MCU世界で『ただいま』を言えない怪物 作:お砂糖さらさら
「……変身コードを入力。ナノテクの仕様値としてログを上書きしなさい、J.A.R.V.I.S.」
低く、わずかに掠れた、血の通わない平坦な声音。
私は深紅の防弾防刃スーツの上には負ったコートの裾を激しく風に暴れさせながら、アタッシュケースからファイズフォンのモックアップをそれっぽく引き抜き、使い慣れた人間らしい手続きを完璧にトレースしてテンキーをプッシュした。
『5・5・5・ENTER』
『COMPLETE』
システム完了の音が鳴り響いたその秒、私は飛来するミサイルの風圧のなかを、白銀の雪原へ走り出した。
身体を包むマットな質感の防弾防刃スーツが光の粒子となって分子レベルで一瞬にして消失。
かわりに、私の華奢なしなやかな肢体をタイトに縁取るようにして、漆黒のライダースーツが急速に成型され、全身を完璧に覆い尽くしていく。
燕の尾のように長く伸びた黒いコートの裾が重なるようにして出現し、夜風を切り裂いて不気味に、そして美しく翻る。
同時に、胸部、肩、前腕へと、骨殻を連想させる鋭利で精密な白い硬質装甲が整然と追加・固定され、最後に、スーツの全身に、鮮血を思わせる鮮やかな真紅の流体光子――フォトンブラッドの紅い発光ラインが、生き物の血管のようにドクドクと脈打って激しく点灯した。
私はファイズの剛脚にフォトンブラッドによる強化を最大励起させ、地を蹴った。
東欧ソコヴィア、雪深い山林の麓に広がる古い街並み、ノーヴィ・グラード。
カマ・タージの黒格子の瞑想室からニューヨークの自室へとポータルをこじ開けて帰還してから、現実時間にして数か月。
私は今日もヒドラ狩りに参加していた。
ドゴォォォォォォォォォォンッ!!!!!
突如、大気そのものを強硬に両断するような、凄まじい爆音が雪山から響き渡った。
山頂にそびえ立つヒドラの要塞から、アベンジャーズの進撃を阻むために放たれた、防衛用の対空ミサイルの重火力の雨。そのベクトルはアベンジャーズの頭上を大きく逸れ、逃げ惑う一般市民がすし詰めになっている麓の赤レンガの市街地へと、無差別な破壊の濁流となって一直線に急降下を開始した。
「――街が空爆されているぞ! アイアン・レギオンを出撃させる!」
「市民を退避させるんだ、急げ!」
インカムの一般網から流れるトニー・スタークの乾いた実務の指示、そしてスティーブ・ロジャースの義務感に満ちた怒号。
大通りの橋の上は、パニックを起こした一般車や逃げ惑う市民の叫び声で、パニックの熱が完全に臨界点を超えていた。上空から降下したトニーの青い無人ロボット、アイアン・レギオンたちが機体を肉壁にしてミサイルをブロックし、地上の路地裏ではクリントとナターシャが必死に市民の防衛リソースを投入しているが、ハイドラが乱射する火線の物量の前には、明らかに物理的な処理速度が足りていない。
――【生体プロセッサ:落下ミサイルの弾道をスキャン同期】
――【1番弾、2番弾、着弾まで残り4・2秒。】
ドッ!!!
ひと跳び35メートルの脚力を全開にして、私は白銀の空へと弾丸のように垂直跳躍した。
ターゲットは、まさに民家の屋根へと突き刺さらんとしていたハイドラの対空ミサイル1番弾。
私は空中で体勢を反転させ、硬質なグローブを嵌めた両腕を滑らかに伸ばし、迫り来るミサイルの信管の先端を、空中で直接その手でガシッと正面から掴み取った。
時速数百キロの位置エネルギー。
普通の強化人間であれば直撃の反作用で腕の関節を強硬に圧殺される確定状況だが、私の皮膚の内側に定着しているチタン・カーボン骨殻の生体ハニカムダンパーが、その数トンの物理衝撃をミリ秒単位で完全に分散・熱量相殺する。
それだけではない。私は先代クウガから受け継いだ物質・原子操作能力を手のひらから全開駆動させた。
パキ、ピキピキピキ……!
