MCU世界で『ただいま』を言えない怪物 作:お砂糖さらさら
水蒸気爆発に飲み込まれて意識がブラックアウト。
その安寧を許さないとばかりに、ハドソン川の水底から湧き上がった熱水と光子の嵐が私の全身をたたきつけた。
「おやすみなさい」
適合体を灰にした直後、ブラスターフォームの強制解除が訪れた。
身体から何かが抜けていく感覚を味わいながら骨格から外が剥がれていくような痛に包み込まれる。
生体組織の修復が追いつかない。
残る意識を総動員し体内の空気を集め腕にエアバックを形成する。
辛うじて浮上すると光の感触とともに、いくつもの「人間の手」が私の身体を引き上げるのを感じた。
「エリンちゃん! しっかりして!死なないで!」
「大丈夫よ!すぐに栄養をあげる!あなたは助かるわ!」
「おい!点滴の用意をしろ!早く!」
そんな声を聴きながら私の意識はブラックアウトした。
◆ ◆ ◆
気がついた時、私はあの偽物の自室のベッドの上にいた。
点滴のチューブが何本か体中に刺され、ウネウネと体が再生していくのを感じる。
鼻を突いたのは薬品の匂いや血の匂いではなく、丁寧に煮込まれたチキンスープの匂いだ。
視力が少しずつ回復し、視界が焦点を結ぶ。
「大変だったわね、街の為に戦ってくれてありがとうね」
枕元にいたのは、エプロン姿の初老の女性だった。
かつて実家の近所で見たような、どこにでもいる下町の、面倒見のいいおばさん。
彼女は私の額に濡れタオルを当て、まるで我が子を見るような慈愛に満ちた目で微笑んでいた。
「痛くない? 大丈夫? こんな目に遭わせちゃうなんて、本当にごめんねぇ」
彼女の手が、私の頬を優しく撫でる。
私の擬態能力を持つ生物としての観察眼で言動から一切の悪意や敵意を認知できないことに、生存のための計算が不成立を起こす。
いや、なんとなく事情は理解しているが生理的嫌悪に近い感覚があった。
不気味なほど、純粋で、親身な看病。
部屋の隅では、作業着を着た町工場の親父のような男が、私のために果物の皮を剥いていた。
「お母さんのことは心配しなくていいんだ、エリン。
私たちがちゃあんとダイナーの周りを見張っているから。
この町の悪い奴らは、もうすぐ君が全部片付けてくれると思えば何一つ苦じゃない。
正義の一助になっていると喜びすらあるんだ」
男は笑った。
その笑顔の奥にある精神構造の歪みを、私の感覚器官がとらえていた。
――それだけではないあのFの匂い、あの脳を無気力にする薬物の匂いすらも捉えていた。
「私たちの娘もね、5年前に路地裏で強盗に刺されたの。
警察も行政も、だあれも下町の悲鳴なんて誰も聞いてくれなかった」
スープをスプーンで掬いながら、おばさんが淡々と、親戚の昔話でもするように語る。
「だから、私たちは持ち寄ったのよ。
大切な人を取り戻すことはできないけれど、もう私達のような人を出さないようにできることはないかって。
お金がある人は資金を。不動産を持っている人はアジトを。行政にいる人は、警察の目を誤魔化す隠ぺいを。
科学技術も表に出せば名声を得られるような研究を流してくれているの。
みんな、2000年代の半ばから、ずうっと隠れて準備してきたのよ。
だから、誰も裏切らない。だって、みんな家族を愛しているもの
あなたはみんなの希望そのものなの」
突然の情報量に疲れた頭が思考放棄しそうになってきたが、一部を稼働させて情報を整理する。
信じがたいことだがこのヒーローショーだが、犯罪被害者遺族が支えているらしい。
マッチポンプの戦闘、衆目をさらすエンターテイメント的なヒーローショー。
この悪夢そのものの茶番はこの「犯罪に家族を奪われた遺族達」
の狂気的な互助ネットワークによって成立していた。
『絶対的な光のヒーロー』を人工的にプロデュースする。
知名度を持った存在を生み出し、この街を守らせる。
いや、なら無名のヴィジランテでよくないか?
強い戦士を生み出して彼らが支えて活動し続ける、わざわざ目立つ必要が…。
彼らのような社会の敵そのものと対峙する公権力と結びついて後ろ盾になってもらいたいのか?
権力の首輪が正当化された暴力によって町を守るヒーローを生み出す。
実験体の暴走によって生まれる被害として必要経費は躊躇なく支払う。
それが、この優しい大人たちが振りかざす正義の果てがそれなのか?
