MCU世界で『ただいま』を言えない怪物 作:お砂糖さらさら
大迫力の戦闘シーンやストーリーがされているので北欧神話的な世界の住人と超科学を持つダークエルフとの戦い、ラストのマレキスとソーの戦いは映画を見よう。
フェーズ9 地球への帰還、日常の再開
キィィィィィン――――ッ!!!!!
時空を強硬にハックする幾何学的な光の濁流がロンドンの半壊した廃棄倉庫の空へと逆流し、私とジェーン・フォスター博士の肉体を、激しい雨の滴る地球の引力へと滑らかに送り戻した。
「……帰還、完了。時空のバグの完全な消滅を確認」
私は黒いコートの裾を冷たく揺らし、瞬きの回数を一秒に〇・八回に固定したまま、完璧なエリンの無表情でアスファルトを踏み締めた。
隣でソーとの別れに涙の変数を僅かに滲ませているジェーンを支え、博士の待つアジトへと無音の足取りで帰還した。
扉を開けると、そこには、コールソンによって手慣れた介護を終え、ようやく人間の社会倫理の仕様値を満たしたエリック・セルヴィグ博士が、大量の数式が並ぶボードの前で安堵の息を漏らしていた。
「お帰り、マクカシー分析官。ジェーン! 無事だったんだね!」
「セルヴィグ博士。
衣服の静電気ノイズを引き算したあなたのアドバイス、およびグラビトメトリック・スパイクの量産仕様値は完璧でした。……九つの世界、ひいては私がお母さんの待つアパートへ帰るためのインフラのすべてを救う助力をしてくれたこと、私の生存演算において、これ以上ない最高効率のリターンとして感謝します。
あなたがいてくれてよかった……ありがとうございました」
低く、わずかに掠れた、血の通わない平坦な声音。
しかし、そこに大人の嘘やビジネスの駆け引きの棘は1ミクロンも混ざっていなかった。笑わない怪物の生存演算にしては極めて珍しい、剥き出しの純粋な賞賛。
博士ときょとんとしたように目を丸くする横で、私は長机の上の測定デバイスのログをスキャンした。
「今回のフィールドワークのために私の個人資産から一瞬で引き算した、あの大量の高度研究機材の調達費用、およびこの土地の買収代金。これらについて、シールドやあなた方の研究チームへ後から請求することは、一切いたしません。このアジトも、直列現象の残響データが完全に凪ぐまでは、あなた方のプライベートスペースとしてしばらくの間、自由に使用して構いませんよ」
私は黒いコートのポケットから、かつて100ドル紙幣が隙間なくパンク寸前まで詰め込まれていた、しかしこの二日間の過酷なインフラ構築及びベビーシッター代によって今や数ミリの厚みまで薄くなってしまった重厚な皮財布を引き抜いた。
そこから、辛うじて残されていた最後の数枚の100ドル札を指先で精密に引き抜き、拒絶する隙すら与えない速度で、老科学者の拘束衣ではないズボンのポケットへと強硬に押し付けた。
「……マクカシー分析官、これは?」
「お腹が空いているでしょう。その資金を使い、ロンドンの街で何か美味しい、細胞の代謝効率を黒字化させるにふさわしい燃料でも食べてください。
それくらい今回は博士に助けられたので」
言い捨てて視線を外した私の斜め後ろから、実直な、しかしどこかひどく疲弊した足音とともに、フィル・コールソン捜査官が苦笑交じりに歩み寄ってきた。
彼の両手には、地元のホームセンターや電子部品の闇市場から力ずくで機材を掻き集めてきたことを証明する、文字通り山のような領収書の束が握られていた。
「お疲れ様です、エリンさん。おかげで地球側のポータルはすべて量産型スパイクで安全にシャットアウトできましたよ。……ところで、君から預かった小切手の枠だけではどうしても足りなくて、私のシールドの公用クレジットカードを限度額の臨界点まで使い潰してしまったのですが」