火薬の爆発回路が作動するよりも早く、ミサイルの推進薬、および弾頭の爆薬の分子間結合をその場で完全に中和・無効化。
大通りの市民たちの目の前、大爆発というマクロな二次被害を1ミリグラムも周囲に発生させないまま、一瞬にして、冷徹に熱分解・消滅を完了された。
「……ですが、この高度での点の破壊は、ヒドラが乱射する物量の式に対して、著しく処理効率を欠く」
空中で残りの2番弾、3番弾が街へ向けて急降下していくマクロな損失予測をしながら、私は即座に次なる最高位戦術プロトコルへの移行を承認した。
落下の慣性を利用して近くの放棄された空き倉庫の屋根へと滑らかに着地すると、腰回りから長く伸びた黒いコート――その背部の漆黒の装甲を、ドロリと生体組織の操作によって部分的に融解させた。
肉を割いて物資を排泄する怪物の悍ましい挙動をコートの内側に密閉しながら、私がその背中から物理的に引き抜いたのは、重厚な金属の光沢を放つ、あのバルブがついた黒白トランク――小型粒子加速器『ファイズブラスター』。
私はトランクの取っ手にあるキーパッドへ、人外の硬質な指先を正確に滑らせ、コード『5・5・5』を入力して『ENTER』をなぞった。
『FIVE・FIVE・FIVE』
『STANDING BY』
電子音声が、戦火の轟音を強硬に遮って雪山に響く。
私は腰のドライバーからファイズフォンを躊躇なく引き抜き、トランクの専用スロットへと装填、グリップを引き込んでフォトンバスターへと変形させる物理的な手続きを完璧に完結させた。
『AWAKENING』
その認証システムが完了した瞬間、電子音が轟き、私の全身の回路から、世界のすべてを焼き尽くしかねないほどの莫大な流体光子、フォトンブラッドが逆流・励起を開始した。
『COMPLETE』
黒に赤いラインのファイズの装甲、その全身の黒が一瞬にして眩い真紅のブラスターフォームへと完全変態を完了した。
全身を走るフォトンブラッドの流れは装甲の内側に完璧に密閉され、漏れを一切見せない。神王オーディンのオーディン・フォースによる強硬な統治が、この臨界出力をただの「正常なナノテクの可変ギミック」としてスタークのログ上へ綺麗に収束させていた。
私はキーパッドにコード『5・2・4・6・ENTER』を叩き込んだ。
『Faiz Blaster Take Off』
流れる音声とともに、背中の背負ったブースターから深紅の流体光子エネルギーが爆発的に噴射された。
ドンッ!!! と大気そのものを踏み砕くような爆音を立てて、私はソコヴィアの空へと最高速の航空戦力として一気に超高度跳躍を開始した。
「そこから、消えなさい。……お母さんの待つ日常に、あなたたちの存在は1ミリグラムも必要ない」
マッハの速度で空を舞いながら、私はファイズブラスターの銃口を迫り来るハイドラのミサイルの大群、そして要塞から放たれる青い重化学エネルギービームの火線へと真っ直ぐに指向させた。
103そしてENTER。
『Burst Mode』
『Exceed Charge』
銃身から放たれたのは標的を熱分解させる深紅の極光の濁流。
空を飛ぶアイアンマンやソーが要塞の防衛線に阻まれているその同じ朝、真紅の流星となった私は、麓の市街地を脅かすハイドラの対空火線を空中で次々と迎撃・分子レベルで熱分解し、爆風も出さずにただの物言わぬ灰の霧へと引き算していく絶対的な無双の式を刻み始めるのだった。
ソコヴィアの空を血の色で染めるハイドラの対空空爆。
背中から紅い光子の推進炎を吹かし、マッハの航空戦力として最上空を制圧した私は、ファイズブラスターのグリップを剛腕で固定し直していた。
――【生体プロセッサ:ハイドラ防衛陣地より放たれた第2波、計14発の熱源ミサイルを全件ロック】
――【判定:トニー・スタークのアイアン・レギオンの展開数では、市街地西側の防衛マージンが限界制限値に達する】
「J.A.R.V.I.S.。私のサーバーから、そちらのレギオンの移動軌道の補正データを同期します。彼らには被害が発生したときの建物の瓦礫撤去と撃ちもらしからの市民の肉壁を優先させなさい。……上空のゴミは、私がすべて引き算します」
『了解いたしました、ミス.マクカシー。マーク7のプラズマ同期エラーとして、一般網への光学カモフラージュの欺瞞ログを最下層で常時完了しました』
トニーが裏で走らせている『サブルーチン:555』の防護壁。どれだけ私がこのソコヴィアの空で理外の真紅の光をぶちまけようが、世界の検閲網には「スタークインダストリーズの最新重装甲ナノアーマーによる、プラズマ熱中和の不具合」という『大人の嘘』へと滑らかに書き換えられていく。
私は空中で機体をホバリングから急降下ベクトルへと反転させ、103、そしてENTERをプッシュ。
『Burst Mode』
『Exceed Charge』
電子音声のログが、私の網膜の端に明滅する。
フォトンブラッドの最大瞬間火力を常時、オーディン・フォースの圧力で内側に密閉・励起した、通常ファイズ比『450〜500%』の究極の励起状態。
シュウゥゥゥゥウン――――ッ!!!