――俺は、ヒーローになりたいんだよ。まだアイアンマンしかないこの世界で、一秒でも早くヒーローになって俺が1位になる
総裁の言葉が脳裏をよぎる、
総裁の言葉と彼らの態度にズレを感じる。
「だからね、エリンちゃん。あなたがこの街を守るヒーローになるの。
このプロジェクトで誰かの日常が壊れるかもしれないのは私達も悲しい。
でも、みんなを助けてくれるエリンちゃんを私たちが絶対に守るからね」
ぞっとするような愛の抱擁。
彼らの親身な世話が、逆に私の原初的な生存本能を激しく刺激する。
ここにいてはいけない。理解してはいけない。
「――やあ、おばさん、おじさん。看病ありがとうございます」
ドアが開き、仕立ての良いスーツを纏った総裁が、静かに部屋へ入ってきた。看病していた遺族たちは、私の頭をなでてから総裁に一礼し、スープのトレイを置いて部屋を出ていく。
「気分はどう?『今の』エリン・マクカシーさん」
総裁は私のベッドの足元に立つと、その顔をメキメキと変形させ、エリンの姿になってみせた。
スープを手に取り私に食べさせようとする、心底拒否したいが戦うにしても栄養は必要だ。
「総裁、あなたは1位になりたいといった。それはいい、でもさっきの夫婦はまるで私がこの街を守るヒーローだと言わんばかりだった。
話が違うんじゃないか、私を主演女優としてリアリティショーを描く、そして私を消去し成り代わってアイアンマンを超えるヒーローになりたいんだろ。
彼らを騙したのか?」
「騙したってわけじゃない、気にしなくなったんだよ。」
ガサゴソと液体が入ったパックを取り出し点滴を差し替える、体から管を抜こうとするが手で制される。
「何度も何度も何度も言ってきたけど、慌てなくていいんだって」
カチャカチャと不器用に交換するとベッドの端に背中を向けて座る、表情は見えない。
「さっきの夫婦が言っていたけれど、実際難しい話なんだよ?
君みたいな超人を生み出す計画がここまでこれたのも奇跡としか言いようがないよ。
ファイズのスーツはもともとヒグマなんかと殴り合える強化服を作ってた技術者さんが原型を作ってね、もともとはフォトンブラッドなんか使わない代物だった。
君の融合・捕食・強化・擬態能力を持った細胞は臓器や手足を再現するための研究だったのを生化学者さんが提供してくれたのを発展させたもの。
フォトンブラッドのエネルギーも次世代エネルギーのための研究を提供してくれてるのを人体に生み出す系を作るよう技術開発した。
これで自分たちのような遺族を無くせるならってさ、表に出せば名声やらなにやら得られるのを放棄してくれた。
それらを継ぎはぎして奇跡的に生まれたのが君なんだね」
母親の味は別格だな、なんて呟く声が続きスープをこくこくと飲み始め、スプーンを置く音が響く。
「彼らの心には私にも理解できないような胸の穴が空いてしまった。
どうやっても取り戻せない暗闇がいつまでもいつまでも続く道を歩くことになってしまった
私はそこに光を提供した。
『この街を守るヒーローを作らないか、あなた達が失ったものは取り戻せない。でも誰かが失うのを防ぐために力を貸してくれないか』
とね、別にそれが私ではないとは一言も言っていない。
彼らが勝手に勘違いし、Fにホルモンを少しの間操作されたら今や関心を持たなくなっただけだ
部分的に情熱を失う的な感じだろうか?よくわからないが」
「それを騙したというんだろう」
総裁が肩をすくめると次の瞬間にはブラスターフォームの深紅の意匠へと、時が消し飛んだような精度で擬態させてみせた。
あのバカでかい粒子加速器なしでその姿になって見せた。
「ありがとう。君が命を削ってヒーローをやってブラスターのデータを完成させてくれたおかげで、私も最後の勝負へ進める」
「お前の……ヒーロー趣味に、付き合う気はない」
私は重い身体を無理やり起こし、点滴を下げていた棒を総裁に投げやりの容量で投げ飛ばした。ベリべりと管が外れ。生身の人間貫通するような速度で飛んでいく。
だがもちろん総裁は人間もなければ生身でもない
だが、総裁の動きは怪物の力でもスーツの力でもなく、少し体をずらしただけ。
派手な動きを伴わないそれだけで回避し素早く私の手首を掴む、そのまま全身からフォトンブラッドを垂れ流し炭化させる。
「私の夢はヒーローごっこじゃない、1位のヒーローになることだ!これは夢を叶えて上の世界のステージを奪還するための、私の、俺のレジェンドだ!」
ドゴォッ!!
