転生弁慶、仁王立ちで庇うたびに女装ショタ上司が曇っていく   作:メスガキ(♂)

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第一話 千本目

 

 気がついたら俺は、ムキムキハゲになって橋の上で刀狩りをしていた。

 前世ではただのネトゲ廃人のヒョロガリだったのだがな。

 

 三日続いた大型レイドの最終日、ギルドチャットに「三十分だけ寝る。四時には戻る」と書き残したところまでは記憶にある。目を覚ましたら、薄汚れた僧衣(そうい)を着て、見覚えのない大薙刀(おおなぎなた)を担ぎ、夜の橋の真ん中に立っていた。

 

「ふんっ!」

 

 なんとなく両手に握った薙刀を横へ振ると、長い()の先についた刃が(うな)りを上げて夜気を裂いた。明らかに人間が気軽に振り回していい大きさではないのだが、この身体にとっては少し重い棒程度のものでしかない。試しに片手へ持ち替えてみても問題なく扱えるし、石敷(いしじ)きを蹴れば自分でも驚くほど身体が前へ出る。

 

 前世の俺なら、こんなものを持ち上げようとした時点で翌日の腰痛が確定していた。

 

「筋力ステータス、いくつあるんだよ」

 

 思わず笑いが漏れた。

 

 俺が前世で使っていたキャラクターも、こんな感じだった。筋力と体力へ極振りした大男のタンク。髪型を選ぶのが面倒だったので頭は丸め、敵の攻撃を引きつけて、後ろの仲間が殴り終えるまでひたすら耐える。ゲーム内では「ハゲ」「肉壁」「動く城壁」と散々な呼ばれ方をしていたが、俺自身はあの役割を気に入っていた。

 

 もしかして、これは流行りのネトゲキャラ転生というやつだろうか。

 

 肩幅は前世の俺が二人並べそうなほど広く、()ったらしい頭を()でればつるりとしている。髪と引き換えにこの身体をもらえるなら安いものだ。

 

 問題があるとすれば、ここがゲームの世界にはまったく見えないことだった。

 

 川から湿った風が吹き上がり、欄干の向こうには低い家々の屋根が並んでいる。街灯も電線もなく、自動車の音もしない。暗い道を見渡しても、ここがどこか聞けそうな通行人はいなかった。

 

 それに、もう一つ妙なものがあった。

 橋の(たもと)に、刀が山になっていた。

 

「何本あるんだ、これ」

 

 (さや)に納められた太刀を一本拾ってみる。反りのある刀身に、腰から吊るすための()がついた、時代劇で見るものよりいくらか古めかしい(こしら)えだった。他にも長いもの、短いもの、立派な金具のついたものから使い込まれたものまで雑多に積まれている。

 

 暇だったので数えると、九百九十九本あった。

 

「集めすぎだろ、俺」

 

 あと一本で千本である。

 妙にキリが悪い。

 

 誰から、何のために、どうやってこれだけ集めたのかは知らないが、九百九十九まで来たなら千にしたいと思うのが人情というものだ。前世でも実績の進捗が九九・九パーセントで止まっていたら、翌朝仕事だろうが残り一個を探しに行った。

 

 そう思ったところで、川音に混じって笛の音が聞こえてきた。

 

 細く、澄んだ音だった。

 橋の向こうから、一人の人影が歩いてくる。

 

 小柄だった。頭から薄い衣を被っていて、顔は見えない。月明かりに透けた布の下で、笛に添えた指先と口元だけが動いている。裾は色鮮やかで、俺の目にも上等な品だと分かった。

 

 女だ。前世でさんざんやり込んだ和風のネトゲに、そういう装備があった。名前は忘れたが、身分のある女が外を歩くときは頭から着物を被るのだと、説明文に書いてあった気がする。

 

 なら見逃してやるか、と一瞬思った。思ったところで、腰に目が行った。太刀がある。

 

 千本目。

 

「そこの娘。その刀、置いていけ」

 

 思わず口から出た。

 我ながら最低の声のかけ方である。

 

 だが、九百九十九本まで集めたこの身体には、どうやら刀を見たら奪わずにはいられない習性でもあるらしい。ここまで来たら千本にしてやろうと薙刀を担ぎ直すと、少女は俺の顔を見上げ、それから後ろに積まれた刀の山へ目をやった。

 

 しばらく黙っていた。

 

 やがて、その小さな口が開く。

 

「ざーこ、はーげ」

「なんだこのメスガキ!」

 

 初対面の大人に向かって言っていいことと悪いことがあるだろうが!

 

 いや、俺がいきなり刀を置いていけと言ったのが先ではある。そこについては反省しよう。だがハゲは関係ない。これはおそらく剃っているのであって、毛根が死んでいるわけではない。たぶん。

 

「怒った?」

「怒るわ! 大人を舐めるなよ、このメスガキが!」

 

 少女が不思議そうに首を(かし)げる。その仕草までかわいいのが余計に腹立たしい。

 

「刀が欲しいの?」

「ああ。お前のでちょうど千本目だ」

「へえ」

 

 少女はまた刀の山を見た。

 

「じゃあ、取ってみれば?」

 

 その言い方に、俺の中の何かが刺激された。

 

「後悔するなよ!」

 

 石敷きを蹴った。

 

 一歩で間合いが潰れた。自分でも驚くほどの速度だったが、身体は遅れずについてくる。その勢いのまま腰を捻り、長大な薙刀を横薙ぎに振り抜く。ただし刃は返してある。刀を奪うためとはいえ、こんな子供を真っ二つにする趣味はない。

 

 少女の身体が、ふわりと浮いた。被っていた衣が、置き去りにされたように宙で開く。

 

 跳んだ、と理解したときにはもう薙刀はその足元を通り過ぎ、勢いを殺せないまま橋の欄干へ叩きつけられていた。

 

 ——バキィッ!

