MCU世界で『ただいま』を言えない怪物   作:お砂糖さらさら

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4月2日(水):第2日【エイプリル:今はなき親友の肖像】part2

 

 

キィィィィィン――――ッ!!!

 

 

フロントガラスの向こう、数ブロック先のワシントンD.C.市街地の大気そのものが激しく発振し、私の流体光子神経(アンテナ)へ、フューリー長官のシボレーの異常な熱源臨界パルスがドクドクと流れ込んできた。

 

「――ロジャース隊長。フューリー長官が市街地で急襲されたようです」

 

私の血の通わない平坦な声音が、ロードノイズを強硬に遮った。

スティーブが碧い眸を限界まで見開くと同時に、私は衣服の下、全細胞の構造を1/1000秒のクロック数で強硬に操作し始めた。

 

ジュルリ。

 

不気味な生体組織の摩擦音。

白いブラウスと茶色のプリーツスカートの分子構造が瞬時に喰らい尽くされ、肉を変態させて全身を包み込んだのは、マットな質感の漆黒のレーシングスーツ。

さらに、かけていたサングラスのプラスチック分子が私の生体組織とドロドロに溶け合い、頭部を完全に密閉するカーボン製のフルフェイスヘルメットへと滑らかに物質変換を完了した。

 

 

 

白昼のワシントンD.C.における最大のリスクは、サテライトのレンズではなく、逃げ惑う一般市民の「目」だ。トニーの『サブルーチン:555』でどれだけセンサーログをナノテクの不具合に上書きしようとも、衆目の前で21歳の女子大生が生身で破壊行動をすれば、日常は一瞬で決壊する。

全身を匿名のレーシングスーツで固めることこそ、最も原価の安いカモフラージュだ。

 

「長官の身柄は、私が公式網の死角で救助・処理します。

ロジャース隊長は今すぐ自宅へ帰って、長官殿を迎える準備を進めてください。現在のシールドにおいて、あなたを数少ない頼れる手駒と算定して動いている。……鎮痛剤や包帯を用意しておくのが、最も費用の安いコストですよ」

「マクカシー、待て! 君一人で――」

「お急ぎのようですので、失礼します」

 

私は言うだけ言い捨てると、走行するシボレーの助手席のドアを繊細な手つきと人外のパワーで押し開け、音もなくアスファルトの上へと躍り出た。

 

時速九十キロの慣性をハニカム構造の生体衝撃吸収ダンパーで吸収し、人間の成人女性の限界可動域を演じるギリギリのスピードで、私は大通りを埋め尽くす爆音の嵐の中へと一直線に激走を開始した。

 

 

  ◆   ◆

 

 

 ドオンッ!!!

 

激しい金属の激突音。フューリーのシボレーを包囲し、軍用の特殊重火力を乱射していた偽警官工作員どものパトカーの屋根へと、私は成層圏から降ってきたかのような質量で垂直に着地した。

 

 相手は警察の皮を被ったヒドラの暗殺部隊。

 彼らが私の存在を認知するよりも早く、私はレーシングスーツに包まれた剛脚を、パトカーのフロントガラスを突き破って運転席の頭部へと真っ向から蹴り抜いた。

 

バキィィンッ! と凄まじい物理衝撃。

 

運転手が頭部を激しく強打して一瞬で昏睡する。

私は息つく間もなく、助手席のドアをヒンジごと強硬に剥ぎ取り、車内から私に向けてサブマシンガンを構えようとしていた2人目の工作員の胸ぐらを掴み取った。

 

生体兵器としての全出力をミリグラム単位で『引き算』し、一般人の肉眼からは「事故の衝撃で車外へ放り出された」ように見える放物線を描いて、彼らの身体を、周囲に人がいない安全な歩道の植え込みへと無慈悲に投げ捨てた。

 

「ガ、あぁァァァッ!?」

 

 銃撃が止まる。

だが、隣の車線からさらに2台の偽パトカーが、フューリーの車両へ向けて大型油圧式ラムを突き出しながら急接近してくる。

 

私は滑るような足取りで並走する2台目のパトカーのボンネットへと躍り出た。

窓から身を乗り出してフューリーをハチの巣にせんとしていた工作員の腕を、硬質なグローブを嵌めた右手でガチリと正面から掴み取る。

 

「……こんにちは。法的な執行の手続きを、忘れているようですが」

「な、何だこの黒い――」

 

 ゴリッ、パキパキパキッ!!!