総裁の容赦のない掌底が私の胸部を貫通し、それだけにとどまらず壁を突き破って吹き飛ばされていく。
「ゴポッ…おえっ…」
炭化した細胞を可能な限り自切し再生を試みる。
周囲を見渡し地下施設の倉庫エリアへに辿りついたのを確認する、まだ悪運は尽きていない、
擬態で変身したほうが手間はないがその余力はない。
周囲にあるベルトの一つを掴み転がっているファイズフォンを叩き込む
「ファイズフォン」に、変身コードである「5・5・5」をプッシュボタンで入力
そしてENTERを入力、衣服が光となって収納されライダースーツとコートが形成、ついで各種装甲が形成され最後に血のようなフォトンブラッドの流れがラインを描く。
何とか変身を完了し重い身体を押してガジェットを手あたり次第腰にマウントする、ファイズアクセルも腕に着けたがとても使える気がしない。
カツン、カツン、カツン
「来たか」
そこには私がいた、正確にはエリンに擬態した私に擬態した総裁がいた。
「ヒーロー的にはさ、悪の生物兵器との最終決戦ではやっぱり最強の姿でいくべきだよね」
ブウゥウウンと空気が鳴る音がすると、総裁の鮮血のような赤に染まった衣装が銀色に輝きだした。
ファイズ・アクセルフォームが超高出力を発揮した時と同じ、あの銀色のフォトンブラッドに酷似した流体光子が、デバイスの手続きもなしに彼の肉体を直接巡り、全身から狂ったように溢れ出している。
その両目はギラギラと燃えているが、目ではなく私と同じような生体センサーで全身をベロンと舐められたような悍ましい感覚を覚える。
腰にマウントしていたファイズショットを右手にはめ、ベルトから引き抜いたミッションメモリーを装填し
『READY」』の音声を確認
ENTERを押しこむ
『EXCEED CHARGE』
流れる音声とともにエネルギーが収束し待機状態になった。
「殺されないなんて思ってないよね、確かに君を食べて擬態精度を上げたいと思っているけれど…別にこうやって観察しているだけでも」
可能な限り、スピードを出して殴りかかる!
それを避けるまでもなく拳を合わせてくる総裁、お互いの拳が直撃してガラスが割れるような音とともにファイズショットが爆散する。
「十分君を理解しつつあるから、大丈夫だよ」
衝撃で横に転がった予備のベルトを拾い、ミッションメモリーを引き抜く、ついで棚にあったファイズポインターをガラス叩き破り手に取る。
一秒でも隙を作るために棚を蹴り飛ばす。
棚の奥で炎が上がりだすの見て脳が自動的に脱出手順を計算しだすがカット
スプリンクラーが作動し蒸気を生み出すのを嫌ったのか、総裁が垂れ流しをやめる。
脳を黙らせる間に身体は慣れ切った手順を踏む
ファイズポインターを右脛に装着しミッションメモリーを叩き込む
READYの音声がなる、続いてENTERを操作
『Exceed Charge』
「ハアアアアアアアア!!!!」
気迫とともに回し蹴り要領で円錐状のマーカーを射出し拘束、飛び蹴りを敢行。
またも総裁は拳で迎え撃つらしい。
トンっと軽い音が響いた。
私は右拳に着地するように左足を乗せローキックのようにクリムゾンスマッシュを頭に蹴を叩き込む。
「前に言ったっけ?なんとなくわかるよ、それ」
両腕を白く輝かせて両腕をガードする総裁
だが私はさっき棚を蹴り飛ばしたときに転がったベルトからミッションキーを確保、それを死角になっている間に腰にマウントしたファイズショットに装填していた。
即座に拳にはめてENTERを打ち込むを押し込み
『Exceed Charge』
必殺の拳が整った音声が流れる
「光で見えないね。でもわかるよ」
そりゃそれだけ光った両腕を近づければな。
自由落下に任せて必殺の意思を込めたグランインパクトを頭に振り下ろす、それは直撃した。
「もう夢から目覚める時だ」
「格好いいね、それ私も使っていい?」
私の拳は直撃した。
だが次の瞬間に総裁の輝く腕が私の胸を貫く。全身に白い輝きが蔓延し、細胞を焼いていく。
負けた、どうしようもない現実が私の生存のための計算を破壊しつくしていた
「水鉄砲じゃ濁流を止めることはできない。勉強になったね」
スプリンクラーの雨が止まり、かわりに水道管が破裂したのか凄まじいで部屋水没していくのを肌で感じる。
その中で総裁は膨大な熱量を纏い、衝撃が私を襲った。