ファイズブラスターの銃口から放たれたのは、必中のルーンと流体光子が混ざり合った、大気ごと融解させる真紅の極光の濁流。
私はマッハの速度で空中をハックするように跳躍を繰り返し、降下してくる14発のミサイルの弾道へ向けて、その光の線を横一閃に薙ぎ払った。
直撃。
爆風も破片という二次被害を周囲に発生させないまま、14発のミサイルと、要塞から放たれた青い重化学エネルギー砲の濁流は、接触した瞬間にただの物言わぬ灰の霧あるいはサラサラとした赤い粒子へと、一瞬にして、冷徹に熱分解・消滅を完了された。
空を飛ぶアイアンマンと並んで、麓の市街地の建物を一棟も傷つけずに、ヒドラが改造したチタウリ炉の誘爆リスクを未然に0%へシャットダウンする絶対的な面の蹂躙。
市民の死亡率、および街の資産損失は、航空迎撃によって完璧に【被害0%の完全な黒字】へとアジャストされた。
◆ ◆ ◆
その市街地防衛の瞬きほどのタイムラインの裏側、地上ルートではハイドラの装甲車に弓を構えて物陰に身を潜めていたクリント・バートン、あるいはホークアイは、背後から迫る、不自然な「空気の密度の歪み」を、その卓越した弓兵の直感で正確に感知していた。
――バババババババッ!!!
突如、激しい乱気流と共に、銀色の光の筋が彼の視界を滑らかに置き去りにしようとした。
ピエトロ・マキシモフ。あるいはクイックシルバー。
普通の人間――いや、まっとうなアベンジャーズの戦士であれば、初見でその超高速移動と対峙すれば「早すぎて見えなかった?」と鼻で笑われて無様に更地へ尻餅をつかされていただろう。
だが、クリント・バートンはエリンのアクセルフォームの超駆動、時速6万キロの凄絶な未加工生体データログを、すでに自らの脳に染みつけ特訓し終えていたのだ。
悪くないスピードだ。だがな――
クリントの鷹の眼は、すでにピエトロの進行ベクトルの先の空間へ向けて、空間の先回りの式を冷徹に弾き出していた。
彼はピエトロの肉体を直接狙わず、予測先の進路上にあるコンクリートへ向けて、高粘度の液体ポリマーを充填した特殊矢、および電磁トラップを先行して同時に射出した。
パキ、ピキピキピキ……!
銀色の光の筋となってクリントを跳ね飛ばそうと肉薄してきたピエトロ。だが、彼がその座標を踏んだ瞬間、高粘度ポリマーによって足元の摩擦係数が0.00%へと強制的に引き算され、車輪を空転させた車のようにお行儀悪く足元をスリップ。
体勢を大きく崩して虚空へ浮き上がった彼の華奢な身体を、網の目のように展開した高電圧の電磁トラップ網が、ガチリと正面から強硬に絡め取り、ホールドした。
「な、がはっ……!? 体が、動か……っ、お前、何をしやがったッ!!」
電磁の檻に縛り付けられ、パニックを起こしてコンクリートに這いつくばる青年の姿。
クリント・バートンは、静かに新しい矢を番え直し、弓の弦を鳴らしながら、無様に転がるピエトロを冷たく見下ろした。
「うちの若いのは時速6キロでマラソンできる。……それに比べたらお前さんのそのスピードは、ただの遅い散歩にしか見えないんでね。そこでおとなしくしてな」
クリントの乾いた大人の皮肉が、ソコヴィアの戦火のなかに落ちる。
地上の脅威が完璧にパリングされ、上空のミサイルがすべて灰の霧へと清算されたその次のミリ秒。
航空戦力を維持したまま、私はファイズブラスターの極光の刃、フォトンブレイカーを起動。
アベンジャーズのヒドラ狩りの舞台裏で、私はマッハの飛行速度を維持したまま、山上のハイドラ要塞、その地下プラントへと、残党のゴミを一網打尽にすべく、真っ逆さまに突撃を開始するのだった。
◆ ◆ ◆
ハイドラの要塞、その最暗部に位置する地下プラントの空気は、精密機器の排熱音と、焦げ付いたジェット燃料の匂いで重く歪んでいた。
麓の市街地へ向けて放たれていた対空ミサイルの大群を、ファイズブラスターの最大瞬間火力によって一網打尽に熱分解・消滅させたその数分後。
真紅の装甲ブラスターフォームを解除し、元の通常ファイズへと姿を切り替えた私は、無音の足取りで要塞の最深部へと滑り込んでいた。