コールソンは領収書の束をトントンと机に整え、大人の引きつった笑みを浮かべた。
「これ……長官の公式予算、いわゆる経費で落ちますかね?」
私はその山積みのレシートを赤い瞳で冷徹にスキャンし、一秒で総額を弾き出した。
「申請だけはしてみましょう、コールソンさん」
私は完璧なエリンの無表情のまま、端末の暗号回線を立ち上げた。
「もし、あの眼帯の管理官が『世界を救った作業の経費としては仕様値を超えている』と大赤字の拒絶アラートを鳴らした場合は、私が為替市場のアルゴリズム取引をあと3ミリ秒加速させて、あなたのカードの負債をすべて私のプライベート資金から一瞬で全額補填してあげますよ。……最高にスマートで、黒字な共犯関係の維持費用としてね」
「はは……それは心強い。世界を救うよりも手ごわい戦いですからね」
コールソンは実直な眸に確かな信頼の熱を灯し、プロの捜査官としての短い乾杯を、空のコーヒーカップで私へと捧げた。
私は冷蔵庫から缶コーラを取り出し軽くぶつける。
笑わない怪物と、大人の嘘の領収書を握る実直な人間たち。
神々の国のデッドラインを越え、アベンジャーズとしての本当の「ただいま」を終えたロンドンの静まり返ったガレージに、冷たい潮風の匂いだけが、どこまでも静かに共有されている。
私は端末を収め、黒いコートの裾を整えた。
ピ、と人外の硬質な指先が、シールド仕様の専用端末の暗号送信レジストリを殴るようにしてプッシュした。
ロンドン郊外の臨時アジト。
薄暗いガレージの片隅で、コールソンがレシートの山を仕分けている音を背景に、通信ログの最下層がフューリー個人の秘匿ポートへと100%安全に同期を完了する。
一秒の無音。スピーカーの不快なノイズを割って滑り込んできたのは、相変わらず不機嫌そのものの、しかし隠しきれない本気の焦燥を抱えた隻眼の男の声だった。
『マクカシーか。ロンドン支局の権限を強硬ハックしてコールソンを呼び出したはいいが即座に音信不通、今度はサテライトがロンドン上空で測定不能な『時空の歪み』と、その向こう側で激しい流体光子のバーストを検知したぞ。
……完全な事後報告だ。お前がどこで、一体何を処理してきたのか、今すぐ順序立てて報告しろ』
「了解しました、最終監査報告です、長官殿」
私は喉の筋肉の摩擦をエリン・マクカシーの仕様値に正確に固定し、血の通わない平坦な声を滑り込ませた。
「情報過多になりますので、インデックスを三つに分けて順序立てて説明します。
ひとつ。今回の危機の核心は、かつて私たちがヘリキャリアの実験卓でスキャンした四次元キューブ、およびロキの杖と完全に酷似した波長を持つ物質、暗黒流体エーテルを巡る、異星間絶滅戦争への割り込みです。
ふたつ。敵対勢力を識別。宇宙が誕生するビッグバン以前の、光という概念すら存在しなかった太古の闇の中で繁栄した超古代文明の種族――ダーク・エルフの残党です。
彼らは五千年前にソー・オディンソンの祖父であるボー王に敗れて歴史の闇へ消えていましたが、エーテルの目覚めに伴って最後の一隻の十字型母艦と共に表舞台に再侵入してきました。
彼らの戦略目標は、宇宙の物理法則そのものをエーテルの出力によって強制上書きし、すべての物質を宇宙誕生以前の暗黒と虚無へと還元・消滅させることです」
『……ビッグバン以前の闇だと? マクカシー、キリアンの人間爆弾を遥かに置き去りにしたマクロな天災じゃないか。なぜそれが、今このタイミングでロンドンに関わる』
フューリーの低い声の最深部に世界を管理する側の冷たい冷や汗が混ざり合うのを私のセンサーが明瞭に検出した。
私は淡々と、その疑問へ次のインデックスを流し込む。
「みっつ。それが、エリック・セルヴィグ博士がストーンヘンジにて全裸で走っていた理由の正体です。
