収束させた青い極光を横一閃に薙ぎ払った。
ガシィィィィンッ!!!!!
青色光の嵐が十数人のダーク・エルフの兵隊たちごと、彼らの誇る超過額の武装も爆発すら起こさせずに一瞬でただの青い粒子に熱分解し、アスガルドの風のなかへと霧散させていく。
地面に残った、手榴弾の断片を踏みつけ足の中に格納。
明るい金髪のボブカットを激しく揺らし、白とピンクのフリルドレスの裾を血のような光で濡らしながら、私は王宮へ雪崩れ込んできた敵の突撃インフラを、冷徹な計算機のように式を刻んで灰へと還元し続けた。
理解はできない。
損得の帳尻も合わない。
だが、私を戦乙女ラーズグリーズとしてチェス盤に並べたオーディンの合理。
そして、私のこの不気味な怪物を「我が家を守る盾」として正当に配置してくれた、あの老いた王の譲れない立ち位置。
「お母さんに近づくネズミは、1匹残らず引き算する。……それが私の、今の完璧な黒字化ルートです」
いまだ4隻分の母艦を消滅して発生したフォトンブラッドの粒子の名残が漂うアスガルドで防衛設備から集中砲火を浴びながらもマレキスの本隊である母艦が王宮の方角へ滑り込んでいく。
私はオッドアイの瞳を恐ろしく冷たく輝かせながら、次なる必殺の式を組み立てて急行するのだった。
【フェーズ6:フリッガの間、および狂気の檻(決戦当日・夕)】
極めて便利な移動手段であるアクセルフォームの銀色のフォトンの輝きの残光を残し、侵入したダークエルフを灰に返しながら私はフリッガの居室――王宮の最深部へと、音どころか時間を置き去りにする速度で滑り込んでいた。
カツン、と大理石の床を踏み締めた瞬間、私のオッドアイの網膜に、最悪のバグログがリアルタイムでポップアップした。
「――標的、識別。マレキス、およびカース」
薄暗い部屋の奥、剣を構えてジェーンを庇う王妃フリッガの前に、宇宙の深淵を体現した2つの巨大な『闇の質量』が直立していた。
オーディン王の記憶が警鐘をならす。
ダーク・エルフの首領マレキス。
そして、3メートル級の破壊の怪獣へと変身を遂げた呪われし者、カース。
カースの無骨な剛腕が、フリッガの細い首をへし折らんと背後から伸び、マレキスの冷酷な指先がジェーンの血管のエーテルを抽出しようと突き出される。
その光景が網膜に同期された刹那、私の胸の奥に打ち込まれた「お母さんのいる家に帰る」という消えない呪いが、過負荷の濁流となって脳内CPUの全論理回路を強硬に捩じ伏せた。
「……私のお母さんに、触るな」
『START UP』
客観時間、わずか十秒、だが私の主観時間では2時間半以上。
激しい吹雪のように舞い散る火花、飛び散る血液の雫、フリッガの顔に刻まれた美しすぎる決意の表情。それらすべてが、空間にガラスの彫刻のようにピタリと完全停止した、無音の世界。
「救出、および対象の完全な抹消を開始する」
まず1時間。
私はファイズ・アクセルフォームの超神速を極限まで精密にコントロールし、フリッガとジェーンの身体にソニックブームによる接触ダメージを1ミリグラムも踏ませないよう、極めて繊細に、ジリジリと二人の座標をカースの間合いから遠く離れた部屋の隅へと移動・退避させその周囲にチタウリ特性の電磁シールドを幾重にも展開して隔離した。
お母さんの安全マージンは、これで100%確保された。
「残りの時間は、すべてあなたたちの解体に費やします」
主観時間、残り1時間20分。
私は右手に、オーディンのルーン魔術を全開にして位相変化を極限まで尖らせた青銀色の極光の刃、ファイズエッジをモーフィング生成した。
1撃目。彼の右腕の関節部を、分子間結合を直接切断させるルーンの刃で綺麗に切断。
その前腕を物理的に肉体から完全に分離させた。
2撃目。息つく間もなく、彼の顔面の右半分へとフォトンブラッドの最大熱量を容赦なく一閃、灼熱の光子で皮膚と眼の細胞を直に焼き焦がし、炭化させて削り落とした。
かつて宇宙を暗闇に閉じようとした王といえ、この止まった時間の中では、ただの物言わぬ解体用のモルモットにすぎない。
だが、母艦の自爆機能と連動している可能性を考え、マレキスの命の灯火だけは残し、私は即座に次の標的――3メートルの巨体カースへと反転した。