 

容赦のない圧倒的な握力。

工作員の指骨、および手首の関節が、人間の密度の限界を超えて一瞬で木端微塵に粉砕される。

彼が悲鳴を上げる間すら与えず、私は彼が握っていたシールド公式のタクティカル・ピストルを、指紋の付着を防ぐパッシブ量子膜で包み込みながら強硬に強奪・回収。そのまま、男の胸部を蹴り落として車外の更地へと排除した。

 

すぐさま、その奪った銃口を、並走する3台目のパトカーのフロントグリルへと密着させる。

ファイズフォンをを介さない、生体ハックによる弾道制動。

 

バン、バン、バン!!!

 

ゼロ距離で放たれた3発の徹甲弾が、偽パトカーのV8エンジンのメインブロック、および燃料インジェクションの系をピンポイントで大破・貫通した。

 

 

プシュー、と猛烈な白煙を吹き上げ、電気系統を完全にバグらせた車両は、大爆発を起こすことすら許されないまま急激に失速。ハドソン川の方角へと不格好に滑りながら、戦線から完全に引き算されていった。

 

 ――だが、そのときだった。

 私のヘルメットのシールド越しに、上空の、ビル群の屋根の隙間から滑り落ちてくる、絶対的な『闇の質量』が私の生体センサーに引っかかった。

 

ヒュゥゥゥウウウウ――!

 

世界のすべてを置き去りにした密度の殺意。

 

白昼のワシントンD.C.の道路、ひっくり返ったシボレーの天井の上に、長髪を暴れさせ、鈍い銀色の残熱を帯びたチタン合金製義手を剥き出しにした暗殺者が、音もなく着地した。

 

ウィンター・ソルジャー。あるいは、ジェームズ・ビューキャナン・バーンズ。

男は、マスクの奥のガラスのような瞳を、完璧なレーシングスーツ姿のまま直立する私へと冷酷に同期させてきた。

 

トニーの両親を殺した暗殺者であり、スティーブが命を賭してでも救うと言い張った、歴史の迷子。

 

「……標的の、物理的接触を確認」

 

 私は回収した自動式拳銃を両手で構えて脳内CPUで生存演算を始める。

 

殺すか、生かすか。

天秤が、激しく火花を散らす。

 

黒いレーシングスーツの肢体を静かに沈め、私はその最強の暗殺者へ向けて、これまでにない冷徹な戦闘演算の式を全開で駆動させ、エリン対バッキーの『第一ラウンド』の幕を、この白昼の市街地で切って降ろされたのだった。

 

 

 カチ、カチ、カチ、カチ。

 

 私の脳内CPUは、白昼のワシントンD.C.の路上で、これまでにない超過密な戦術的引き算をミリ秒単位で執行していた。

 

 標的:ウィンター・ソルジャー。

 

 男が手にしたM4A1カービンの銃口が、完全に私のヘルメットのシールドへと指向された、そのコンマ数ミリ秒の隙間でファイズへの変身を却下した。

 

周囲には、逃げ惑う一般市民の叫び声と、カメラを向けるスマートフォンの火線が格子状に空間を埋め尽くしている。

ここでベルトの正規手続きを踏み、深紅のフォトンブラッドを白昼堂々とぶちまければ、シールド一般網だけでなく世間への隠蔽決壊確率は一瞬で100%に達し、絶対的な大赤字を叩き出す。

 

センサーは騙せても、人間の肉眼とレンズは騙せない。

 

「――判定。通常ファイズへの変身を却下。レーシングスーツのまま、内側の人工筋肉と骨格のクロック数のみを限界制限値まで最大励起」

 

 ドババババババババババババババババンッ!!!!!

 

 直後、男の放った5.56ミリ徹甲弾の濁流が、凄まじい金属音を立ててアスファルトを蜂の巣にしていった。

 私は人間の限界を超えて強化された脚力を、成人女性のギリギリの仕様値に見えるベクトルへと引き算し、側転の要領で横転した偽パトカーのドアの陰へと滑り込んだ。

 

カン、カン、カン! と、激しい硬質弾の連打が薄い鉄板を滑り、火花が散る。

 

遮蔽物の影、わずか1.5秒の視界の死角。

 

私はコンクリートに融着させた左手の指先から、粘り気のある黒い生体組織をドロリと露出させ、アマダムの物質・原子操作能力を全開駆動させた。

 

細胞の構成成分を瞬時に組み替え、掌のなかに実体化させたのは、高炭素チタン合金製のコンバットナイフ一柄、そして、起爆回路をハックしたM84閃光手榴弾一発。

 

私は閃光手榴弾の安全ピンを指先で音もなく切除し、そのままパトカーの泥除けの裏側へと、文字通り物言わぬ罠としてこっそりと隠匿・配置した。

さらに、衣服の繊維を内側から貪り喰い、肉を変態させる。

 

