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客商売はタイミング
酒寄家から引っ越してしばらく。
喫茶店のマスターとして
色んな事があった。
コーヒーを入れながら
自分の店を見回す。
店内にこもるコーヒーのにおい
落ち着いた客層
微かに聞こえる笑い声
あたたかな雰囲気
そのどれもないけど
今日もコーヒーが美味い。
…客こねぇ。
◇
まぁ、まだ余裕があるから
しばらくは大丈夫だけど
これまずいな。
酒寄家の人たちに
俺絶対いいマスターになるから!
JK達が集まってくるバズ喫茶店作るから!
って飛び出してきたのに。
やべー、どうっすか。
雨だし
今日も客こなさそうだなー。
夕方なのに誰も来ないのはなぜなんだ?
カランコロン
扉のベルが久々に仕事をした。
え、お客!?
やったぜ、久々の客だ!
帰すな帰すな!
閉じ込めろ!
いらっしゃいませー!
何名様でしょうか!
びしょ濡れの女の子が
扉の前に立っていた。
お嬢さん一人?
てか、濡れてるけど大丈夫?
傘なくしちゃったかぁ。
タオルあるからちょっと待っててね。
はい、タオル。
あ、席ここでいい?
濡れるから申し訳ない?
あぁ、気にしない気にしない。
子供は大人に甘えればいいの。
で、注文はなんにする?
あ、お金無いの?
あちゃー、財布も無くしちゃったんだ。
ちなみにお腹はすいてる?
おけおけ。
少し待っててね。
あ、コーヒー飲める?
あいあい。
はい、コーヒーと
たまごサンドね。
ミルクと砂糖はそこにあるから
勝手に使って。
あぁ、いいのいいの。
俺の夕食も兼ねてるから。
もう作ったから
返品できませーん。
美味しく食べてくれ。
うまいっしょ?
なのに、客こないんだよなぁ。
そういえば、お客さん高校生?
若そうに見えるけど、家族は心配しない?
もうちょいで、18時になるよ?
あ、中学生なのね。
じゃあ、なおさら早く帰らなくちゃ。
夜遊びはよくないよ。
塾帰りだったんだ。
親御さんに連絡はした?
携帯も忘れたの?
貸してあげるから
連絡しておいで。
迎えに来てもらいな?
もう外も暗いし
結構雨も降ってるしね。
はい、携帯。
電話出ない?
そっか、じゃあ食べ終えたら
タクシーで帰んな。
いいのいいの。
事故に巻き込まれたら
危ないし。
女の子は気を付けないと。
んー、じゃあまた来てよ。
次はお客さんで。
この通り、閑古鳥が鳴いてるからさぁ。
食べた?
そんじゃ、外にタクシー
待たせてるから、はよ行きな。
うん、またね。
女の子をタクシーに乗るまで
見送る。
ばいばーい。
……………。
どっかで、見たことある女の子だったなぁ。
タクシーを見送っていると
後ろからフードを被った男が
走って通り過ぎて行った。
びっくりしたぁ。
そんな急いでどこ行くのよ。
って、財布落としてるし。
めっちゃ可愛い財布使ってんな。
最近の流行かね。
こういうときって
なんだっけ。
しばらく保管して
交番に届ければいいんだっけ?
仕事が増えたなぁ。
だるいなぁ。
…締めるか。
◇
おー、あの時のびしょ濡れ少女。
タクシー代?
返してくれなくてもいいのに。
律儀だねぇ。
ありがと。
ん?この財布?
君を送った後に拾ったんだよね。
見覚えあるの?
あ、君の?
えー、本当に?
ちょっと、中の身分証確認してもいい?
なんかある?
じゃあ学生証見るね。
はい、じゃあ名前をどうぞ。
あやつむぎろか、ね。
あってるわ。
はい、返すね。
疑ってごめん。
じゃあ、今日はどうする?
なんか飲む?