現在、アスガルドのオーディン王やソー・オディンソンがいうところの世界樹、ユグドラシルに内包される『九つの世界』が一直線に並ぶ五千年に一度の次元直列現象、惑星直列――コンバージェンスが秒単位で進行しています。
世界と世界を隔てる次元の壁が完全に融け合い、地球の随所に重力異常の裂け目が多発していた。ダーク・エルフがそのエーテルを使用し、世界のすべてを虚無へ変える物質変換兵器を起動できるタイミングは、直列が最大臨界を迎える『ここ数日間』しか存在しなかったのですよ」
私はプルタブを弾いた缶コーラを一口啜り、博士たちが駆けずり回って集めたデータやパーツを前に目を冷たく細めた。
「結果報告です、長官殿。
私はオーディン王と非公式の戦術協定を結び。ダーク・エルフの襲撃を迎撃、逃亡した指揮官であるマレキスをエーテルに寄生されたジェーン博士をデコイとし、完璧な待ち伏せを執行しました。
マレキスは私によって完全に熱分解されて世界から引き算され、最後の一隻の母艦も、爆風一つ出さずに分子レベルで灰の霧へと消滅。敵のアセットは、現時刻を以てこの世界から一枚残らず絶滅しました」
静寂が、回線を完全に支配した。
「地球側の防衛マージンに関しては、セルヴィグ博士の実地調査の知見が100%正常に機能しました。事前に私が投下した資金インフラに基づき、コールソンさんが彼の開発した重力測定器、グラビトメトリック・スパイクを最速で量産。
マレキスの足元へ自立結界としてインジェクションし、さらにロンドン全域の空間の割れ目を物理的にローラー作戦でグサリと撃ち込んで封印しました。
……結論。
博士の有能さとシールドの公式権限の速攻により、地球外由来の超科学技術や暗黒物質の流入、およびそれに伴う一般市民の二次被害は最小値に抑え込まれました。完璧な、黒字の幕引きです」
『……フッ、ハハハ。お前という存在は、本当に俺の胃を痛くさせる天才だな、マクカシー』
長い、重々しい沈黙の後、隻眼の管理官は、おめでたい理想を歌うアベンジャーズの連中には逆立ちしても真似できない、その徹底的な合理と先回りの有能さに、フッと冷酷な嘲笑とも感嘆ともつかない歪な笑みを漏らした。
『公式のログは、お前がロンドンでシールドの最新試作アーマーの電磁実験中に生じた局所的なバグとして完璧にもみ消してやる。コールソンのカードの負債も、世界を救った経費として私が 全額承認してやるさ。……さっさとマンハッタンへ帰投して母親に顔を見せてやれ、お嬢さん』
「了承しました、長官殿。お手数をお掛けしますが、よろしくお願いします」
プツン、と通信が切れる。
私は端末をアタッシュケースに収め、黒いコートの襟を立ててアジトの鉄扉を静かにあけ放った。
フューリーというマクロな盾へ、ロンドンの事後処理という名の「完璧な辻褄合わせ」をインプット完了。
世界の終わりという大赤字は完全に回避され、私の帰るべきインフラはミリ単位の狂いもなく維持されている。
私はお母さんの待つヘルズ・キッチンの古いアパートへ、完璧な日常の記号である「ただいま」を告げるために、冷たいロンドンの雨の中へと無音の足取りで滑らかに歩み出すのだった。
ガチャリ、と躊躇うように音を立てて、私は古い赤煉瓦のアパートの重い鉄のドアをゆっくりと押し開けた。
ニューヨーク、ヘルズ・キッチン。
深夜の室内に停滞していたのは、嗅ぎ慣れた安っぽい洗剤の匂いと、換気扇の低い唸り、そして微かに焦げ付いた油の匂い。
物理的な距離を何光年も引き離され、脳内プロセッサをバーストさせたあの地獄の盤面から、私はミリ単位の狂いもなく、完璧な黒字の軌道を描いて我が家へと帰還を完了していた。
「……おかえり、エリン。ずいぶんと長引いたのね、今回の残務処理は」