J.A.R.V.I.S.の防護壁の裏側で、『サブルーチン:555』のフェイクログを全力で回し、「ナノテクアーマーの正常な駆動ログ」として世界の上澄みに上書き欺瞞してくれている、最高にセキュアな戦闘。
私の半歩先。
アーク・リアクターの鈍い青い光を胸元に明滅させたトニー・スタークが、アイアンマンの装甲の足音を重々しく響かせながら、ストラッカーの実験室の奥へと、吸い寄せられるようにして歩を進めていた。
彼の視線の先、実験卓の上に横たえられているのは、あの黄金のセプター――『ロキの杖』。
だが、その天才の背後、コンクリートの壁の影から、不気味に、そして音もなく滑り出してくる影があった。
ワンダ・マキシモフ。
人体実験の果てに世界のルールを外れた、赤い超能力を操る少女。
彼女は無防備に杖へと手を伸ばそうとしているトニーの斜め後ろへと滑るようにして肉薄し、その細い指先から、脳のニューロンを一瞬で窒息・上書きさせるための禍々しい「赤い精神波のパルス」を放とうと、その両腕を突き出した。
「――サー、警告。あなたの脳波のルートディレクトリに、外部からの不自然な——」
J.A.R.V.I.S.の警告ログがトニーのHUDにポップアップした、まさにその同じ1ミリ秒。
トニーの後方、影の中に完全に融解するようにして付き従っていた弓の名手、クリント・バートンの、プロの弓兵としての全神経が、完全に先回りの式を執行した。
シュッ!!!
弓の弦がパチンと乾いた音を立てて夜を割る。
ワンダの指先がトニーの側頭部に触れ、彼の脳内へ「アベンジャーズの全滅、および宇宙の暗黒」という最悪の悪夢のグラフィックを強制インジェクションし始めた、まさにそのコンマ数ミリ秒の隙間。
クリントの放った音も電波も外に漏らさない『特殊高密度電磁トラップ矢』が、ワンダの突き出した両腕のわずか数センチ手前の空間へと、ピンポイントで突き刺さった。
バチバチバチバチッ!!!!!
ゼロ距離で炸裂した、ギガワット級のパッシブ電磁パルス。
「キャアアアアアッ!!!?」
激しい悲鳴。
ワンダの神経ネットワークをジャミング・窒息させる電撃の網が、彼女の赤い超能力の発振器官を一瞬でバグらせ、その精神ハックの系を強制的にシャットダウンさせた。
「が、はっ……っ、ノイズを、消せ、J.A.R.V.I.S.……俺は、俺は一体何を……」
ワンダの指先が離れ、ほんの数パーセントだけ悪夢の残像を脳内へ滑り込まされかけていたトニーが、激しい眩暈を起こして作業台に手を突き、よろめいた。
だが、脳のニューロンが完全に上書きされる前の段階での強制切断。
「坊やの素早い散歩も脅威だったがお嬢ちゃん、君がまだ戦いなれてなくてよかったよ」
クリントは冷え切った大人を言葉に繋げ、這いつくばるワンダの頭に向け澱みなく電撃矢を触れさせ完全に無効化した。
「スターク、しっかりしろ。マインドコントロールされかけたんだろ?」
「いや大丈夫だ、しっかり正気さクリント」
トニーはマーク43のヘルメットをガシャリとあけ放ち、無精髭を乱暴に擦りながらも、正気を取り戻したいつもの不敵な笑みを口元に復調させた。
私はその二人の大人の背後、完璧なエリンの無表情のまま、実験卓の『ロキの杖』へとゆっくり歩み寄った。
――【生体プロセッサ:ロキの杖の核、完全同期、デコードを開始】
私の網膜の端に、青いケースの外殻の奥でドクドクと拍動する『黄色い結晶』の、既知のすべてのレアリティを置き去りにした理外の知性のコードが、1/1000秒のクロック数で丸裸に視覚化され、流れ込んでいく。
そして、喉の奥が獲物を前にした獣としてなる段階で強制切断した。
飢餓感を強硬に封殺しつつ、やはりこれは知的生命体を狂わせるパルスを放射していると強い疑念を持つ。
トニー・スタークが、これからこの知性に触れ、アベンジャーズ・タワーの実験室という「最も都合のいい檻」の中で、ウルトロンのプログラムを完成させる。
それを生まれた瞬間にミラー・ディメンションへ押し込んで隔離・窒息させるための真の王手の数式が、このソコヴィアの地底で静かに、そして強固にアジャスト完了するのだった。
ちなみに、アクセルフォームの加速中の彼女の主観においてピエトロの高速移動は「1分間に、わずか4センチしか進めない」程度のスピードです。