コーヒーね。
お詫びにクッキーつけるよ。
じゃあちょっと待っててね。
んー、やっぱなんか聞いたことあるなぁ。
どこだっけ。
■
逃げなきゃ。逃げなきゃ。
雨の中を無我夢中に走る。
また、視線を感じる。
最初は気のせいかと思った。
少し前に始めたSNSのファンだと思ってた。
しばらくしたら、感じなくなると思ってた。
おかしいと感じたのは
一か月前、DMに私の盗撮写真が
送られたときだった。
その後すぐに通報したけど
捨て垢だったこともあり
何もできなかった。
親には心配かけたくなくて相談できなかった。
盗撮写真を見られるのも怖かった。
好きだったSNSが怖くなり
スマホを持つことさえ怖くなっていった。
盗撮されたことを
意識すると
学校でも
帰り道でも
塾でも
休日でも
視線を感じるようになった。
どこにいても誰かに
見られてるようで落ち着かない。
気持ちの悪い視線が
日常にまとわりついてきた。
今日もただの塾帰りだった。
塾から出て、傘をさして
帰っていると
後ろから誰かの足音が聞こえてきた。
歩く速度を変えても
走っても
曲がっても
足音がついてくる。
怖かった。
後ろを振り返らず
傘を投げて
ただ走る。
しばらくして
足音が聞こえなくなった。
息を整えるために、地面に座り込む。
体の熱が、雨に奪われていく。
だんだん心細くなってきた。
ふと、上を向くと
目の前に喫茶店があった。
入るかどうか迷ってしまう。
知らない人がいる。
それだけで怖かった。
折り返そうかと思い
後ろを振り返る。
雨が降り、
明かりは少なく
細く、暗い道。
来た道を戻るほうが
勇気が必要だった。
意を決してドアノブをひねる。
「月の帽子…?」
SNSで見たことも
人からも聞いたことがない店名だ。
カランコロン
店内を見るとお客さんは誰もいなかった。
少し安心。
少しするとカウンターから
店員の男性がでてきた。
「いらっしゃいませー!」
「何名様でしょうか!」
大きな声に少し怯えてしまう。
「あ、一人です…」
おずおずと答える。
すると男性は私が何か話すたびに、
矢継ぎ早に返してきた。
「てか、濡れてるけど大丈夫?」
「あ、傘なくしたんだ、大変だったねぇ」
「タオルあるからちょっと待ってて」
「はい、タオル」
「あ、席ここでいい?」
「濡れるから申し訳ない?」
「気にしない、気にしない」
何を話したのか、
あまり覚えていない。
でもこの人があまりに
私が濡れてることを
気遣ってくれるからか
その様子が
なんだか適当で
でも優しくて
いつの間にか
強く握っていた手が
「子供は大人に甘えればいいの」
少しずつ緩んでいた。
「で、注文はなんにする?」
「えっと…ちょっと待ってください」
慌てて、財布の中身を確認する。
財布の中身を
財布の
財布
…………。
「どした?お金ない?」
「お財布、なくしました…」
走ったときだろうか。
財布は影も形もなかった。
「あちゃー」
「すいません…」
申し訳なく、店を出ようとする。
「タオルまでありが「ちな、お腹すいてる?」え、あ、はい」
「おけおけ」
そう言うと店員さんはカウンターに向かった。
「あの、大丈夫で「あ、コーヒーは飲める?」…飲めます」
「あいあい」
また男性はカウンターにこもってしまった。
コーヒーのいい匂いがする。
「はい、コーヒーとたまごサンドね」
「ミルクと砂糖はそこにあるから」
私の前にコーヒーとたまごサンドが置かれる。
「もらえないです。お金もないのに…」
「いいのいいの、俺の夕食も兼ねてるから」
「でも…」
「それにもう作ったから返品できませーん」
グ~
なんとか反論しようとすると
間抜けな音が店内に響いた。
「美味しく食べてくれ」
「…ありがとうございます」
私はたまごサンドを手に取った。
「…!これ美味しいです」
「でしょ?なのに客来ないんだよなぁ」
「……おかしいですね」
立地だろうなぁと思った。
「そういえばお客さん、高校生?」
「…中学生です」