玄関の明かりをつけた音に反応して、奥の薄暗いリビングから、エプロン姿のままソファでうたた寝をしていた母親が、眠そうに目を擦りながらゆっくりと立ち上がってきた。
私は前髪を目元にかかる長さに揃え、瞬きの回数を一秒に〇・八回に固定し、血の通わない平坦な声音をエリン・マクカシーの仕様値へと正確に同期させた。
「ただいま、お母さん。少しイギリスまでの出張手続きと、不審な害獣の処分報告書の作成に、余計な処理コストを割かれてしまいました」
「もう、相変わらずお堅いんだから。……はい、お疲れ様。冷え切っちゃう前にこれでも飲みなさい」
母親はクスクスと小さく笑うと、長机の上に一本の古ぼけたマグカップを静かに置いた。湯気と共にリビングに広がったのは、いつもの、安物の薄いコーヒーの苦い匂い。
私はソファに深く腰を下ろし、黒いコートの裾を整えると、その温かい液体をゆっくりと喉奥へ流し込んだ。
キン、と内側が冷えるいつもの不快な缶コーラとは違う、胃の腑からじんわりと細胞を温めていく、不器用な人間の優しさ。
そのコーヒーの苦味を感じながら、私の脳内CPUは、アスガルドの治癒の室で出会ったあの高貴な女性のバイタルサインを、ふと思い出すようにして静かにデコードしていた。
アスガルドの王妃、フリッガ。
私のバーストした精神をその手のひら一つで凪がせ、世界のすべてを拒絶しようとした怪物の衝動を上から強硬に包み込んだ、あの圧倒的な慈愛の熱。
論理的な算定を試みるならば、あれこそが生物学的な、あるいは神話のレジストリにおける『完全無欠な母親』の模範的な仕様値なのだろうと、私の計算機は冷徹に答えを弾き出す。
――だが。
私は、目の前で明日のダイナーのシフトのメモを弄っている、背中の少し丸い、どこにでもいる下町の母親の横顔を、赤い瞳で静かに見つめ返した。
宇宙の全知全能のデータが私の脳内でどれだけ暗黒の残響を鳴らそうが、神王オーディンがどれほど高位な戦乙女の名を私に登録しようが、そんなものは私の日常において1ビットの価値も持たない。
私にとって、この薄暗い蛍光灯の下で、不器用な大根演技の「ただいま」に対して、当たり前のように「お帰り」という4文字の応答コードを返してくるこの人間こそが、世界で唯一の、掛け替えのない絶対的な母親なのだ。
このミクロなセーフティ、温かみのない、冷え切った日常の風景。これだけは、たとえ宇宙の軍勢が降ろうが、エーテルが世界樹を虚無へ上書きしようが、私の自前の力ずくで、1ミクロンの傷もつけさせずに完璧な黒字で守護し抜く。
静寂の中で、その絶対的な決意の数式を深く、強硬に上書き保存するのだった。
「エリン、コーヒー、苦かったかしら?」
「いいえ、お母さん。……ちょうどいいおいしさです」
私は居心地悪そうに少しだけ視線を外すと、カップに口をつけ、換気扇の唸る愛おしい生活音の中に、ただ滑らかに溶けていくのだった。
少女の願い、あるいは怪物にとっての消えない呪いが、今夜も完全に、完璧な黒字の日常となって、ここに成就していた。
主人公ちゃんはこの数日で莫大な資産を右から左にしました。
その経費はある理由から補填されませんでした。
資産情報はフレーバーな背景情報にすぎませんが、下記の通り。
総資産と今回支払った金額
事件前の推定総資産 約 85,000,000 ドル (当時のレートで約85億円)
今回支払った金額(総支出) 計 6,090,000 ドル (約6億900万円)
内訳1 臨時アジトの物理的買収 234万ドル
内訳2 セルヴィグ博士用・パーツ調達 250万ドル
内訳3 コールソンへの白紙小切手および現金の譲渡 125万ドル
事件後の残資産 約 78,910,000 ドル (約78億9,100万円)
フューリーがなぜ公式のログから報告をもみ消ししたり補填しなかったのかは、時間があれば書きたいところ。