 

 乾いた破砕音が響き、太い木材がまとめてへし折れた。

 

 刃ではない。(みね)だ。

 それで、折れた。

 

 思わず自分の腕を見る。

 

「俺、つっよ」

「ざーこ」

 

 声は頭上から聞こえた。

 

 見上げれば、少女は残った欄干の上に立っていた。細い足で危なげなく木の縁を踏み、笛を片手にこちらを見下ろしている。

 

 ……いや、これ人に当てたら駄目なやつだ。

 折れた欄干を見て、ようやくぞっとした。峰ならいいという話ではない。力を落とそう。刀一本のために人殺しになってたまるか。

 

 落ちた衣の向こうから出てきた顔を、月が照らしていた。

 

 かわいい。

 

 とんでもなくかわいい。

 

 前世なら街ですれ違っても三秒以上見ないよう気をつけるくらいにはかわいい。年の頃は十五、六だろうか。顔立ちはまだ幼いが、目鼻は驚くほど整っている。

 

「遅いよ、ハゲ」

「ハゲ言うな!」

 

 刃のついた方を遠ざけ、柄で足元を払う。今度は腰を入れず、途中で止められる速さに抑えた。転ばせて刀を取り上げれば、それでいい。

 

 このメスガキ、わからせてやる!

 

 そう思ったのだが、少女は薙刀が届くより早く欄干を蹴り、俺の頭上を越えた。着地した気配を追って振り向けば、もうそこにはいない。右から声がして薙刀を払えば左へ移り、突けば(ふところ)へ入り、柄で薙ごうとすればその柄を足場にして跳び上がる。

 

 速い、というだけではなかった。

 こちらが何をするのか、動く前から知っているようだった。

 

 俺の身体は間違いなく強い。組み合いにさえ持ち込めれば、この小さな身体を片手で持ち上げられる自信もある。暴れるなら、刀を渡すまでぶら下げてやればいい。

 

 だが、その組み合いにすら持ち込めない。

 

「くそっ、ちょこまかと!」

「力任せだね」

 

 手加減してんだよ!

 と言い返したかったが、かすりもしないので負け惜しみにしかならない。

 

 左から影が来た。避けられる、と身体が勝手に判断する。半歩引けば届かない——引けば、また振り出しだ。

 

 だから、引かなかった。

 

 鞘の先が脇腹へ入った。息が詰まる。痛い。だが、それだけだ。膝も折れないし、足も動くし、薙刀も握ったままだった。

 

「よっしゃ、いける」

「なんで避けなかったの」

「その方がかっこいいだろう!」

「ばか」

 

 少女は俺の脇腹を見ていた。鞘を持つ手が下がっている。

 隙あり。

 こっちはまだ動けるぞ。

 

 薙刀を短く持ち直し、柄を横にして踏み込む。これで押さえ込んで、空いた手で刀を取る。

 

 少女が笑った。

 

 次の瞬間には、俺の視界から消えていた。

 

「なっ——」

 

 柄に重みを感じた。

 見れば、少女が俺の薙刀の上に立っている。

 

「力はすごいよ」

 

 月を背にして、楽しそうに笑う。

 

「でも、遅すぎ」

 

 柄を蹴られ、巨体が前へ泳ぐ。

 立て直そうとしたところで、頭のてっぺんに軽い衝撃があった。

 

 こつん。

 

「いって!」

 

 振り向けば、少女が俺の前へ降り立っていた。

 手にした横笛で、俺の頭を叩いたらしい。

 

「はい、僕の勝ち」

 

 完敗だった。

 あれが笛ではなく刀だったなら、俺は今ごろ死んでいる。

 

 メスガキにわからされたよ……。

 

 少女が近づいてきた。

 

 間近で見ると、ますます整った顔をしている。汗一つかいていない。俺は息を切らしているというのに、向こうは散歩でもしてきたような顔だった。

 

「さっきから、娘とかメスガキとか言ってるけど」

 

 少女は楽しそうに目を細め、もう一度、笛で俺の頭を叩いた。

 

「ざんねーん、僕は男の子なのです」

「…………は?」

 

 男。

 

 こいつが。

 この顔で。

 この格好で。

 

 俺が何も言えずにいると、少年は見せつけるようにその場でくるりと回った。華やかな小袖(こそで)の裾が月明かりの中で広がる。

 

「似合うでしょ?」

 

 似合う。

 

 待て。

 

 十五、六ほどの美少年。

 笛を吹いている。

 夜の橋。

 

 そして、俺の後ろには九百九十九本の太刀。

 

 さっきまで頭の中でばらばらだったものが、一つずつ妙な形に噛み合い始める。

 

 俺は薙刀を置き、少年へ向かって頭を下げた。

 

「あなたは——いや、あなた様は、もしや」

「なんだ、知ってたのか」

 

 少年は少しつまらなそうに唇を(とが)らせた。

 

鞍馬(くらま)では遮那王(しゃなおう)と呼ばれてるけど……牛若丸(うしわかまる)って言えば、分かるかな?」

 

 牛若丸。

 つまり、源義経。

 

 夜の橋。

 九百九十九本の太刀。

 大薙刀を持った、ムキムキの大男。

 

 俺は恐る恐る、自分のつるつるした頭を撫でた。

 

「ってことは俺、弁慶かよ!!」

 

 俺の絶叫が、夜の京に響き渡った。

 

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