店員さんは自分のコーヒーを飲みながら
何気なく聞いてきた。
「じゃあ、早く帰らなくちゃ。夜遊びはよくないよ」
「夜遊びって…。塾帰りですよ」
店員さんの軽口につい反論してしまう。
「じゃあ、親御さんにはもう連絡した?」
「……スマホ家に忘れちゃって」
嘘だ。本当は怖くて家に置いてきた。
「じゃあ、貸してあげるから連絡しておいで」
「そんな…申し訳ないです。少ししたら出ますから」
「もう外も暗いし、雨もしばらくやみそうにないよ?」
窓の外を見る。
先ほどよりもかなり暗くなっていた。
「…すいません、お借りします」
「そうしな。はい、携帯」
店員さんから携帯を借りる。
家にかけてみるが、誰も出ない。
「携帯、ありがとうございました……」
どうやって帰ろうか途方に暮れる。
「電話出なかった?」
「はい…」
「じゃあ、タクシーで帰んな。食べたらでいいから」
店員さんが何でもないように言った。
「いえ、本当に申し訳ないので傘だけで……」
「いいのいいの、何かあったら怖いしねぇ」
「女の子は気を付けないと」
久々に誰かに優しくされた気がした。
「でも…」
「んー? じゃあまた来てよ。次はお客さんで」
どこか適当で。
なんだか、変な人。
「見ての通り閑古鳥が鳴いてるからさぁ」
でも
この人と話していると
少しだけ、肩の力が抜けた。
「…ふふ、わかりました」
私は急ぎながら
だけどしっかり
味わいながら
コーヒーとたまごサンドを食べた。
「食べた?」
「はい」
「タクシー呼んどいたから帰んな~」
外の道路に赤いランプが点滅してるのがみえた。
「…今日はありがとうございました」
「コーヒーとサンドイッチ、ごちそうさまでした」
「美味しかったです」
「お粗末様、気を付けてね」
「はい…また、きます」
その言葉が自然に口から出た。
自分でも少し驚いた。
「うん、またねー」
店員さんが手を振って見送ってくれる。
私もそれに振り返す。
暖かいコーヒーの匂いがまだ鼻の奥に残ってた。
◇
記憶を頼りに
あの日来た道をたどる。
「えっと、ここだったよね…?」
カランコロン
あ、今日もお客さんいない。
土曜日なのに。
「いらっしゃいま、あれ?あの時のお嬢ちゃん?」
奥から店員さんが出てくる。
「は、はい!あの時は、ありがとうございました!」
「これタクシー代です!」
封筒に入ったお金を渡す。
「あらら、返してくれなくてもいいのに…」
「ありがとね」
「ここ、どうぞ」
店員さんに促されて
以前と同じ席に座る。
席に座ろうとしたとき
カウンターにある
「おとしもの」と書かれた
新聞紙でできた箱に目が留まる。
正確には中にある
財布に目が留まる。
「あの、これ……?」
「ん?見覚えある?」
「店の前で拾ったんだよね」
やっぱり走る際に落としちゃってたんだろうか。
「…多分私のです」
「あ、本当?」
「じゃあ、一応確認させて」
「なんか身分証とか入ってた?」
「あ、たぶん中に学生証が…」
「これね」
「はい、じゃあ名前どうぞ」
少し、ためらった。
SNSでは「ROKA」で活動している。
「あ、
特に変な反応はされなかった。
……よかった。
「あってるわ。疑ってごめん」
「返すね」
店員さんからお財布を受け取る。
「じゃあ、今日はどうする?」
「なんか、飲む?」
以前と同じように、店員さんは気軽に聞いてくる。
「あ、じゃあコーヒーを」
「コーヒーね」
そう言って、店員さんはカウンターへ向かう。
「おねがいします」
「お詫びにクッキーつけるよ」
「あ、ありがとうございます」
「あいあい、これクッキーね」
店員さんは軽く返事をすると
コーヒーを淹れ始めた。
しばらくすると、あの暖かい
コーヒーのいい匂いがしてきた。
あ、クッキーも美味しい。
くどくなるので、ここに
その他キャラのことを
書いておきます。
ヤチヨ→待ってるけど、あれ以来ログインがないので少し心配
彩葉→怒ってる、せめて相談してほしかった。
かぐや→社畜