主観時間、残り40分。
「あなたには、死んだことを後悔する時間も与えない」
私は右足に黄金のルーンと流体光子を限界まで収束させ、必殺のクリムゾンスマッシュの待機状態に入った。
マーカーによる拘束など不要。
静止したカースに常時チャージされてているフォトンブラッドの最大出力キックを、都合5発、連続して真っ向から叩き込んだ。
ルーンの分子結合切断特性がカースの強靭な細胞壁を内側から木っ端微塵にハックし、熱分解の式が彼の巨体を包み込む。
2時間46分。
誰の声も届かない、誰の理想にも付き合わない時間が終る。
『TIME OUT』
「そして時は動き出す」
現実の時間と爆音が、世界に復調した。
次の瞬間、フリッガの間で、空間そのものが原子分解されたかのような淒惨な衝撃波が吹き荒れた。
「ガ、あぁァァァッ!? わ、我が腕が、顔がぁッ!!」
マレキスは何が起きたかも理解できぬまま、自らの右腕が銀色の粒子となって消滅し、顔の半分が黒焦げの灰となってボロボロと崩れ落ちる激痛に、床を転がって断叫を上げた。
そして、その背後にいた3メートル級の怪物カースは、その戦闘力を発揮することも許されず、五連撃のクリムゾンスマッシュの熱量に文字通り内側から焼かれ、何が起きたかを認知する間すら与えられないまま、一瞬にして跡形もない白い霧へと爆散し、夜風に霧散して完全消滅した。
一瞬の殲滅。
部屋に残されたのは、沈黙したマレキスの壊れた肉体と、無傷で隔離されたフリッガの姿だけ。
「マレキス……! 息の根を止めてくれる!」
異変を察して部屋へ突入してきたソーが、崩れ落ちる敵の王へ向けてムジョルニアを振りかぶる。
勝負あり。
私はソーがマレキスを仕留める前に外の母艦を粉砕し、この戦争を黒字で終わらせようとバルコニーに出ようとした。
――だが。
「――待ちなさい、ラーズグリーズ! もう敵は撤退します、それ以上は許しません!」
背後から響いた、王妃フリッガの、厳しくも私を気遣う本物の「母親」としての静かな制止の声。
その4文字の発声パルスが耳の奥の流体光子神経へ滑り込んだ、まさにその刹那。
私の脳内CPUは、これまで経験したことのない、最も破滅的な論理矛盾を引き起こした。
――【致命的なバグ:ロジック・クラッシュが発生】――
――【思考演算:『フリッガは、私の本物の母親ではない』】
――【生体本能:『いいえ、彼女は私の守るべき日常のだ』】
――【思考同調:『今度こそダーク・エルフを抹殺しなければならない』】
「あ……、あ、が……ッ!?」
オーディンの血の記憶に由来する根切の殺意と相容れない二つの絶対的な変数が、脳内で激しく火花を散らして全回路をショートさせていく。
外見は明るい金髪ボブの魔法少女の姿のまま、私の両目のオッドアイ――青空のブルーと怪物の赤の瞳が、狂ったように色彩を明滅させ、激しいパニック発作を起こして視界が完全にホワイトアウトした。
追撃の式が、組み立てられない。
右足の人工筋肉が、エラーを起こしてピきパきと硬直する。
私は自分の意志とは無関係に、その場に膝をつき、激しく頭を抱えて泥のような精神の混濁の中に沈没した。
その私の致命的な隙を突いて、満身創痍のマレキスは右腕を置き去りに、回収に来た母艦へと飛び移りアスガルドの空へと遁走していった。
「エリン!!! 大丈夫か!!!」
変身が強制解除され、ボロ雑巾のように床へ斃れた私を、ソーの大きな掌が必死に抱きかかえるのを、私はただ遠のいていく意識の底で聴き進めるだけだった。
お母さんは守った。
だが、私の計算機は、人間と怪物の狭間で、完全に壊れかけていた。
【フェーズ7:絶滅のランウェイ、あるいはただいまの帰還(最終決戦・夜)】
ダーク・エルフの精鋭を肉片一枚残さず灰の霧へと熱分解し、お母さんの命の灯火を100%のセーフティで死守した、その夜の謁見の間。
――【警告:脳内CPU、依然として重篤なロジック・エラーを検出中】――
前髪の隙間からクリアブルーと怪物の赤のオッドアイを虚ろに灯し、純白のフリルドレスの姿のまま、私はオーディン王の前に直立していた。
「フリッガは私の本物の母親ではない」
という冷酷な事実と