衝撃分散システムが機能しないこの生の肉体。

そのレーシングスーツの内側、頚椎、心臓、大腿動脈といった、人間としての急所となる全領域の皮膚の角質をミリ秒単位で強制変態。

スウェーデン製の特殊耐摩耗鋼板――Hardox 500/600超高硬度装甲板の分子構造へと、皮膚の内側を完璧に密閉・上書きした。

 

続けて、漆黒のグローブの表面。

指関節の精密なサイバネティクスには1ミクロンも干渉しないよう、さも最初からデザインの一部として縫い付けられていたかのように、 Hardoxの鈍い銀色の硬質複合装甲を皮膚の表面へと滑らかに同化・融着完了。

 

「……プロトコル、完了。これより、最大効率での『殺害を前提とした肉弾制動』を開始する」

 

ガシィィィィンッ!!!

 

防弾の鉄板を紙切れのように引き裂いて、ウィンター・ソルジャーの銀色のチタン合金製義手が、私のヘルメットを粉砕せんと正面から突進してきた。

 

私はナイフを逆手に構え、Hardoxで固めた右拳の剛腕を、そのウルの超金属にも匹敵するサイバネティクスの横っ面へと真っ向から叩きつけた。

 

火花が嵐のように周囲へ撒き散らされる。

もはや通常ファイズのパンチ力2.5トンに等しい人工筋肉の電圧が、義手の超質量と真っ向から交錯し、凄まじい斥力の衝撃波が更地を波立たせた。

 

男は眉一つ動かさず、瞬時にナイフを左手から右手へと目にも留まらぬ速度でスイッチ格闘。

人間の肉眼では不可視の銀色の流星となった刃が、私のレーシングスーツの喉元を正確に一閃した。

 

 キィィンッ!!

 

衣服が切り裂かれ、その下から露出したHardox 600の超硬度鋼板がナイフの刃を火花と共に滑らかに拒絶する。

 

驚愕に男のガラスのような眸が僅かに細まったその1/1000秒の隙間。私は手加減の式を完全にデリートし、左手に隠し持っていたコンバットナイフの先端を、男の防弾マスクの隙間――その生身の眼球へと向けて、殺す気で真っ直ぐに突き刺しにいった。

 

「ル、ガァッ!?」

 

 ウィンター・ソルジャーはチタン義手を盾のように顔面へ滑り込ませ、ナイフの刃先を正面からガチリと掴み取ってへし折った。

 

凄絶な泥仕合。

 

お互いが迷いのない暗殺のルーティンをミリ秒単位で交錯させ、削り合っていく。

 

チタウリの電磁膜がダメージを抑えているとはいえ、生身の衝撃がHardoxの鋼板を通じて私の内臓組織へと確実に内出血の形でダメージを蓄積していく。

 

だが、私の生体プロセッサは、戦闘の火線を交錯させながらも、足元のマンホール、その下水道の暗闇から聞こえてくるフューリー長官の「レーザーによる鉄骨融解の制動音」を正確にカウントし続けていた。

 

 ――ガガガガ、ドオン。

 

 長官のバイタルサインが、下水道の奥深くに隠された安全圏へと完全にスライドし、消失したのを感知。

 

 タイムリミット、到達。

 

 これ以上の滞在は、周辺のSTRIKEチームの増援を招き、私の生存確率を大赤字に転落させるだけの不要なコストだ。

 

「おやすみなさい。……いいえ、また夜にお会いしましょう、バーンズ氏」

 

私が誰の耳にも届かない声をヘルメットの中に落とした瞬間、私が15秒前にパトカーの泥除けの裏に配置しておいたM84閃光手榴弾の起爆パルスを、生体サーバーから電磁ジャミングで強制執行した。

 ドオオォォォンッ!!!!!

 

 太陽がハドソン川に落ちてきたかのような、数百万人分の絶対的な白い熱と高輝度の光の嵐が、廃棄倉庫の大通りを一瞬でホワイトアウトさせた。

 

 ウィンター・ソルジャーのタクティカル・ゴーグルが、予測制限を遥かに超過した数百万カンデラの光の暴力によって、一瞬で完全な盲目を起こす。

 私はその閃光のカーテンコールの中心で、地を蹴った。

 

男がチタン義手で視界を覆い、体勢を復元させるよりも早くワシントンD.C.のビル群の影へと音もなく垂直に跳躍。

 

 着地と同時に皮膚のHardox装甲とレーシングスーツの分子構造を、元の白いブラウスと茶色のプリーツスカートの景観へと滑らかにモーフィングさせながら、何事もなかったかのように一般人の避難の濁流の中へと紛れ込み、戦場から完璧な黒字のまま離脱するのだった。

 

 

4月2日、水曜日の夜。

 