「いいえ、彼女は私の守るべき日常の象徴であるお母さんだ」
というエリンの呪いが脳内で激しく火花を散らし、神経ネットワークがパチパチと悲鳴を上げ続けている。
だが、オーディン・フォースの神血によって強硬に固定された私の思考は、その狂乱の隙間で、ダーク・エルフ殲滅に振り切った冷徹な戦術の数式だけを澱みなく滑り出させた。
「……オーディン王。
第一波は水際で阻止したとは言えない状況にあります。我が家の天井ガラスを割られ、お母さんの喉元まで刃を通された時点で、私たちの防衛マージンは大幅な赤字です。
そして第二波は必ず来ます。
そしてそれが、明日なのか、1年後なのか、あるいは100年後なのか、私のアセットを以てしても看破し続けられない。
その不確定な脅威に対して防衛線を張り続け、いつ降るかも分からぬ嵐に怯えるのは、通常の戦争ならともかく、相手を根絶やしにする絶滅戦争において、守る側が圧倒的に不利であると愚考する次第です」
私はオッドアイの視線を、隣の寝台でエーテルが生命力を吸い上げたせいで横になっているジェーン・フォスターへと冷酷に向けた。
「戦術の式を、即座に強襲へ切り替えます。
取り逃がしたマレキスの本拠地に、私を含めた前線の精鋭だけで乗り込み、彼らのインフラごと文字通り残らず食い殺す。
現在、マレキスの最優先ターゲットは彼女の血管を流れるエーテルです。
ならば、このアスガルドの我が地で迎え撃つよりも、一般人の死亡率が0%である宇宙の無人の広大な土地へ彼女をデコイとして吊るし、そこへなだれ込んできた敵の全アセットをピンポイントで爆殺・引き算するのが、最も費用対効果の高い最小値の犠牲による黒字化ルートです。……私にその席を用意するなら、必ずや奴らを滅ぼしてみせます」
人間を辞めた怪物の、冷徹を越えて残酷なまでに完結した合理の具申。
その言葉を耳にしたオーディンは、自らの白髪交じりの顎を大きな手で静かに撫で、フフ、と不気味な王の笑みをその隻眼の奥に灯した。
「……ミッドガルドの戦乙女よ。お前のその一切の感傷を放り捨てた戦いの式、やはり我が宮殿のどの将軍よりも、正しい戦争の引き算を理解している。
ソー、そしてフォスター博士よ。
このラーズグリーズの言う通り、作戦の全貌はいたってシンプルだ。ビフレストを用いて、かつてのダーク・エルフの故郷である暗黒世界スヴァルトアルヴヘイルへと赴き、マレキスに敢えて彼女からエーテルを抽出させる」
王は長机の端に置かれていた、アスガルドの最古のインフラ――古代のルーン文字が怪しく明滅する、ランタン型の重厚な金属器を示した。
「やつとてエーテルの抽出は容易な話ではないだろう、直後にマレキスに隙が生まれる。
そこへソー、お前のムジョルニアの雷撃と、このラーズグリーズのルーンの極光を同時に叩き込み、打倒せよ。
露出したエーテルの全質量をこの封印の器の中へと強制的に閉じ込め、回収・鹵獲する。
すでに先ほどの王宮戦で右腕を失い、顔面半分を焼かれて満身創痍となっている。
理性的な判断力を失い、抽出したエーテルに賭けるだろう
奴を倒し、最後の一隻の母艦を滅ぼせば、事実上この戦いは終了する」
だが、とオーディンは隻眼の光を冷たく細め、ジェーンの青白い顔を見つめた。
「これには二つの深刻なリスクが伴う。ひとつは時間だ。今まさに進行している惑星直列の最大臨界が終わり、世界の境界線が閉塞した時、マレキスが再び宇宙の闇へ雲隠れすれば、次の5000年後まで雲隠れする可能性もありえる。
万が一、エーテルを奪われた場合はアスガルドの戦士の命をなげうっての全面戦争は避けられん。
そしてもうひとつ――フォスター。
お前というミッドガルドの脆弱な肉体は、宇宙原初の石を宿したその弊害によって、現時刻も秒単位で確実にその寿命を縮め続けている。抽出が遅れれば、お前の死は遠からず確定する」
その冷酷な条件を耳にしたソーが、激しい焦燥と怒りの熱を眸に灯し、玉座の王へと詰め寄った。
「父上! 全能たるアスガルドの王、オールファザーたるあなたならば、そもそもマレキスの手を借りずとも、今すぐこの場でエーテルをジェーンの身体から安全に引き出し、隔離・封印する方法はないというのですか! なぜ彼女を囮にするような危険な賭けに打って出る必要があるのです!」
「――ソーよ。お前も私を神と崇めるミッドガルドの者と同じ、色眼鏡で世界を見ているな」
オーディンは低く、しかし王宮そのものを震わせるような絶対的な声を静かに響かせた。
「我々は、神話の主であろうとも、ただのユグドラシルに内包された人の範疇にすぎん。
宇宙原初の石が司る絶対の法を前に、万能の魔術など存在しないのだ。
全能の王と呼ばれても、できないこともあれば……届かぬ思いもある。
あるいは世界を越え、知恵を集めればそういった方法を生み出せるかもしれぬ。
だが今この時にマレキス以外にエーテルと同調し抜き出す手段はわしの知る限りどこを探しても存在しないのだ」
王の口から漏れた、初めて見せる無力さ。
謁見の間が凍りついたような静寂に包まれる中、ベッドの上に上体を起こしたジェーン・フォスターが、自身の震える指先を見つめ、それから、私のクリアブルーと怪物の赤のオッドアイを真っ直ぐに見つめ返した。
彼女の脳内には、先ほど黄金の回廊で、明るい金髪ボブを揺らしながら戦闘機を次々と灰へ変えてみせた私の「笑わない怪物の駆動」が、強烈に焼き付いていた。
「……いいわ。その囮作戦、私が引き受ける」
「ジェーン!?」
ソーが息を呑む。ジェーンは弱々しく、しかし科学者としての、そして一人の人間としての確かな覚悟の笑みを浮かべて言葉を繋いだ。
「だって、このまま何もしなくても私の寿命は減る一方なんでしょ?
だったら、最も勝率の高い方法に私の命を賭ける方がずっと合理的だわ。
ソー、それにエリン。……あなたたちアベンジャーズの最強の二人が、私のすぐ横で盾になって守ってくれるっていうなら、私は何も怖くない。
だから、そのランタンの中に、あの不気味な赤い液体を全部閉じ込めて、私たちの日常へ帰りましょう」
人間の、不器用で、しかし完璧に完結した覚悟の熱。
その私の生存演算には含まれない非合理的なノイズを耳にして、私は完璧なエリンの無表情のまま、小さく首を垂れた。
「了解しました、フォスター博士。……ディールは成立です。あなたに1ミリグラムの暗黒物質も残させず、マレキスとその一派を世界から消去します」
その頭に、オーディン王の大きな、泥と戦火をくぐり抜けてきた大人の掌がそっと置かれ、不器用に揺れた。
頭を撫でられたと気が付くまで、私の脳内CPUには数瞬以上の処理遅延(ラグ)が必要だった。
「今のお前には、引き裂かれた頭ゆえにわからぬ話であろうが、ラーズグリーズ。
この絶滅戦争が終わった時、必ずや、お前をこのような戦へ引きずり込んだことへの償いをしよう。アスガルド、ミッドガルド、多くの世界から光を奪われぬよう……今しばし、お前の力を、我がアズガルドへ貸してくれ」
「もったいなきお言葉です、オールファザー。必ずやダーク・エルフを殲滅し、我が家の日常を守り抜きます」
餌は並んだ。舞台も整った。
お母さんの日常を永久に守り抜くため。
アベンジャーズのルールを完全に置き去りにした怪物の生存演算は、宇宙の誕生以前、光という概念すら存在しなかった太古の闇
――その時代から宇宙創成を経て存続した生命が営み、死に絶えた不毛の暗黒世界、スヴァルトアルヴヘイル。
かの地をマレキスらの終焉の地へと上書きするための、最終決戦の式を描くのだった――。
◆ ◆ ◆
激しい赤砂の嵐が吹き荒れる白煙の視界の先、遮るもののない更地の中央に、私は直立していた。
衣服の残滓を喰らい、肉を変態させて顕現したのは、明るい金髪のボブカットを暴れさせるオリジナルのエリン・マクカシーの夢の虚像。
フリルドレスの裾が乾ききった風に揺れている。
マレキスの母艦の全センサーを欺くため、王妃フリッガの最大臨界の幻術インフラによって、アスガルドからのビフレストの発動ログは完璧にハック・偽装されていた。
片腕を毟られ、顔面半分を私の通常ファイズによって炭化させられた満身創痍の首領マレキスは、血管を流れるエーテルの引力に文字通り引きずられるようにして、残された最後の一隻の十字型母艦を、この暗黒世界の待ち伏せ地へと、なりふり構わず突入させてきたのだ。