ワシントンD.C.の空を覆う重い雨雲は、マンハッタンのそれと同じように、都会のあらゆる錆びついたインフラを白く煙らせていた。

私はスティーブ・ロジャースのアパートへは合流せず、二ブロック先にある、完全に消灯した商業ビルの給水タンクの影に身体を滑り込ませていた。

 

現在の服装:昼の戦闘でHardox鋼板をハイドしていたレーシングスーツを皮膚レベルで喰らい、元の「大学を休学中の女子大生」の仕様値へと戻したグレーのスポーツジャージ。

 

私は、前髪を目元にかかる長さに揃え、サンキャップを外した剥き出しの紅い虹彩を、遥か遠くの201号室の窓へと向けていた。

 

生体組織をミリ秒単位で操作し、眼球の水晶体の厚みと網膜の受光感度を、人間の限界値を1400%以上超過した「生体望遠レンズ」へと変態モーフィングさせる。だが、その視線の焦点は、標的の網膜に微かな生理的圧迫を与えないよう、あえてミリ単位の軸をずらし、空間の闇をぼんやりとスキャンする形へセーブしていた。

 

「……デジタルは嘘をつく。それも世界の真実」

 

 

 低く、わずかに掠れた聲音が、雨音のノイズに溶ける。

 シールドの公式サテライト、ヒドラの仕掛けた熱源スキャン。それらの電子の目は、いくらでも私の生体サーバーやトニーの『サブルーチン:555』の欺瞞パルスによって「正常なナノテクの不具合」へと書き換えられる。デジタルが映し出す光など、どうとでも上書きできるハリボテにすぎない。

 

 だからこそ、私の脳内CPUは、この生身の眼球が直接空間から飲み込んだ光の屈折と空気の密度の歪みだけを分母にして、戦況の式をリアルタイムで再構築していた。

 

 スキャン同期。

 

201号室の暗がり。フューリー長官がステレオの大音量ノイズでヒドラの耳を一時的にバーストさせ、スティーブと筆談を交わしている、その処理遅延の瞬間。

 

アパートの真向かい、完全に死角となったビルの屋上の闇の中に、一つの巨大な「闇の質量」が直立していた。

 

長髪を夜風に暴れさせているバーンズ氏の成れの果て。ウィンター・ソルジャー。

 

 男が手にしたタクティカルライフルの銃口が、窓のブラインド越しではなく、フューリーの心臓が位置する頑強なレンガの壁へと、寸分の狂いもなく完全に照準ロックされた。ヒドラが事前にハックしていた部屋の設計図と、彼のゴーグルが捉えた熱源データの完全な同期。

 

――バシュッ、バシュッ、バシュッ。

 消音器が噛み殺した、不快な3発の破裂音。

 

現実の時間の流れが、1/1000秒の生体クロックによって、極限まで引き延ばされたスローモーションへと反転する。

 

超高硬度鋼の弾丸がレンガの分子間結合を強硬に圧殺・貫通し、その裏側にいたフューリーの胸部へと、ピンポイントで3発の特殊徹甲弾を叩き込んでいく。

 

長官のバイタルパルスが、急激な制動をかけてフリーズ偽装死へと滑り落ちていくのを、全身の生体センサーが明瞭にハックした。

 

「……1991年ログとの、完全な固有波長の交差を承認」

 

網膜の端にポップアップした、ハワード・スターク夫妻の解剖データ。

窓を突き破って飛び出してきたスティーブが、夜のワシントンの屋根の上で星条旗のシールドを投げつけ、男の銀色の左腕とガシィィンと激しい金属音を交錯させる、そのコンマ数秒の隙間。

 

男がシールドの斥力を強硬にハックして奪い返し、奈落の底へと逃走していくその歩調、筋肉の繊維が可動する際の生体超伝導の微細な摩擦音。

 

それは、トニー・スタークの血の繋がった両親の命を引き算した、あの暗殺者のレジストリと、ミリ単位の狂いもなく完全に一致した。

ジェームズ・ビューキャナン・バーンズ。あるいは、バッキー。

 

アパートの周囲の公道には、すでにラムロウ率いるSTRIKEチームの特殊車両が、長官の「偽体の回収」のために完璧な包囲網を敷いて待機しているのが、空間の震動から透けて見えている。

彼らがヒドラのネズミであることも、私の式の中ではすでに100%確定した正常値。

 

「……殺すか、生かすか。」

 

トニーのインフラを保護し、ヘルズ・キッチンのセーフティを死守するためには、あの男は今すぐアクセルフォームを起動して『とりあえず削除』すべき絶対的な大赤字。

だが、ここで引き算を執行すれば、アベンジャーズの主軸が内側から自壊するという、別次元の最大の大赤字を招く。

 

いまだに天秤は定まらなかった。

 

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