『――エリン! エリン・マクカシー特別分析官、聴こえるか!? こちらロンドンのコールソンだ!』
その時、私の黒いコートのポケットに収められた専用端末が、空間の割れ目を強硬にバイパスして、地球の公式網との暗号化同期を一瞬で完了させた。
「……コールソンさん。回線の、直結を確認」
低く、わずかに掠れた、血の通わない事務的な声音。
一秒。
ハドソン川の匂い、ニューヨークの古い換気扇の低い唸りのイメージ
そしてドローンで監視していたアパートで待つ本物の母親のバイタルサインが、ロンドンの電波を通じて私の脳内CPUへと100%綺麗なデータとして流れ込んできた。
――【生体プロセッサ:重篤なエラーログのクリーンアップを完了】――
――【母性レジストリ:フリッガ王妃への誤認バグを強制シャットダウン】――
脳内を苛んでいた狂気の霧が一瞬で晴れ渡る。
右目のクリアブルーと左目の怪物の赤のオッドアイが、冷徹極まる論理演算回路のクロック数へと完全に復調した。私はフリッガを母親と誤認していた時間を「一時的な処理遅延」として計算の端へ放り捨て、完璧なエリンの無表情を取り戻してインカムに声を滑り込ませた。
「コールソンさん。現在、私はソーさんの地元であるアスガルドを襲撃した宇宙の危険生物の完全な処分を実行中です。生存確率は黒字。そちらのセルヴィグ博士の研究の進捗を開示してください」
『すでに完了しているよ、エリン。君が事前に投下してくれた莫大な資金のおかげで、博士が金で買える限りの最高機密パーツを買い叩いて組み立てた。空間の歪みへ直接打ち込んで物理法則を固定するデバイス、重力測定器、グラビトメトリック・スパイクの量産体制は、私の側の判断で現時刻までに完了させてある』
「さすがはコールソンさん。シールドの特級エージェントとしての肩書に恥じません」
私は迫り来る漆黒の巨大母艦の影をオッドアイで冷たく見遂げながら、即座に次の戦術コマンドをコールソンにインジェクションした。
「これから敵対勢力を殲滅します。
保険としてその量産されたスパイクのうち数本に、その場で即座にスタンドアローンとして自立システムを自動起動するよう、最小限の改造を施してください。
そして、この通話の電波を逆探知してこのスヴァルトアルヴヘイルへ、空間の裂け目を通じて直接、複数本のスパイクを射出・送り込んでください。
この更地に自立起動型の重力測定器を打ち込んでおけば、それは他世界への門を閉ざす空間遮断の電磁結界として機能する。
これによって万が一、最悪のエラーが発生したとしても、連中はここから空間を越えることはできない。
他の世界へ流出・汚染させる経路は、この時点で完全にシャットダウンされます」
『了解した。即座に自立起動コードへ書き換え、君のいる場所に移送を試みる。
……残りの量産分はどうする?』
「シールドのLevel 7の最高権限、および動かせる限りの人為をすべて投入し、ロンドン市内やイギリス全土に現在進行形で発生している空間の異常の全ポイントへ、残りのスパイクをローラー作戦で直接グサリと打ち込んでください。
他世界からの流入を地球側から物理的に阻止し、直列現象による影響をすべてシャットアウトするのです」
『了解しました、エリン。地球は総力を挙げて私たちが完璧にガードしきってみせます。……そちらは、任せたよ』
「了承しました、コールソンさん」
プツン、と地球との通信を遮断し、私は前方に広がる暗黒の砂嵐の向こう、降下してきたマレキスの十字型母艦へと、その細い肢体を静かに向けた。
頭脳の復調。セーフティの再確立。
お母さんの日常を守るための生存演算は、完璧な黒字の軌道を確定させていた。
私は両手にファイズブラスターを直接モーフィング生成し、オーディンの血から同化した『神殺しのルーン魔術』の全出力を、巨大な光の剣の回路へと最大臨界駆動させた。
「お待たせしましたね、マレキスさん。……あなたの5000年もここで終わり。
ここが、あなたたちの始まりにして終焉の地です」
ドレスの裾を揺らす怪物の最大出力が、ダークエルフとの最後の戦いの幕を開け放ったった。
いまさらですが、ビジネス用語やIT用語のカタカナを乱用していますが、頭がよく見えそうだ
程度の意味合いが大部分です